失踪
ブレイカーの葬式を終え2日。勇者パーティは次の目的地に向けてライトウルを発とうとしていた。
知り合いの挨拶を済ませて、馬車に乗り込む一同。向かう先はライトウルの遥か西に位置する、温泉で栄えた都市メイリアだ。
「次の挑戦するのは常日の遺跡と同じA級ダンジョン「蒼炎の遺跡」だ。」
誰が作ったのかも、どうやって作られたのかも知られていない蒼炎の遺跡は、遥か昔からメイリア付近の火山に存在している。
蒼炎の遺跡の主はイーリャという名前を持つ古代から生きる魔人で、青い炎を自由自在に操ると知られている。
その力は強大で、既に何百というパーティが挑戦し、その全てが全滅させられている。その為、知名度に比べて情報は少なく、伝説級のパーティも迂闊には挑戦できない状況となっている。
「だけど僕らにはユウがいる。ユウが敵の弱点さえ見つけられれば、勝機はあるはずだ。」
以前から攻略の依頼をされていたが、その危険性を理解していたランは今までその依頼を拒否してきた。しかし事情が変わった。今の彼らにはユウがいる。彼ならどれだけ強力な魔人だろうが、一目で弱点を見抜いてしまう。
今ならイーリャを討伐できる。ランはそう確信して、攻略の依頼を今回は受け入れた。
「それに今回は彼らの協力も得られたからね。」
しかも今回はとあるパーティとの合同での依頼となった。そのパーティは歴代最強と名高く、かつてはブレイカーと共に二大巨頭と呼ばれたパーティだ。その名も、
「「フロントライン」。彼らと共に挑めるなら、どんな敵だって倒せるだろう。」
何千年という人類の歴史の中で唯一、A級を凌駕するS級ダンジョンの攻略に単独で成功したパーティだ。
「久しぶりにイヴに会える。あの子、どれくらい成長しているかしら?」
「以前会った日から半年が経った。あれ程の才能なら、きっと目覚ましい成長を遂げている事だろう。」
フロントラインのメンバーは既にメイリアに着いており、勇者パーティの到着を待っていた。その間もただ待っている訳ではなく、蒼炎の遺跡とその付近の火山地帯に関して情報を収集をしていた。その最中、赤魔術師のマホは、リーダーであるフィルに勇者パーティの話を持ち掛ける。
彼らは半年前にも勇者パーティを含むその他いくつかのパーティと共同依頼を受けた。その際に挑戦したのは「黄昏の廃墟」と呼ばれる魔人の巣窟。S級に指定されているそのダンジョンは決して簡単ではなかったのだが…
「ランやルースもあの日より強くなっているはずだ。それに、最近加入したサブナの息子にも興味がある。」
「成長して貰わないと困るわ。あの日のままの実力だったら、蒼炎の遺跡になんて挑戦させられないもの。」
あの依頼の時、勇者パーティを含む5つのパーティは、たった5体の魔人しか討伐できなかった。実際それでも凄いのだが、フロントラインはなんと彼らだけで10体の魔人を殲滅してみせた。その戦闘はどちらが悪なのかわからない程に一方的で、彼らの圧倒的な強さを多くのパーティに見せつける結果となった。
そんな彼らでさえ、蒼炎の遺跡の攻略には消極的だ。余りにも情報が少なすぎるという事もあるが、最大の理由は、
「わかってる?これは彼らへの試練なのよ。サブナ息子が加入してから、彼らは立て続けに2つの偉業を為した。1つは暗がりの森の解明、もう1つは常日の遺跡の攻略よ。常日の遺跡に関しては、実際に魔人を討伐した訳ではないけれど、あのダンジョンに慎重な彼が挑戦したという事は、それなりの勝算があったということ。それを今回の依頼で見定める。それが私達の真の目的よ。」
「わかっている。」
彼らにとって蒼炎の遺跡ごとき簡単に攻略できる。それでも攻略しないのは、勇者パーティの為。史上最強と目される彼らでさえ討伐できない魔王を討伐する為に必要な勇者パーティを成長させるためだけに、何百というパーティの死に場所となったこのダンジョンを野放しにしてきたのだ。
「フィル様。ただいま戻りました。」
「ご苦労。早速、調査報告を聞こう。」
「かしこまりました。」
密偵者の祝福を持つペイジはフィルの命令で蒼炎の遺跡の内部調査を行っていた。その過程で、ダンジョンの構造を書き写した地図と、ダンジョンボスであるイーリャの情報を持ち帰った。
「イーリャは前情報通り、青い炎を操ります。それも魔術ではなくただの魔力です。炎の性質を持った魔力を自由自在に操っているようですね。魔力量はマホ様に及びませんが、それでも緻密な魔力操作で出力を抑えている為、持続力はそれなりにあるようです。」
「そうか。どうやら大した魔人ではない様だ。」
「はい。実力はマホ様の劣化品と言った所でしょうか。」
A級ダンジョンのボスを大したことない、劣化品などと呼ぶのは、歴史上でも彼らだけだろう。しかし、それが戯言ではなく真実なのが彼らの恐ろしいところである。
「そういえば、彼らはいつメイリアに到着するんだ。」
イーリャの興味がもう失せたのか、フィルはペイジに勇者パーティはいつ到着するのかを問う。
「現在はスメンに滞在にしているようです。恐らくは…」
「面倒ごとに巻き込まれている訳ね。」
「そうです。」
メイリアで情報収集をしていてわかったことが、メイリアの東に位置するスメンという都市で連続失踪事件が発生している様だ。彼らがその地に滞在しているのなら、事件の解決に乗り出したのだと考えるのが自然だ。
「おや。皆さんお集りの様で。」
「シモン。何か新しい情報は得られたか?」
「特にはありません。ですが、ペイジ君が戻ってきていると言う事は、そちらは何か進展があったようですね。」
丁度、情報収集から戻って来た賢者のシモンは、ペイジが調査から戻ったと気づくや、情報の共有を求める。しかし、彼から帰って来たのは予想外な物で、
「どうやら、ラン達はスメンにいるそうだ。」
ダンジョンについてではなく勇者パーティについての物だった。
「えっと、そうですか。それでダンジョンについては?」
「ん?そっちは大したことない。魔術しか取り柄がないのに、魔力量で人間のマホに劣る雑魚だ。」
「貴方に聞いた私が馬鹿でした。ペイジ君。後で情報共有しましょう。」
生まれながらに賢人を凌駕する頭脳と、類まれなる魔術の才能を持って生まれたシモンだったが、常にこの調子のフィルには手を焼く。彼は正真正銘の脳筋であり戦闘狂。人でも魔物でも魔人でも、強いか弱いかでしか判断しない。その為、弱い相手には興味が無く、強い相手には目がない。
それでも彼の辞書には無謀の二文字はあるようで、魔王に手を出したことは今までに一度もない。しかも、シモンが考案した勇者パーティ育成計画にも賛同し、こうやって協力してくれている。あるいは、単純にランを気に入っているだけの可能性もあるが。
「フィルさん。スメンに行こうなどとは申さないで下さいね。」
フィルは我慢が出来んない性格で、人を待つなど以ての外だ。だから、シモンは事前に彼らに釘を刺す。
「彼らには彼らの冒険があるのですから。」
「安心しろ。私がこいつの監視するから。」
――貴女も心配なんですが!?
自信満々にフィルを監視すると宣言するマホだが、シモンは全くもって安心できない。何故なら、彼女は以前に一度だけ「イヴに会ってくる」と書置きを残して、勝手にいなくなったことがあった。
彼女の実力からして心配する必要はないが、その間依頼をできなかったのは痛手だった。
――お願い。何も起こらないで。
スメンの方の空を見上げて立ち尽くすフィル、そんなフィルの背中を叩きながら高笑いするマホ、そんな2人に跪いて仰ぐペイジ。その3人の傍らで一滴の涙を流すシモンであった。
「どうやらこの都市で失踪事件が起こっているようだ。」
物資調達で偶然立ち寄ったスメンで失踪事件が起こったと知るラン。彼は当然、その解決に乗り出すことにする。彼の決定に誰一人異論は唱えず、ただ、ソウは条件を付け足した。
「解決するのは良いけど、依頼の事もあるから、三日以内に解決しなければならないわ。」
「わかってる。だから、早速作戦を立てよう。」
情報収集の結果、失踪者の全てが20代の女性で、昼間の市場を歩いている所を最後に失踪しているらしい。そこで翌日、ソウを囮にする作戦を決行する。
「上手くいきますかね?」
「失踪者は毎日出ている様だけど、そのほとんどが美しい女性だったと聞く。それなら、」
「なるほど。あの美貌を以てすれば失踪しない道理はないと。」
流石は聖女と言うべきか、ソウは絶世の美女というに相応しい美貌を持っている。更には、太陽に当てられ輝く金色の髪は、人の目を簡単に奪う程に美しい。
そんな彼女が路地裏に入った時だった。突然、彼女が倒れて何者かによって連れ去られた。どうやら、彼女の囮は成功したようだ。後は彼女の魔力を追うだけだが、彼女が気を失っていたら痕跡が残らない可能性もある。念のため、ルースが誘拐犯を追跡しているが、隠密系ではない彼女には限度があり、最後まで追跡できるかはわからない。
「どうやら気絶はしていないようですね。」
ソウが残した魔力の痕跡をイヴが発見する。どうやら彼女は倒れたふりをした様だ。
「む。これは黒魔術を使用した痕跡ですね。こんな小さな都市に何で〈黒魔術師〉が…」
黒魔術は対象にデバフをかける魔術に特化したスキルで、それを使用する黒魔術師は、魔術師を冠する祝福の中では最も希少で、基本的に強力な力を持っている。もし、他のメンバーだったら、この黒魔術にあっさり眠らされていただろう。しかし相手が悪かった。
何故なら聖女には、あらゆるデバフが通用しないのだから。
――黒魔術師が何で犯罪なんかしてるのかしら。
黒魔術師は強力な力を持つ為、冒険者だろうが貴族だろうが重宝する存在だ。にも拘らずこんな所で犯罪してるのは、ソウは不思議で仕方なかった。しかし、到着地を知って彼女の疑問は一瞬で消え去る。
そこはスメン一帯を統治する領主の城。つまり、この事件の犯人は領主という訳だ。
「へぇ。この都市にこんな麗しい女性がまだいたとはね。」
彼らを出迎えたのは領主の息子。眠ったふりをするソウの顔を覗き込み、ニヤリと欲望に満ちた笑みを見せる。
「地下牢に閉じ込めておけ。」
地下の階段を下りると目の前に地下牢があった。そこには失踪者数と一致する人数の女性が閉じ込められていた。
「皆さん。ご無事ですか?」
黒魔術師が見えなくなると、ソウは狸寝入りを辞めて失踪者達の安全を確認する。
「あら。怪我をしてるじゃない。治してあげるわ。」
何人かは怪我をしているし、何人かは既に汚されてしまった後だった。彼女らに聞いたところ、数日後にスメンに訪れる奴隷商に売り飛ばすために、女性を誘拐しているそうだ。聞けば聞く程、ソウは反吐が出る思いになる。
「私は勇者パーティの一人です。貴女達を助けに参りました。」
「俺の魔術が効かず何事かと思ったが、勇者パーティの聖女だったか。」
物陰から出てきたのは黒魔術だ。どうやら今の話を聞いていたようで、ソウの正体がバレてしまった。
「だが問題ない。他の奴らなら勝てっこないが、戦闘系じゃないお前なら俺でも勝てる。」
聖女に限らず後方支援を主とする祝福を与えられた者達は、他の祝福を与えられた物に比べれて、力がつきづらく戦闘が苦手だ。そして、それはソウにも適用される。対して黒魔術師はどちらかと言えば戦闘寄りの祝福。つまり、絶体絶命の大ピンチだ。
「安心して。貴女達には指一本触れさせないから。」
そんな状況でもソウは気丈に振る舞う。彼女らに不安を与えない為に。
場所は変わって。追跡に成功したルースは領主城を監視していた。
「ルース。」
「む。ようやく来たか。ソウが入って10分が経ったがまだ人は出てきていない。」
「そうか。しかし、まさか領主が犯人だったとはな。迂闊に手を出せない相手の可能性を考慮して、事前に冒険者ギルドに連絡を入れていて良かったよ。」
ルースとラン、イヴが合流して30分後、冒険者ギルドを経由して派遣された捜査官と共にユウが合流する。皇帝が任命した捜査官は、あらゆる貴族の不正を暴く権利が与えられている為、合法的に領主城に侵入できる。
「メイリアから派遣された、バジル二級捜査官だ。直ちに門を開錠せよ。」
正門で待っていると、執事の1人が現れた。
「申し訳ありませんが、領主が追い返せ、と。」
「皇帝を侮辱しているのか?私は皇帝に任命された捜査官だ。貴様らに拒否権はない。」
「し、しかし!」
執事の制止を押し切り、バジルは門を破壊しずかずかと敷地内に侵入していく。彼を抑える為に何人かの騎士が現れたが、ものの数秒で剣と鎧を破壊すると、戦闘不能になった彼らを振り払い、城の扉をけ破った。
「世界にはとんでもない武人がいるのだな。」
「そうだね。」
一連の騒動を眺めていたランとルースは、彼の尋常ではない実力を肌で感じとる。捜査官は強者揃いで有名だが、二級捜査官でこのレベルだとは想像もしていなかった。
「僕達も行こう。」
バジルの合図を確認し、ランとルースも城内に侵入する。イヴが事前に感じた魔力は地下に続いていたので、彼らは地下に続く階段を探し回った。
「何の騒ぎだ!」
騒ぎを聞きつけた領主が現れる。しかし彼に抵抗する権利は与えられていない。
「貴様に連続誘拐事件の容疑がかけられている。抵抗する様なら無力化するぞ。」
その威圧感は尋常ではなく、領主は一瞬で縮み上がる。領主の息子に至っては物陰に隠れたまま顔も出せずにいた。しかし彼らには頼みの綱があった。それは黒魔術師だ。彼が撃退してくれることを願って、領主親子は黙って彼らの捜査を見届ける。
「バジル二級捜査官。この階段でしょう。」
「その様ですね。降りましょう。」
捜査官を先頭に駆け降りると、そこには地下牢があり、その手前に誘拐された女性達とソウ、そして気絶して縛られた黒魔術師がいた。
「無事だったか。」
「ええ。私を誰とお思いで?」
ソウは戦闘が苦手だ。しかし、それは勇者パーティ基準の話である。一般的な尺度で言えば、ソウの戦闘能力はほとんどの冒険者を凌駕している。そこら辺のゴロツキに負けるはずがない。
「彼女達が証言してくれます。さっさと領主とその息子を逮捕しましょう。」
「はい。ご協力感謝いたします。」
バジルは、領主とその息子、黒魔術師及び、この城に勤める侍従と騎士に手枷をはめると、イヴとユウが作戦と並行して呼び出していた憲兵に引き渡した。
「後日、正式に裁判が行われますが、貴族と言えど、厳罰は免れないはずです。また、被害者のアフターケアもこちらからカウンセラーを派遣いたしますのでご安心ください。」
「何から何までありがとうございます。後はよろしくお願いします。」
後日判決の結果を知ったが、彼らは終身刑に処されたそうだ。通常、誘拐だと数年の懲役刑となるが、彼らは人身売買に手を染めていた。あの後、バジルが捕えた領主と取引をするはずだった奴隷商が語った事実だが、彼らは以前にも奴隷の取引を行っており、侍従の数名に奴隷の刻印が確認された。
帝国において、人身売買は極刑確実の犯罪だ。実際、奴隷商は死刑に処された。
勇者パーティは以前にも奴隷に関する事件を解決してきたが、その全ては胸糞が悪いものだった。この世から奴隷という身分がなくなることを願うばかりだ。




