欠点
ライトウルに到着し、早速冒険者ギルドに向かう。事前に暗がりの森を調査することは伝えてあったので、到着早々、応接室に通される。
応接室で待っていたのは、ライトウル支部の支部長ウィルマ。
「待ってたよ。勇者パーティ。」
ウィルマはランの顔を一目見るなり、ニヤリと笑う。
「お久しぶりです。ウィルマさん。早速ですが――」
「ちょっと待った。まずは、勇者パーティの新人君の話を聞かせてよ。私気になってるんだよね。君が探してたラストピースがどんな子か。」
「…わかりました。」
ランに言われて、ユウは一歩前に出る。そして促されるように自己紹介を行った。
「僕はユウ=ソールトです。祝福は鑑定士で、縁あって勇者パーティに加入しました。」
「へぇ。サブナの息子ね。それに鑑定士とはこれまた面白い。ラン君に誘われるってことは、何か特別な所があるんだろうけど…ぱっと見はわからないね。体は冒険者としては十分。だけど――」
ユウが名前を語った所で、ウィルマは彼の体をペタペタと触りながら分析を始めた。ブツブツと呟く姿は、ちょっとだけ怖いと思ったが、その圧力に負けて、無駄な抵抗はせずに黙って身を委ねた。
「オーケー。大体わかった。もう良いよ。それじゃあ、暗がりの森で何を見たか、教えて貰おうか。」
満足したのか、ユウから手を離すと、さっさと椅子に座って、ランに暗がりの森について話すように促す。
「いつも通りマイペースですね。わかりました。それでは、暗がりの森で発見した新種の魔物、ナイトメアフォールについて話しましょう。」
ランはユウが視た、ナイトメアフォールの特徴と弱点を所々ユウにも確認しながら、事細かに説明した。
「なるほど。恐ろしい魔物だ。攻撃の為に姿を現すまでは、視認するどころか鑑定も通じないとはな。」
ナイトメアフォールの最大の強みは、鑑定が通じない所。勿論、姿さえ現せば鑑定できるが、通常の状態ではユウを除いては鑑定できない。
「しかし、凄まじい力だ。今まで高名な冒険者が何人行方不明になった事か。それを一晩で解決するとは。感謝するぞ。ユウ君。」
今までの不敵な笑みとは違い、初めてウィルマ裏のない笑顔でユウに感謝を述べる。彼女の言葉から分かる通り、今まで幾度となく冒険者が挑戦しては暗がりの森で失踪していった。それは彼女にとっては目の上のたん瘤。それを解決してくれたユウは、ライトウルの冒険者にとっては救世主と言っていい。
「暗がりの森には貴重な資源がいくつも存在している。影鉄鋼、黒清水だ。これらはかつてライトウルを代表する天然資源だったが、この魔物の出現に際し、全ての団体が撤退。あらゆる事業が頓挫した。この魔物の発見は、ライトウル復興の足掛かりとなるだろう。それらを考慮して――」
ウィルマは語りながら、机に金貨の入った袋をテーブルに置く。
「多少報酬を上乗せした。確認してくれ。」
ランは言われた通り、報酬を確認する。そしてその高額な報酬に驚きの声を上げた。
「こんなに貰って良いんですか!?」
「ライトウルに齎される利益を考慮すれば、それだけの報酬が妥当だ。持っていくと良い。」
「ありがとうございます!」
その後、雑談もそこそこに勇者パーティは応接室を後にする。
「おっ。やっと出てきたな。ラン。」
「お久しぶりです。ラン君。」
ギルドのフロントに出ると、見知った顔が椅子に座って待っていた。
「アメリアさん!レイラさん!お久しぶりです。」
彼女らはアメリアとレイラ。ライトウルが位置する帝国の首都、帝都にて「カサブランカ」というパーティで活躍する伝説的な冒険者達だ。どうして彼女らがライトウルにいるのか。早速ランはそれを問う。
「どうしてこちらに?」
冒険者は拠点を決めれば、基本的にはそこから移動せずにその付近の依頼を受けて生計を立てる。だから、彼女らがライトウルにいることは不自然な事だった。考えられる理由は、地方で発生した超高難易度の案件を依頼されたという理由だ。しかし、どうやらそれは違ったようで、彼女らの目的は勇者パーティに会う事だった。
「あんたらが「常日の遺跡」の攻略依頼を受けたと聞いてね。一応、かつての挑戦者からアドバイスしておこうと思ってね。」
明るい笑顔でそう言ったアメリアだが、彼女の「かつての挑戦者」という言葉にはそれ相応の重みがあった。
「情報は多いに越したことは無い。だろ?」
「はい。お願いします。」
――かつて「ブレイカー」というパーティが存在した。
パーティメンバーは20名。その中にアメリアとレイラは含まれていた。
当時、二大巨頭と呼ばれたパーティの1つだった「ブレイカー」は、幾つものA級ダンジョンを攻略した、正しく最強のパーティだった。しかし8年前のあの日、彼らは「常日の遺跡」にて呆気なく全滅した。
「常日の遺跡」のダンジョンボスである魔人は、侵入者のスキルをコピーする力を持っていた。それは余りにも強力な力で、最下層には20名全員で辿り着いたが、魔人を前に5名が瞬殺された。パーティのリーダーである、ヴァンは仲間と協力しながら魔人を抑えたが、当然、回復系のスキルもコピーしていた魔人は、自己再生を繰り返し、最終的にはヴァン、アメリア、レイラを残して、他全員を圧倒的な魔術で殺害した。
アメリアとレイラは、ヴァンによって逃がされ生還したがそれ以外は全員、死んだ。
「ヴァンさんに生かされた私達だけど、手ぶらで生き残った訳じゃない。実はその戦闘で奴の能力に欠点を発見した。」
そこまで言ってアメリアは大事な部分をレイラに説明させる。
「常日の遺跡の魔人は、私達全員のスキルをコピーしていましたが、その全てを使えるという訳ではありません。〈青魔術〉をコピーしても氷系統の魔術しか使えなかったり、〈白魔術〉は簡単な回復しか出来なかったりと、欠点があります。」
よっぽどの天才でもない限り、全ての魔術が使える訳ではない。というが、それは魔人にも適用される。例えば〈青魔術〉には主に、水系統、氷系統があるが、人によって使える系統は異なる。常日の遺跡の魔人は、どうやら氷系統しか使えない様だ。
それは十分な弱点で、氷の弱点である炎を扱えるイヴがいる勇者パーティは、戦闘において優位に立てる。それを事前に知れただけで大きい収穫だ。しかし、どうやら魔人の欠点はそれだけでない様だ。
「また、固有のスキルも使えないようです。当時、私の〈応援歌〉とヴァンさんの〈剣〉は使えない様子でした。その為、ラン君の〈勇気〉やソウ様の〈清潔〉も使えないはずです。」
勇者や聖女といったS級祝福は、それぞれ固有のスキルを持っている。どうやらそれらも魔人は使えない様だ。もし使われても問題のないスキルだが、使えないのなら使えないに越したことは無い。
「ありがとうございます。魔人は侵入者のスキルを100パーセントコピーできる訳ではない。それを知れただけで、僕達の勝率は格段に上がりました。」
魔人がスキルを完璧なコピーできるなら、勝率は良くて6割だった。しかし、コピーできないなら、一方的に魔人の情報を視れるこちらが圧倒的に有利。勝率は8割を超える。
「へぇ。そう言い切れる程に、その子は優秀なんだ。」
アメリアはユウを指してそう言った。それにランは強く頷く。
「はい。詳しくは言えませんけど。」
ユウの能力を彼女達に知られることは問題ではない。しかし、場所がギルドのフロントという事もあり、誰が聞いているかわからない。万が一、面倒な相手に聞かれでもしたら堪ったものではない。だからこそ、今この場ではそれだけ言って、彼女らとはそこで別れることにした。
「ユウ。2人はどうだった?」
「アメリアさんはルースさんと同等のパワーを持っています。しかも、それ以外のスピードやスタミナ等はルースさんを凌駕しています。そしてレイラさんは、ソウさんに劣らない回復系スキルを持ちながら、見たことがない強化系スキルを併せ持っている。恐らくは最強のサポーターです。」
「なるほど。」
アメリアにレイラ。彼女らは勇者パーティのメンバーさえも凌駕する力を持っていた。それはユウにとって驚くべきことであったが、ランは当然だと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。
「そっか。やっぱり凄いな、あの2人は。」
「え?」
「ごめん。言ってなかったけど、あの2人は今の帝国における最強パーティ「カサブランカ」のリーダーとサブリーダーだよ。」
カリドース大陸の最大国家、ソラレ帝国には5000万を超える冒険者と700万のパーティが存在し、その頂点に立つのがカサブランカだ。そして、そんなパーティの中心メンバーがアメリアとレイラという訳だ。
「帝国最強ですか。納得です。」
彼女らの実力はユウが視た中では間違いなく最高峰。彼女らと同等の力を持っているのなんて、勇者パーティの皆か、英雄である自身の両親くらいの物だった。
「それにしても、パワーだけならアメリアさんといい勝負できるなんて、ルースも以前より成長してるってことだね。」
「そうだな。かつては彼女らに助けられてばかりだったが、少しずつ追いつけているようで安心した。」
聞いたところによると、勇者パーティとして活躍し始めた頃に一度だけ、カサブランカと共に依頼を熟したことがあるという。その時に初めて魔人と戦い、彼らは一度目の挫折を味わった。
その日、前衛を担ったランとルースは、魔人との戦闘において一分と持たずに戦闘不能に追い込まれた。最終的に、アメリアが驚異的なパワーで魔人を抑え込み、カサブランカのメンバーが止めを刺し勝利を収めたが、ランとルースは戦力になれなかったことは言うまでもない。
そんなこともあり、ランとルースは彼女を尊敬しており、目指す目標としている。そんな彼女に近づけていると知り、いつもクールなルースも嬉しそうに笑む。その姿にイヴは驚きを隠せなかった。
「あんな嬉しそうなルースさん初めて見ましたよ!」
3人の少し後ろを歩いて、隣のソウに小声でそう叫ぶ。すると彼女は「そうね。」と微笑みながら、少しだけ事情を教えてくれた。
「アメリアさんの大剣を用いた攻防一体の戦闘スタイルは、ルースの理想その物なの。だから、彼女にとってアメリアさんは憧れの対象なのよ。」
「ルースさんの…憧れ。」
今までイヴはルースの事を超人だと思っていた。自分の大きさ程ある大剣を片手で振り回すのだから、そう思って当たり前である。しかし、今日だけで2度、ルースの人間らしい一面を目の当たりにしたイヴは、彼女も自信と同じ、目標に向かった突き進む冒険者なのだと気づいた。
「私、もっと強くなろうと思います。皆を守れるくらい。」
「そう。」
ルースは超人だから、そう思って万が一にも彼女は死なないと思っていた。けれど彼女も人間だ。
――私は勇者パーティの魔術師だ。私が皆を攻撃の手から守らないと。
攻撃も防御も優れているランやルースは守らなくたってどうにかなってしまう力を持っている。だから、イヴは今まで攻撃に徹してきた。
しかし、本来魔術師はパーティの防御を担う役割。攻撃は最大の防御と言うが、魔術師の手数の多さは魔人の手数の多さに対抗するのに向いている。そんなことは理解していたが、何処かで勇者パーティの皆に甘えていた。
「頑張りなさい。」
気合を入れるイヴの頭をソウは嬉しそう撫でた。
「ん。何ですか?子ども扱いですか?」
「いや。随分大人になったなと思っただけよ。」
超一流のパーティでさえ足元を掬われるA級ダンジョン。それに挑戦するのに欠点も甘えもあってはならない。
イヴのこれからの成長に胸を膨らませて、ソウも自身のやるべきことに歩みを進める。
「ラン。早く行かないと、お店閉まっちゃうわよ。」
「そうだった。急ごう。」
彼らが目指すのは防具屋イサム。ユウはそこで命を左右する防具と出会う事になる。