11.湖でピクニックデート
一週間ぶりにセドリックがヴァル・フルールへやってきた。折角だからピクニックをしようと、二人で湖まで行くことにした。
ヴァル・フルールの入り口を出て右に、湖へ降りる細い道がある。
緩やかな斜面にそって降りていくと、だんだん広葉樹が多くなってきて、そのうち雑木林を歩いているようになる。
雑木林の途中からは落ち葉が積もり、どこが道なのかわからなくなってくるが、その頃には湖面が数本の木の向こうに見えた。
雑木林から湖までは土の上に枯れ色のハルジオンやノアザミが這うように生えている。もう少しすれば緑と色とりどりの花で溢れるのだろう。
エレナはサンドイッチやお菓子を入れたバスケットを持ち、セドリックに手を引かれて、落ち葉を踏んで湖に出た。
他の荷物はセドリックがピクニックバンパーにまとめて持っている。
それはがっちりとした箱のようでかなり重いのだが、セドリックは軽い足取りで緩やかな斜面を降りていく。当然のように、エレナの手は離さない。
澄んだ空から陽の光が降り注ぎ、湖面は神秘的にきらきらと輝いていた。
まだ少し肌寒いが日差しは暖かい。
陽だまりにピクニックシートを広げる。
セドリックは楽しそうに用意する。ピクニックバンパーから、陶器の皿やカップに銀のカトラリー、ティーアーバルやティーポットを取り出す。
エレナは内心、そんなに荷物を持っていかなくても、その辺に座ってバスケットから直接食べればいいじゃないかと思っていた。
しかし、花柄の敷物に繊細な白の陶器の食器が並び、それにメアリー力作のサンドイッチとスコッチエッグ、それから少しのドライフルーツとジンジャークッキーが上品に盛り付けられると、もう負けを認めざるを得ない。
これは、ときめく。
セドリックが慣れた優雅な手つきで紅茶を入れ、スノードロップの絵が入った優美なティーカップに注ぐ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
セドリックの微笑みとサーブにとどめを刺された。
こういうのには慣れていないのだ。王太子妃教育を少しは受けたとはいえ、貴族ではないのだ。
聖女が就く正妃は神秘的で儀式以外は表に出ないため、礼儀作法やしぐさなどは叩き込まれたが、社交は学んでいない。なのでエレナは王太子妃候補だったがどちらかと言うと田舎娘に近い。
こんなのは、なんだかそわそわしてしまう。
ドキドキしながらカップに口をつけるとシナモンの香りがして、それだけで身体が温まる気がした。
きらきら光る湖、温かい冬の日差しと清廉な空気。セドリックにまるでお嬢様のように扱ってもらって、柄ではないおしゃれなピクニックもすっかり楽しめた。
おいしいランチをしっかり食べて、エレナはこれ以上ないほど満足していた。
「ああ、お腹いっぱいだわ」
と、言いながらも、ジンジャークッキーをつまむ。それをセドリックが微笑ましく見ていた。
「美味しい」
「本当だ。こうやって外で食べるのはいいね……あ、」
そして何か思いついたようにエレナに近づいて顔に手を伸ばし、そっと頬に触れた。
「え、なあに?」
エレナは吃驚して咄嗟に身を引いた。
今までセドリックは一定の距離を保っていた。エレナに触れるとしても手を取るのみで、聖女に対する扱いに近かった。
それは、今までと違う手の伸ばし方だった。
けして嫌なわけでは無かったが、いきなり踏み込まれたような、そんな感じがしたのだ。
「ごめん、ついてたから」
セドリックはそんなエレナを見てくすりと笑った。
そんな子供のような事……エレナは赤くなった。
「ねえ、本当に覚えてない? 僕の事」