成長
朱陽山から帰ってきて一週間が経った。未だにユウの中から呪いは感じられず、ソウは完全に呪いが消滅したと判断した。それを切っ掛けにソウは今まで禁止していた、剣術と魔術の習得を許可して、今ではルースとイヴが代わる代わる教えている。
「あら、ご機嫌ね。」
鼻歌を歌いながら着替えるイヴに、ソウは声を掛ける。
「当然です。今日は私の日ですから。」
ユウの体調を考えて、ルースとイヴは日替わりでそれぞれ剣術と魔術を教えている。今日は魔術を教える日で、その為イヴは機嫌がいい。
「そんなに教えるの楽しい?」
「はい!魔術はこの世で最も美しいですから、それを教えるのが楽しくない訳ありません!あれだけの才能を持った子に教えれるのなら猶更です。」
魔力に対する圧倒的な感受性を持つ〈赤魔術師〉や〈青魔術師〉といった祝福が与えられなかったのが悔やまれる程、ユウの魔術の才能はずば抜けている。その才能は、かつて大魔術師と呼ばれた彼の母親マーシャの血を感じさせる。
「そう。良かったわね。」
イヴは〈最強の魔術師〉と呼ばれる大魔術師が「才能は私以上」と認めた大天才。そんな彼女にここまでの興奮を与えたのはユウが初めてだ。それだけ彼も天才だと言う事だろう。
「始めましょうか。」
今日も今日とて訓練場に集合した2人は、早速魔術の練習を始める。
「一昨日も言ったけれど、魔術はイメージが大事よ。障壁と同じように具体的なイメージを持って、そこに魔力を流し込むことで実現する。ただ、障壁と違って、魔術には固定概念が存在しない。だから人によって魔術が異なるの。」
魔術は幾つかの属性に分かれる。一般的な物で言えば、火、水、土、風の四大元素や光と闇などが存在する。イヴの祝福である赤魔術師が扱う〈赤魔術〉はこの内の火を扱う魔術で、だからイヴは炎による攻撃に長けている。
ただ、赤魔術や水を扱う青魔術の様な、ある属性だけを扱うスキルは特定の祝福を持たないと習得できない。しかし、全ての属性を扱えるがその代わり威力が落ちる〈魔術〉は全ての人が習得できる。
イヴはこの〈魔術〉をユウに習得させようとしている。
「今日も火の魔術の練習をしよう。私が見本を見せるから、その形や揺らぎ、熱さとかの五感が感じる全ての情報を覚えて真似してみて。」
イヴは掌を広げてその上に火を出して見せる。火はゆらゆらと揺れて、独特な熱を放って空気を燃やしている。それをユウはまじまじと観察し、イヴの「やってみて。」という合図とともにユウも火を出して見せる。しかしその火は…
「また失敗だ。」
形や色、揺らぎは火そのものだが全く熱くない。こんなものは火でも魔術でもなく、ただ色のついた魔力だ。
「何で温度を再現できないのか。それは単純な事よ。」
「何でですか?」
「貴方が火の温度をイメージできていないからよ。」
今までの形を再現する障壁とは違って、火はそこに温度も足される。そして温度をイメージするというのは想像よりも難しく、例えば、温度を絵に描けと言われて書ける人なんて存在しないだろう。火の魔術とはそんな神業のようことをしないとならない。
しかし、それの解決策をイヴは二晩考えて、ある方法を思いついた。
イヴは再び掌を広げると火を出す。そしてユウに近づくとそれをユウに投げつけた。
「熱!急に何ですか!?」
ユウの投げつけられた火は彼の衣服に燃え広がる。しかし、衣服が燃え尽きることは無く、ただ火が広がっていくだけ。ユウも熱さこそ感じるものの痛みは感じていない。
「これは?」
「昨日思いついた魔術で、生物へのダメージを無くした火だよ。熱さを感じるだけで、生命力に何ら影響しない特殊な火だ。これで、火の熱さを実感できたでしょう?」
「はい!ですが…」
ユウは思う。そんなダメージを与えない火というこの世に存在しない、しかも余りにも概念的すぎる物でさえ、彼女は一晩で思いつき実行できてしまうのか。と。しかしそんな物、今に始まった事では、彼女は今までも天才で、魔術をこよなく愛している。たぶん彼女に実現できないことは無いのだろうと思わせる程に。
だからユウも一歩でも多く彼女に近づけるように、それ以上何も言わずに魔術を発動する。
ユウが火を出したとき、ボワッという今までに聞いたことのない音が上がる。そしてその火は、ゆらゆらと揺れて独特な熱を放っている。
「ハッ!成功した!」
ユウは嬉しそうに掌の火を眺める。そんな彼にイヴも労いの言葉をかける。
「おめでとう。魔術習得よ。」
始めから赤魔術を持っている赤魔術師でさえ、普通は一年以上の修行をしてやっとイメージを具現化できるというのに、彼はたったの2回の修行で成功させてしまった。やはり天才だと内心で歓喜しつつ、イヴは表情を崩さない。
「それじゃあ、次のステップに進みましょう。常日の遺跡に挑戦する前に、ある程度のレベルには到達して貰うわよ。」
ユウへの期待を胸に、彼女は更に段階を進める。A級ダンジョンに挑戦するのに、十分なんて存在しないからできる限りのことをしてあげたいのだ。それに、
「はい!よろしくお願いします。」
この素直でやる気に満ちた顔は、とても教えがいがある。
そしてそれはルースも同じようで。
翌日。ルースは珍しく木刀を持って、彼に剣術を教えていた。彼は基本に忠実だがやはり実戦慣れはしていないのか、剣を打ち合うと体制を崩す時があるという欠点があった。
今まで立ち合い形式の練習をしてこなかったのもその原因の1つであろう。しかし、筋肉や体幹は剣士に相応しいものを持っているようで、立ち姿も立派だ。
そこでルースはエンドレスの立ち合いを提案した。今まで彼を制限していた呪いは消え、その努力に相応しい体力を与えられたユウは、手加減したルースの動きなら、10分以上ついて行けることが分かった。だから、その体力を活かして、10分間休みなし立ち合いを行うことで、実戦経験の浅さを減らそうというのだ。
それは理にかなっており、実際、基礎を固めてあるユウに今更教える基本なんてないのだから、後は実戦あるのみである。
「右切り上げ、左薙ぎ、右切り下げ、左切り上げ、突き――」
ルースは攻撃の直前に一々行動を伝え、ユウはそれに対応する様に守り固める。木刀だけでなく、徒手や蹴りも絡めた立ち合いは、一般的な剣の立ち合いよりも実戦に近く手数が多い。
常人と比べれば目の良いユウでも、ルースの声を聞かなければ対応できない程、その攻撃は早く隙が無い。反撃なんて以ての外だ。しかし、ルースがユウに与えた課題は、何でも良いからルースに一撃入れること。つまり、この猛攻の隙を見つけて反撃しなければならない。
ユウは守りを固めつつ、反撃の隙を伺う。しかし何もできないまま、既に5分が経過している。ルースの攻撃の勢いは衰えを知らず、寧ろ増しているとさえ錯覚する。そこから隙を見出すなんて不可能な話で、何度か彼女の攻撃を弾き返してみようと試みるも、悉くが失敗に終わり、寧ろ体勢を崩してしまう始末。その度に息を整える暇もなく仕切り直している。
そうしてまたも5分が経過した。ユウは地面に膝をついて呼吸を整える。
「無理に攻めに転じないのは良い心がけだ。しかし、反撃をしなければ実戦において、防戦一方では死を待つだけになってしまう。5分休憩をとるから、その間に何か策を考えてみるいい。」
「はぁ…はぁ…わかりました。」
息を切らしつつ、ユウは何とかルースの言葉に反応すると、呼吸を整えながら打開策を考える。
――この速さならまだ何とかついて行ける。問題は隙の無さだ。体は半歩ずらして、相手に見える面積を狭め、人体の急所を常に守っているし、そもそも一つ一つの動作に間がない。この人に一太刀当てるなんて、剣を往なして体勢を崩すか、同等以上のパワーで剣を弾き返すしかない。でも、僕にはその2つを実行する技術も力もない。なら…
一呼吸して立ち上がると、ユウはルースに剣を構える。
「もう大丈夫なのか?まだ時間はあるが。」
「大丈夫です!早くやりましょう。」
「そうか。なら行くぞ!右薙ぎ――」
そう言ってルースが踏み込んだ瞬間。ユウは薙ぎよりも更に深く沈んで、ルースの足に目掛けて横薙ぎを放つ。当然、そんなものが当たるはずもなく、ルースはジャンプしてそれを避ける。それこそがユウの狙いだった。空中では流石のルースも身動きが取れない。ユウの筋力ではその流れで剣を振ることはできないが、剣の重みを利用した蹴りなら放てる。
直後、ルースの胴をユウの蹴りが貫く。ユウの足に硬い物を蹴った様な衝撃が伝わる。どうやらルースは蹴られる寸前に、ユウの足と自身の胴の間に木刀を挟んで防いだ様だ。しかし体勢は崩れた。ユウは蹴った足でそのまま踏み込むと、強烈な突きを放つ。
――当たる!
ユウがそう確信した時、手に衝撃が走った。パァン!という轟音と共に、ユウの持つ木刀が遥か後方に吹き飛んだのだ。なんと、ルースは崩れた体勢で、突きを弾き飛ばしたのだ。しかしそんなことを考えている暇もなく、ユウは飛んで行った木刀を拾いに走り出す。
木刀を拾い上げ、再び構えた時だった。
「左切り上げ!」
ルースの左からの逆袈裟が飛んでくる。ユウは何とかそれに対応すると、そのまま、あっさりと防戦一方に追い込まれる。
そして、一撃を入れられぬまま10分が経過した。
「はぁ…はぁ…これでも…駄目なのか。」
ユウは膝を突きながら悔しがる。決まったと思った攻撃を完璧に受けきられたのだから当然だろう。しかし彼とは対照的にルースは満足げだ。
「いや。合格だ。」
「え?でも、一撃、入れてないですよ。」
「確かに課題は私に一撃を入れることだ。しかし、それは手加減した私に対してだろう?あの突きの瞬間、私は思わず本気を出してしまった。そうしなければあの突きは私に当たっていたからだ。だから、合格だ。」
立ち合いをする前、取り決めとして2つの事を決めていた。1つは、ルースは全ての攻撃を寸止めすること、もう1つはルースは切り方を事前に宣言すること。また、大前提としてルースは本気を出さないという事も決めていた。
しかし、追い詰められたルースは思わず本気を出してしまった。それは、手加減した状態ではあの突きを避けられないことを意味している。それ故に、彼女はユウの課題は合格だと言っているのだ。しかし、ユウは納得できていないようで。
「納得できません。僕はしっかり一撃入れるまで合格したと思うつもりはありませんよ!」
「まぁ落ち着け。次は本気の私を相手に一撃を当てるという課題を課すつもりだ。それなら納得するか?」
「はい。それであれば。」
更に難しい課題にする為に、その前の課題を合格にするというのならユウに断る道理はない。そもそも彼女がその課題を与えると言う事は、ユウにその資格があると判断したから。ルースの本気に挑戦するという事がいかに難しい事かは今、身をもって知った訳だが、ユウは内心でワクワクしていることに気付く。
――本気のルースさんを相手に…今までのとはレベルが違い過ぎるけど、挑戦しなきゃ成長しない!
呪い受けても、馬鹿にされても、彼は足を止めなかった。そして今、彼を縛る呪いも、彼を馬鹿にするものも無くなった。ならば、と。彼は更に前に進んで行く。その先に成長があると信じて。




