初陣
「さて本日だが、第九大空洞に行きたいと思う。」
あれから5日が経過した。ユウの障壁はみるみる練度を増し、技能レベル4には到達しなかったものの、それに近しい完成度にまで成長した。
それを切っ掛けに、ランは実戦訓練としてB級ダンジョン「第九大空洞」の攻略に踏み切る事にした。B級ダンジョンは超一流のパーティであれば、十分に攻略できるとされるダンジョン。
「ユウが訓練している間に、こっちの方で準備は済ませてある。ユウ、覚悟は良いかい?」
ダンジョンにはそれ相応の危険が付き物だ。それに挑戦するには、当然相応の覚悟が必要である。
「はい!」
ユウの表情は明るい。どうやら、既に覚悟が決まっている様だ。
「よし。それじゃあ行こうか。」
早速、勇者パーティはライトウルを出発する。第九大空洞はライトウル近辺の地下にあり、それ程離れている訳ではない。一時間もあるけば着いてしまう距離だ。
「ソウ。」
「ええ。」
ダンジョンの入り口は冒険者ギルドによって特殊な結界が張られており、中からも外からも簡単には出入りできない仕組みなっている。当然、冒険者ギルドの結界なので、冒険者には解除する術がある。
どういった方法かわからなかったが、ソウは慣れた手つきで結界を解除すると、ダンジョンの扉を開いた。
「さあ。行きましょう。」
事前の作戦通り、前からルース、ユウ、ソウ、イヴ、ランの順番で進んでいく。
「ルースさん。止まってください。正面の足元にトラップがあります。」
ユウは常に鑑定で周囲を経過し、何かを発見すれば逐一報告する。それが罠であれば、
「わかった。」
イヴの魔術によって事前に意図的に作動させ、罠を回避する。
「進もう。」
そうやって地道に進んでいく。できる限り戦闘は避け、避けられない場合はユウが分析し、的確に弱点を突いて一瞬で終わらせる。そうやって一日目の探索が終了した。
「周囲に魔物はいませんでした。一応、トラップを張って来たので、見張りの時は注意してください。」
イヴは野営地の周辺の危険を全てを排除して、更に魔術の罠を張り巡らせ安全を確保したことを報告する。
「ありがとう。見張りは僕とルースが後退して行う。魔力を大量に消費しているユウとイヴはしっかりと回復に努めるように。」
そう言って、ランは楽し気に見張りへと向かう。その後ろ姿をユウが不思議そうに眺めていると、ルースが彼が何故楽し気なのか理由を教えてくれた。
「これ程までスムーズにダンジョンを探索できたのは初めてだったからな。余程嬉しかったんだろう。」
「そうなんですか?」
ユウが勇者パーティに与えた影響は、想像よりも凄まじく、彼の鑑定は魔物の能力だけでなく、隠されたトラップや道までも発見してくれた。
「いつもは先頭のルースがトラップを引き当てて爆発していたりしたけど、今日はそれがないから楽ね。」
「む…すまない。」
「いいのよ。それが私の仕事だもの。」
いつもはルースが先陣を切り、その肉体で罠に耐えていたため、それを治すソウの負担が大きかった。しかし、今日はルースが進む前にユウが罠を発見する為、ルースは未だに無傷で済んでいる。
「さっ。皆さん、さっさと寝ますよ。明日にはダンジョンボスの部屋に着くんですから、しっかり休憩しないと。」
「そうね。寝ましょうか。」
ダンジョンに入った直後にイヴが探知した通りなら、明日には到着できる地点にダンジョンボスが鎮座する部屋が存在する。それに備えて、4人はランに見張りを任せて眠りに着いた。
翌日、最初に目を覚ましたのはイヴだった。普通、ダンジョン内では時間が感覚が狂うものだが、彼女は当然の様にいつも通りの時間に起きた。
「おはようございます。ルースさん。」
「イヴ。もう朝になったのか?」
「はい!」
ランから見張りを変わったルースは、見晴らしの良い位置で周囲の警戒に当たっていた。
「もう魔力は回復しましたから、見張り変わりますよ。」
「よろしく頼む。私は皆を起こしてくる。」
「お願いします。」
イヴが見張りを代わり周囲を警戒していると、幾つかのトラップが作動していることが分かった。その近くには魔物の死体がある。
「あの魔術、結構いいかも!」
その魔術は常日の遺跡に向けてイヴが新しく開発した魔術で、実践したのはこれが初めてだった。それが無事に作動したことを知り、拳をギュッと握って年相応の笑顔を見せる。
一方、ルースに起こされた一同は朝食の準備を始めていた。
「イヴを呼んできて、すぐできるから。」
「わかった。」
ダンジョンでの食事は保存食が基本である。その理由は新鮮な食材の管理は、気候が不安定なダンジョンでは難しいからだ。しかし、勇者パーティは違う。
聖女が持つ固有スキル〈清潔〉は、あらゆる物を清潔にし、保つという力を持っており、その能力によって、彼女は常に清潔な状態を維持した食材を手元に揃えている。当然、生物は持ち運べないが、それ以外ならどんなものも、様々な場所に持っていける。
「わぁ美味しそうですね!」
いつも通りの健康に配慮したソウの料理が振る舞われる。それにより士気を高め、気合を入れ直して勇者パーティは二日目の攻略を開始した。
昨日と同様の陣形で更に深部へと潜っていく。魔物の数も強さも上がっていく一方で、避けられない戦いも増えてくる。その中で、光るものを見せたのはユウだった。
彼は、唯一家から持ってきた愛剣を使って、倒せはしなかったが何体かの魔物を退けてみせたのだ。その様子からは相変わらず呪いを感じさせない。
「サブナさんから剣術を教わっていたのか?」
「はい。基本だけですが。」
ルースから見て、その剣術からはユウの努力が伺えた。
「良い剣筋だ。基本がしっかりしているな。」
「あ、ありがとうございます!」
冒険者には基本を疎かにする剣士が多い。それをルースは憂いていたが、どうやらユウは基本の大切さを理解しているらしい。
基本なくして極致あらず、基本を極めて者こそが天上に至れる。それがルースの持論であり、生きる指針。
「2次の方向に敵です!」
それを最初に察知したのは、〈探知〉というスキルを発動していたイヴだった。
「ワーウルフ!?」
ランが驚くのも当然で、本来はB級ダンジョンにいるはずのない程の魔物。ハッキリ言って、勇者パーティの敵ではないが、B級ダンジョンにこのレベルの敵がいること普通ではない。
「ラン。ここは私に任せてくれないか?」
「一人でやるってこと?別にいいけど。」
「ありがとう。」
珍しく一人で戦うと言うルースを不思議に思いつつも、危険性はないとランは許可を出す。その直後、やはり珍しく彼女が本気の剣術を披露したことで、彼女が何故一人で戦うと言い出したのか理解する。
ワーウルフは3メートル近い巨体を誇る人狼で、スピードとパワーに優れている。特にパワーは人間を遥かに超越しており、ルースですら後れを取るほど。しかし、ワーウルフが繰り出した横薙ぎを、ルースは大剣を盾に軽々と往なし、その流れで背後を取ると、その場で踏ん張りを利かせ、彼女も横薙ぎを放ってみせる。ワーウルフは横薙ぎを往なされた影響で、体勢を崩しており、当然避けれるはずがなく、ルースの強靭な肉体から放たれる斬撃は、ワーウルフの胴体を両断して見せた。
その流れるような剣術は余りにも美しく、正しく攻防一体を体現した物だった。
「剣術の流派は多種多様で、型もその数存在する。しかし剣術の基本は変わらない。待ち、往なし、斬る。ユウ、それを忘れぬようにな。」
「はい!」
魔物との戦闘では一瞬の隙さえ命取りだ。しかし、どんな生物であれ攻撃の瞬間には隙を見せる。超一流の戦闘の場では、その攻撃の一瞬の隙をいかに突けるかが勝敗を分ける。だからこそ、ルースは基本を重視するのだ。
「さて、先に進むとしよう。もう周囲に魔物もいない様だしな。」
その後も何体かの魔物を討伐した一同は、周囲の確認を終えて再び奥へと進む。少しずつ奇妙な魔力が強くなっていることが、イヴでなくともわかった頃、その扉に前に辿り着いた。
「この先にボスがいます。」
扉の前で探知を行い、イヴはボスの部屋だと断言する。
「さてもう一度、おさらいしよう――」
ボスの部屋を前に、ランは今一度作戦の確認を行う。そして、全員の確認を終えるとイヴに合図を送る。
イヴはその合図に頷くと、ボス部屋の扉を魔術で粉砕する。それと同時に、ランとルースが突入し、障壁を発動、その背後に隠れたユウはボスを鑑定する。
ボスの見た目は正しく竜、そしてその見た目通り名称はワイバーン。空を舞ってこちらを注視している。
「弱点は背中です。特に、両翼の中心は著しく防御力が低い。攻撃は口から吐く二種類の炎と翼による風の刃です。赤い炎は速度重視、青い炎は威力重視なので注意してください!」
報告と同時にワイバーンが赤い炎を放つ。報告通りならそれは速度重視、当然、呆気なく障壁に防がれる。それを見て、青い炎を放って来るが、それはイヴが魔術を放って空中で相殺する。それに伴って、ボーンと空中で爆発が起こる。その様子から青い炎の威力が凄まじさを実感する。しかし、これは勇者パーティにとって朗報である。
「ユウ。完璧だ!」
ユウが鑑定を始めて報告するまでの時間は一秒にも満たなかった。それでかつ、その情報は恐ろしいまでに正確だった。勇者パーティは彼の存在に今一度感謝する。
「ソウ!」
ランの合図と同時にソウは〈鉄鎖〉を発動。ワイバーンの両足を鎖で絡めとり地面に引き込む。直後、ワイバーンが翼を広げる。更に上昇する、と思わせてワイバーンが放ったのは風の刃。鎖を断ち切ろうとするが、既にそれを知っていたイヴは、冷静に魔術を放って相殺する。最後の希望を失ったワイバーンは、為す術なくを地面に縛り付けられる。
それと同時にランとルースはそれぞれ、片翼ずつ翼を切り落として、ワイバーンの機動力を封じる。最後に止めとしてルースがワイバーンの弱点へと大剣を突き刺す。
「生命力ゼロ。討伐完了です。」
念のためユウは鑑定して、ワイバーンの絶命を確認する。しかしまだ油断できない。周囲に別の魔物が隠れている可能性を捨てずに、慎重にボス部屋の最奥に向かい、そこに保管されているダンジョンコアを破壊する。
直後、ダンジョンは消滅し第九大空洞は、単なる大きな空洞に戻った。
「よし!お疲れ皆。」
ここでやっとダンジョン攻略が終了する。
「はぁ。ボス戦はいつも緊張しますね。」
「そうだな。一瞬のミスが命取りになり得る。」
「そうね。今回も上手くいって良かったわ。」
一同は緊張がほぐれたようで、先程まで最少の言葉で会話していたがいきなり饒舌になる。そして、一同が「でも」と言葉を続けた。
「ユウのおかげで楽に勝てた。ありがとう。」
全員が嬉しそうにユウに感謝を述べる。その理由は語るまでもないだろう。しかし、感謝を言われた当の本人は、
「こ、怖かった...」
恐怖でそれどころではなかった。それもそのはずで、先程までは興奮状態で恐怖を感じていなかったが、彼は初めてダンジョンボスと戦ったのだ。それもB級というハイレベルなら環境で。
並みの人間なら恐怖で身動きが取れなくたっておかしくない。何せ、自身の何倍も大きい怪物が宙に浮いて、炎を吐いてくるのだ。怖くて当たり前だ。その恐怖が、今になってユウを襲っている。
「見直した途端コレですか。やっぱりまだまだ子供ですね。」
「貴女も初めての時は怖がっていたわよね?」
「記憶にありません。」
腰を抜かすユウを前に、イヴとソウはいつもの調子で会話を始める。イヴはともかく、ソウまでもユウを心配していない様子だ。いつもの彼女なら心配してそうな物だが、彼を対等な冒険者だと思っているから、あえて心配しなかった。そしてそれは正しかった。
「でも、僕も役に立てた。良かった。」
声は届いていなかっただろうが、流石の彼も自分の力を自覚し始めたようで、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべていた。
「ユウ!」
「は、はい。」
ランの声にやっとユウは1人の世界から戻って来る。そして、先程聞こえていなかったであろう言葉を改めて言う。
「ありがとう、ユウ。」
皆に感謝の言葉を言われて、思わずユウは涙を流す。自分の居場所が初めてできたと思えたから。
「こちらこそ。ありがとうございます。皆さん!」
新生勇者パーティの初陣はこうして幕を閉じた。