痛み分け
「ユウ...!なんで私なんかを…庇って。」
ユウの遺体を前にイヴは号泣する。初めて自分を庇って人が死んだというのも理由だが、最大の理由は彼が仲間であり弟子であり友人であり、大切な人だから。
「ごめん。ユウ。本当は僕が。」
本来、最初に体が動くべきなのはランだ。しかしあの瞬間。仲間の死を目前にした時、一瞬だけ身がすくんでしまった。しかしユウだけは頭じゃなく体でイヴを守った。考えるよりも先に体が動いたのだ。それは彼に、誰よりも勇気と優しさがある証明。そしてそれは、勇者に最も求められる資質だ。
即ち、ランは勇者失格である。しかしながら彼だけを責めることはできない。責任はあの場で無力だった勇者パーティ全員にある。
「ソウさん…」
涙を浮かべてイヴは、必死にユウを治療するソウの顔を覗く。しかし、流石のソウでも死人を生き返らせることはできない。そんなことはソウが一番わかっている。けれど、そんなこと認めたくなかった。ユウが死んだなんて、決して――
「えっと。これってどういう?」
ユウの死を悲しむ一同を前にユウは困惑した表情で起き上がった。
「ユウ!生き返って…よかった!よかった…!」
突然蘇ったユウを前にイヴは嬉しそうに彼を抱き締めた。ランとルースも嬉しそうに喜んでいる。しかし、ソウだけは動揺していた。
何故なら、彼は間違いなく全ての機能が停止していたし、体も冷たくなっていたし、魂も、どこにも見当たらなかった。しかし、今の彼はすべて正常だ。魂もここにある。先程までの彼は間違いなく死んでいたし、今の彼は間違いなく生きている。
本来ならあり得ない現象。彼が通常と違うとしたら、超越者だということ。
「流石ソウさんです!」
「ええ。何とか助けることができたわ。」
喜ぶイヴを前にソウは嘘を吐く。ユウの異常さはまだ自分以外知る必要がないと考えて。何より、現状他にも心配事がある。
「ユウの無事を確認できたことだ。彼らの安否を確認せねばな。」
「いや。彼らの安否は確認しない。マホさんとの約束がある。」
今すぐにでも彼らの安否を確認したいところだが、マホとの約束を果たすためには、蒼炎の遺跡に近づくことはできない。あの場所は既に魔王の領域であり、もう一度あそこに近づけば、再び魔王に再開する可能性さえある。そうなれば本末転倒だ。
「まずは冒険者ギルドに報告に行こう。それから、今後の方針を決める。」
正直、皆がわかっている。フロントラインは助からない。魔王の強さを直に体験した彼らだからこそ、それははっきりわかる。メイリアに戻る道中、ランは思い出したようにユウに問うた。
「ユウ。聞いていなかったが、魔王の鑑定は済んでいるよね?」
「はい。」
「魔王に弱点はあったかい?」
その問いにユウは言い淀む。何故なら、魔王に弱点など――
「ありませんでした。魔王は完全無欠の存在です。生命力、筋力、俊敏性、魔力。その全てが秀でていました。その上で、全ての属性への耐性を持ち、物理への耐性も持ちます。更には、勇者以外からの攻撃では絶対に死なないという完全な耐性も持ち合わせています。」
「なるほどね。現状じゃ絶対に倒せない訳だ。」
今のランの実力では魔王に攻撃するどころか、魔王の前で思い通りに動くことさえままならない。それは即ち、人類が魔王に勝つことは不可能ということ。
「そうか...聞かなきゃよかったよ。」
ユウの説明にランは確信した。フロントラインに待つのは確実な死だけだと。彼らがいかに強くとも、仮に魔王に勝てる実力があったとしても、彼らが勇者でない限り魔王には勝てない。
「俺が弱いばかりに。彼らは無意味に」
〈――生きてるぞ。〉
「え?」
突然声がした。その声はユウが背負うバッグの中から聞こえる。バッグを漁ると、そこには見覚えのない水晶が仕舞われており、それから声が発せられていた。
「通信魔道具ですね?どうしてこれが。」
通信魔道具は、同じ刻印が施された通信魔道具同士で、通信が行えるという名前そのままの効果を持つ魔道具だ。世界に8つしか存在しておらず、一般に大国間が秘密裏に会合を行う際などに用いられる。その為、入手には莫大な金額がかかり、一般人が手に入れるのは不可能な代物だ。
〈こんなこともあろうかと、勝手に仕込んでおいて正解だったな。〉
「この声はマホさん!無事だったんですか!?」
〈無事かどうかはさておき、魔王を退けることには成功した。〉
昨晩、最悪の事態を想定していたマホは、勇者パーティには黙って彼らのバッグに通信魔道具を収納していた。
「何で黙って、言ってくれればいいじゃないですか!」
〈その魔道具の値段はお主らも知っているだろう。もし直接渡そうとすれば、断られると思ったのでな。〉
「確かに。少なくとも僕は断りますね。」
勝手なマホに憤慨するイヴとは反対に、ランは嬉しそうにマホの問いかけに答える。
「そんなことより、状況を確認するのが先ではないか?」
「そうだね。マホさん。そっちの状況はどうですか?」
〈魔王は退けたものの、こちらの被害も尋常ではない。フィルは左腕を失い、私の杖は完全に砕け使い物にならん。幸い、シモンとペイジに被害がないのが救いだな。〉
一同は驚愕する。フィルの実力は間違いなく人類最強。そんな彼でさえ、魔王を前にしては自分の身を守る事さえ難しいという事実に。しかしながら裏を返せば、世界最強の魔王を相手にその程度の被害で済んだというのも事実。
〈生きているだけで十分。魔王とはそういう相手だった。〉
戦闘狂のフィルでさえそう評価する魔王の恐ろしさは、勇者パーティも経験した物。しかし彼らはいつかそれを倒さなければならない。
〈弱気になるなよ。確かに俺らは魔王に手傷を負わせたが、それでも俺らを殲滅することくらい造作もなかったはずだ。それでも撤退を選択したのには、何かわけがあると考えるのが自然だろう。〉
先程も述べたが、魔王は勇者にしか倒せない。それ故、どれだけ手傷を負おうが撤退する道理はない。つまり、魔王は未だ知られていない、何かしらの事情を抱えているという訳だ。
「ユウ。君はどう思う。」
「そうですね。一つだけ可能性があります。」
「なんだい?」
それは余りにもあり得ないことだから、ユウが最も初めに捨てた考え。そもそも、魔王が勇者にしか倒せないというのは正確には間違いである。何故なら、魔王の能力は「勇者以外に殺されない」ではなく「死の否定」なのだから。
「魔王は、ステータスをそれぞれ1割ずつ消費することで、自身の死をなかったことにします。その為、最大で10回生き返ることができるという訳です。」
「なるほどね。つまり、10回魔王を倒せば勝てる訳か。」
「はい。その通りです。ですが...」
「魔王を10回も倒せる訳がない、か。」
「はい。」
ステータスを消費するから、少しずつ弱くなっていくが、少なくとも全てのステータスが90を超える魔王を倒した上で、全てのステータスが80を超える魔王を倒し、その上で全てのステータスが70を超える魔王を倒さなければならない。仮に3回倒せたとすれば勝機はあるが、あの実力を見せられては、それは不可能とするのが妥当である。
「ですが、撤退を選択させるだけなら倒す必要はありません。ステータスを消費するのですから、倒されることだけは避けるはずです。魔王が死を意識するだけのダメージを与えることができればですが。」
「どうなんですか?フィルさん。」
〈俺らは魔王の右腕と左目を奪った。〉
「…は?」
今から数分前。魔王城。
「魔王様!大丈夫ですか!?」
「ああ。問題ない。」
右腕を失い左目を割かれた魔王は、大量の汗を流しながら、魔王の最側近であるフロイドに迎えられる。
「治癒いたします。」
「頼む。」
魔人は治癒系統の魔術を習得できないという摂理がある。しかし魔人最強の魔術師であるフロイドは、そのルールから逸脱し、完璧な治癒魔術を習得している。
本来なら白魔術でしか治せない四肢欠損という重傷を一瞬の内に修復して見せた。
「魔王様をこれ程までに追い詰めるとは、勇者は既にそれだけの実力を身に着けていたのですか。」
「いいや。勇者ではない。」
「では?」
「世界最強のパーティ。フロントラインだ。」
「フロントライン!?あのマホが所属している。」
魔人の間で恐れられているパーティがある。それこそがフロントラインだ。かつて、魔王軍と同程度の勢力を誇った「血主の祭壇」というS級ダンジョンが存在した。
ダンジョンボスである〈吸血鬼〉という最強格の魔人を筆頭に、魔王の配下に引けを取らない7人の魔人を以て、ダンジョンの存在する地域一帯を支配し、人間の生き血を啜っていた。
そのダンジョン攻略に立ち上がったのがフロントラインであるが、なんと彼らはたったの2日で、ダンジョンを攻略してしまった。その事実は瞬く間に魔人の間で広がり、フロントラインは恐れられるようになった。
「あの時は5人のパーティだと聞いていたが、どうやらメンバーを変えた様だな。あのすばしっこい小僧は見たことがない。」
その当時はまだペイジがおらず、戦士と忍者がフロントラインに所属していた。フィルと戦士のコンビはあらゆるダンジョンを破壊した名コンビであったが、血主の祭壇攻略の僅か1年後に戦士は死んだ。一方忍者は、当時既に40後半と人生の岐路に立っており、偶然出会ったペイジの加入と同時に冒険者を引退した。
「厄介な奴らだ。俺でさえ迂闊に手を出せば痛い目を見る。フロイド。決して、奴らに手出ししてはならん。もし始末するのなら、徹底的に準備をしろ。」
「承知しました。」
この日魔王に植え込まれたフロントラインへの警戒心が、彼らの命運を大きく分けることになる。
そんなことは露知らず、フロントラインと勇者パーティはメイリアの郊外で合流し、今後の予定を共有していた。
「恐らくですが、冒険者ギルド内に魔王軍の内通者がいます。蒼炎の遺跡にタイミングよく魔王が現れたのは、それが原因でしょう。ですから、私達の依頼と勇者パーティの依頼を交換しましょう。そうすれば、仮に魔王かその息がかかったものが襲いに来ても、我々で対応できます。」
「わかりました。ですが、依頼の交換を行ったとして、それを秘匿し続けることは可能なのですか?」
「そこはご安心ください。既にしかるべき相手に話を通してあります。」
シモンは魔王を退けた直後から、既に依頼の交換を思いついていた。その為、地上に出たと同時にとある人物に手紙を送っていた。そしてそれが承諾された為、この提案を彼らに行ったのだ。
「ギルド長より、フロントラインと勇者パーティ間での依頼の交換と、その対応を信頼できる職員に一任すると約束してもらいました。」
「流石ですね。それで、信頼できる職員というのは?」
「君達も知っている人です。私達にとって世界で最も信頼できる人。」
その時点でユウ以外は誰もがそれが誰かがわかった。フロントラインが最も信頼すると口にするのは彼しかいないから。
「元フロントラインにして、現副ギルド長であるシンさんです。」
かつてフロントラインを支えた男が、引退して尚、彼らを支える柱となる。
今回で序章終了です。
魔王戦の敗北を糧に勇者パーティがどう成長していくかお楽しみください。
次回は2月6日(木)に更新いたします。




