19.充電させてもらえませんか
ヴァル・フルールの人たちは、基本的に日の出とともに起きる。
なので夜は早くから、集落全部が眠りについたように静かになる。
エレナは皆が寝静まった時間に、ひっそりと夜更かしするのが少し好きだった。今日は月明かりも明るかったし、ランタンの明かりを頼りに刺繍をしていて、ずいぶん遅くなった。
エレナが就寝しようとベッドに向かった時だった。
コン、と、窓に何か当たる音がした。
風が木の実を当てたのだろうか。
それにしては不自然に感じて、窓の外を見た。
暗い庭に、月明かりに照らされて影が動いている。誰かいるのかな、と、エレナが窓を開けて乗り出すと、セドリックが満面の笑みで手を振っていた。
「え? セドリック?」
エレナは慌てて玄関に走る。そっと扉を開けると、セドリックが滑り込むように入ってきた。
人差し指を唇に当てて、静かにするようにジェスチャーで伝える。
そのまま忍び足で、エレナの部屋まで進んだ。
「こっそり帰ってきたから。それにすぐ戻らないといけない」
囁くように言うと、エレナの顔をじっと見つめた。
「エレナ、ただいま」
「おかえりなさい……セドリック。ええと、お仕事……?」
セドリックは騎士の制服姿だった。飾りのついたボタンが並んだダークグレーのジャケットがバランスの良い体躯を引き立てている。シルバーの肩章、黒い革手袋に黒いブーツ。黒い皮のベルトには剣が下がっている。
初めて見たかっちりした格好に、エレナはつい、まじまじと見てしまった。
なんだこれは。ものすごく、格好良い。
そしてなんだか、いつもよりも凛々しくみえる。
「ああ、うん、仕事。着替える暇も惜しくて」
「セドリックって、騎士……だったの?」
「いや、ほんと格好だけ。恥ずかしいな、そんなに見つめられると」
「だって、とてもよく、似合っているわ」
「そう? 嬉しいな。動きにくくて嫌だったんだけど。着替えなくてよかったな」
そうやって少し恥ずかしそうに笑う。
不意打ちで制服とは卑怯だとエレナは思った。
貴公子然としているのに何となく親しみ易いのは、いつものラフな服装のお陰もあるのだと思い知った。
最初からこれだったら、ドキドキして気を許す事も出来なかったかもしれない。
エレナは威厳のある男らしい強さは苦手だ。聖女として騎士に護衛されるようなこともあったが、そういう時は怖くて、気を悪くさせないかとビクビクしていた。
しかし、セドリックの柔和な面差しに怖さは無くて、ただきりりとした秀麗さだけが引き立っている。
そんなセドリックが優しい微笑みを浮かべてこちらを見つめている。
エレナはなんだかドキドキを通り越して悔しい気持ちになってきた。
こっちは寝る寸前だったので、おしゃれも何もしてないのに。
と、思って、ふと気が付く。
私、こんな格好で……
「どうしたの? エレナ」
「い、いえ、なんでもないわ」
恥ずかしくなって、ガウンを掻き合わせる。
「ねえ、しばらく会えなくて、寂しかった?」
「そうね、でもみんな優しくしてくれるし、毎日たのし……」
「僕は寂しかったよ」
セドリックは畳みかけるように言うと、エレナに近づいた。思わず後退る。
「会いたかった。毎日君の事ばかり考えていて」
いつもより大人びた格好だからだろうか、久しぶりだからだろうか。
窓から入る月明かりがセドリックのアイスブルーの瞳にうつり、妖しく光っているように見える。
ジリジリと壁際に追い詰められた。セドリックは壁に手をついて顔を近づける。
近くで見ると目の下に隈が出来ていて、疲れた顔をしている。少し息が上がっているようだ。
王宮で一体どんな激務だったのか。今日も無理に時間を作ったのだろうか。
「セドリック、大丈夫?」
「え、エレナ」
「すごい疲れた顔してる……忙しかった?」
あまりの形相に心配になる。手を伸ばしてセドリックの目の下をそっと撫でた。
「ああ、もう!」
セドリックは伸ばされたエレナの手をもどかしそうに掴むと、自分の頬に手を当てた。
温もりを感じるように目を閉じ、ふー、ふーと、息を整える。
「何か、お茶でも入れようか? そのくらいの時間はある?」
「……一つだけ、お願いがあるんだけど」
「?」
「抱きしめてもいい?」




