訓練
防具屋イサムは帝国随一。どれだけ高名な冒険者でも一度はその防具にお世話になっている。
「らっしゃい。あ?勇者パーティじゃねぇか。今日はどうした?何か壊れたか?」
「いえ。今日は、この子の防具を買いに来たんです。」
「ん?新入りか。わかった。ちょっと待っとけ。」
店員はユウの顔を見るや否や、特に何も聞くことなく店の奥へと入っていった。その不思議な状況にユウは当然困惑する。
「大丈夫だよ。安心して待っていればいい。」
「わかりました。」
何故か得意げなランを信じて、ユウは店員を待つことにする。すると数分後、1つの防具を持って現れた。
「早速着てみてくれ。きっと合うはずだ。」
促されるままその防具を着てみると、驚くほどピッタリで、勿論重いが何故か動きやすい。
「どう?痛い所とかない?」
「はい!あまりにピッタリで…まるで何度も来たことがある様な感じです。」
「当たり前だ!俺が選んだんだからな。」
後に聞いたところ、彼はこの店内の防具を作った鍛冶師本人であり、人を一目見ただけでその人の身長と体重を見極め、完璧に合う防具を選んでしまうのだという。
「大事にしろよ。ランにも言われたと思うが、防具は冒険者の命綱だ。一つの欠陥もあっちゃいけねぇ。日頃の手入れと確認は忘れねぇようにな。」
「はい。ありがとうございます!」
お代を払って勇者パーティはイサムを後にする。ユウは初めての防具がよっぽど嬉しかったのか、早速装備している。
「子供ね。」
初防具にはしゃぐユウをイヴは鼻で笑う。しかしソウの記憶には彼女の去年の姿が浮かんでいた。
「貴女だって初めて杖を手に入れた時ははしゃいでいたじゃない。」
「いえ。そんな記憶はありません。」
まだまだ子供っぽい所が残るイヴに微笑みつつ、ソウはそろそろ次の目的地に着くことに気付く。そこは一般的な訓練場。広場と幾つかの的が置かれている。
「ユウ。早速だけど、スキルの練習をするわよ。」
ソウがユウに習得させようとしているのは、冒険者なら誰もが持っている最強でかつ簡単なスキル。
「これが〈障壁〉よ。」
ソウの眼前に広がるのは黄金に輝く透明な壁。それこそがあらゆる攻撃から術者を守る障壁である。
「発動は簡単よ。体から魔力を放出しながら、目の前に壁を作るイメージをするだけ。」
体内の魔力を変換することでスキルが発動できる。障壁はその変換が最も簡単で、最低限の想像力さえあれば障壁を発動できる。しかし、それを維持できるかどうか別で――
「さぁ、やってみなさい。」
「はい!」
ユウの魔力量はイヴ曰くかなり多い方。勇者パーティではイヴに次いで2番目に多いらしく、返事から数秒で、障壁を発動して見せた。
「天才ね…」
少し離れた位置に座って彼を見ていたイヴが思わず呟く。
簡単と言ってもスキルの習得はそんな容易ではない。比較的簡単な障壁でさえ、平均的には一週間前後の特訓を経て、ようやく習得できる。それをほんの数秒で習得してしまったユウは正しく天才であった。
「良い調子ね。それじゃあ、次はそれをできるだけ維持してみなさい。」
集中しないと途切れてしまいそうで、ユウは言葉を出さずに頷いた。それから動かずに一分間、障壁を維持して見せた。
障壁崩壊後、ユウを疲れが襲う。全身から汗が止まらないのがその証拠。ユウは膝をつきながら、必死に息を吸う。そんな彼の肩をそっと触って、ソウは何らかのスキルを発動する。それと同時にユウを襲った疲れがすっと消えた。
「はぁ、はぁ。今のは…」
息を整えてユウは今の現象についてソウに尋ねた。彼女はそれを魔力の使い過ぎだと言った。
「今まで使っていた鑑定と違って、障壁は大きな魔力を消費する。魔力の多いユウにとっては些細な魔力の減少だけれど、今までと比較したら大きな魔力の減少、それに体が拒否反応を起こして、それが疲れとなって体に現れたのよ。」
魔力は生命力の1つで、それを尽きればどんな生物だろうと死に至る。だから、大きな魔力を消費したり、魔力が尽き欠けると体は拒否反応を起こして、魔力の消費を止めようとする。具体的には、全身に痛みが発生したり、気絶したりするのだ。
それが今、疲れという小さな形でユウの体にも起こった。
「安心して。何度だって私が治してあげる。だから、心置きなく何度も挑戦しなさい。」
「はい!」
厳しいように思えるが、これが最も成長に繋がると誰もが理解している。限界のその先。そこに次なる成長があるのだから。
「私もそっちで特訓してますね。」
彼に看過されてかイヴも杖を取り出して、少し離れた所で魔術の練習を始めてしまった。その様子にいてもたってもいられず、ランとルースもお互い剣を取り出して訓練を始めた。
いつもの勇者パーティらしい光景にニコリと笑みを浮かべながら、ソウはユウの集中力に感心を抱く。
――ユウの集中力は、まるでイヴを見ているようね。まさか、早速一分間も維持してしまうなんて。
一般的な冒険者でさえ、障壁を維持できるのは精々、三十秒程度。勿論、戦闘中に動きながら発動するのと、微動だにせずにスキルだけ発動するのとでは難易度が雲泥の差だが、習得したてで一分も維持できるのは普通ではない。
しかし数分後、ソウは違和感に気付く。何度やっても、障壁の維持が一分を超え無かったのだ。それが限界だったとは、ソウには思えなかった。何故なら彼はソウの治療を受けては、すぐにスキルを発動できていた。一分が限界なら、治療を受けてもスキルの発動にはそれなりの休憩が必要なはずなのだ。
その違和感を拭う為にソウは一度、ユウの体について隅々まで調べることにした。それにより、彼が何かしらの呪いを受けていることが分かった。
「これは…」
何故今まで気づかなかったのだろうか。それ程までに強力な呪いが彼の体を縛り上げ、その体力を枯渇させていた。こんな状態では、あれ程の集中力があっても、体力が一分しか続かないのも当然だった。
「いつからこんな状態に?」
そう問いかけると彼は生まれつきだと答えた。つまりは、彼が呪いを受けたのは生まれる前。それならばと、ソウは確信して立ち上がる。
「ラン。私は確かめなければならないことがあるわ。3日だけ時間を頂戴。その間、ユウの特訓はイヴに任せるからよろしくね。」
「任されました!」
ソウはそう言って、ランの承諾を得る前に走って何処かへ行ってしまった。その理由も目的も何も言わずに。
「どうしたんだろう?」
困惑するランは彼女が直前まで見ていたユウの背中を見る。そこには黒い蛇の模様が浮かび上がっていた。
「これは!」
ルースとイヴはそれが分からず首を傾げた、ランは一目見てそれが呪いだと理解した。そのことをユウには言わない様にして、惚けたまま、イヴに彼の訓練を見てあげる様に言った。
「ユウ。それじゃあ、さっきの続きね。障壁を発動して維持。まずはこれだけを繰り返してみて。」
何度か見てイヴもその違和感に気付く。しかし魔術師である彼女はそれ以上に彼の変化に気付いていた。それは、少しずつ障壁の発動がスムーズになっていること、障壁の維持に消費する魔力が減少することだった。
「うん。順調ね。それじゃあ、次は三十秒維持したら解除して、また三十秒維持したら解除してを繰り返してみて。」
それに気付いて、イヴは一つの仮説を立てる。それは一分にも満たない時間であれば、連続してスキルを発動できるのではないか。という事だ。そしてそれは正しかった。
三十秒だけ維持するのなら、10回連続で発動できる。合計すれば5分だ。
――実質的には5分も継続できるんだ。私には及ばないけど、やっぱり天才だ。
「ふふ。」
彼の才能にイヴは思わず笑みを零す。しかしユウはそんな心の内を知らない。その為、突然笑い出したイヴに驚いて集中が解ける。当然、スキルも崩壊してしまう。
「どうしたの?続けて。」
先程まで笑顔だったのに、また一瞬で真顔に戻ったイヴの情緒を心配しつつ、ユウはもう一度集中してスキルの発動に勤しむ。
そうして1時間が経過した。
「それじゃあ今日の所はこれでおしまいね。」
魔力を使い過ぎて体力もかなり消費した。すっかり疲れてしまったユウは、広場に寝そべってイヴの治療を受けている。
「僕の障壁はどうですか?もう実戦でも使えそうですか?」
繰り返し障壁を使ってきたが、ユウは成長を全くと言っていいほど実感できなかった。そして、そんな不安をイヴに吐露する。
「うん。ユウの障壁はもう実戦投入できるレベルに到達しているよ。でも、それは低いレベルでの話で、私達のレベルについてくるには、まだまだ未熟だね。でも、一日でここまでこれたのは凄いと思うよ。」
「そうですか。よかったです。」
彼女は裏の無い言葉でユウの現状を語った。それは手放しに誉めてくれたわけではないが、少なくともユウの成長を認める言葉だった。その言葉にユウが内心で喜んだのは言うまでもない。
「さっ。行くわよ。」
治療を受けて軽くなった体を起こしたユウは、歩き始めたイヴの後ろを着いて行く。
「お2人共!行きますよ。」
「あれ?もう終わったの?」
「はい。一区切りつきましたから。」
隣の訓練場にはボロボロになったランとルースの姿がある。
「お2人共怪我だらけじゃないですか!見せてください。」
手合わせをしていた2人の怪我に気付き、イヴは怒りながら2人を治療する。
「何でいつもいつも手加減しないんですか!ソウさんの苦労が目に浮かびます。」
「ごめんごめん。でも、手加減してたら訓練にならないから。」
「それは…そうですけど。」
冒険者は死と隣り合わせの職業だ。普段からの訓練だって命のやり取りを意識しなければならない。だから、2人の手合わせはいつだって全力だ。勿論寸止めはするが、時には剣が肌を掠める事だってある。その小さな傷が積もりに積もって、こうやってぱっと見で分かるほどの怪我になっていく。
いつもはそんな傷、ソウが一瞬で治してしまうが今彼女はいない。
「ソウさんがいないんですから、少しは自重してくださいね。」
「わかったよ。」
「善処する。」
イヴの忠告にランは素直に頷いたが、ルースは目を軽く瞑って煮え切らない様子。
「ルースさん?」
そんな彼女にイヴは鬼の形相で再度釘を刺した。
「う、うむ。わかっているぞ。」
流石の彼女もそんなイヴには逆らえず、観念して彼女の忠告を受け入れた。
そんなどちらが年上かわからない様子は、勇者パーティの日常風景で、困惑するユウには未だ見慣れない景色であった。