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最悪の決断

「じゃあさ、私を殺してよ。ね?」


「え?」


フィーの言葉に耳を疑った。


「あれ?聞こえなかった?私は殺してよって言ったんだよ。」


「な、なんで、そんなことを?」


ユウは動揺する。当然で、救助対象に殺してとお願いされるなんて誰も想像してないだろう。


「なんでって。君は私を知っているんでしょう?」


「はい。ボロンに力を奪われ、幽閉されたこの神殿の本当の主ですよね。」


「そっ。わかってるじゃん。私が力を奪われたせいで、何人の無実の人が殺された?多分、私には想像できない数の命が失われたはずだ。ボロンを止めるには私を殺すしかない。それ以外に方法はないんだ。」


彼女の表情を見てユウはゾッとする。優しく微笑む彼女の瞳には一切の光がなかったのだ。彼女は本気でボロンを止めるには自分が死ぬ以外に方法はないと考えているし、それを心の底から望んでいるようだ。


「安心してください。僕達のパーティには聖女がいるんです。彼女なら貴女の呪いを払い、必ずボロンを止められるはずです。」


「あの子は聖女だったのか。確かに彼女なら私を救うことができるかもしれない。でも、もうそんな時間、君には残されていないんじゃないかい?ごらんよ。あの子たちの姿を。」


思えば、ユウは30分程度地下を彷徨っていた。それもそのはず、あの地下は夕焼けの鳥籠と同等の広さを有しているのだから。寧ろ、30分で戻ることができたユウは、限りなく最短で帰って来たのだろう。しかし、30分という時間は不死身の怪物を相手にする勇者パーティを疲弊させるには、余りにも十分すぎる時間だった。


「まさかっ...!」


この鉄の部屋にある唯一の格子窓。そこからボロンの部屋を覗くことができる。そこを覗いたユウの瞳に映ったのは、血塗れでボロンに立ち向かうランの姿。その後ろには、必死にランを治療するソウと、血だまりに伏すイヴの姿。ルースの姿は見えないが、その惨劇から彼女の状況が芳しくないことは一目瞭然だ。


「さぁ。ボロンに力を奪われ数多くの人々を不幸にした私か。不死身の怪物に立ち向かう英雄達か。どちらを生かすべきかは、わかりきっていることだろう?」


「...!」


その言葉にユウは思わず、フィーを殺すべきだと思ってしまった。そんな心の弱い自分に吐き気がする。


――こんなこと。ランさんは望んでいない。何か。何かの他の方法は…!


ユウはその状況に焦りを感じる。早く決断しないといけないのに、何も思いつかない。目の端に映る勇者パーティは少しずつ苦境に立たされて行く。


イヴの下の血だまりは徐々に範囲を広げていき、ランの足元には既に致命傷なレベルの血が垂れている。


何とかソウの白魔術でどちらも持ちこたえているが、今すぐにでも適切な治療をしないと、間違いなく死ぬ。


大量の汗を流して混乱している様子のユウに、フィーは首を傾げる。


「仲間を助ける為に誰かを殺すのは嫌なのかい?でも安心してくれ。私は早く死にたいんだ。この1000年、何度も自殺を試みたが、何の呪いか、私は自分の意志で死ぬことができなかった。誰かの手を借りるしか死ぬことができないんだ。だから、君は私にとって救世主と言える。私をこの生の呪いから解き放つ救世主にね。だから、安心して私を殺し、彼らを救うといい。」


「なぜ、死にたいのですか?」


「魔に堕ち錯乱した私が唯一殺した人が誰かわかるかい?私の唯一の親友だよ。その日から私はこの世界に希望を抱けなくなった。多分、これからも感じることはない。わかったでしょ?君は私を善人か何かだと思ってるようだけど、私はボロンと何ら変わらない魔物だ。魔物を殺すのが冒険者の仕事。そうだろ?」


正気を取り戻して最初に目に入るのが親友の亡骸だった時の虚しさを知っているだろうか。自分の体にべっとりと着いた親友の鮮血を見たときの、自分への失望を知っているだろうか。親友の後を追って死のうとしても死ねない苦悩を知っているだろうか。


知らない方がいい。だって、もっと死にたくなるのだから。


「嫌な記憶を語ったんだ。早く殺してよ。お願いだから。」


涙を流して懇願する彼女の姿に、ユウは最悪の決断を下すと決意する。


断言する。ユウは決して彼女を魔物だと思っていないし、彼女が親友を殺めてしまったのも彼女の責任ではないと思っている。全て悪いのはボロンだと確信している。だから、この決断もフィーに懇願されたから下すのではなく、自分の欲を優先した結果だと自覚する。


全ては自分の無力と無知が悪いと。


「ありがとう。」


彼女に心臓に刃を立てた直後に彼女が笑顔で放った言葉だった。その笑顔にユウは罪悪と自責の念を覚える。しかし今は後悔よりも先にやるべきことがある。何のために彼女の命を奪ったのか、それはボロンを倒すためだ。


「ランさん!」


格子窓に向かって大声で叫ぶ。その声に最初に反応したのはイヴだった。意識を失いながらも、今まで温存していた全魔力を込めた赤魔術と魔術をかけ合わせた新魔術をボロンに向けて放った。火と水を複合したその魔術の威力は想像を絶しており、もろに食らったボロンの右半身を完全に吹き飛ばす。


先程までなら一瞬で再生していた負傷。しかし、明らかにその再生力が衰えていた。隙を与えまいと、壁に叩きつけられ、先程まで指一本も動かなかった血だらけのルースも、最後の力を振り絞って大剣を放り投げ、ボロンの左腕を吹き飛ばす。


両腕を封じられたボロンは魔術を発動しようとするが、それを放つよりも早くランの刃がボロンに届き、一瞬で細切れにされる。ボロンはそれでも少しずつ再生しようと、肉片一つ一つ動き出す。


蠢く肉片を前に、ランは聖剣を握りなおす。そして輝く聖剣の最強の一撃は地面諸共肉片を消滅させた。


「クッ…!」


体力が底を尽きたランはその場で膝をつく。


「大丈夫!?」


「大丈夫。先にイヴとルースの治療を急いで!」


「了解。」


イヴ、ルース、ランの順番でソウは治療を施す。どれだけの外傷があっても、ソウを前にすれば簡単に直る怪我だ。しかし――


十分に回復する間も無く一同はユウと合流しようと鉄の扉を開いた。そこで待っていたのは、涙を流し項垂れるユウと、既に意識のない夕焼けを豊富とさせる橙色の髪を垂らした少女。


その姿からそれがフィーであることは一目瞭然だった。そして、実力不足だった彼らが、ユウに最悪の決断を下させてしまったこともまた一目瞭然だった。


「ごめん…本当にごめん。」


絶望する彼にランはただ謝る事しかできなかった。

次回は4/24(木)に更新します。

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