蒼炎の遺跡1
一面の火山地帯。そこに場違いな建造物がある。それこそが蒼炎の遺跡である。
火山の赤を塗り潰す異質な青い炎が常に遺跡の入り口を照らし、その先には地下へと続く長い長い階段がある。それを下ると早速、迷宮が冒険者の行く手を阻む。
「一階層ですね。最初の分かれ道ですが、ユウ君はどちらが正解だと思いますか?」
最初に彼らの前に現れたのは、5つに別れる道。通常の遺跡でこういった分かれ道に遭遇した時の対処法は、全ての道を試して正解を見つけることだが、蒼炎の遺跡は不正解の道の先にも迷宮が存在しており、簡単には正解か見分けられない様になっている。
彼らには地図があるからそんなことをする必要はないが、一先ずはユウの意見を聞いてみる事にする。
「右から2つ目が正解です。」
「素晴らしい。その通りです。」
そして見事に彼は正解して見せた。試してわかったが、彼の鑑定は道の正誤判定もできるようで、分かれ道を鑑定した瞬間に、彼の目には正しい道が示された。
そこからも彼は一度も間違えずに道を当てて見せ、更には隠されたトラップも見極めた。
その力は驚異的な物だったが、それよりも驚くべきは彼の魔力量だ。鑑定は決して燃費が良い訳ではなく、寧ろ、魔力消費は激しいとされている。そんな鑑定を休みなしで使い続けても、彼の魔力は底が見えない。
彼本人を鑑定することはできないから、正確な魔力量こそわからないが、イヴやマホに並ぶとは言えないまでも、シモンに匹敵する魔力量を持っていることは明白だった。
「素晴らしい魔力量だ。もし魔術師だったら、イヴに次ぐ逸材になっていただろう。」
「マホさんもそう思いますか?」
「ん?その反応からすると、魔術の才能があるのか?」
「はい。火系統だけですが、3日で習得しました。」
「ほう。」
イヴの言葉にマホは露骨に興味を示す。それもそのはずで、マホは赤魔術師だから最初から赤魔術を持っていたが、それでも火の魔術を成功させるのに3日かかった。魔術師でもない彼がそれに並ぶ速度で魔術を習得したのだから、興味が向くのは当然だった。
「イヴ程ではないが、紛う事なき天才だな。魔術師が与えられなかったのが残念だ。」
イヴ同様、彼女もユウが魔術師でないことを残念がる。
「しかし、寧ろ面白いかも知れないな。もし彼が魔術師でないながら、通常の魔術師を凌駕する魔術を会得すれば、才能があれば魔術師でなくとも、魔術使いになれるという事になる。それは我々にとって朗報ではないか?」
「確かにそうですね!」
イヴやマホの様に魔術をこよなく愛する者達には悲願があり、それは世界中の誰もが扱える魔術を完成させることだ。
魔術の完成度や威力は完全に才能に左右され、その才能の99パーセントが〈赤魔術師〉や〈青魔術師〉と言った祝福を与えられることに起因する。もしユウが残りの1パーセントの生まれながら魔術の才能だけで、魔術師を超えられるのなら、いつか、完成度や威力を無視すれば、誰もが扱える魔術を作れる可能性に繋がる。
現状では魔術師でなくても、魔術の才能があれば魔術を扱えるが、その完成度には天と地ほどの差がある。氷属性の魔力を持っていたヴァンでさえ、氷の魔術の完成度は平均的な〈青魔術師〉には遠く及ばなかったことを考えると、才能がない者が魔術を使うのは夢のまた夢だ。
ユウがその限界という壁を越えてくれることを期待するのは魔術師の習性と言える。
「イヴ。彼の教育の方針については後で語ろう。厄介な相手に見つかった。」
「ですね。」
最初にそれに気づいたのは、常に〈探知〉を張り巡らしているマホとイヴだった。
「バジリスクか。」
道を塞ぐように小さな羽を広げて、じりじりとこちらに這い寄って来る大蛇。それがバジリスクだ。
蛇の王と揶揄される最強クラスの魔物で、口から吐き出す猛毒はあらゆる生物を一瞬で死に至らしめ、その双眼に目を合わせたあらゆる生物は石化する。
「わかっていると思うが、目は合わせるなよ。」
フィルがそう言うまでもなく、全員が蛇から目を反らす。ただ、シモンとソウだけは気にすることなく蛇を凝視する。
「まだ睨み合っている状況です。我々が目を反らさないのを見て警戒しているようですね。」
あらゆるものを浄化する光の性質の魔力を持つソウや、リアルタイムで自身にかかる石化を解き続けるシモンには、バジリスクの石化は通用しない。しかし、そんなことを魔物が知るはずもなく、蛇は警戒して迂闊に攻撃できないでいる。その状況は彼らにとって好都合だった。
「俺が合図したら、マホとイヴは同時に魔術で奴を攻撃しろ。その間、ソウとシモンは2人の解呪を。その後、俺とルースで奴の身動きを封じる、ランは奴の弱点を破壊しろ。弱点は…」
そこでフィルはユウに目配せをする。ユウはバジリスクの顔を見ない様にして、既に鑑定を終わらせていた。
「顎下が最も防御力が薄いですが、致命傷は与えられません。ただ、激痛を与えることができるので、バジリスクは必ず怯みます。その隙に、顎下を起点に鱗を剝ぎ、心臓を貫いてください。」
「わかった。」
ユウは情報共有を終えて後方に下がり彼らを見守る。直後、フィルの合図とともに、マホが風の魔術を、イヴが火の魔術を放つ。それは的確に蛇の顔面に直撃し、大爆発を起こす。防御力が高いから大したダメージにはならないが、それでもその爆発により発生した煙幕は、動き出したフィルとルースを蛇の目から隠した。
ドゴッという鈍い音がしたと思うと、フィルは長剣で、ルースは大剣で蛇の巨体を斬りつけ釘付けにする。その隙にランは顎下を正確に貫き蛇を怯ませる。ランは突き刺した剣でそのまま蛇の皮膚を腹部まで切り裂くと、いとも簡単に鱗を剥いで見せた。
そして勢いそのままで、剣を心臓に突き立てると一思いにそれを貫いた。
「生命力ゼロです。」
バジリスクは何もできないまま絶命した。
「バジリスクの血には少しだけ毒が含まれています。血を浴びた3人はソウさんに確認して貰ってください。」
ソウが確認すると、一番血を浴びたラン以外は毒に侵されていなかった。また、ランも体には大した影響はなく、流石は勇者といった所である。念のため解毒を施すと、休憩もしないでそのまま先へと進む。
結局、それ以降はバジリスク程の強敵は現れず、予定通り7階層に辿り着いたところで一日目の探索を終了した。
「ユウ君の能力は素晴らしいですね。」
野営の準備の途中、シモンが嬉しそうに語る。
「まさか概念的な物まで鑑定できるとは。」
結局、ユウはあの後も一度も間違えずに正解の道を当て続けた。途中、魔力切れを起こしそうになったものの、それでも十分な活躍だった。
「ユウの魔力量はどうでしたか?」
鑑定によるステータスの評価は、0から100の間で表示される。それは魔力量も同じで、例えばイヴの場合は91、マホの場合であれば88と表示される。冒険者の魔力量の平均がユウの確認した範囲で、25なのだからその異常さは計り知れない。
そんなステータスの評価を元に、シモンはユウの魔力量を推察する。良く知るマホの魔力量と比較したところ、ユウの魔力量は、
「ユウ君の魔力量は推定で70です。比較した評価なので正確な数値は不明ですが、最低でも65以上なのは確定でしょう。」
ステータスの評価方法はブラックボックスで、正しく神のみぞ知ると言ったところ。その為、シモンでさえ正確な所はわからないの実情だ。しかし、最低65という数値も常人と比べたら遥かに優れているのは確かである。
「70ですか。十分過ぎますね。」
「ええ。トップクラスの魔術師にも劣らないでしょう。」
シモンの言う通り、ユウの魔力量は優秀な魔術師にも劣らない。寧ろ、優れていると言って良い。彼が鑑定士でなかったら、優れた冒険者になったであろうことは火を見るよりも明らかである。
しかしながら現実は厳しく、鑑定士である彼の魔力量がいくら多かろうとできることは限られる。ただ幸運なことにここには、最強の魔術師であるマホがいる。
「それだけの魔力を持っていれば、並みの〈赤魔術〉や〈青魔術〉に劣らない、究極の〈魔術〉を習得できるだろう。」
〈赤魔術〉や〈青魔術〉と〈魔術〉の違いは限界の有無にある。威力や速度に限界がある魔術と違い、赤魔術などには限界が存在せず、マホ扱う魔術の中には光速に限りなく近づいた物さえ存在するし、一撃で一都市を滅ぼせるようなものだって存在する。
対して、〈魔術〉ではそのレベルに到達することは不可能だ。しかし、そんな魔術でも限界まで極めれば――
「ユウ。君に明日、面白い物を見せてやろう。」
「?」
不敵な笑みを浮かべるマホを前に、ユウは首を傾げるしかなかった。
翌日、マホはご機嫌な様子で探索を開始する。
この日も順調に探索を進めていくが、7階層と8階層を繋ぐ階段の手前を見知らぬ扉が塞いでいた。
「この扉、以前はありませんでした。」
「ダンジョンの急変化。良くある事だ。しかし、この先から感じるのはダンジョンボス並みの気配だ。」
このダンジョンには、ダンジョンボスとは別にボスが存在する様だ。本来ならS級ダンジョンでしかあり得ないことだが、このダンジョンが特殊なのだろうか。あるいは、このダンジョンがS級に近づいているのだろうか。
「丁度良い。ここで昨晩言った物を見せてやる。全員、手を出さないでよ。」
マホは意気揚々と扉を破壊すると、他のメンバーに手を出さない様釘を刺した上で、ボス部屋に鎮座する巨大な地竜と対峙する。
「見てなさいユウ。彼女は今から〈魔術〉の極致を見せてくれるはずだから。」
地竜が咆哮すると地面から無数の岩の針が飛んでくる。マホはそれを障壁で防ぎきると、障壁を解くと同時に巨大な業火を放った。その速度はどれだけ鈍くとも避けられる物。しかし、直後に放った速度重視の炎によって、地竜は業火を避けられない。ドカンという衝撃音と共に、地竜は吹き飛び、その体は燃え上がる。
地竜は急いで地面に体を擦り付けると、体に着いた火を消火する。ダメージは然程入っている様には見えない。しかし怯ませることはできた。
マホは急激に地竜に近づくと、口に目掛けて火を撃ちまくる。地竜は口内が燃え上がってもがき苦しむ。その隙に、火で目を破壊するとその勢いで口に手を突っ込み、体内に直接、巨大な業火を放つ。体内で炸裂した魔術はいとも容易く地竜を体を膨れ上がらせると、そのままパンッという音と共に、地竜を破裂させた。
血だまりとなった地竜の上に立つマホは笑みを浮かべてユウに語る。
「〈魔術〉でも工夫すればこのレベルのボスを倒せる。速さと威力の両立は不可能でも、どちらかに偏れば一級品の魔術を撃てるんだ。」
マホの戦闘はユウが簡単に真似ることができない代物。そもそも速度と威力のどちらかに偏った魔術を放てる様になるのは、ユウの才能を以てしても5年はかかってしまう。しかし、いつかはそのレベルに辿り着けるという事実はユウに希望を与えた。
「はい!勉強になりました。」
ユウの輝く瞳を見てマホは嬉しそうに微笑む。
「イヴ。君の今のを見ていただろう。この依頼から帰ったら、今の教えてあげなさい。」
「はい!わかりました。」
マホの戦闘はユウにだけでなく、イヴにも刺激を与えた。今までは赤魔術に注力していた彼女が、魔術を極めると決める切っ掛けになったのだった。




