暗がりの森1
「じゃあ自己紹介と行こうか。」
「今更ですね。」
暗がりの森近郊で野営の準備をする途中、勇者が突然、自己紹介をすると言い出す。今更過ぎるその提案に、赤魔術師は魔術で火をおこしつつも、反射的につこっみを入れる。
「今更だけど必要だからね。彼は僕達のことを既に熟知しているかも知れないが、僕達は彼の事をまだあまり知らない。さぁ少年。早速だが、名前を教えて貰おうか。」
「あっ。そういえば言ってませんでしたね。僕の名前はユウ=ソールトです。祝福は知っての通り「鑑定士」です。」
「ユウか。良い名前だ。これからはユウと呼ぶよ。じゃあ次は僕達の自己紹介だね。知ってると思うけど、僕の名前はラン=アーフェだ。よろしくね。」
ランは由緒正しき剣士の家系であるアーフェ伯爵家の一人息子で、10歳の頃〈勇者〉を与えられたことを切っ掛けに冒険者となった。
「私の番か?私はルースだ。よろしく。」
ルースはアーフェ伯爵に仕える騎士の娘で、ランとは幼馴染だ。一応、彼の護衛として冒険に付き合っているが、見ていればわかるが、その様子は主と護衛というよりかは親友同士と言った様相だ。
「次は私ね。私はソウ=ラクロスよ。よろしくね。」
ソウは辺境の貴族ラクロス子爵の娘だ。〈聖女〉を与えられたことを切っ掛けに教会の司祭となるが、その後、聖女の務めで勇者に同行することになる。
「最後ですね。私はイヴ=フォルテ。どうぞよろしく。」
イヴは魔術の名門フォルテ侯爵家の娘で、その類まれなる魔術の才を見込まれて勇者パーティに勧誘された。その才能は本物で、11歳にして既に稀代の大魔術師と言われる程だ。
「よろしくお願いします!皆さん。」
自己紹介を終えて、ランは暗がりの森に来た理由を皆に説明する。
「暗がりの森に来た理由だけど、ユウの実力を試そうと思っているんだ。」
「えっと。僕、戦えませんよ。」
「いきなり戦わせないよ。戦うんじゃなくて、視るんだよ。森を。」
「?」
ランの謎の説明にユウの頭は、クエスチョンマークで埋め尽くされる。それはイヴも同じなようで、「意味不明です。」とはっきりランに伝える。
そんな彼らに、ランはニコニコと微笑むだけでそれ以上説明しようとはしない。
「彼なりの考えがあるんでしょ。だから2人共、今は気にしなくていいわよ。時期にわかるはずだから。」
「わかりました。」
勇者パーティのまとめ役なのだろう。聖女ソウだけはランの言動に理解を示し、混乱するユウとイヴを落ち着かせる。その間、剣士ルースは会話に耳を傾けつつも、黙々と自分の剣の手入れをしていた。
「さて。」
そんなルースが突然立ち上がる。
「ユウ。早速だが手合わせしよう。」
「ルース。突然どうしたんだい?」
「剣を交えれば相手のことは大体わかる。」
「どういうこと!?」
ルースの脳筋過ぎる発言に、流石のランも動揺を隠せない。一応といった具合に、ユウを守る様に間に入ると、イブとソウに抑えろと指示を出す。突然の指示だったが、言うのをわかっていたかのように、自然と2人は動き出し、2人がかりでルースを抑える。
「何故止める!」
「だってルース。手加減しないじゃん。」
「当然だ。手加減は相手に失礼だ。」
「手加減しないとユウ死んじゃうから!」
謎の展開にユウは混乱しっぱなしで、状況が全くと言って良い程飲み込めない。ただ一つわかっていることがあるとすれば、ルースには逆らわない方が良いということだけ。
――ランさんが止めてくれてよかった!だってルースさんの筋力普通じゃないッ。
ユウは数字で見えてるからこそ、ルースに対して普通の人以上に恐怖している。それも当然のことで、彼女の筋力は生身でそこら辺の魔物をボコボコにできるレベルなのだ。
「そうか。では、今日はやめておこう。」
「明日も明後日もやめてね。勿論その後もね。」
「そうか…。」
少し残念そうにするルースに、よしよしとソウは頭を撫でる。
「彼は戦闘要員として誘ったわけではないのよ。私と同じようにね。」
聖女である彼女も勿論、戦闘要員ではない。そういえば、自分が加入した時も手合わせしたいと言わたなと思いつつも、ソウは丁寧にそんなことはわかっているであろうルースに説明する。
「わかっている。ただ、彼には剣の才がある。そう思っただけだ。」
「え?どういうこと。」
ルースはソウにだけ聞こえる声で語る。
「剣士や騎士といった、剣に特化した戦闘職でなくとも、剣を扱える者は往々にして存在する。例えば、高名な冒険者に弓士だが剣を扱える者がいただろう。彼の様に、剣に向いた祝福、身体能力を持たずとも、実践に導入可能な剣を持つ者はいる。恐らく彼は、その1人だ。」
説明されてソウはかつていたある賢人を思い出す。1000年前、商人でありながら、剣も魔術も扱える人物がいたのだ。無謀に冒険に挑戦する者を出さない為に、その事実は規制され一般には知られていないが、確かにそのような人物が、この1000年間に他にいてもおかしくはない。そして正しく、彼がその1人だとしても、おかしくはない。
――そもそも、神から技能レベル11という、人知を超える力を与えられた少年。それに、あの英雄サブナの息子でもある。そう考えると、剣術以外にも1つや2つ、何かしらの才能があってもおかしくないわね。
「…そのこと、しばらくの間、誰にも言わない様にしてちょうだい。」
「何故だ?」
「もし彼に、剣の才能があったとしても、このパーティのレベルの戦いでは護身用に過ぎないわ。それなら、私が教えるつもりの護身用のスキルを覚えさせるのが先よ。貴女達の戦いに巻き込まれても良い様にね。」
「なるほど。確かにその通りだ。わかった。今は胸に秘めよう。」
ルースとの談合を終え、ソウは彼女らの様子に訝し気にしているイヴの傍に戻る。
「何を話してたんです?」
「内緒よ。大人のお姉さんのね。」
「そうですか。」
ソウの調子のいい様子に、大した話では無かったのだと思ったイヴは興味なさそうに返答する。願い通りの反応に、ソウはご満悦と言った様子でにまりと微笑む。
「どうしたんですか?急に。」
「いやあ。可愛いなぁと思って。」
「ホントにどうしたんですか!」
脈略の無いソウに困惑しつつも、そういえばこういう人だったと思い出し、イヴは平静を取り戻す。
「さて皆。そろそろ寝るとしよう。」
翌日の準備を済ませ、皆テントに向かう。ユウはランと同じテントだ。
「ユウ。少し、聞いても良いかな。」
「なんですか?」
2人きりになったタイミングを見計らったように、横になった途端、ランがユウに尋ねた。
「僕達は君から見て、強いかい?」
ユウは「鑑定士」を与えられてまだ1日しか経っていない。それでも彼の分析力は、ほんの半日で一般より優れているとわかった。だからこそ、彼を慧眼と認めて問う。自分達は強いかと。
「そうですね。まだ、多くの人の身体能力を視ている訳ではないので、確かなことはわかりません。ですが、冒険者ギルドに立ち寄った際に視た限りでは、」
彼らはこの1日のほとんどを冒険者が依頼を受ける為の場所、冒険者ギルドのある大きな町まで移動することに時間を費やした。そのおかげで、ユウは多くの物を視ることができたし、出発が早かった為、1日で暗がりの森まで戻ってこれた。
さて、冒険者ギルドに立ち寄ったユウだが、そこで様々な冒険者を見かけた。中には、高名な冒険者もいたし、無名ながら実力がある者もいた。その上で――
「強いですよ。ランさん達は。少なくとも、今日見かけた冒険者の誰よりも。」
「そっか。それは良かった。」
冒険者は魔物と戦う職業。そして、その魔物を生み出す存在である魔人とも戦わなければならない。魔人は人類を遥かに超越する身体能力と知能を有している。そして、当然の様に鑑定も扱える。
その為、冒険者の全員が鑑定を防ぐための道具を持っており、仮に種族レベル、技能レベルが共に10であっても、彼らを鑑定することはできない。
鑑定することができないと言う事は、比較することもできない。冒険者は実績で実力を判断するが、実際に実力を測ると、実力と評価が乖離しているということは当然起こりえるだろう。
常々、そんなことを考えていたランは、実は内心で自身の実力は本当に向上しているのかと、不安になることがあった。
鑑定は自身を鑑定することができない。そんな欠点がある。種族レベルや技能レベルは、「神官」が扱う〈判別〉というスキルで別途に知ることができるが、身体能力に関しては鑑定でしか知ることができない。それ故、自分の身体能力が数値的にどれほどか知る冒険者は少ない。
――自分は強いって、僕は自信を持って言えなかった。だって、周りにいる優れた冒険者の身体能力は視えないし、僕の身体能力だって視えない。鑑定を持っていることは、対魔物において有利だが、対人においてはこれ以上なく窮屈だった。
知れる便利さを知っているから、知れない不便さを感じる。しかしその不便さは、ユウがいる限り、今後一生を感じることは無い。だからはっきり伝えよう。
「ありがとう。」
「はい?」
突然の感謝の言葉にユウは困惑する。しかし、彼が「もう寝よう。」と言うから、それ以上は何も聞かずに、彼の言う通りユウは眠りについた。
翌日、目を覚ます。隣で眠っていったランの姿はない。
「おはようございます。」
焚火の傍に、ルースを除いた全員の姿があり、ユウの挨拶にそれぞれの言葉で返答してくれる。
「ルースさんは?」
「ルースは偵察に行ってるよ。今日の目当ての具体的な位置を特定する為にね。」
「そうですか。」
今日の目当て、暗がりの森の落とし穴は、日によって場所が変わる為、特定の場所を断言することができない。しかし、今日どこにあるかは特定することが可能である。
場所は変わって、ルースは暗がりの森の奥地で偵察を始めていた。
「すまないな。」
ルースは森の中で捉えた、イエローラビットという黄色いウサギの見た目をした魔物を森に解き放つ。イエローラビットは夜行性で、より暗所を好む傾向がある。その為、昼間に放つとどうにか、最も暗い場所を目指そうとする。
暗がりの森は、名前の通り暗所が多い。しかし最も暗い場所は森ではなく、落とし穴の穴の中。
「あそこか。」
暗い場所では一際目立つ、イエローラビットの姿が突然消える。即ち、そこに落とし穴がある証明だ。ルースは安全為に一定の距離を保ち、手元にある地図に場所を知るし、すぐさまその場を離れる。
「帰ったぞ。ん?どうして誰も…」
ルースが野営地に戻ると、そこにはパーティの誰の姿も無かった。それどころか、先程までイヴの炎が燃えていたはずの焚火の形跡も全くなく、まるで最初から誰もいなかったかの様な状態である。
ランに連れられて10年、冒険者を続けてきた勘が、何が起こったのか、そしてここがどこなのかをルースに知らせる。
「ここは、落とし穴だ。」
この場所こそが、落とし穴の中であると。