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氷牢の不死鳥

作者: みらい

 

 提灯が視界を美しく彩る。

 風鈴が耳障りの良い音を響かせていた。

 そこに場違いの雪。

 地も空も彩りを見せていた。


 この街の一番で唯一のイベントが終わり、帰路につく者たちにこの宿の通りが賑わいはじめる黄昏時。


 近代的な建物とそれと対照的に古風な茅葺きが混ざる特徴的な町並みは橙色に染まっていった。

 その余所行き姿に普段の街並みを知っている者としてはまるで自分が旅行者の気分。


 季節がずいぶん外れた雪。

 それと混ざりあい通常の猛暑は中和。ちょうど良い気候になって今年の祭り。熱で倒れる者はいなかったと聞く。

 そういう意味だと、この異常気象も悪くないと思う。



「今年も何事もなく祭りが終わってよかったよ」



 その街の一角に小さな民宿を構えるまゆりも幼馴染の話を聞きながらのれんを下ろした。

 今日も一応終わりと一息つく。

 まゆりは動物の耳のように跳ねた特徴的な前髪を指で巻きつける。


 これは無意識のクセ。


「またイジってる」と後ろから揶揄う幼馴染の声は無視した。


 前を向いた時現れる遠くの白い山脈。

 今回の異常気象はその山から降る寒波ではないかとニュースになっていた。

 街ゆく人がその雪を見上げる様を眺める。



 ――ん?



 雲の隙間から橙色の空と大きな白い鳥がこちらを眺めているのが見えた。

 あれは魔物だろうか。

 もしかしたら、あの向こうの山に住む魔物かもしれない。魔物だとしてもとても綺麗でまゆりはしばらく見つめていた。


 毎年暑い。

 しかし雪が降るくらいには寒い。

 まだ積雪にはなっていない。

 だから魔物もここまで来れることができるのだろう。ギルドの人たちは今からどんどん忙しくなるかもしれない。このままだとあの鳥のように、雪を好む魔物が山から降りるから。

 

 まゆりはその鳳とバッチリ眼があってしまった気がした。


 気のせいだろう。

 その瞬間更に降る粉雪。

 幸い元の夏の外気温のおかげで、積雪までは至らない。


 その鳥を見たせいか、あるいは降る六花りっかを浴びたせいか。体温を奪うそれにまゆりは身震い。

 

「さむい」という声が聞こえてまゆりは我に返る。


 黒髪や桃色の着物についた灰を払う。

 逃げるように急いで中に入った。

 のれんを玄関の横に立てかけ扉を閉める。


 部屋に入ってから、まゆりは手を擦り合わせ、羽織を着る。


 中はフロントとしているカウンター。

 その目の前に客席がある。

 そこにまゆりの店じまいを眺める男。

 この街の偉い人の息子でありまゆりとは幼馴染。


 アゲハ・ザドルノフ。

 

 祭りの主催者で昔からずっとこの地域にいる一族。

 まゆりがこの街にちょうど来た時と同時期。


 風の国にここを査収されたその際も、あの白い山脈からの寒波で道が塞がった際も、その一族はこの土地を守っていた。

 

 アゲハは好青年を絵に書いた人物で短髪で碧眼。

 夏はタンクトップの人と化している。

 今年の夏は残念ながらその筋肉を晒すことなく終えそうだ。


 アゲハはまゆりが店回りをしている時。

 祭りに行けなかったまゆりのために話してくれていた。

 まゆりの返事は適当なものだったが、これは幼馴染だからゆえの適当さだ。

 ちゃんと聞いている。

 アゲハもちょろちょろ動くまゆりを目で追う。

 

 

「今年の夏は異常だな。祭りの神も祝ってるってことなのかなあ」


「そうね……」

 


 そう言いながら、アゲハはご飯をかっこんでいるらしい。

 何度かおかわりしたみたいだ。

 大食漢でまゆりとは大違い。

 まゆりはアゲハを良い残飯処理班だと思い込むことにしている。


 会話はしたいのかもごもごと声が聞こえる。

 急いで食べなくとも、誰も取らないのにとまゆりはそれを見て苦笑する。


 5人程度しか泊まれない小さな宿。

 外から来てそのフロントの見た目は昔ながらの小さな小さな飲食店。


 これは宿泊客のご飯をここでいただいてもらうため。

 ……なのだが近くにギルドがあること。


 鉱山で働いている人たち、顔見知りがまゆりちゃんのご飯はおいしいから、と今のアゲハのように、昼ごはんを食べにくる客が多い。《《多すぎ》》て、まゆりの手に負えない時もあった。


 ここまで懇意にしてくれる人が多いのは、小さいながらも創設は百年以上なること。

 そして今は亡き義両親が営んでいたから。


 一人だがこうして地盤を鳴らしてくれていたこと。周りも一人じゃ大変だとたまに手伝ってくれている。

 アゲハもよく来ては手伝ってくれた。


 まゆりも寂しくはなかった。

 それに本当に感謝しているのだ。

 民宿を営んでいるのも、ある意味恩返し。



「本当寒い」


「うん。まあ僕も陽が落ちる前に退散しようかな。打ち上げもあるし……ギルドも新しい装置来てるんだった! お邪魔したね。ご馳走様」


「お疲れさま」



 アゲハは何か待っていたのだろうか。

 聞くのを忘れてしまった。


 また今度聞いてみようと思い、完全に日が落ちる前に忘れず空調を変えることにした。

 

 カウンター近くの倉庫から真紅の宝石を取り出す。

 空調としている機器に元々あった水晶を取り除く。代わりに紅玉ルビーを嵌め込む。


 途端に暖かくなっていく室内。

 それを感じ、無意識に強張っていた体が弛緩していく。


 魔法の力の籠った宝石たち。

 赤は炎を、暖かさを。青は水や冷たさを。

 多種多様なそれらは、それぞれの属性の恩恵を提供してくれる。

 ほっとしてこわばった肩を下ろす。


 そしてこれを発掘して開発した先達たちに感謝する。温もりを感じながら、フロント近くのテーブル席に座った。


 魔力が込められた宝石は魔物を倒して得られるものだ。最近では宝石生成用の魔物の畜産が行われている。回復をしてくれるという宝石は発見されていない。


 便利になったものだと取った水晶を転がす。

 それとこの宝石だけは長持ちしている。

 唯一のまゆりの私物。拾い物だけれど大切にしているというだけなのだが。


 その玉が一瞬光ったように見えた。

 使えば光るけれど見間違いかとまゆりは思った。



 ……多分疲れているからだろう。



 一度休もうと立ち上がった瞬間。

 店の扉がガラリと鳴って開いた。



「あ、いらっしゃいませ」



 気が抜けていたとはいえ一応営業中。咄嗟にその身に馴染んだ言葉でその人を出迎える。

 白いウルフカットに白の着物。

 美丈夫だろうけれど病的に肌が白い。

 その男は困惑しながら受け答えする。


 

「い、いや。しばらくここに泊まっているものだが……」


「あ、失礼しました紫蘭様」



 一月ひとつき半ほど前からここに泊まってくれている客。

 本人談だと他の国のギルドの派遣ということだった。


 しかしこの街のギルドで働いている馴染み深い人達に聞いたところによると、そういう話は聞いていないという。

 鉱山の方で働いている衆に聞く。

 すると宝石を管轄する上の上の層が来ているともっぱらの噂だった。


 まさか、とまゆりは考えた。


 こんな民宿よりもっといいところがあるはず。

 企業ならそういうホテルとかとってそうだけれど。



 言葉には出さず、テーブルに座り一息つく紫蘭にまゆりはお茶を出す。

 天気のことなど他愛ない話から始まり、祭りの話になった。

 


「この祭りはどんなものだ? 生憎まつりには参加できなくてね」



 どんなもの、と言われても。

 まゆりは答えに渋る。


 一応幼い時から住んでいる。

 

 しかし由来とか、祭りの神輿とか本来の意味合いは知らない。それに変わった後の演舞はわからない。

 前の演舞のことなら、とまゆりは続ける。



「えっと、子供を神輿の中にいれて去年入った子と交代で子供の健康とかを祝うんです。だから基本的に体の弱い子とかが入るんです。私も昔選ばれたんですよ?」


「へえ……、踊りとかもやるのか? 人だかりで見えなかったのだが……」


「ええ。

 物語は……よくわからないし、私がした時と変わっているので、何となくしかわかりませんけど。私の時は以降は様々な動物に扮した人たちが周りで踊ってて、その中心で今年選ばれた子と去年選ばれていた子その動物たちとともに演舞をするのです。

 多分ストーリーとかもみんなを健康に、と言った感じです。

 昔、私がやっていた時は一人で最後におまじないの言葉を……確か――」


「『いろちはたな あふおも』?」


「そ、そうです」


「ふふ。物知りだろう?」



 何故知っているんだろう。

 

 対する紫蘭はにっこりと困惑するまゆりの様子を見ていた。


 紫蘭は初めてここに来た時も、まゆりの元いた場所も知っていた。『何か覚えていることは?』と半月ほど経って気が知れたところでそう聞かれた。

 否と答えると紫蘭は一瞬悲しそうに目を伏せたことを覚えている。


 確かにまゆりは孤児だった。

 元いた国の名前はしばらくして知った。

 


 ――それを知っているということは、もしかして養子としてここにくる前の私を知ってる?


 まゆりは思案する。

 くるっと髪を指に絡ませた。



「お茶出しますね」



 頭を切り替えを。


 お茶の追加をしようと立ち上がった。

 

 急に立ち上がった体には負担だったらしい。

 まゆりの意思に反して視界は暗くなりかけ、ふらりと倒れかける。

 紫蘭が肩を持ってくれていた。



「すまない。大丈夫ですか?」

 


 紫蘭は触ることを詫びる。

 打撲という二次被害を起こさないように支えてくれた。



 ――大したことじゃないのに。ここまで心配されるなんて。なにか大切な人をなくした、とか?



 紫蘭の真摯さに感謝すると同時に、過剰な対応に困惑する。

 まゆりの様子にほっとしたのか、再びまゆりを椅子に座らせて「勝手しますよ」と自分でお茶を取りに行った。


 注いでから再び戻って、まゆりの対面に座った。

 紫蘭はまだ倉庫に直していなかった水晶を転がす。落ち着くとだんだんと恥ずかしくなってきたのでまゆりは自身の髪をいじる。

 無言も気まずいと思ったので、まゆりは紫蘭に質問した。



「誰か亡くなったことでも?」


 

 あそこまでだと聞きたくもなる。

 仕方ないとまゆりは自分を正当化しながら問う。



「貴女と似ている人を思い出してしまって……随分昔のことだ。貴女が気にすることじゃない。また会えたから……」


「よかったら、その人の聞かせていただきたいです」


「……そうだな。あの人は俺の主治医みたいなもので……出会いはそこからだろうか」


「へえ、なんだかいいですね」



 そうはいってもあまり話してくれない。

 まゆりと似ている人だと言っていた。


 随分前のことらしい。

 ただ、素面は俺とかなんだとか意外性を感じながらまゆりはじわじわと語られる話に耳を傾けた。


 紫蘭は思い出しながら同棲していたこと。魔法使い、しかも他者の回復魔法ができたことなどを話していく。



「だから俺を……」


「……?」


「いや、なんでもない」



 饒舌になり始めた紫蘭は途端に口を噤んだ。

 そして今度はここの街のことに話を変えた。まゆりも亡き人のことを言うのはきっと辛いだろうと察してこれ以上は突っ込まなかった。



「しかし、この街も変わってしまったな。祭りのこともそうだ」


「そうなのですか? あ、たしかに風の国に入ってからは神社付近から新しく建てられたものが多いかもしれませんね」


「寂しいものだな」


「そうですか?」


「ああ。ここも一度その人と来たことがあったから、それがなくなるのは悲しいな」


「……それはそうですね」


「ところで体調は大丈夫か」


「ええ、ありがとうございます。多分疲れが溜まっていたのかも」

 


 紫蘭はまゆりを安心させようと微笑む。

 それにまゆりも習う。

 まゆりの体調を案じたのかそろそろ休む旨を伝えられた。話が途中なのが悔やまれる。


 紫蘭も紫蘭でまだ心配そうにしている。まゆりは提案をした。

 彼の手首が赤く染まっているのを見て慌てだす。



「私も休みますよ。あれ?」


「ん?」


「怪我してますよ。ちょっと持ってきます」


「い、いや。すぐ治る」



 紫蘭の言葉を無視してカウンター下から救急箱をもってきた。手首には数箇所切り傷があった。


 白い着物の袖口も赤に染まっていた。

 もしかしたら、何か作業で作ったのかもしれない。

 全く気づかなかったのは巧妙に隠していたからかとまゆりは思いながら消毒して包帯を巻く。


 紫蘭も最初は唖然としていた。

 まゆりの行動が嬉しそうで先ほどの暗澹たる表情は抜ていく。

 一通り終わると、紫蘭は感謝を述べる。


 神妙な顔をする紫蘭。



「……『いろちはたな あふおも』」



 祭りの時に唱えた言葉を口にする。

 まゆりは婚約された時ってこんな雰囲気かと思いながら聞いていた。

「では明日昼に行く」とそう伝える。

 

 そして紫蘭は自分の使っている客室へと入っていった。


 ……あれって感謝の言葉とかなのかしら?



 土着のことには疎いまゆり。

 明日お昼を一緒に食べる時にでも聞いてみようと思い、まゆりも休息するため奥の自室に入って行った。

 彼の転がした水晶は月白げっぱくに光り輝いていた。

 














 朝。

 仕込んだしゆっくり起きようとゴロゴロする。やけに布団が硬い。

 まゆりは眼を開ける。

 そうしてすぐに分かった。








 ここは見知った自室ではない。

 

 しかし見覚えはある。

 唯一手にはあの水晶が。



 ――ここ、知ってる。



 立ち眩みに注意しながら立ち上がる。

 広い板張り。


 まゆりの民宿のようにキレイなものではなく、随分年季が入っている。それでも手入れはされている。汚さはない。

 歩くたびにギシギシと鳴る。


 正方形の形をしていて、四本の柱もある。中心にはゆるい段差、まるでステージ。

 まゆりは昔ここで演舞をした。

 髪を指に絡ませる。


 困惑と寒さと少しの懐かしさを覚える。

 昔目隠しをしてここまでつれてこられた。外は知らない。小さな窓があったので景色を見る。


 一面真っ白。

 雪かと思ったが違うらしい。

 遠くまで続く白い石楠花の花畑。

 ところどころ盛り塩のように白い小山。

 ここ以外の建築物を探してみる。しかし見渡しても、廃墟がその白い海原に屋根まで埋もれているくらい。

 

 その光景にまゆりはもしや死んでしまったのだろうかと不安になる。



「いたっ」



 頭痛がした。



 ――そうだ。

 今日ちゃんと自室で目が醒めて朝ご飯の支度をしたんだったわ。

 店も掃除して、いつもみたいに外出たら雪は積もってて。

 その時に打ち上げがあったのに、朝早く来たアゲハと話をしていた。……何の話したのだっけ?

 あのあとどうなったのかしら。



 どうやってここに来たのか。

 何時なのかも定かでない。

 誰かに連れてこられてここに来たのだという考えに達した。


 ギシギシと家が鳴る。

 その答えが来訪したことを伝えてくれた。


 そのまま強風で扉が開く。

 そこには昨日の朝空で見たあの白い鳳凰がいた。

 そのまま開いた扉からまゆりは外に出る。


 街にいたときより過ごしやすい天気だった。

 後ろを振り向く。


 まゆりのいた建物は遠くで見た廃屋に近いくらいボロ。どうにか神社か寺院の類なのだとわかる。

 

 どういう建物なのかわかった。

 まゆりは再び鳥に対面した。


 向こうはまゆりから近づくまで待ってくれているらしい。

 身を整えるように翼を羽ばたかせる。


 一歩、また一歩と近づく。

 翼を広げるとヒンヤリとしたそよ風。

 ともに舞うのは羽根ではなく花弁雪。

 天はどんよりとしているが、その僅かな光に反射して翼は極光に輝いている。

 孔雀、或いは火喰い鳥。

 またはヘビクイワシのような美しさを備えていていた。


 しかし、猛禽類のような瞳。威圧感も持ち合わせていた。

 

 この鳥に対してまゆりは恐怖などはなく、どこか親近感と安心感があった。なぜこの感情なのかはまゆり本人もわからない。



「あ……」


「気分はどうだ?」



 まさか話しかけられるとは思ってもいなかった。

 この声を何処かで聞いたことがある。

 まゆりは少し考えたあと躊躇しながらも呼びかけてみる。



「紫蘭様?」


「よくわかったな。昔のことはわからないだろうし……ああ、声か」


「あのここ……」


「ここは君が舞った場所だ」



 そうして一人で納得していた紫蘭にどうしてここに自分がいるのかをまゆりは問うた。しかし質問をみなまで言っていなかったので別の回答が返ってきた。


 仕方ない。


 そう思いまゆりは別のことを聞く。

 


「あの……街は……?」


「あそこは凍らせた。新たに建物が建てられていた場所は壊して――俺の記憶にあるかぎりだが過去にその場にあった木々を生やした。……わかるだろう? 思い出の場所がなくなるのが寂しいのは」


「……」



 昨日も寂しいとは言っていた事は覚えている。

 まゆりは咄嗟にかける言葉が出ず、無言になった。否定も肯定もできない。


 アゲハはどうなったのだろうか。

 あの街は……様々な疑問がぎる。

 唯一紫蘭の話でわかることは、恐らくあの人との思い出の場所だったことだけ。



「あの街にいた人たちは?」


「君が良いなら元に戻せるが……許せるのか? 心が広いのだな。流石だ。やはり転生? 記憶が戻ってくれればなお良いのだがな」


「許せる?」


「ああ、それは……――」










 話が終わって、まゆりは神社の軒下の岩に座った。

 まだ咀嚼しきれていない。

 それを聞いてしまうと、街を元に戻すとかどうでもよくなってきた。

 対する紫蘭は別の話をし始めた。

 

 話すと言ってもまゆりは相槌を打っているわけではない。

 だからほとんど独り言に近い。

 それでも楽しそうに喋る。


 まゆりの気をほぐすつもりなのか。

 あの人のことになればこの鳥は三日三晩鳴けられるのだろう。

 


「君に話した通り、昔ここに住んでいたのだ。住んでいたのは君と似たあの人だ。俺はその後だがな。元々の出会いは騎士として俺が討伐として来ていたからだ。

 あの人は怪我をすべて治してしまう。いわゆる回復魔法だな。だからこそいろんな組織に狙われていた。

 殺して宝石として売りたいと思う人間などが多かった。

 その中でも面倒だったのは、医療組織のものたちでね。知っての通り回復魔法がない。だから発達しているだろう? そいつらはすぐ治す者が邪魔で仕方なかった」

 


 そういって紫蘭はまゆりが昨夜手当した包帯が巻かれた翼を差し出す。

 昨日までのことが大昔の気分で大昔のことを聞いていたまゆりは鳳凰の眼を見た。

 


「俺は当時手柄を取りたかった。そいつらも消していった。ある時致命傷を負ってしまってね。眼の見えないところで戦っていたからあの人も驚いていた。

 あの人から助けられた。俺もそいつらと同じ立場だということも知らずに。

 いやもしかしたら知っていたかもしれんな。それと人間の時俺は体も弱くてな。そこも診てくれた。騎士団に入ったのも改善するためだったのだがな。

 ふふ。面白いだろう? 討殺しに来ていたというのに、今となっては追いかけている。

 その内一緒にいる時間が増えていった。あれを付き合っているとか結婚したと言えるかはわからん。  

 ……ああ、それと。君の家にあったあの水晶。あれはあの人からもらったものだ」


「え?!」

 


 それまでのろけ話だったこと。まゆり自体が気持ちの整理をつけている途中だった。

 

 急にまゆりの水晶の話をされたので驚いた。

 咄嗟に裾に入れた水晶を触る。


 紫蘭も見つめ返し代わりに紫蘭も当時使っていた剣の宝石をあげたと話した。

 結婚指輪みたいなものだろうか。 


 まゆりはそれまで流して聞いていた。

 今度はしっかり聞き始めた。



「あの人といっしょにいる時、その騎士団からなにか注意されなかったのですか?」


「特になかったな。別の組織も倒せとも言っていたし……途中から生け捕りにしても良いとお達しがあったからもしかしたら、バレていたのかもしれないな」


「そうなんですね。あ、続きお願いします」


「あ、ああ。ある日俺はいつものように倒してから向かおうと思っていた。しかし向こうも頭は悪くない。不意打ちを食らってしまった。

 あれは今でも恥ずかしくなる。倒した人間はおとりで囲われていたのはわかったのだが、気づいたのが遅かった……。暗くなっていく視界と寒くてたまらなかった。あれが死というものだと初めて知ったよ」


「そこであの人に助けられたのですか?」


「ああ。あの黒くなった視界でとても輝いていた。この時あの人は君も知ってるあの言葉を俺にささやいた。これが最期なら本望かと思ったのだが……」



 その話の途中、鳳凰が煙塵に包まれる。

 まゆりもこの爆撃で耳鳴りがして座り込む。



「!!」



 鳥と共に地面の白い石楠花も朱く染まっていく。翼を広げて声にならない悲鳴を轟かせる。

 純白の世界が紅に変わっていく。

 

 まゆりに被害を被らせないように少し距離を取っている。



「大丈夫か!?」



 聞き覚えのある声が右から聞こえてきた。


 アゲハだ。


 それと後ろにもギルドの人達が空間を割ってここに来ていた。転送装置を導入したのだろうか。

 そういえば、と。

 まゆりは昨夕アゲハがなにかの装置をギルドに手配した忙しいとぼやいていたのを思い返す。


 これのことか。


 ギルド員数名が持っていた機器に埋め込まれている宝石が真紅に光る。

 そこから火炎放射していく。

 白から赤へ、そして黒墨になるまで焼いていく。


 まゆりは巻き込まれるのを承知で咄嗟に駆け出す。

 しかしアゲハにより阻止された。



「さ、今のうちに行こう!」


「でも、街は……」


「確かに氷漬けになっていけない。避難場所があるんだ。そこから来た。あのあと風の国の防衛団が来て、街の者は避難したんだ。だから人の被害は最小限に抑えられていると思う」



 帰ろうと言ってアゲハはまゆりの手を引いていく。

 力が強くなすがまま。まゆりは後ろを振り返る。

 火炎や粉塵で見えなくなってしまった。


 氷の力を主としているから火で対抗したのだろう。溶けていく鳳を想像して眼を瞑る。


「これで終わりだな」

  

 ――と誰かがつぶやく。

 まゆりが再び見開いた時。

 空間の裂け目付近の盛り塩のようなものから手が出てきた。氷柱を出しながら紫蘭が飛び出してきた。

 盛り塩だと思っていたものは雪の塊らしい。


 ちょうど裂け目が攻撃していたギルド員たちの背後。

 そのため鋭い氷柱に串刺しにされていく。



 さっきとは変わって人形ひとがたの紫蘭からは翼が生えていた。

 肌はところどころひび割れていた。

 まゆりは自分を助けに来てくれたにも関わらず、他人事のようにこれを眺めていた。



 ――ああいうのを天使というのかしら。



 簡単な仕事だと言われたのだろう。

 大半は逃げ腰だった。 

 まだ立ち上がれてほんの一部が、火炎や剣での攻撃に切り替えて立ち向かう。


 剣を振りかぶる。

 紫蘭がその者を見た。

 瞬間、時が止まった様に氷像へ。

 

 

「雪なんてただ保存したいだけ。目で見たことしか信じないとは……愚か」


「い、行こう! まゆり。彼らの死が無駄になる」



 紫蘭がギルド員をして白い曼珠沙華をよく見る朱色に変えてしまった。そうして養分になったところを見て、アゲハは立ち止まってしまったまゆりを促す。


 紫蘭がこちらへ滑空してくる。


 仕方ないと力ずくでまゆりをなかに引きずった。

 二人がこの転送装置にきたと同時に白い景色から切断。
















 ――もし、俺が必要ならまたあの言葉を。



 まゆりは穴に入る直前に紫蘭からそう伝えられた気がした。


 まゆりはへたり込んでしまった。

 ここが避難所なのだろう。


 わざわざ装置をここへ持ってきて今回の作戦をしたくらい。

 それは唖然としているまゆりでもなんとなくわかった。

 そんなまゆりをアゲハは抱っこして部屋へと連れて行った。


 部屋に入りまゆりをベッドに下ろす。



「待っててくれ。君のことをどうするか。ちょっと話してくる」



 どこに? 誰に? どうするか?

 おかしなことを呟くアゲハに聞く前に、彼は部屋から出ていった。

 ホテルの一室みたいな簡素な部屋。

 やる事はないので、窓を眺めることにする。


 窓の外は猛吹雪。

 その中からなんとなくまゆりが住んでいた街よりも大きなビル街などが多く、発達しているのは伺えた。恐らく風の国の都市の近くか。


 まゆりは落ち着いて今日を思い出す。

 あの場所へ来る前の空白の時間、アゲハもそれを伝えに来ていた。

 危ないからと本家に連れて行こうと。


 そのあと紫蘭が連れ去った。


 まゆりはあの白い花畑で紫蘭から聞いたことを思い出す。

 


――『蘇生もあの人は使えることができた。だから俺は生きることができている。この氷雪のちからは二の次。この街を当時のまま保存したかったからだ。代わりに回復魔法は使えないがな。

 

 俺のことはいいとして、今のように過去そのままにするため街を氷漬けにしようとした。……他の地域もした。きれいなものだ。今度見せてあげよう。

  

 ただな、あの街は頑固でな。当時の者が交換条件を出してな。

 転生というものを俺に力説した。

 信じてみようと思ったのだ。

 それから世界中探し回って、それに近い子を養子として迎え始めたようだった。

 年頃になるとここで俺と引き合わせて。案外その子達は嫌だとはいわなかったな。それだけは不審だった。

 望めば氷漬けしてずっと愛でていたのは楽しかったな。

 ……それはいいとして……そうして、街を奴らは守っていた。他所の子を犠牲にして。生贄が逃げないように見張りを何人もこさえて。

 ずっと大昔からな。

 しかし……ちょうど君が舞った後のことだ。風の神を祀っている国と話し合い、風によって俺の力を山に留まらせるようにされてしまった。そこから祭りも街の様相も変わってしまった。悲しいものだ。

 

 ……真実を聞いて君が俺とくるか、あの若者といるかは、君に任せよう』



 いつも不審だったことが腑に落ちた。

 なぜ閑散期でもまゆりのところに必ず人が泊まるのか。ホテルだってたくさんあるのに、だ。


 そして日中のご飯時に多すぎる客。

 常に何かを与える地元民。

 アゲハも必ずまゆりの元へ訪れる。

 学のないまゆりを、民宿という場所に縛り付けているような。


 ずっとずっと恩返しを思っていたのに、全てを聞くと裏切られた気分になる。


 水晶を握りしめた。

 きっと昔いたはずの子も、信用していた人たちに裏切られるならと紫蘭について行ったのかもしれない。



 ――もし、俺が必要ならまたあの言葉を。



 聞いていると信じてまゆりは最期に言ったという言葉を口にした。



「『いろちはたな あふお(想うは あなた一人)も』」



 雪がきっと跡を隠してくれると信じて。

お読みいただきありがとうございます。

いいねなど励みにになります。



紫蘭:花言葉「変わらぬ愛」「あなたを忘れない」「美しい姿」

彼岸花:花言葉「悲しい思い出」「想うはあなたひとり」「情熱」「独立」「再会」「また会う日を楽しみに」「あきらめ」


彼岸花の花言葉の内の一つの「想うはあなたひとり」omouha anatahitori → irotihatana ahuomoと逆から読んでます。

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