特別
「何々?」
「あのイケメンが、突然ユウが欲しいって騒ぎ始めた。」
早くも噂され悪目立ちする勇者に憤りつつ、赤魔術師は剣士の手を引っ張って、「通してください!」と人込みの最前列に向かう。
「ランさん!何してるんですか。」
そしてそのままの勢いで勇者を怒鳴りつけ、ユウへの勧誘を一旦辞めさせる。
「嫌がってるじゃないですか。また日を改めてください。」
「わかったよ。じゃあね少年。また会おう。」
嵐のような男はそう言い残して、剣士に首根っこを掴まれながら帰って行った。そんな彼を見送って、何だったのだろうと思いながら、ユウはとぼとぼ歩いて帰路につく。その間もしばらく混乱していたが、数時間後、風呂に入っている最中、自分は勇者パーティに勧誘されたのだと、今更ながらに気づいた。
「は!?」
なぜ自分が。最初に浮かんだのはそんな疑問だった。当然だろう。彼に授けられた祝福は一般に冒険者にはなれないとされている。
考え行きついた答えは、勇者の勘違いである。恐らくは、彼は人を間違えたのだろうと、そう考えた。しかし、そう言ったわけでは決してなく。勇者は明確な理由を持って、ユウを勧誘した。
「彼を鑑定できなかった。それが彼を勧誘した理由だ。」
赤魔術師にユウを勧誘した理由を問われ、勇者が発した答えがそれだ。
「えっと…つまりはこういう事ですか?」
赤魔術師は彼の答えにこう推論した。
今日初めて祝福を与えられた者を鑑定できなかった。それはつまり、彼は生まれながらに勇者よりもレベルが高い人物であり、逸材である。だから勧誘した。
その推論に勇者は「そうだ。」と頷く。
この世界にはスキルと呼ばれる特殊な力が存在する。鑑定もその一つだ。
スキルの優先度は基本的に種族レベルに依存する。この種族レベルと言うのは、身体能力に比例して上昇するレベルで、最大で10まで存在している。また、この種族レベルが等しい時に必要になってくるのが技能レベルだ。この技能レベルはスキル1つ1つに存在していて、この技能レベルの高さによって、スキルの威力や効果の範囲などが決定する。勿論、種族レベルが等しい時はこれが高い方が優先的にスキルを発動できる。
ただし例外が存在していて、余りにも技能レベルに差があった時には、種族レベルを無視してスキルを発動することができる。ただし、それ以前に種族レベルにも余りにも差があれば、技能レベルにどれだけ差があっても優先されることは無い。この理論で考えれば――
「恐らく彼は、技能レベルが極端に高いのだろうと僕は考えている。」
「それはおかしい。ランの種族レベルは6、技能レベルは5。仮に少年の技能レベルが10だったとしても、種族レベルが高いお前の鑑定が優先されるはずだ。」
「確かにその通りだ。彼の種族レベルが2や3だったとしても、僕の鑑定を防ぐことはできない。しかし、どうだろう。彼の技能レベルが11だったとしたら、話は変わる。」
勇者の意味不明な発言に剣士と赤魔術師は同時に首を傾げる。しかし、聖女だけは「そうね。」と彼の意見に賛同する。
「私の教会が持つ大図書館で、技能レベルには10の次に11という段階が存在すると目にしたことがあるわ。そして、そこにこんなことが書かれていたわ。10と11には絶対に覆られない、どうしようもない差があると。一般的に知られている種族レベルと技能レベルの相関性で考えれば、あの少年はあらゆる生物の能力を見抜くことができるはずよ。そう、例え相手が魔王だったとしてもね。」
聖女の説明に、剣士と赤魔術師は、勇者が「彼はこの世界を救うために必要な存在だ。」と発言した意味が分かった。確かにユウは、今この世界が最も欲している存在だ。
「勇者は確かに魔王の天敵だ。彼がいなくとも、いつの日か僕は魔王を倒すだろう。しかしそれは、そこまで生きていたらの話だ。魔王ほどでは無くても、残虐で狡猾で強力な魔物はうじゃうじゃいる。中には初見ではどうしようもない、理不尽な魔物だっている。だけど彼は、そんな理不尽を覆す力を持っている。彼さえいれば世界は変わるよ。断言しよう。彼がこのパーティに入ってくれれば、たったの1年で、冒険者の死亡率は格段に低下するだろう。」
この世界には未だに解明できていない罠や魔物が多く存在している。例えば、この村のすぐそばの森には、未知の落とし穴が存在している。見た目も場所もわからない。わかっているのは、必ず1人だけが突然落下し、気づいた時にはその人がどこにも居らず、落ちたはずの穴もどこにも存在しないと言う事だけ。
「明日必ず彼を引き入れる。」
勇者は期待を胸に宣言する。しかし、赤魔術師だけは冷静に状況を判断していた。彼が高い確率でその勧誘を断るだろうと。
「彼は恐らく拒否すると思いますよ。」
「そうだろうね。」
そんな事、勇者は百も承知だった。彼は今まで蔑まれてきた。それによって、彼は自身に失望しているだろう。自信の無い人間は変わろうとしない。例え根拠があろうとも、勝負に臆病になってしまう。
「彼は僕達が勇者パーティであることに気付いているだろう。そして今、なぜ自分が誘われたのか考えているはずだ。そして、断ろうと決意するだろう。だが、それは彼が勘違いしているからだ。」
「勘違いですか?」
「そう。僕が勘違いしていると勘違いしている。だからね。間違いなく、僕が欲している人物は自分なんだとわかって貰えれば、きっと受け入れてくれると思うんだ。だって、彼の目にはまだ希望があったからね。変わろうとする希望が。」
謎の自信を持つ勇者を不審がりながらも、隣に座る、何故か得意げな剣士を一瞥して、赤魔術師は一先ず納得する。
「さ。明日も早いからそろそろ寝よう。」
「そうね。行きましょ。イヴ。」
「はい。」
勇者と剣士を置いて、一足先に聖女は赤魔術師を連れて自分達の部屋に向かう。
「ラン。寝る前に手合わせするぞ。」
「わかったよ。」
お互い自分の剣を持って、ホテルの中庭に出る。魔物と戦わなければならないこの世界では、ほとんどの宿舎は剣や魔法を練習するための中庭を備えている。
そこは何もない。ただ広い中庭。そんな中庭で、勇者は長剣、剣士は大剣を構える。
「行くぞ!」
先に踏み込んだのは剣士だ。一瞬で距離を詰める踏み込みから放たれる力強い一振りは、勇者の靡いた髪を掠めて地面に寸でで止まる。
勇者はその隙をついて剣を振るう。しかし、先程まで地面の傍にあった剣先は既に防御の構えに入っていた。
「流石だね。」
剣士のパワーは随一で、その剣は彼女の思い描く軌跡で振るわれる。故に、彼女の振り終わりは隙にはならず、行動の途中になる。
そこから激しい打ち合いが繰り広げられる。終始攻めるのは剣士だが、勇者はそれを意にも返さず、涼しい顔で、避け、往なし、反撃する。オールラウンダーの彼は力強さこそないが、技術において右に出る者はいない。
タイプの違う2人の打ち合い。最終的に制したのは…
「参った。」
剣士だった。
「やっぱり剣の打ち合いじゃ敵わないな。」
「いや。昔よりよっぽど良くなっている。剣だけでここまで私と打ち合えるようになったんだ。それにお前がスキルを使ったら、私は敵わない。」
「そうだね。でもそんな僕らは味方同士だ。心強いよ。自分にできないことをできる人がいるってのは。」
「はは。そうだな。」
こう手合わせしているが、彼らは味方同士で、普段は背中を預けている。こうやって手合わせをするのは、自分の実力を伸ばすというのもあるが、相手の長所と短所を理解し、戦場で補えるようにするため。
「そうだ。ラン。先程の受け流しだが、後半歩引いた方が良い。今の受け方では右足に負担がかかる。」
「わかった。」
当然、欠点はない方が良い。お互いに気づいたことを指摘し、改善していく。こうして彼らは強くなるのだ。
「そろそろ休もう。」
「そうだな。」
勿論、体を休ませることも怠らない。彼らはそれぞれ自分の部屋に向かう。
勇者は1人。自室にて翌日の事を考える。
――少年を勧誘できるかどうか…。それについては正直、心配していない。ご両親がどう判断するかはわからないが、彼自身は十中八九、僕の誘いに乗るだろう。考えるべきはその後。早速彼に看破して貰おうか。この村近辺の森。「暗がりの森」の秘密を。
勇者はニヤリと笑みを浮かべる。彼は他3人の想像以上にユウに期待している。
「楽しみだなぁ…。」
そう口にして勇者は眠る。ユウと共に紡ぐ未来を想像しながら。
「――さて。少年。もう一度勧誘しに来たよ。」
午前8時を過ぎたあたり、勇者が家を訪ねてきた。
「えっと、勇者様…ですよね。」
「そうだよ。僕は勇者だ。そして、君を勧誘しに来た。君は勇者パーティになるんだよ。」
「多分人違いじゃ…。」
やはり彼は勘違いしている。だから勇者ははっきり「違うよ。」と彼の言葉を否定する。
「僕は間違いなく。君を勧誘している。鑑定士である君をね。」
「なんでですか?勇者様も知っていますよね。鑑定士は冒険者のなれない祝福…いわゆる「不遇祝福」です。それに鑑定士は、」
「――知ってるさ。鑑定士には祝福の特別性が無いことくらい。」
鑑定士は不遇祝福のと呼ばれる物の中でも、最も不遇な祝福と呼ばれている。その理由は鑑定士という祝福に特別性が無いから。
鑑定士が初めからから扱えるスキルが〈鑑定〉という対象の情報を読み取るスキルなのだが、残念なことに、それ以外にも様々なスキルを初めから持つA級以上の祝福は、当然のように鑑定を持ち合わせている。
当然、勇者パーティも剣士以外の全員が鑑定を使える。
それでも勇者は――
「それでも僕は君が欲しい。君には、誰にもない。特別な才能がある。君も薄々。自覚しているんじゃないかな。」
「えっと…。」
彼は長年の蔑みで自信を無くしている。その為、自分には才能がないものだと思ってしまっている。しかし、その考えを捨てさせることは簡単だ。彼自身に自分の才能に気付いて貰えばいい。
「何で君は、僕が勇者だと知っている?」
「それは…はっ。」
ハッとした。何故自分は彼が勇者だと知っているか。それは、鑑定したからだ。じゃあ、何故僕は勇者様を鑑定できた。種族レベルは勇者様の方が上だ。じゃあ僕は何で。
「さぁ。もう一度聞こうか。僕は君が欲しい。僕のパーティに、勇者パーティに入ってくれ。」
「…わかりました。少しだけ待ってください。」
ユウはそう言って、家の奥に戻っていった。それを見て、勇者は一度、玄関先から離れる。
「どうでした?」
赤魔術師の問いに勇者は親指を立てる。
「上手くいったよ。後は、彼のご両親が認めてくれるかどうかだろうね。」
勇者の懸念。それはユウの両親が息子の旅立ちを許してくれるかどうか。しかし、そんな心配性な彼を勇者パーティの面々は不思議そうに見つめる。
「それは大丈夫じゃないですか?」
「えっ。何で?」
「何でって、この家は、」
赤魔術師が言いかけた所で、この家の主人が玄関先に顔を出した。その姿は今冒険者を職にする者であれば誰もが目にしたことがあるもの。
「へぇ。お前が勇者か。実物は初めて見たよ。」
「え、英雄サブナ!なんで貴方が。」
「何でって、こいつの父親だから?って、なんだ知らなかったのか?」
勇者以外は皆知っていたのか、かつての英雄の登場に勇者だけが動揺している。
「皆知ってたの!?」
「当たり前よ。この村に来ることが決まった時から、彼にだけは挨拶しようと思っていたもの。」
勇者の問いかけに聖女は当たり前と言いたげに答える。そんな素っ頓狂な様子にサブナは大声を出して笑う。
「ハッハッハ。」
突然笑い出したサブナに、当然勇者たちは目を丸くする。
「なんだ。勇者のワンマンパーティだったら、ユウをお前らに預けるのは辞めようと思っていたんだがな。」
その言葉に緊張感が走る。勇者パーティは連携を主とするパーティ。そういう自負はあったが、サブナがどう判断するかなんて誰にも分らない。
「良いパーティじゃないか。剣士、赤魔術師、聖女、勇者。全距離において隙の無い構成で、それぞれが熟練冒険者に引けを取らない実力を持っている。そして最後のピースとして、特別な鑑定士であるうちの息子を選んだ訳か。」
「はい!」
緊張も束の間、サブナの言葉は勇者パーティを褒める物だった。そして彼の推測どおり、勇者がユウを勧誘した理由は勇者パーティの穴を埋めるため。
勇者は自信を持ってはいと彼に返事をする。そんな勇者の純粋さを見込んでか...
「良いじゃねぇか。ユウ。お前、このパーティでいっぱい学んで来い。」
どうやらサブナは勇者パーティへの加入に賛成したようだ。そしてその言葉に、今まで暗い表情だったユウが初めて年相応の笑顔を見せた。
「うん!」
こうして、ユウ=ソールトの勇者パーティ加入が決定した。