無限ループ
ミラー近郊の森の奥地にある、不死鳥の神殿と呼ばれる古びた神殿。その地下に、夕焼けの鳥籠は存在している。
「かつてはここに、フィーが祀られていた訳か。」
1000年前。大帝国の全ての民からの信仰を集めた不死鳥は、彼女の最大の友人であった、とある少女の住まいの近くに住まいを設けた。いつしかその地は神殿へと変わり、少女は大司祭としてその生涯を彼女に捧げた。
地下には少女を含めた神官たちとその家族の為に住居が設けられ、全ての神殿関係者がそこに入居した。全盛期は1000人近くの人間が神殿の地下に住み、フィーから病を治す術を教わり、かつてのパンデミックの収束に貢献した。
そんな聖地も今やダンジョンとなり、邪龍と魔物の住処になっている。
「行こう。」
夕焼けの鳥籠は他のダンジョンとは異なり、入り口に結界が張られていない。その理由は場所が神殿であるからだ。
全ての神殿には設計段階で特殊な結界が張られており、魔物や魔人が侵入できない様になっている。そして、既に結界がある場所に他の人が結界を張ることはできない。
その為現在では、ほとんど機能していない、そこにあるだけの結界が存在している。
「夕焼けの鳥籠は他のダンジョンとは違う。何が起こるかわからないから、普段以上に警戒していこう。」
最初からユウの能力をフル活用して、警戒しながら奥へと進んでいく。しかし、驚くべきことに全くと言って良い程、罠が存在していない。それどころか魔物一匹存在していない。違和感を覚えつつも慎重に歩みを進めていた一同だったが。
「おかしい。」
「ええ。」
何度も同じ道に戻っていると言う事に、全員が同時に気付く。
検証する為に壁にマークをつけてみると、やはり同じ場所に戻ってきているようで、前方に先程刻んだマークが現れた。
「魔力の流れが不自然です。恐らくは...」
「空間転移か。」
「はい。」
魔王やマホが扱っていたそれとは、遥かに練度が低いものだが、それは間違いなく空間転移だった。恐らくは指定した二か所のみを繋げる物で、その二か所の位置も概ね見当がついている。
「ここです。ここに空間の歪みがあります。」
ユウ以外の目には映っていないが、確かにそこに空間の歪みがある。その効果を確かめるために、そこで二手に分かれる。戦力を考慮して、ランとソウの2人組とルース、イヴ、ユウの3人組に分かれ、ラン達が先に転移することになった。
「もしかしたら、同じ場所に戻されているわけじゃなくて、全く同じ見た目をした別の場所に移動させられている可能性がある。その可能性を確かめたいから、3人はここで僕達が戻ってくるのを待ていてほしい。同じ場所に転移しているんだったら、今僕達が歩いてきた方向から僕達が歩いてくるはずだ。もし僕達が来なかったら、イヴの判断で僕達を追いかけてきて。」
「わかりました。」
ランとソウが歪みに歩みを進めていく。ルース達の視点では2人はどこかに消えるわけでもなく、歪みを素通りして前へと進んでいき、その後10秒経って、ユウだけでなくルースとイヴから見ても少し空間が揺らいだかと思うと、完全に2人の姿が消えた。その不思議な現象に首を傾げつつ、3人は2人の到着を待った、
一方でラン達はそんなことは露知らず、予定通り、空間の歪みがある場所を目指して前へと進んでいく。景色はやはり変わらず、先ほど通った道にそっくりだ。そうして、代り映えしない道を進んでいくと、予想通りというべきか、先程までいた場所にルース達の姿はなかった。
どうやら、同じ場所に戻されているのではなく、それに酷似した別の場所に転移させられているようだ。その事実を確認した2人は、予定通り、次は自分達が3人が追いかけて来るのを待つことにした。しかし、どれほど待っても3人が来ることはなかった。どうやら、事態は最悪の方向に進んでいるようだ。
「なるほどね。転移先はランダムに変化しているのか。」
そう、空間の歪みは常に同じ空間に繋がっているのではなく、ある一定の間隔で繋がる空間が変化している。当然、繋がる空間はどれも酷似していて見分けがつかないし、今壁に傷跡をつけても全ての空間に共有され、再現されてしまう。
立ち止まっていても状況は変わらないと判断したランは、合流しやすいように転移した最初の地点まで戻ることにした。
「僕達よりも、ユウとイヴの方が、こういった現象を解決する力がある。なら、僕達は変に動かず、とにかく待つことにしよう。きっと、打開策を見つけてくれるはずだ。」
2人の力を信じて待つために。
一方ルース達も実態を把握し、打開策を模索していた。
「繋がる空間は一定に変化しているようですね。長時間観察してやっとわかりました。」
ユウは空間の歪みを10分近く鑑定し続け、その変化の法則性を見出していた。
「ランさん達が入っていった歪みがどれか覚えてる?」
「すみません。そこまでは。」
申し訳なさそうな表情をするユウを慰めるようにイヴはポンポンと頭をなでる。
「そう落ち込まない。あの時はまだ何もわかっていなかったんだから仕方ないわ。」
「はい。」
「それで空間の歪みはどれくらいの頻度で変化しているの?」
「10秒に一回変化しています。転移先は全部で50個です。」
途方もないという数字ではないが、虱潰しにするには少々骨が折れそうな数字を聞き、イヴは少しだけ思案する。しかしそんなイヴとは対称的に、ルースは50という数字を気にすることなく、
「50個か。よし、虱潰しで行こう。」
と提案した。実際、ユウとイヴもそれ以外の方法は思いつかない。
「そうですね。考えるのに時間を使うくらいだったら、地道でも確実な方法で2人を探しましょう。」
「はい!」
「ああ。」
そうして地道な捜索が開始した。初めの頃はすぐに終わると思っていた。しかし現実は甘くなく――
そもそも、転移先から空間の歪みまで進むのに平均して10分程度かかる。その上で、ユウの鑑定を駆使して今までに通ったことのない歪みを見つけて、転移しなければならない。つまり、通過したことのない歪みが減れば減るほど、その歪みになるタイミングまで待つ時間も増えるということ。
結果、4時間半が経過した今でも2人との合流は叶っていない。
「ルースさん。少し休憩しましょう。」
「そうだな。」
幸い、こういった事態に備えて、食料品はソウとユウで分けて持ち運んでいるため、水分補給や栄養補給に関して問題はない。一つ心配なことがあるとすれば、このタイミングで魔物に襲われることだ。
現状、魔物とは一度も遭遇していないが、もし遭遇し傷を負った場合、簡単な治療ならまだしも重傷はイヴの手には負えない。魔物と出会わないことを願うばかりだ。
「行きましょう。」
次で27個目。後いくつの歪みを超えたら彼らに会えるのだろうか。そんな不安を胸に歪みを通過する。するとそこには、見知った2人の顔があった。
「ランさん!ソウさん!」
その姿を見てイヴは思わずソウに抱き着いた。
「ありがとう。よく見つけてくれたわね。大変だったでしょう?」
「はい!本当に苦労したんですよ。ユウが変化の法則を見つけてくれなかったらどうなっていたことか。」
「変化の法則?」
頭を撫でてイヴを労いつつ、ソウはユウに法則とは何か質問した。
「はい。空間の歪みを鑑定していたら、一定の間隔で変化しているとわかったんです。」
「そう。じゃあ、私達は変に動かなくて正解だったわね。」
「そうですね。もしお二人が移動していて、互い違いになっていたら一生会えなかったかも知れません。」
ランの仲間を信じて待つという判断とユウの鑑定の力が重なり合い、奇跡的にこの最高の結果に辿り着けた。一歩間違えれば永遠に合流できない可能性もあっただろう。
「ユウ、イヴ、ルース。今回は皆にばかり苦労をかけた。申し訳ない。」
「何を言っているんですか。助け合うのが仲間でしょう。それにランさんは僕たちの力を信じて待っていてくれたんでしょう。それが僕は嬉しいですよ。」
「そうだな。ユウの言う通りだ。」
「そうですね。ユウの言う通りです。」
珍しく真面目に謝罪をするランに、ユウはそんなことないと否定する。寧ろ、嬉しいとすら言って微笑んでみせた。その姿はもう立派な勇者パーティの一員で、一人前の冒険者だ。
「そっか。そうだね。ありがとう。見つけてくれて。」
「はい!」
しおらしい雰囲気を吹き飛ばして、一同は次の問題を解決する為に前を向いた。
「それで、ラン。ただ待っていた訳ではないだろう。合流はできたが、現状は変わりなく空間の檻の中だ。この空間を突破する方法を何か考えているんだろう?」
「ああ。3人を待っている間に思いついたよ。」
ランは壁に手を当てると、たった一言「これを壊そう」と、そう言った。
「あの歪みに入ったら、別の場所に転移させられるんだったら、あの歪みを回避するように迂回ルートを作ればいいんだ。さっき適当な壁で試してみたけど、このダンジョンの壁は他のダンジョンと比べて脆く、簡単に破壊できる。どうかな?」
「ダンジョンの壁を破壊するなんて考えてもみませんでした。でも、確かにその方法だったら、この空間を突破できるはずです。問題があるとすれば、正規ルートがどれかを見つけなければならない所ですね。もし見当違いの空間でそんなことをすれば、一生彷徨うことになるかもしれません。」
「その点も大丈夫だよ。」
ランは空間の歪みがある方向とは逆の方向を指差していった。
「入り口があるかどうか確かめればいいんだ。この空間で調べてみたけど、偽物の空間だと最初に僕達が入ってきた入り口がなく、行き止まりになっている。つまり、行き止まりではなくちゃんと入り口が存在している空間を探して、その空間を突破すればいいんだ。」
「なるほど。つまり...」
「虱潰しだね。」
「ですよね。」
解決策は見つかったが、その過程は正に地獄。しかしそれは、それ以外に方法がなければの話。
「正規ルートを見つけるというだけなら、もう見つけていますよ。」
そう、ユウの目には常に正解が映っている。それは空間の歪みも例外ではない。
「ほんと!?」
「はい。ランさんのいる空間をピンポイントで探すことはできませんでしたが、空間の歪みを見てそれが正規ルートに繋がっているのかどうかはわかります。」
「流石ね。」
ユウのファインプレーにイヴの表情は先程までとは打って変わって明るい。
「そうと決まれば行きましょう。さっさとこの忌々しい空間から抜け出しましょう。」
意気揚々と前に進むイヴに続いて、一同は空間の歪みの前まで戻ってきた。そして、ユウの鑑定により正規ルートに繋がる歪みを見つけ出すと、10秒の間に全員が通過し本来あるべき場所へと転移した。
念のため入り口があるか確認をしてから、空間の歪みの横に脇道を作ると、あっさりとその先の道へと進むことができた。
「ここから先はどんな魔物が出てくるかわからない。気を引き締めていこう。」
今までは無限ループの中で、魔物に出くわすことはなかったが、ここから先はそうもいかないだろう。特にその無限ループの空間を生み出した張本人からは逃れることはできない。




