22.幼いころの話1~屋敷の幽霊
ダリウスは年の離れた異母兄と次期王の座を争う運命のもとに生まれた。
兄は丈夫で賢くはつらつとした子供だったが、ダリウスは身体も弱く陰鬱であまり可愛くなかった。
ダリウスの母は聖女である正妃で、通常であれば王位継承はダリウスが優先される。
だが、ダリウスが生まれたころにはすでに兄を擁立する派閥があった。
十の時、病で倒れる。病も毒を盛られた末の結果だった。
そして正妃とつながりがあるモンフォール家に逃亡し、身を隠していた。
そこでダリウスはモンフォール家の子息のセドリックとして過ごした。
セドリックの母は王妃付きの女官で、ダリウスとセドリックとは幼いころから友人として育った。しかしモンフォール家に戻ったとき、ダリウスは伯爵嫡男セドリック、セドリックはダリウス付きの使用人と身分を偽った。
立場は人を変える。ダリウスはわがままな坊ちゃんに、セドリックは使用人に。それぞれが本当の自分を押し殺してそれらしく過ごしていた。
それは、セドリックもダリウスも十二の時だ。
とはいっても、セドリックは体格も大きく年上に見えて、ダリウスは痩せて小さく、到底同い年には見えなかった。
ダリウスは幼いながらに人生に絶望していた。
母にも父にも会えず、王子であるのに誰も自分をそうだと知らない。言う事もできない。身体もうまく動かない。気分も常に鬱々としていた。
それは毒よりもすでに二年間暗い部屋に閉じこもり動かなかったことが主な原因だったのだが、そんなことは本人は分からない。医者にそう言われても、医者の腕のなさを自分のせいにされているようで腹立たしく、癇癪を起した。
このまま命が尽きるまで、この屋敷に閉じ込められるのだろうか。なにもなせず、なにも思いどおりにならず。誰からも知られないまま……
日中は人目があるのでみっともなく泣けないし、従者に当たり散らして気を紛らわせられるが、夜になるとそうもいかない。
ダリウスは今夜もわが身の運命を呪い、むせび泣いていた。
「誰だ!?」
扉がわずかに開いて、小さな明かりがふらふらと入ってきた。ついに迎えが来たのだろうか。思い通りにはならんぞと明かりを睨みつける。
「泣いてる声が聞こえたから」
小さな明かりを持った、小さな女の子がそこにいた。
◆◆◆
聖女となる素質を見出された花の乙女は、国内の聖地を巡礼する。
加護の力の強さだけではなく、その心根や素行、信仰心等も聖女にとっては必要であるため、長旅を通してそれを確認するのだ。
その年は五人の花の乙女が、神官と聖女に連れられて各地を回っていた。
エレナはまだ九つ、同い年のリゼと仲良くなり、子供らしく旅を楽しんでいた。
巡礼とはいえ、お世話になる屋敷や村のために祈りを捧げる儀式のようなことも行う。
一同はその時モンフォール家に一週間ほど滞在し、近隣の村を回っていた。
「エレナぁ、やっぱりこのお屋敷、幽霊がいるよぅ」
三日目の夜だった。リゼが夜幽霊の声が聞こえるので怖くて寝られないと言う。
エレナはその原因を探るべく、夜中にこっそりと客間を抜け出した。
お化けも幽霊も怖いは怖いが、それよりも好奇心が上回った。
明日はエレナはお休みで留守番の予定だったし、教会とは違う大きな屋敷は本当にお化け屋敷みたいで、ドキドキした。
ランタンを手に、広い屋敷を一人で行く。
ひゅーひゅーと、外の荒野を風が駆け抜ける音がする。その他には音も気配もない。
風の音と間違えただけなのかなと思うと少し残念だ。何もいなかったことを確かめて、リゼを安心させてあげよう。
ぐるりと一周して、部屋に戻ろうとした時
「?」
風の音では無い、何かが聞こえた。
音を頼りに歩いてゆくと、子供の泣き声のように聞こえる。
本当に幽霊が? と、恐怖心が頭をもたげたが、それより好奇心が勝った。
少しワクワクしながら声の方へ進む。
幾つもある部屋の一つから、その泣き声は聞こえていた。
そっと扉を開ける。
泣き声は奥のベッドから聞こえた。
その声はあまりにも悲痛で、エレナは胸を掻きむしられるような気持ちになった。
何とかしてあげたいと思い、エレナは近づいた。
「誰だ!?」
ベッドで泣いていた影はエレナに気がつき鋭い声をあげた。
エレナと同じくらいの歳の少年だった。泣いていたとは思えない、刺々しい声だった。
「泣いてる声が聞こえたから」
その勢いに負けて、言い訳のように小さい声でエレナは言った。
「なんだ、子供の幽霊か。俺を冥府に連れていく気か」
噛み付くような顔をしてエレナを威嚇する。
エレナが今まで見たこともないような豪勢な調度品の揃った部屋の主らしい、豪華な寝巻を着た少年はガリガリに痩せていて、落ち窪んだ大きな目だけがギラギラと光っていた。
「去れ」
少年はエレナを睨みつける。
「俺は思い通りにはならんぞ、消えろ」
あまりの剣幕に、エレナは後ずさり、そのまま部屋まで逃げかえった。
リゼには幽霊ではなかったと伝えてあげた。




