休養日
翌日、冒険者ギルドへのダンジョン攻略の報告を終えた勇者パーティは、訓練も依頼もない休養日を楽しんでいた。といっても、それぞれの休暇の楽しみ方はいつもと変わらず…
「ラン、剣の手入れが終わったら、早速手合わせするぞ。」
「うん。わかってよ。」
ランとルースの2人は、宿舎の一室で共に剣の手入れをしながらそんな会話をしていた。その傍で、ユウも彼らに手入れの仕方を教わっていた。
「どう?ユウ。自分の手で愛剣を磨くのって楽しいでしょ。」
「はい!」
ユウは自身の剣が輝きを取り戻したことに感動する。自分の手で磨いたのなら猶更だ。
「どうだ。ユウもこの後来ないか?」
「すみません。この後はイヴさんと約束があって。」
「そうか。それは仕方ないな。」
実はライトウルに到着した直後、イヴから買い物に付き合って欲しいとお願いされていた。何を買うのかも聞かされていないが、「貴方にしかできないこと。」とだけ言われている。
「もう来ていたの。早いわね。」
ユウが噴水前で待っていると、彼女はピッタリの時間に現れた。お嬢様らしい服装の彼女は、普段の凛々しい姿とは異なって、可愛らしい。
「じゃあ早速行くわよ。」
そんな見た目とは裏腹に、彼女が向かった先は武器屋だった。入店すると彼女は慣れた足取りで店に奥に進み、魔術師向けの小型の杖が置かれた区画に向かう。
「貴方に目利きして貰いたいの。」
それは確かにユウにしかできない事だった。
「良いですけど、ちょっとズルくないですか?」
しかし、ユウが視るのはいささか不公平の様にも感じる。彼なら簡単に掘り出し物を見つけてしまうのだから。
「良いのよ。自身の力を引き出すには、優れた杖が必要なんだから。それに強ければ強い程、皆の力になれるからね。」
「確かにそうですね。」
イヴの言葉は真理だった。冒険者にとって武器とは、敵を殺すための道具であると共に、防具とは異なって、味方さえ守れてしまう物。優れた武器を優れた者が扱えば、より多くの人を守れるのだから、手段を選んでられないのは当然ことだった。
そう納得したところで、ユウは一通り視て回った。その中で、一際目立った杖があった。
「その杖?」
それはケースに入ってるでもなく、籠の中に雑多に置かれた杖の1つだった。
「はい。イヴさんが今お使いの杖と比べたら劣りますが、凄まじい性能です。」
「そう。ならそれを買いましょう。」
ユウの鑑定を信頼している為か、イヴは彼が選んだ杖の購入を即決する。
「えっ。悩まなくて良いんですか?」
「うん。だって、貴方が視て選んだのだから、悩む必要がないわ。」
「そうですか。」
杖はその性能に不釣り合いなほど安価で購入できた。そんなので良いのかと言いたげな店員の顔は忘れられない。
「うん。良い買い物をしたね。」
店を出て悪い顔で笑う彼女は、到底、正義の味方である勇者パーティのメンバーとは思えない。
――なんか悪いことした気分…
ユウがそうやって落ち込んでいると、唐突にイヴが声を掛けてきた。
「ユウ。」
「なんですか?」
彼女の方を見ると、笑顔でさっき購入した杖を差し出す。
「はい。プレゼント。」
「え?僕にですか?」
ユウは困惑する。自分がプレゼントを渡される理由がなかったから。しかし、イヴは彼の困惑を吹き飛ばすように、「そうよ。」と力強く頷いた。
「他に誰がいるの?」
「なんでですか?僕、何か祝われるようなことしましたっけ?」
「祝い事じゃなきゃプレゼントを渡しちゃいけないの?といっても、今回は祝い事だけれど。」
そう言って、イヴは強制的にユウに杖を手渡すと、
「初ダンジョン、攻略おめでとう。貴方の冒険者としての第一歩を祝して、私からの贈り物よ。」
初めてのダンジョン攻略を成功したことに対する祝いだと告げた。
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ。そんなに喜ば...いえ、私もあの時喜んだわね。」
聞いたところ、イヴも初めてダンジョン攻略をした時、ソウから腕輪をプレゼントされたそうだ。その腕輪は今でも彼女の腕に着けらており、それを見て、贈り物をしようと思い立ったらしい。
「その杖があれば、今よりももっと楽にスキルを発動できるはずよ。鑑定するときは不要だろうけど、障壁を発動するときは使うと良いわ。」
「わかりました。」
ユウは目を輝かせて杖を眺める。その様子にイヴはある提案をする。
「ユウ。その杖、試してみたくない?」
「良いですか!試したいです。」
「よし。じゃあ装備に着替えたら、訓練場に行くわよ。」
そう約束した2人は部屋に戻って着替えると、急ぎ足で訓練場に向かった。訓練場に着くと、ランとルースが壮絶な剣の打ち合いを繰り広げていた。
周囲には観戦客さえいる始末で、目立ちに目立ちまくっている。そんな2人を他所に、イヴは早速ユウと共に訓練を始める。
「さて。私が魔術を放ったら、それに合わせて障壁を発動しなさい。前と違って、間に合うはずだから。」
ユウは以前の訓練で、一度だけイヴの魔術を受けたことがあるが、見事に障壁が間に合わず直撃。手加減してくれていたから、傷一つつかなかったが、あの日衝撃は今でも忘れられない。
「はい!」
イヴの魔術は正しく目にも止まらぬ速さ。正直、見てから合わせるには余りにも時間が足りない。実際、以前の時は障壁の発動自体は間に合っても、障壁が構築する前に魔術が直撃した。しかし、イヴが自信満々に間に合うと断言したのだから、ユウはそれを信じて受けるしかない。
直後、イヴの魔術が放たれる。やはりその動きを捉えることはできない。しかし、障壁の発動はその初動に合わせることができた。後は、障壁の構築が間に合うか。
思わず目を瞑りたくなるが、ユウは意地でも目を背けずにイヴの魔術の行く末を見届ける。
パシュ。という音がユウの目の前で鳴って、炎が霧散する。どうやら障壁は間に合ったようで、彼女の手加減した魔術は、障壁に防がれたらしい。
「うん。良いね。」
その光景にイヴは嬉しそうに笑みを浮かべる。対照的に、ユウは障壁と杖を交互に見て呆然としている。
「どうしたの?まさか、防げたことに驚いてるの?」
「はい。この前は、全く間に合わなかったので。」
「ふふ。当然でしょ。何の為の杖だと思っているの。剣が人に鋭さを与えるように、杖も人に速さと正確さを与えるのよ。」
一見すると、ただの木の棒にしか見えない杖だが、それだってれっきとした武器なのだと、今初めて実感した。
「ユウ。もう少し」
「――イヴ、ユウ。何をしてるの?」
イヴの言葉が遮られる。声の方を向くと、しょんぼりと俯いているランとルースと共に恐ろしい表情のソウが立っていた。
「ソ、ソウさん!?これは、えっと…」
「言い訳無用。休養日は、訓練禁止って言ったわよね。」
冒険者にとって休養は、依頼で疲れた体を休める目的や気付かない内にすり減った精神を養う目的がある。その為、健康第一を信条とするソウにとっては休養は最も重きを置く部分である。だからソウは、常日頃から休養日は訓練禁止と言い聞かせているのだが…
「はぁ。ランやルースはいつものこととして、イヴとユウまで…お姉さん悲しいわ。」
頭を抱えるソウにイヴとユウは申し訳なさそうに「ごめんなさい。」と謝罪する。そんな悲し気な2人に、心優しいソウは思わず許してしまう。
「もう。そんな悲しい顔しないで。次から気をつければいいわ。ユウとルースは許さないけどね。」
「はい…」
ただし、何度も約束破っているランとルースは許されるはずもなく、その後こっ酷く叱られたのは言うまでもない。
「さて、明日だけれど」
「私は約束破りました。」という名札を首に掛けられ、正座させられているランとルースを横目に、ソウは翌日の計画についての再確認を始める。
「常日の遺跡攻略に当たっての必須アイテム、斜陽花の採取に向かうわ。」
斜陽花は、一片食べるだけで寒さに対する絶対的な耐性を得られるという花で、数年前から突如極寒の地となった常日の遺跡を攻略するには、絶対に必要なアイテムである。
「朱陽山は、魔物の数は多くないけれど、断崖絶壁や巨大な渓谷があるから決して安全とは言えないわ。特に一面に斜陽花が咲く花畑は山の頂上にあるから、準備を怠らない様にね。」
「わかりました。」
朱陽山は帝国最大の山で、その頂上に年中斜陽花は咲いている。その採取難易度は決して低くなく、それを手に入れようと安易に挑戦した人々が、年に数人、行方不明になっている。
それを知っている勇者パーティは、第九大空洞の準備と並行して、念入りな準備を済ませている。
「さっ。確認は終了よ。明日に向けて、ちゃんと睡眠をとるように。」
ソウの言いつけ通り、一同は宿に戻ると各々準備を済ませて眠りについた。
翌日、ユウが部屋を出た所、丁度、ランも出発しようとしていた。
「ユウ。おはよう。」
「おはようございます!」
ランと共に集合場所に向かうと、既にイヴとソウが馬車の依頼を済ませて待っていた。
「ルースは?」
「まだ来てないわよ。」
「そうか。じゃあ、先に皆には渡しておこうかな。」
ランが取り出したのは赤い液体が入った瓶。鑑定してみた所、それは耐寒のポーションだ。
「朱陽山は標高が高いから寒暖差が激しい。だから、体調を崩すことも少なくない。その対策として、これを用意した。これを飲んでおくだけで、寒さ対策になる。勿論、防寒対策は忘れない様に。」
ポーションを受け取ると、各々自分の荷物に不備が無いか確認を始める。そうしていると、ルースも集合場所に到着する。ポーションを受け取り、荷物の確認を手早く済ませると、馬車に乗って待つ一同に「遅れてすまない。」と謝罪する。
「安心してください。集合時間5分前ですので、遅れてないですよ。」
「そうか。」
遅れたと勘違いしていたルースはホッと胸を撫でおろす。
「さて。出発しようか。」
かくして、一同は朱陽山へと向けて出発する。ある人物の運命が大きく変わるとも知らずに。