聖剣
「少し休憩するぞ。」
「ああ。」
息を整えるランに、ルースは水を手渡しする。
「どうだ。距離は縮まっているか?」
「うん。少しずつだけど攻撃を目で終えるようになっている。パワーもスピードも互角だ。それでも彼に勝てないのは、魔力の運用方法の違いだ。僕は常に剣に魔力を流しているが、彼は打ち合う瞬間にだけ魔力を流す。その方が魔力消費も少なく済むし、剣の威力も大きくなる。僕もそれを習得しないと勝てない。ルース。」
「わかっている。」
お互い剣を抜き向かい合う。そこから熾烈な戦闘が始まった。
ルースは普段の立ち合いでは使わない魔力の運用も併せて、ランを全力で切り伏せる。ランも負けじと魔力の運用をするも、剣に魔力が浸透する前にルースの刃がランの剣を粉砕する。粉々になった剣を投げ捨て、2本目の剣を取り出すと再び向かい合い、剣戟を繰り広げる。
一歩間違えれば大怪我に繋がる戦闘だが、2か月にいないに夕焼けの鳥籠を攻略しなければならない彼らには、時間がないのだから、ある程度のリスクは承知の上だ。
そう言った苛烈な訓練を昨日から続けては、聖剣の試練に挑み、その繰り返しの末やっと、ランは魔力の運用を手に入れる。
剣士であるルースとは異なり、元より魔力の完治が高い勇者のランは、魔力の運用さえ覚えてしまい、その先は自由自在だ。
「ありがとう。ルース。行ってくる。」
「ああ。行ってこい。」
お互い体はボロボロだ。特に聖剣からランを救い出し、ランの危険な訓練にも付き合っているルースの体は、精神的に消耗しているランとは正反対に肉体的に消耗している。
体は傷だらけで、体力もそこを尽きている。それでも彼女はランを信じて、彼の為に体を張る。そんな彼女の信頼に答える為に、ランの最後の挑戦が始まった。
戦闘はいつも通り、間合いのはかり合いから始まった。その均衡は、聖剣のかつての主シェルトの踏み込みによって崩れた。
凄まじい踏み込みによって放たれる横薙ぎを正確に往なしたランは、ルースの様に滑らかに回転すると、勢いそのままに横薙ぎで反撃する。態勢を崩した状態でも当然の様に受け切るシェルトは、ランの腹を蹴り飛ばし距離を取ると、剣を握り直して再び間合いをはかり始めた。
しかし、そんな隙は与えまいと、ランはすぐさま踏み込むと、今までよりも大きな魔力を込めた一撃でシェルトの受けごと吹き飛ばす。以前までなら簡単に受け流されていた一撃が、今では有効打になっている。やはり、常に魔力を流すのと斬る瞬間にだけ流すのとでは威力が段違いだ。
シェルトもその一撃で認識する。目の前の男はこの短時間で、自分を超えるレベルまで成長していると。
1000年という長い年月を聖剣の世界で過ごしたシェルトに現れた、500年ぶりの強敵。歓喜に包まれるシェルトは強敵への敬意として、再び聖剣を握り直す。
「!?」
聖剣が眩い光を放ったと思うと、シェルトの存在感が何倍も膨れ上がった。それは聖剣の力を開放して得た力。今、ランが求めている力だ。
その存在感を前にランは怖気づくどころか笑みを浮かべる。
「そうだ。僕が御さなければならないのは聖剣の力だ。これに勝てなかったら意味がない!」
ランも剣を握り直す。その時、シェルトの一挙手一投足に注視していたランは気づいていなかったが、ランの剣も眩い光を放って、その姿は聖剣へと変わっていた。彼の心に聖剣が応え始めている。
先に踏み込んだのはランだった。ランの電の様な振り下ろしは、防御に徹するシェルトに防がれる物の、その威力は往なされる事なくシェルトに響き、シェルトが踏ん張る地面に大きな亀裂が入る。
足を踏み外したシェルトは咄嗟に横跳びすると、それ追って放たれたランの横薙ぎを利用して後方に跳躍し、その距離を使って十分な助走をつけ、光と見紛う速度の切り上げを放った。その威力は風圧で地面が裂ける程。しかし、そんな剣でさえランは簡単に見切ると、完璧に剣の威力を往なしきって見せる。
渾身の一撃を往なされたシェルトは大きく態勢を崩すも、咄嗟に剣を地面に突き刺し、完全に体勢が崩れるのを防ぎ、ランの追撃を紙一重で回避する。しかし完全には避けきれず、胸が斜めに裂かれてしまった。
パワーは互角、スピードも互角、魔力の運用も互角。ただ一点。覚悟だけはランが上だった。
紙一重の回避の末にシェルトが見せた最大の隙、その隙を突いたランの渾身の一撃は、シェルトの腹を叩き切る。彼の体から溢れだした鮮血は、正しく致命だった。
その瞬間、聖剣が作り出した幻想は消え去り、その全てがランの手の中に集約された。気づくと真剣な顔をしたルースが目の前に座っていた。下に目を向けると、そこには聖剣が握り締められている。
「勝ったよ。ルース。」
「ああ。よくやった。」
「おう。ありがと――」
ランは嬉しそうに笑みを浮かべた瞬間に意識を失った。
再び目を覚ました時、目の前に広がったのは心配そうに顔を覗かせるルースだった。
「おはよう。」
「おはようじゃない。心配したぞ。」
「ごめんごめん。ちょっと疲れたみたいだ。」
彼女を連れて外に出ると、空はすっかり暗くなっていて、街中の時計を見ると針は6時半を示していた。宿舎に戻った所、食堂でユウ達が食事を摂っており、ボロボロの姿の2人に気付くと、心配そうに歩み寄ってきた。
「ソウ。久しぶり。」
「ラン、ルース。ボロボロじゃない!」
ソウは2人の体に触れて、一瞬で2人の傷を治すと、早くシャワーを浴びなさいと言って、一先ず2人を自室に戻した。
「もう。あの2人はいつもああなんだから。」
「あはは。ソウさん。あの2人に無茶するなって言うのは無理な話ですよ。」
「そんなこと、私が一番わかっているわよ。」
プンプンと起こるソウの姿はいつも通りだが、今日に限っては流石の彼女も怒るに怒り切れない様子だ。何故ならランの腰には見慣れない美しい剣が下げられていたから。
「聖剣シンフォニー。」
ユウが呟くと、ソウは「ええ。」と頷いて、2人にその過去を教える。
「あの剣はジカル王国から譲り受けた聖剣で、ランの最初の武器よ。最初の頃はただの剣として扱ってきたんだけど、ある魔人との戦闘で劣勢を強いられた私達は、最後の切り札として聖剣の力を開放した。その力は絶大で、当時のランでさえ魔人を一撃で倒せるほどだった。けれど、その反動も大きく、ランは一時的に聖剣の力に体を乗っ取られた。幸い、意識はハッキリしていたランが力を抑えて、その隙にルースが聖剣を取り上げたから何ともなかったんだけど、それ以来ランが聖剣を握ることは無かったわ。そんなランが聖剣を携えていた。どうやら遂に、聖剣を従えたようね。」
ソウは表情は先程までの怒りが嘘のように思える程に明るい。彼女にとって彼の成長はそれだけの価値があったのだろう。
「あんな嬉しそうなソウさん初めて見ましたよ。」
「そうね。私も初めて見た。」
彼女の表情に衝撃を受けたユウとイヴは、小さな声で言葉を交わす。そして目を見合わせて笑い合った。
「私達も頑張りましょ。ソウさんにあんな顔をさせてあげれるくらい。」
「はい。頑張りましょう!」
ランの成長を目の当たりにし、勇者パーティの士気は今までにない程上がっている。1人1人が成長を追い求め、翌日からの訓練も強度を増していく。
そうして、一週間が経過した。夕焼けの鳥籠の攻略予定日からは2日前、一同は久しぶりに全員揃って朝食を摂ると、お互いが手に入れた新技について共有し、再度、作戦を思案していた。
「実力で言えば、今の僕達がボロンを殺すことは簡単だ。だけど、殺しきれるかどうかは今でもわからない。最悪、長時間の戦闘も視野に入れておきたい。だから、ソウの即時治療は重要な場面まで温存する必要がある。それまで魔力を温存しつつ、最低限の治療に徹して欲しい。」
「わかったわ。」
「イヴも今回はサポートに徹して、魔力を温存して欲しい。イヴの火力はボロン討伐において必要不可欠。最後、ボロン討伐の算段が立ったとき、残りの全魔力でボロンを倒してほしい。」
「わかりました。」
大量の魔力ポーションを持っていくつもりだが、ボロンとの戦闘中に補給できるほどの暇があるとは思えない。その為、最終盤まで魔力を温存する作戦を立てる。
「ユウは鑑定をした後は防御に徹すること。今のユウはボロンレベルが相手でも、自分の身を守れるだけの実力がある。だから、君を信じて僕達は君を守らない。わかったね。」
「はい。」
ユウの実力は既に冒険者の中でも中堅の域だ。ボロンの様な怪物を相手に戦闘に参加することはまだ難しいが、その渦中にいても、自身の身を守ることくらいはできる。
実力が勇者パーティに見合っているかと言えばそんなことは全くないが、彼らの足手纏いにならない程度には成長できたことは少しだけ誇りに思う。そして、いつかはそんな戦闘に参加できる実力を身に着けたいとも思っている。
「ルースは僕と一緒で前衛だ。お互いが隙をカバーして、なるべく継続してボロンを殺し続ける。流石の不死と言えど、限界はあるはずだ。それが何千回か、何万回かなんてわからないが、それでも僕達は勝たなければならない。世界を救うために結成された勇者パーティなんだから。」
ランの前口上に一同はそれぞれの言葉で返事をする。勇者パーティの士気は未だ高いまま。しかし勢いで倒せるほどボロンが甘くないことは十分に理解している。
慎重を期して討伐に望む。それが勇者パーティの理念。フィーを先に助けられれば御の字、無理でも作戦を練ってボロンを倒す。珍しく不確定要素の多い作戦となったが、未だかつてない強敵に立ち向かうのだから、それくらいのリスクは負わなければならない。
彼らの作戦が無事成功することを願うばかりだ。




