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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第二章 黒薔薇姫と白百合姫
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第四話 赤薔薇(ロサ・ガリカ):ロマンス

 翌日は家に引きこもってのんびりと過ごした。二日続けて任務が入ったことは、今のところない。仕事のことは、頭の中から完全に追い出した。料理をしたり、ケーキを焼いたり。どこにでもいるごく普通の女の子のような、穏やかな一日だった。


 敢えてネットは見なかった。昨夜の一件についての報道を目にしたくなかったから。知っても意味がない。ラミアにとっては、すべて忘れるべき過去でしかない。


 あの子供たちの笑顔も、温かさも、ラミアの人生の中の、ほんの刹那の出来事。思い出にしてもすぐに上書きされてしまう。真紅に縁取られた漆黒の感情で。ならば思い出など要らない。


 コーネリアスは、今まで以上に慎重に作戦を練っているのだろう。特に連絡はなく、翌々日も同じように過ごした。昼食にパスタ料理を作ろうとして、冷蔵庫の中をまさぐる。


 生スパゲティーか生フェットゥチーネが残っているかと思っていたのに、見つからない。乾燥パスタならある。昨夜食べたときまだ充分にあった。しかし、生パスタを食べたい。


(無いとなると、余計に食べたくなるわ……。不思議なものよね)


 諦めきれずに隅々まで探してみるも、無いものは無い。むしろ具材にするようなものまで残り少ないのに気付いた。溜息と共に冷蔵庫の扉を閉じて、窓際へと寄る。


 外に出ろと手招きをしているかのように、清々しく晴れた空が臨いている。配達を頼むという手もあるが、せっかくだから近くのショッピングモールまで行こうと思い付いた。ついでにお気に入りのプロシュットも買えば丁度良い。


 思い立ったらすぐ行動。さっさと着替えて家を出た。仕事着とは異なるが、やはり黒一色。急な任務が入った場合に対応出来るよう、外出時には常に黒を選ぶ。


 大した距離ではないので、車は使わず歩いてモールに向かった。北から回るか南から回るか考えて、若干遠回りだが南の道を選ぶ。向かいのダウンタウン公園の緑が目当てだった。


(フィッシュアンドチップス売ってないかしら?)


 木陰のベンチでつまみ食いするのもいい。そんなことを考えながら、モールの入口へと歩いていった。歩道には多くの人がいたが、気配で把握出来るラミアは、公園の方に目を奪われたまま、すいすいとすり抜けていく。残念ながら、見える位置に屋台は出ていなかった。


 小さく溜息を漏らしつつ視線をモール側へ戻すと、植栽のところに見覚えのある亜麻色のツインテールがぶら下がっている。僅かに首を傾げつつ、ラミアは声を掛けてみた。


「フルール? あなた何してるの、こんなところで?」


 がばっと上げられた顔は、やはりフルールのものだった。大きなヘーゼルの瞳が潤んでいる。クシャクシャに表情を歪め、立ち上がるというより飛び上がる感じで、首筋に抱き付いてきた。


「お姉様ー!! 良かった、やっと逢えたー!」


(何? 私のこと待ってたの? どうしてこの街に住んでるって知ってたのかしら……)


「ベルビューに住んでるってことまでしかわからなくって、途方に暮れてたんだよ。ここに居れば、きっとお買い物に来たときに逢えるかなーって」


 短絡的かつ気の長すぎる話で、ラミアは眼を瞬きながら思わず零す。


「ベルビューって言ったってかなり広いし、ここに買い物に来るとは限らないでしょ……」


「だってここしかお買い物出来るとこ知らないし。目の前の公園にお手洗いもあるし、食べ物だって買えるし、張り込みするには丁度いいかなーって」


 ぎゅうぎゅうとラミアの首筋を締め付けながら、フルールは出逢えた奇跡を喜ぶ。どうも重いと思ったら、身長の違いでフルールの足は宙に浮いていた。


 確かにその気になれば、何日でも居座れる場所。逆に考えてみて、気になったことを問う。


「あなた、いつからここにいるの?」


「えっと、昨日の朝から。ちょっと離れた隙にすれ違っちゃったかもしれないって考えると、もう自分がどうしようもない駄目人間に思えて、今落ち込んでたところだったの。やっぱり生きてる価値ないのかな、って」


 とことん自己評価が低いらしい。ネクロファージが適合したことより、今まで普通に生き延びてきたことの方が奇跡な気もしてきた。戸惑いつつも頭を撫でて慰めながら、ラミアは問う。


「そもそも、どうして私を探しにきたの?」


「牧師様がね、お姉様を手伝ってこいって。当分銀の手シルバーハンドの方はいいからって」


「フルール」


 聞き捨てならない言葉に、ラミアはフルールの腕を無理やり引きはがし、地面に下ろした。


「あの牧師からどう聞いたのかは知らない。だから本当のことを教えてあげる」


 どちらにとってもその方がいい。今ここで関係が終わってしまったとしても、後悔するよりはずっとマシ。ラミアはそう考えて、腕を組み、敢えて凍り付いた視線を向けた。


「私は暗殺者。このマスカレイドを見てわかる通り、かつては祓魔師エクソシストをやってた。でも今受けてる任務の標的ターゲットは、吸血鬼ヴァンパイアだけじゃない」


 暗殺者という単語を聞いても、ラミアを真っすぐ見返すフルールの瞳は何の反応も示さない。おそらく『神の敵の暗殺者』と捉えているのだろう。やはり、はっきりと言わざるを得ない。


「ただの人殺しなのよ、私は。神の敵ではない、ごく普通の人間も殺してる。むしろ今の任務は、そっちがメイン。私は正義のためと信じてやってる。けれど、あなたに出来るとは思えない。帰りなさい。私の車ならタコマまですぐよ。今呼ぶわ」


 語気を強めたラミアに対して、途中から睨み返すようにして見上げていたフルールだったが、帰れという言葉を聞くと突然しゃがみこんだ。


「ちょっとちょっと、何してるのよ!」


 フルールはどこからかルナタイトのダガーを取り出すと、躊躇なく左手首を切り裂いた。鮮血が迸る。だがいくらもせずに自然治癒して、出血は止まった。それを見て再び勢い良く切り裂く。そして何度も何度も傷を付けた。


「あれ? あれ? どうして? 死なせてよ! お姉様に拒絶されるなんて、あたし生きてる価値ないんだからー。必要ないんだからー!」


(この子は……私と一緒? 違うのは、やってしまうか、やってしまわないかだけ?)


 その姿に、ラミアは自分自身を重ねた。復讐のために刃を血に染めることの無意味を知り、絶望の淵で自身に向けようとした過去を思い出す。それからの刹那的な人生を。


 しかしラミアは、氷の瞳を保ったままそれを見ていた。フルールには道を誤らせたくない。他人に向ける前なら間に合う。自分の価値を知ることさえ出来れば、彼女は幸せになれる。


「無駄だって言ったでしょ、そんなことをしても。ほら、周りの人驚いてるから止めなさい」


 流石に周囲の人々が騒ぎ出した。フルールの手からダガーが滑り落ち、甲高い金属音が響く。


「そっか、あたし吸血鬼ヴァンパイアと一緒なんだ。こうすればいいんだ」


 フルールの右手に魔力が流れると、突如として白銀の拳銃が現れ、自分の左胸に当てた。ラミアが咄嗟に銃口の向きを変えるのと、引き金が引かれるのがほぼ同時だった。濃密な魔力の塊が発射され、近くにあったコンクリート製の街灯の土台を貫通して、虚空へと消えていった。


(何なのこの子……)


 驚きに眼を見開いて、呆然とフルールを眺めた。発射されたのは、純粋な魔力そのものだった。心臓に当たっていたら、間違いなくマザーネクロファージが破壊されていた。不死の夢幻の心臓イモータル吸血鬼ヴァンパイアも、本体と言えるマザーネクロファージを失えば死ぬ。


 遅れて響いた悲鳴で、ラミアは我に返った。射撃音こそしなかったものの、強力な銃器を使用したことは、周囲の人々も理解したようだった。


 無理やりフルールを担ぎ上げ、全速力で走った。警察にでも通報しているのか、携帯端末を操作している人がいる。信号など完全に無視して、走る車の屋根を踏み台にして道路を渡り、公園の中の茂みに飛び込んだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 フルールは号泣していた。大きな眼から涙がポロポロと零れている。ラミアはその頭をぎゅっと胸に抱きしめた。放っておいたら、フルールはきっと死んでしまう。


(私が守るしかない。受け入れてあげないと駄目だわ)


 あの牧師の意図が読めた。彼ではきっと、今のは止められなかった。ラミアに預けるために、ここに来させたのだろう。フルールの言った手伝うという動詞の主語と目的語は逆だったのだ。


 あの預言者の言葉の続きを思い出せたような気がした。ラミアに必要なのはきっと――


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