朱陽山
「これが…」
天にまで届きそうな山を見上げてユウは思わず立ち尽くす。
「そう。あれこそが朱陽山。帝国最大の山だよ。」
朱陽山は魔物が少なく危険性は低いと思われがちだが、そんなことは断じてない。
朱陽山が持つ最大の危険は大自然。落ちれば確実な死が待つ大渓谷に足場が不安定な断崖絶壁、そして、そもそもの高すぎる標高。その全てが、少しずつ挑戦者の恐怖心を煽り、普段であればしないミスを誘発させる。
「だが、安心して欲しい。僕達にはあの作戦があるからね。」
「そうですね。」
今まで無数の屍を積み上げてきた朱陽山に挑戦するにあたって、彼らはある作戦を用意した。それは――
「行きますよ!」
場所はいかにも危険そうな崖。今にも足場は崩れ去ってしまいそうで、目に見えるヒビもチラホラ。そこで彼らは作戦を決行する。イヴは全員に離れるように伝えてから魔術を発動する。
魔術は見る見るうちに伸びてゆくと、崖の丁度真横の空中に、岩の道を作り出す。手すりまで付いている親切設計のそれこそが彼らが編み出した作戦。危険な場所には道を作ってしまえ、という単純な作戦だ。
「早く渡ってください!維持するのに結構魔力使うので!」
安全に全員が渡り切り、一同は次々と進んでいく。その間、大量に用意した魔力を回復するポーションはどんどんと減っていき、イヴの負担は計り知れない。
「づがれまじだぁ。」
その日の夜。あと少しで頂上と言った所で日が暮れてしまったので、野営に適した場所を探してテントを設置した。イヴは疲弊しているせいか、今までに見たことがないだらけ方をしており、とても侯爵令嬢には見えない。
「お疲れ様。イヴ。今日は無理をさせちゃったわね。何かして欲しい事はある?」
「ソウさん!じゃあ、膝枕、膝枕してください。」
「わかったわ。」
イヴは幸せそうな顔でソウの膝に頭を乗せると、ものの数分で眠ってしまった。静かに眠るイブの額に手を乗せて、ソウは疲れを回復させる治癒の魔術を発動する。
そんな2人をそのままにして、残る3人は食事の準備を始める。いつもはソウがやっている事だが、冒険者の必須技能である料理は、ランやルース、ユウだってできる。
技術面ではソウに劣るが、彼女が作成した献立表を基に一同は夕飯を完成させる。
「イヴ。ご飯が出来たそうよ。」
「ん…はい。」
ソウの優しい声で目を覚ます。イヴの調子はいつも通りに戻ったようで、元気よく、
「ありがとうございます。回復しました!」
とお礼を言って、テントの中まで持ってきてくれたご飯を皆と一緒に食べ始める。
「それじゃあ、明日の計画について話そうか。」
一同が集まっているこのタイミングで、ランは翌日の話を切り出す。
「ここから頂上までの道には危険な場所はないから、下山までイヴは体力を温存しておいて欲しい。」
「わかりました。」
イヴの苦労の甲斐あって既に関門は突破しており、翌日は道なりに頂上目指すだけで済む。ただ、下山には再びイヴの力が必要になる。その為、彼女は他のメンバーが斜陽花を摘みに行っている間、このテントで休憩する手筈になっている。
「結界を張っていくから、安心して休憩しててね。」
「はい!ありがとうございます。」
彼女の保護の為、ソウは早朝に〈結界〉を張る。結界は発動中、永続的に魔力を消費するというデメリットがある代わり、外側からのあらゆる攻撃を防ぐ力を持っている。
ソウの魔力量であれば半日の維持が可能である為、その間に斜陽花を入手する必要があるが、順調に進めば往復1時間の山道なので、予定通りなら問題ないはずである。
そして翌日、諸々の準備を済ませて一同は頂上に向けて出発する。
「行ってらっしゃい!」
イヴは手を振って彼らを見送ると、指示通りにテントの中に戻る。そして寝っ転がりながら、暇つぶし用の魔導書を開いた。
一方、他のメンバーは順調に山道を登っていた。しかし不思議なことに、ある地点を超えると、頂上に近づくにつれ、体感だが暖かくなっていく。恐らくは斜陽花が山の気温にすら影響しているのだろう。
一応昨日に引き続き、耐寒のポーションを飲んでいるが、どうやら無用だったようだ。
「魔物だ。」
道中魔物を発見する。今までに何体も遭遇し討伐してきたが、今回は一筋縄ではいかないようで...
「スノージャイアント。雪山に生息する魔物で強敵だ。」
スノージャイアントは、白い毛に覆われた巨人で、その鋭い爪と牙は一撃でも食らったら致命傷だ。弱点は炎だと広く知られており、ユウの鑑定もそれが正しいと証明している。
しかしそれ凶報だった。何故なら今の勇者パーティには、
「イヴがいない。普段なら彼女の魔術に頼るが、今日は僕達だけでどうにかするしかない。ユウ、何か他の弱点を見つけられないか?」
スノージャイアントの皮膚は強靭で、ルースの一太刀でさえ傷をつけるのがやっとだ。その代わり、魔術の炎では簡単に倒せてしまう。そんな明確な弱点があるからこそ、物理攻撃には滅法強いのだろう。しかし、ユウの瞳はその弱点を簡単に――
「炎以外に弱点はありません。」
ユウでも、ない物を視ることはできない。しかしある物からなら彼は欠点を見出す。
「ですが、スノージャイアントの好物であるバナナは利用できるかもしれません。」
そうして彼は作戦を語った。そしてランはそれを二つ返事で受け入れる。
「よし。それで行こう。」
「じゃあ出すわよ。」
ソウはユウが背負うリュックからバナナを取り出すと、それをランに渡す。ランはそれを隠密行動を取りながら、そっとスノージャイアントの正面に設置する。スノージャイアントはそれに気づくと思わず飛びついた。
その隙を突いて、ルースは首に目掛けて大剣を振り下ろす。バナナを拾う為にしゃがんでいたスノージャイアントは、その衝撃に体勢を崩す、それを合図にソウは鉄鎖を発動。鉄の鎖がスノージャイアントを地面に縛り付ける。しかし、強靭なその肉体は今にも鎖を引きちぎろうとしている。それをルースが見逃すはずもなく、斬れずとも抑えつけようと頭に目掛けて大剣を振り下ろす。二度目の衝撃はスノージャイアントの脳を揺らし、一瞬だけ見動けを取れなくさせる。
その隙はランにとっては十分すぎる。口に剣を突き刺すとそれを脳に目掛けて突き上げる。流石のスノージャイアントと言えど、体内は柔らかいようで簡単に口内を貫く。しかし、剣の長さが足りず脳には届かなかったようで絶命には至らず、スノージャイアントは地面で暴れまわり、ランとルースを吹き飛ばそうと試みる。しかし、ルースのパワーは常軌を逸しており、その動きを完全に抑えつける。
それを信じていたのか、剣を話さなかったランはその剣を少し引き抜くと、次は喉の奥に突き刺しぐるぐると回して、その喉をずたずたに引き裂いた。時期に血が喉に溜まったのかスノージャイアントが苦しみ始める。そうしてスノージャイアントは窒息していき、
「生命力ゼロ。討伐完了です。」
苦しみながら絶命した。
剣を引き抜いて着いた血を拭うと、ランは満足げにルースと拳を合わせた。そして、今回の作戦の立案者であるユウに、
「流石ユウだ!」
と叫んで飛びつこうとした。しかし飛びつく寸前、バシャ―という激しい音ともに激流によってランが吹き飛ばされる。
「まずは魔物の血を流しなさい。」
その魔術はソウによる物。ソウの水によって体に着いた血を流して貰い、晴れてランはユウを抱き締め、頭をわしゃわしゃと撫でた。
「凄い!凄いぞユウ!」
興奮するランに気圧されつつも、満更でも無さそうなユウは「えへへ。そうですか?」と照れてみせる。
「そうだよユウ。」
「暑苦しいわね。」
「暑苦しいな。」
そんなランに辛らつな言葉を投げつけるソウとルース。特にソウに至っては
「先に行くわよ。」
と2人を置いて行こうとする始末だ。流石にランもそれには待ったをかけ、ユウから離れると一同を連れて、再び頂上を始める。
そうして、
「これが斜陽花の花畑。」
「綺麗。」
一面に太陽の色が広がる花畑に辿り着いた。その花畑に足を踏み入れて最初に思い出したのは、母の温もり。それ程にそれは優しい暖かさを放っていた。
「ごめんよ。」
ランはそう言って花を優しく撫でてから、生きた花を必要な5輪分だけ摘んだ。積んだ花も未だに暖かさを保っており、持つ指先からその暖かさが全身を巡った。それを大切に瓶に入れると、それをユウの背負うをリュックに仕舞う。
「これでオーケーかな。じゃあ降りようか。」
ユウの背負うリュックは伝説の賢人が作ったもので、〈時空〉という空間を広げるスキルが付与されている。それに加えてソウの〈清潔〉も付与されているため、そのリュックは超大容量でかつ、入れた物が腐らないというとんでもない性能になっている。重さもリュックの重みだけで中の物の重量は感じないという優れものだ。
そんなリュックに斜陽花を入れて、彼らの目的は達成された。後は帰るだけだ。
帰りはハッキリ言って単調で、イヴと合流してからは安全第一でゆっくりと下っていき、日が暮れる頃に麓に到達した。何事もなく目的を達成した一同は、麓の小屋で一夜を過ごすことにする。
「無事、目的達成だ。これも、イヴとユウのおかげだな。」
年少者2人の活躍にランはニコニコして褒め称える。実際、2人の活躍は目覚ましく、誰一人怪我することなく朱陽山から帰還できたのは、彼らが2パーティ目だ。
ルースとソウも、2人の活躍には内心で喜んでいて、労いの言葉をかけながら、それぞれの頭をそっと撫で始める。そんな緩い空気のまま深夜となり皆が寝静まった頃...
「ん…」
何故か寝付けなかったユウは、夜風に当たろうと窓を開けてベランダに出る。
ボーっと外を眺めていると、遠くの湖畔の方に巨大な影を見つける。それは美しい白銀の翼を龍だった。
――え!?何でこんな所に。
ユウは驚いて声が出ない。一先ず鑑定しようとするも、そこには何も表示されない。
何故?そう思う暇もなく龍はユウを睨みつけると――
そこは地平線まで水面と太陽のない青空だけが広がる空間。ユウはそんな場所で気づいたら龍と向き合っていた。
「貴様が今代の超越者か。んー。弱そうだな。」
そう失礼なことを言う龍だが、ユウはその神々しさを前に未だ声を出せずにいた。
「む。呪いを受けているのか、それも魔王の呪いを。」
魔王の呪い?それはおかしいはずである、何故ならユウの呪いは魔王の側近であるフロイドから掛けられた物なのだから。
「おかしな物か。それは正真正銘、魔王の呪いだ。貴様が言う側近の呪いとやらは貴様の生母が受けたものであろう。それと貴様のそれは別物だ。」
どうやら心を読まれているようで、ユウの思考を読み取って彼は丁寧に回答してくれる。しかしながら、ユウの呪いとユウの母親の呪いが別物とはどういうことなのだろうか。そう思っていると、またも彼は応えてくれる。
「貴様の生母の呪いを目印に魔王は貴様に呪いをかけた様だな。人の英雄と英雄の間に生まれる童を警戒してのことだろう。そしてそれは成功だったようだな。貴様の様な超越者に呪いを与えられたのだから。」
「僕の呪いを貴方なら解けるのですか?」
これだけ真相を知っている龍ならば、この呪いを解けるかも知れないと思い、勇気を出した結果だが、やっとユウは声を出せた。しかしその回答は無常だった。
「無理だ。我でもその呪いは解けぬ。何せ、魔王の命と結ばれた呪いだから。魔王を殺さねばその呪いは解けぬのだ。」
「そうですか。」
解けないと知り落ち込むユウ。しかし龍には別の提案があるようで、
「しかし、その呪いを完全に解くのは不可能でも、それを抑えつけるのは可能だ。」
「本当ですか!」
「ああ。デメリット全くない。寧ろメリットしかない提案だ。どうだ?」
「お願いします。」
ユウは自覚しているよりも呪いを疎ましく思っていたのか、提案については何も聞かずに受け入れる。龍はそんな彼にわかったとだけ言って、早速彼の呪いを抑え込んだ。
「これで終わりだ。貴様には今本来の命に加え、3つの命が与えられた。つまり3度だけ死ぬことができる訳だ。ただ、3度目の死を迎えた時、呪いの抑制も解ける。注意することだな。」
「どういう事ですか!?どうしてそんな凄い効果まで?」
「この3つの命は今までの超越者にも我自ら与えていた物だ。ただ彼らは3つの命ではなく5つの命だった。つまり、2つの命を代償に貴様の呪いを抑制したわけだ。」
「なるほど!」
超越者というのが何かはよくわからないが、そもそも1つの命を3つも増やして貰えたのだから、後2つも貰うなんて贅沢過ぎる。それなら、この疎ましい呪いを一時的にでもなくして貰える方が気が楽だし、嬉しい事だ。
「これで、我の目的は終わった。そろそろ去るとしよう。ああ、貴様のこの記憶は全て抹消されるからそのつもりで。」
「えっ。ちょっ――あれ?何の夢を。」
目を覚ますと窓から日差しがさしていた。時計は七時少し前を指している。直後、ピピピピという目覚ましの音が部屋に鳴り響く。
着替えて部屋を出ると、既にイヴとソウが起きており朝食の準備をしていた。
「おはよ。」
「おはようございます。」
イヴの挨拶に返すようにユウも挨拶を言うと、台所に立つソウも振り返って挨拶を返してくれる。
「おは…よ…う。」
いつもとは違う歯切れが悪い挨拶を不思議に思っていると、目を見開いたソウがいきなりユウの服を引ん剝いた。
「ソウさん!?」
突然の凶行にイヴが動揺していると、更に動揺しているソウが「どうして…」と呟いた。そんな彼女が見ているユウの背中を覗き込むと、前まであった蛇の模様が消えていた。
「呪いが消えた?」
イヴが呟く。それにはユウも
「え?どういう事ですか?」
と聞き返す。
「どうもこうも、呪いの模様が綺麗さっぱりなくなっているわ。」
「体内の呪いの痕跡も何一つ残っていない。まるで最初からなかったように。」
イヴの言葉に補足する様にソウが口を開く。実際は呪いは抑え込まれて見えなくなっているだけなのだが、龍の強大な力はどうやら聖女の目さえ騙してしまうらしい。
「この一晩で何があったの?」
「特には...」
当然ユウは覚えていない。聖女の目さえ騙すような龍が彼の記憶を消したのだから仕方がないだろう。しかし、彼らからしたら一晩であれ程強力だった呪いが消え去ったように見える。混乱するのも必然だ。
「とりあえずは...良かった、と言う事にしておきましょう。」
それ以上は埒が明かないと気づいたのか、ソウはひとしきりユウの体を調べると、さっさと朝食の準備に戻った。
実際、どうしてなんて考える必要はない。呪いにかかったのならまだしも、解けたのなら理由を解明する必要なんてないのだから。一先ずは、呪いが解けたことを喜んで、
「朝食にしましょう。」
丁度起きてきたランとルースも含めて朝食を摂ろう。そうやって新たな一日が始まるのだから。




