魔力
「ソウが国境防衛隊の任務に参加するそうだ。」
「うん。聞いてるよ。」
秘密の訓練所の一室で、ランは座って黄金に輝く剣を見つめていた。
「珍しいな。その剣を出しているなんて。」
「うん。魔王と僕の差はよくわかった。その差を埋めるためには、プライドなんかいらないからね。そろそろ、これと向き合わないと。」
普段、ランは好んで何の変哲もない鉄の剣を使っている。その理由は武器によって自身の強さが左右されるのを防ぐため。勇者としていついかなる状況でも勝てるようにするためだった。しかし、魔王の強さを目の当たりにして、そこに努力では覆らない、絶対的な力の差があると知った。
だからランは今まで嫌っていた、最強の剣に向き合う事にした。
〈聖剣〉シンフォニー。世界に5本ある聖剣の1つであり、魔人に対して無類の強さを発揮する。ランが勇者に覚醒した数日後に、彼が生まれた王国の宝物庫にて引き抜いた剣で、勇者パーティが単独で初めて魔人を討伐した時に大活躍した物だ。
しかし、ランはそれ以来その剣を抜いていない。その理由はランではシンフォニーの自我を制御できなかったから。
聖剣や魔剣といった剣はそれぞれ強烈な自我を持っており、所有者はその自我を御して自分の力にしなければならない。制御できなければ、所有者は剣の自我に飲まれ、体を奪われることになる。
ランも以前に一度だけ自我に飲まれかけたことがある。完全に飲まれる前にルースが剣を取り上げた為、事なきを得たが、その時の感覚をランは今でも覚えている。
体の内側から溢れる無制限の力。漲る自信。そして、魔人に対する底知れぬ憎悪。
それに飲まれたら最後、自身の自我が戻ってこれないのは明白だった。しかし、あの力があれば、少しだけ魔王との差が埋められる。
「ルース。もしまた。僕が飲まれそうになったら、よろしく頼むよ。」
「ああ。任せろ。」
後のことはルースに任せて、ランは立ち上がると勢いよく聖剣を柄から引き抜いた。直後、銀色に輝く刃が眩く光ったと思うと、ランの視界は一瞬にして海の底へと沈んだ。気が付くと、目の前には廃墟が広がっている。そして、そこには1人の男が立っていた。それはかつての聖剣の主。彼に打ち勝つことこそが聖剣を手懐ける唯一の方法。
聖剣が囁く。
「かつての主を超え、次なる主になるのは貴様か?」
ランは力強く頷いた。
「ああ。」
ランの伝説が幕開ける瞬間であった。
「メドゥーサの呪いの後遺症で寝込んでいるロンドの代わりに、ソウが臨時で小隊に入り任務にあたる。ソウの実力はお前達も知っているだろう。遠慮はせずに存分に暴れて、ソウの世話になって来い。」
「はい!」
翌日の朝。小隊が交代するタイミングでソウは基地を訪れた。臨時で交代する旨をマリーが伝えたが、小隊の一同は嫌がる素振りはなくむしろ歓迎ムードだ。それもそのはず、勇者パーティのヒーラーとして活躍する彼女の実力を疑う者がいるはずもない。
挨拶もそこそこに、作戦共有が行われた。
「マリー総司令官より、本日未明、クレイジーグリズリーの襲撃があると報告があった。場所、時間共に不明の為、全隊による厳戒態勢が敷かれる。我々はアルメーラ王国側の国境を警備しつつ、クレイジーグリズリー発見の報告が入り次第急行し、これを処理する。クレイジーグリズリーは知っての通り、A級の危険度を持っている。心してかかる様に。」
「了解!」
隊長による情報伝達を終えると、早速行動を開始する。何か特別なことをするのかと思いきや、始まってみると拍子抜けで、国境沿いを歩いて警備を行うだけ。時々現れる魔物を処理したり、違法入国者を逮捕したりと、やっていることは単なる国境警備だ。
「第一部隊に次ぐ、クレイジーグリズリー発見。繰り返す、クレイジーグリズリー発見。」
国境防衛隊の通信士から〈念話〉により連絡が入ると、雰囲気が一瞬にして代わり、報告のあった地点へと全速力で急行した。その速度は常軌を逸しており、ソウでさえついて行くのがやっとだ。
向かう方向に目をやると、遠目からでもその巨大な熊を目視できる。あれこそがクレイジーグリズリーだ。
到着すると既に2つの小隊が交戦していた。戦況は劣勢。クレイジーグリズリーの圧倒的な防御力と、巨大な腕から放たれる横薙ぎの破壊力に攻めあぐねている様子だった。
「第五部隊は一度引いて魔術の準備を第三部隊は我々と共にクレイジーグリズリーの装甲をなるべく削るぞ。聖女様は第五部隊の援護と前衛の治療に専念してください。」
第一部隊隊長の指示を受けて、3つの部隊はそれぞれの持ち場へと移動する。
「総司令官より話は聞いています。我々は今から大規模魔術の準備を行います。水の魔術は使えますよね。」
大規模魔術とは3人以上で発動する、〈魔術〉のことで、その威力は熟練の魔術師の魔術に匹敵する。
「使えるわ。大規模魔術の経験もあるから安心して。」
「わかりました。では始めます。」
第五部隊では、その発動に5分の準備時間が必要になる。そこにソウの才能が加わると、3分まで短縮することができる。しかし、前衛の治療も兼ねると、大規模魔術側にソウが注力できる時間は少ない。更には、9人の治療と大規模魔術を並行して行わなければならない状況で、ソウの魔力は想像を超える速度で減少してしまう。
ソウの魔力量が少ない訳ではなく。ソウの白魔術の魔力効率が悪いことが原因である。どんな重傷も一瞬で治せる様な白魔術を常に扱っているソウの消費魔力が多いのは当然なのだが、一般的な白魔術師はその重症度に合わせて魔力量を調整する。ソウは自身の豊富な魔力に物を言わせて、今まで魔力量の調整を怠っていたが、この戦闘でその甘さが露骨に出てしまった。
「無理はなさらないで下さいね。」
「いえ。大丈夫よ。」
天才と言うべきか。初めて魔力の枯渇を感じ取ったソウは、大規模魔術の準備を手伝いつつ、前衛の治療も行える最善の魔力量を見出す。その過程で、先程までが嘘のような絶妙な調整を始めたソウは、治療の為に後衛に下がった隊員の傷を見極めると、それに適した魔力量で瞬時に治療して見せた。
3分半が経過して、大規模魔術が完成する頃には、たった一か所だが、クレイジーグリズリーの分厚い毛皮が剥げた箇所ができていた。そこを目掛けて放たれた水の砲弾は、クレイジーグリズリーの心臓を正確に貫いた。念の為、確実に止めを刺し、周囲の警戒をしつつ死体の処理を開始する。
「お疲れ様です。」
第五部隊の隊員はこの戦闘における一番の功労者であるソウを労って、水筒を手渡しする。
「ありがとう。聞きたいのだけれど、普段からこんな死闘を繰り広げているの?」
「いえ。そもそもクレイジーグリズリー程の強敵が早々現れませんし、今日は総司令官より、存分に聖女様を困らせてやれとの指示があったので。」
「なるほど。マリーさんの...」
これだけ忙しなかったのは、どうやらマリーの指示だったらしい。しかし彼女には感謝しなければならない。彼女のおかげでソウは限界を知り、成長できたのだから。
「あの人には何でもお見通しのようね。」
マリーの先見の明はそこが知れない。勿論、彼女に関しては実際に未来が見える訳だが。
「死体の処理が終わった。各部隊、それぞれの持ち場に戻り、国境警備を再開せよ。」
無事にクレイジーグリズリーを処理した一同は、何事もなかったように再び国境警備に戻った。その後の警備ではこれと言って異常事態には出会わず、そのまま一日が終了した。
早朝に基地に現れたマリーは、疲れてベンチに座り込んでいるソウを見つけると、その隣に座って話しかけてきた。
「お疲れソウちゃん。どうだった?」
「凄い疲れましたよ。どこまでが貴女のシナリオですか?」
「君が成長するまでかな。君の唯一の弱点である魔力効率は、君が目指す理想の為には必要不可欠な要素だからね。慣れていない治療相手、不慣れな環境。そして大量の魔力消費が必要な状況を用意すれば、君の成長の近道になると思ったんだ。まぁ、あんな簡単に成功させるとは思っていなかったけどね。」
「ご冗談を。貴女に視えない運命などないではありませんか。」
「いいえ。私にだって視えない物はある。例えば、人の可能性なんかは見ることができない。今までに占った人の運命が何度覆ったことか。」
マリーは確定した未来を見る訳ではなく。複数に分岐する未来の中で、今最も可能性が高い未来を観測できる。その為、人の努力が実れば、最悪な未来を回避し、最良の未来を掴むことだってできる。当然、その逆もあり得る訳だが。
「さっ。手伝いも終わったことだ。さっさと帰って体を休ませなさい。当然、明日も手伝ってくれるのでしょう?」
「はい。では失礼します。」
ソウはマリーに言われた通り、一直線で宿舎へと戻ると、睡魔に身を任せてそのまま眠りについた。目を覚ますと太陽は頂点に達しており、時計の針は12時を指していた。
「もうこんな時間。」
宿舎の食堂で昼食を済ませると、ラン達の動向を気にして訓練所に向かうと決めた。ミラーのとある路地裏に設けられた扉を特殊な手順で開けると、そこは秘密の訓練所への唯一の道となる。
入ってみると、ユウ、イヴ、ランの為の訓練所の扉が閉まっており、彼らが訓練中であることを示していた。訓練所の扉は使用者にしか開閉ができない為、中で何が行われているかソウに確認する術はない。
数分待機していると、ユウの訓練所の扉が開かれ、中からユウが現れた。
「あれ?ソウさん。どうしたんですか。」
「ユウ。皆の様子が気になって見に来たのだけれど、訓練中じゃ私にはどうもできなくてね。誰か出てくるのを待っていたの。ユウ。貴方の進捗はどう?上手くいってる?」
「はい。少しずつですが、理想に近づいています。ソウさんの方はどうですか?国境防衛隊のお手伝いをしていると聞きましたが。」
「私も順調よ。もしかしたら貴方なら、何が変わったかわかるかも。」
試しにユウの指にある小さな傷を治して見せると、やはりユウはソウの成長に気付いたようで、素直に凄いと感嘆する。
「魔力効率が格段に改善されていますね。ソウさんの魔力量に、この魔力調整が加われば、今後魔力不足が起こる可能性はありませんね。」
ユウの評価を直に聞き、改めて自身の成長を実感する。今までは感覚的には調整できていると思っていたが、彼の鑑定を以てお墨付きをもらうと、確かに成長できているのだと自信が持てる。
「ソウさん!戻ってたんですね。」
ユウと会話していると、その気配を感じ取ってかイヴが訓練所の扉から顔を覗かせた。ソウの顔を見ると、一目散に走り寄って来た彼女は様子こそいつも通りだが、雰囲気は別の領域にあった。
「イヴ。貴女…」
「?なんですか?」
ユウに目配せすると、彼も彼女の変化に気付いていた。いや、彼の場合は気づいたというよりは知ったというべきだろう。イヴの魔力量が以前よりも少しだけだが増えている。一体この二日間で、どれだけの魔術を行使すれば、これ程の変化が得られるのだろうか。皆目見当もつかない。
「何でもないわ。相変わらず頑張っているようね。」
彼女の努力を称えて頭を撫でてみると、年相応の笑顔を見せて喜んでくれた。その笑顔は眩しいほどに輝いて見えて、愛おしい。しかし、少しだけ見えた彼女が隠そうとするその掌には、その可愛い顔には不釣り合いな、無数の傷が刻まれていた。
「その手…」
「あはは。バレちゃいましたか。訓練中に怪我をしてしまって。」
「怪我を隠そうとするのは貴女の悪い所よ。はい。治してあげたから、今度も怪我したらすぐに私に言うのよ。」
「はい。」
怪我を治すと、彼女はもう行きますねと言って、再び訓練所に戻っていった。剣を扱う訳でもないのに、どうしてあんな傷ができたのか予想もできないが、少なくとも彼女が尋常ではない訓練を行っていることは疑う余地がない。
「ユウ。イヴはどれだけ成長しているの?」
「昨晩会った時から片鱗はありましたが、まさかたった半日で。イヴさんの〈魔術〉の技能レベルが6に到達しています。いくら天才と言っても、11歳でその境地に達した人物は今までにいないでしょう。」
技能レベルはユウの様な例外を除いて、レベル1~3の範囲から始まる。レベルの上がる速度は才能と努力量、そして、スキルの習得難易度で決定づけられ、レベル5に到達するには平均で10年の修行が必要になる。障壁の様な習得が容易なスキルでは、天才と呼ばれる者なら5年程度でレベル5に到達するが、魔術となると話は変わってくる。
魔術の場合はそもそも習得に1年以上はかかる上、レベル2に到達するにも2年程度の修行が必要になる。レベル5なんて数十年修行しても、到達できない物は到達できない程の境地。しかし、イヴはその境地にたった10ヶ月で到達して見せた。それだけでも驚きなのだが、たった今彼女はレベル6に到達した。
赤魔術に関しては既にレベル6に到達していたイヴだが、祝福を授かって最初から持っている赤魔術とは異なり、魔術の場合は本来ならもう少し時間がかかるはずだ。しかし、彼女の才能を前にしてはそんな常識さえ、意味がないのかもしれない。
「マホさんでもレベル6に達したのは12歳の頃だったと言っていたから、イヴはそれ以上の速度で成長しているという訳ね。私の負けてられないわ。」
「そうですね。彼女に置いて行かれない様に、僕も努力しないと。」
彼女の成長速度に臆することなくついて行こうとする彼らも、常人の何倍もの才能を持つ天才だ。お互い頑張ろうと言葉を交わして、それぞれの修行の為に別れを告げた。
そんな会話が交わされていたとは露知らず、ランは今もなお剣が作り出した廃墟の中で、かつての聖剣の主と刃を交わしていた。
カキンッと鉄がぶつかる音が響いた後、ランの手にある剣が弾かれる。
「クソッ。」
ルースの手助けで、再び現実世界に戻ったランは、大量の汗を流しながら地面を力強く叩いた。それは、20度目の敗北だった。




