習得開始
翌日、勇者パーティはボロン討伐に向けて、各々訓練に勤しむ。
場所はシンが用意した秘密の訓練所。それぞれの特徴に合わせて改造された訓練用人形が配置されている。
ユウは蒼炎の遺跡にてマホに見せて貰った魔術の極致を目標に人形に向かい合った。
イヴ曰く、この人形を破壊できれば合格らしい。
「魔術の速度と威力の調整…か。」
〈魔術〉において速度と威力は反比例する。しかしその調整は一朝一夕では身に着かない。例えば、
「威力重視…!」
威力重視の魔術を放とうとすると、放ったと同時に爆発してしまう。障壁を瞬時に発動し無傷で済んだが、それでは使い物にならないのは明白だ。しかし、人形を破壊するだけの威力は持っている。これを制御さえできれば、ユウの新たな力になるだろう。
「魔術は想像力が重要だ。威力自体は、いつもイヴさんの魔術を見ているから想像できる。だけど速度はイマイチ分からない。今想像している威力に合った速度って一体なんだ?」
今のユウはイヴが普段扱っている赤魔術をベースに威力を調整している。しかし彼女の威力に合わせれば、ユウの魔術では速度を大幅に落とさなければならない。そのギャップを上手く落とし込めれば成功するはずなのだ。
「地道に行こう。まずは――」
ユウは小さな火の球を作ると、それを人形に放つ。当然、威力も速度もお粗末だが、それこそがユウの根底にあるベースの魔術だ。そして、そのベースから少しずつ威力と速度を調整し、その法則を見つけ出すことにする。
一方でイヴもマホの魔術の極致を目の当たりにし、自身に更なる可能性を見出していた。
「速度と威力を調整すれば〈魔術〉にも可能性があるとはわかっていたけど、あれ程繊細な操作が可能だとは思っていなかった。あの技術と赤魔術を融合すれば、もしかしたら…」
試しに魔術の調整を行うイヴは、速度重視、威力重視、バランス重視と調整していき、ある程度の感覚を掴むと、次は魔術と赤魔術の同時発動を試してみる。
通常、異なる属性の魔術を同時に発動するのは不可能だ。右手で問題を解きながら、左手で別の問題を解くことはどんな天才であっても不可能なように、異なる属性の同時併用はそれだけ困難という訳だ。
しかしながらイヴは、赤魔術限定ではあるものの、今までに火と風の魔術の同時発動に成功している。それなら、赤魔術と魔術を同時に扱う事だってできるのではないかとイヴは考えた。
手始めに、赤魔術と魔術で、同時に火の魔術を発動してみる。当然、いとも容易くそれを成功して見せたイヴは、次に赤魔術で火を魔術で水を放ってみる事にする。10秒間の静寂の後に放たれたそれは、ボンッという爆音と共に弾けた。
イヴが咄嗟に張った障壁さえ一瞬にして粉々に砕け、破壊された床の破片がイヴの右手を薄く切る。血が流れる右手を見つめて、イヴは微笑する。何故なら、不発に終わったそれでさえ、彼女の持つ魔術の全てを超越する威力を持っていたのだから。
土の魔術で地面を復元し、イヴは意気揚々と新技の習得を開始した。
「あら?ソウちゃん。どうしたの。」
場所は変わって国境防衛隊第一基地。ミラー近郊の森の中にあるその基地では、国境防衛隊の第一部隊、すなわち、精鋭揃いの国境防衛隊の中でも最精鋭と呼ばれる隊員たちが日々鍛錬を積んでいる。そんな基地に現れたソウは、開口一番「隊員の治療の手伝いをさせて欲しい。」と願い出た。
「君程の白魔術師はうちにもいないから願ってもない事だけれど。」
「ありがとうございます。」
その願い出を快く受け入れたマリーは、早速ソウを治療室まで連れて行った。そこでは、前線では治療できない重傷者を治療している。
「聖女様!?どうしてこんなところに。」
「手伝いに来ました。私にできることはありますか?」
「丁度、私達には手に負えない患者がいるんです。彼の治療をお願いします。」
マリーと別れ、早速ソウは治療の手伝いを始める。彼女が連れていかれた先でベッドに横たわっていたのは、一見すると無傷な青年。聞くところによると、彼は先日発生したメドゥーサという蛇の魔物との戦闘で傷を負った隊員の一人で、唯一メドゥーサから呪いを受けてしまったらしい。
「他の隊員は毒を負っただけで済んだのですが、彼は浴びた毒の量が多く、呪いとして体に残ってしまった様なんです。」
「なるほど。少し診てみますね。」
ソウは患者の肌に触れるだけで、どういった呪いなのか判別することができる。彼に付与された呪いは石化だ。メドゥーサの毒がそもそも持つ特性であり、それがより強力になった効果を持っている。効果の内容としては、体の内側から徐々に石に変化していくという物で、最終的に体の表面が石化していき、完全に石になることで死に至る。
「どうですか?」
治療部隊のアリサは考え込んでいる素振りを見せるソウに、心配そうに問いかける。そんな彼女とは裏腹に、ソウは当然の様に「もう治りましたよ。」と笑み浮かべた。
「え?」
「石化の呪いは以前治療したことがあったので。」
「そうですか...」
余りの早さに呆気にとられつつも、一先ずアリサは治療のお礼をする。
「流石ですね聖女様。本当にありがとうございます。」
「いえ。当然のことをしたまでです。ところで、他に重傷者はいらっしゃいますか?」
「幸いなことに重傷者は彼だけです。重傷者ではありませんが、もし手伝って頂けるのなら、訓練中の隊員の治療をお願いしていいですか?彼ら訓練に熱が入り過ぎてよく怪我をするんですよ。」
「わかりました。訓練場に行ってみます。」
「お願いします。」
訓練場に移動すると、丁度4人の隊員が訓練に励んでいた。第一部隊は全部で10人おり、5人ずつで小隊を組み国境の警備を行う。
「お疲れ様です。怪我をされている方はいらっしゃいませんか?」
「え!?聖女様!何でこんな所に。」
「マリーさんにお願いして、治療部隊のお手伝いをしているんです。」
「そうでしたか。では、彼の治療をお願いします。丁度怪我をしてしまって。」
紹介された青年の怪我を見ると、胸を斜めに斬られていた。隊員同士の訓練でここまでするのかと思いつつ、一瞬にしてその怪我を治療して見せる。
「ありがとうございます!これでまた訓練できます。行きましょう隊長!」
「おう!」
彼らの訓練を見学させてもらったが、そのレベルは1人1人がランやルースに匹敵する程だ。流石は帝国最強の国境防衛隊と言った所だ。そして、そのレベルを維持する為に、これ程までに苛烈な訓練を普段から積んでいる訳だ。
その日だけで、彼らは1人につき10回大怪我を負った。普段からこんなに怪我をするのかと聞くと、そうだと頷いたのだから、アリサの心労は計り知れない。しかし、ソウとしては好都合だった。何故なら彼女がここに来た理由は――
「ソウちゃん。君がうちに来た理由は、更なる力を手に入れる為かな?」
「そうです。実際に人を治療するのが、一番の近道だと思いまして。」
「そう。でもそれは難しいと思うよ。君の実力は勇者パーティで唯一完成されている。それ以上の力を手に入れるのは並大抵の努力では無理だ。」
「わかっています。でも、あの子達を見てたら、私が頑張らないという選択肢は無いんです。何でも良いから、もう少しだけ力が欲しい。そう、思ったんです。それに、ある程度の目星はついているんです。次の目標について。」
ソウの白魔術のレベルは、既にこの世界の最上位に位置している。どんな重傷でも一瞬で治療する様は、かつては天使と形容されたほどの実力だ。しかし、勇者パーティに入って以来は困難の連続だ。そもそも、落ち着いて治療できる場所だったらいざ知らず、最前線で、それも戦闘中に治療するなど正気の沙汰ではない。
特に、勇者パーティの様なトップクラスの冒険者パーティは、治療難易度の高い負傷を負う事が大半だ。それをすべて一人で治療しなければならないのだから、立ち止まっている暇はない。それに、彼女の力不足で、一度はユウを失っている。銀翼龍の力によって彼の死はなかったことになったが、ソウにしてみれば、奇跡が起こったとしか思えない。
ソウは聖職者だけれど奇跡を憎む。何故なら、奇跡は人の努力を簡単に無駄にするものだから。ユウの努力も、イヴの努力も、ルースの努力も、ランの努力も。全てを見て来た彼女だからこそ、自分の力で彼らを助けたいと思う。もう二度と仲間を失わない。その為に今身に着けるべき力は...
「フロントラインのシモンさんがやっていた、リアルタイムの治療。それを可能にしたいと思っています。」
仲間が負った傷を瞬時に治療するという離れ業。それこそが彼女が目指す理想。その為に必要な物は、圧倒的な経験値と全てを見通す周辺視野。もしそれが可能になれば、少なくともソウの目の届く範囲で、仲間が死ぬことは無い。
「わかった。その訓練。私達が手伝うよ。早速だけど、今から小隊を入れ替えるから、アリサの代わりに彼らについて行ってみなさい。今日は強敵が現れるみたいだから、良い経験になると思うよ。」
「はい。行ってきます。」
マリーの厚意で参加した作戦で、ソウは未だかつてない困難に立ち向かう事になる。そうして、彼女は自身の甘さを再認識することになるのだった。




