18.楽しい男子会
週末の早朝、事情を知る最低限のもの以外にはばれないように何食わぬ顔で出発して、馬を飛ばして到着したのは夜。
途中で変えの馬を用意して、王都から別荘がある村まで最短で駆けた。
ダリウスは移動中も楽しそうにしていた。
さすがに二人きりは無理だったが、ダリウスの専属の護衛騎士を一人連れて三人連れとなった。
護衛騎士はマイルズという名の壮年の男で、背の高いセドリックよりも背が高く、体格の良いダリウスよりも体格が良い。
お忍びという事で、一度試しに全員で平民の格好をしてみたが、気品溢れる山賊の一味ようになってしまった。どうみても怪しい。
それで、いっそ騎士の移動という形にした。
マイルズは本当に騎士だし、ダリウスもセドリックも様になっている。
見た目が良い分とても目立つが、怪しまれてはいない。たぶん。
途中、休憩に村や街に止まると、一番優しげな顔をしているセドリックに人が集まる。
「お兄さん、なんだい、物騒な事でもあったか?」
「いえ、ただの国内の見回りです」
「さすが騎士様達、かっこいいねぇ。うちの娘なんてどうだい?」
「僕なんかにはもったいないですよ」
気がつくと人に囲まれているセドリックを、ダリウスは冷やかすようにニヤニヤして見ていた。
「ああ、そういえば彼、お相手募集中です」
そう言ってダリウスを指差してやると、遠巻きに見ていた村娘達がキャアと声をあげてダリウスを取り囲んだ。
「おい! 何言ってる……」
「騎士様、かっこいいのに、本当!?」
「一晩、遊んで行かない? 気に入ったら連れて帰ってよ」
「いや、俺は……」
そういう扱いに慣れていないダリウスはどうして良いものかと困った顔をしている。
セドリックは笑い、マイルズは信じられないものを見るような目でそれを見ていた。
そんな丸一日の道中を経て、目的地の別荘に到着した。
セドリックが隙を見てはダリウスを揶揄っているからか、マイルズがダリウスに気を遣って世話を焼いてくれる。おかげでセドリックは覚悟していたより楽だった。
別荘に到着し、馬を繋ぎ。
セドリックは何とか抜け出したかった。
ここからヴァル・フルールまで、馬を飛ばせば一時間もあれば往復出来る。エレナに会いたい。充電したい。
「すこし、本邸に顔を出してきます」
そう告げて抜け出そうとすると、ダリウスが「明日でいいだろ」と、引き留めた。
「折角だ、こう言うところで飲みに行ってみたい」
「別に美味いもんもないですよ……」
面倒そうに言ってはみるが、目を輝かせるダリウスに、逆らえる訳がない。
マイルズも何故か乗り気で、三人で連れ立って繰り出した。
しぶしぶ村に一軒だけの飯屋に入る。
マイルズが地元を思い出すと言って、こう言う所での作法をダリウスに解き始めた。
「座ってても出てきませんからな。店の者に聞くんですよ」
店はそこそこ賑わっていた。
そしてやはり場違いな雰囲気の三人は目立っている。
若い女の子が給仕で飛び回っている。騎士の隊服のままだったし、見目の良いダリウスやセドリックが気になるようで、こちらをちらちらと伺っていた。
「……おおい、酒と飯は何がある?」
マイルズは厨房の方に声をかけたが、その娘が飛んできた。
「地元のエールは美味いよ。今日は他に二年前に仕込んだ葡萄酒があるけど。あと、飯はキノコの煮込みとパン。あ、鹿肉の串焼きもできるかな」
「おう、じゃあ、エールと、適当に飯も持ってきてくれるか」
「はいよ……ずいぶん綺麗なお兄さんたちだけど、うちなんかのはお口に合うかどうか」
「腹減ってるから、何でもいいよ、なあ」
「……ああ、もちろん。楽しみだ」
ダリウスがマイルズに合わせて言うと、娘は赤くなってふらりと倒れた。
ダリウスの声は、響きが違う。うっかりすると平伏しそうになる。
貴族の娘たちもよく倒れていた。セドリックは、ダリウスが、エレナにはものすごく気を付けていたと言っていたのを思い出した。気を付けすぎて、会ったときにはろくに話もできなかったらしい。
「お、お兄さん、いい声してるねえ」
「よく言われる」
不意打ちを食らった娘はダリウスに引き起こしてもらい、ふらふらと厨房の方へ戻っていった。
大きな木製のマグに注がれたエールがテーブルに置かれた。ダリウスは少しだけ口をつけると、目を細める。
「これは悪くないな」
「そうかい、うれしいね」
娘はダリウスに、「サービスだよ」と言って、ダリウスの肩に寄りかかってウィンクしながら、チーズやらナッツやらをこっそり置いていった。
セドリックは何とかこの場を抜け出せないか思案していた。
酔いつぶして夜中にこっそり行くか? いや、ダリウスは酒が強い。まず無理だ。
このあたりなら、顔見知りがいる可能性はある。誰か上手く呼び出してもらえないだろうか……
そう考えてきょろきょろしていたら、マイルズが耳打ちしてきた。
「セドリック様、もしかして、こっちにいい人でもいるんですか?」
「え?」
「さっきからなんか落ち着かないようなので」
「あ、いやそんなことは」
咄嗟に言った後、思い直す。
地元に会いたい女がいることは不自然ではない。
誰かを隠せば問題ないじゃないか。
「じつは。……なので少し抜けたいんですけどね」
「ははは、隅に置けない」
マイルズは酒が入っていつもより陽気だ。
「いいですよ、行ってらっしゃい。……ダリウス様、セドリック様は地元で用があるそうなので、今晩は私がお付き合いしましょう」
「ありがとうございます。少し出てきますね」
「俺に隠し事か!?」
「まあまあ、いいじゃないですか。セドリック様、ここは私に任せてください」
何か言うダリウスをマイルズが相手している間に振りきって外に出た。
そして全力で厩に走った。