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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第二章 黒薔薇姫と白百合姫
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第二話 青薔薇(ローザ・ブルエ):神秘

 髪は長くない。髭も長くはない。だがその顔立ち――透き通った青い瞳に、優しげだが力強い意思の籠った眉。そっくりだった。ラミアがかつて、毎日祈りを捧げてきたあのお方。


 その姿は、絵画や彫刻でしか知らない。現代のものが本人に似ているとは思えない。当時は本人を見たことのある人が姿形を再現して作ったのだろう。しかし後世のものは、それを真似て作られたものに過ぎない。模倣が繰り返され変化していった結果、本人とは似ても似つかぬ、単なる創作になっているはずなのだ。


 意図的に改変もされた。四世紀以前のものは全く違うという説もある。なのに何故か、奥の十字架で磔になっている姿に酷似している。そして、彼の身体から感じるネクロファージの気配。それらが暗示する事実が、ラミアを打ちのめしていた。


 かなり長い間、呆然としていた。身体の震えが止まらない。今この瞬間ならば、素人でもラミアの首をかき斬ることが出来たかもしれない。それくらい、心が激しく揺れて自失していた。


 かつてない衝撃。ただ姿が似ているだけであれば、何とも思わなかっただろう。だが光り輝くような氣と、ネクロファージの存在は、それだけではない可能性を示唆している。


「あなたがラミアさんですか。この子を救っていただいたそうで、ありがとうございます」


 いつの間にか牧師――ジョシュアが目の前に来ていた。頭を下げながらそう話しかけてきて、やっとラミアは我に返った。


「いえ……単なる偶然だわ」


「この世に偶然はありません。すべて神のお導きです」


 ジョシュアは柔和な笑みを浮かべながらそう言う。何もかもを理解しているかのようなその表情。ラミアの正体を知っていて、赦しているかのようにすら見える。


(すべてが主の導きなら、私のやっていることも、神の意思なのかしら……?)


 思わずそう自己肯定してしまう。そうさせる何かが、このジョシュアにはあった。


「あなたも奇跡の血を身に宿しているのですね」


 自分の左胸を両手で押さえながら眼を閉じ、ジョシュアは言った。ラミアもよくやる仕草。この言葉と行動の示す意味は――


夢幻の心臓イモータル……。やっぱり夢幻の心臓イモータルなんだわ……)


 ラミアの中のマザーネクロファージを感じ取ったのだろう。系統が違うもののようで、ジョシュアが完全適合しているかどうかまでは、ラミアには判断出来ない。


 だがネクロファージを感じ取れるということは、彼が夢幻の心臓イモータルだということを示している。吸血衝動が出ていないだけの半端な適合率の真祖には、他人のネクロファージを認識出来ない。


 マザーネクロファージとの信頼関係が構築された夢幻の心臓イモータルだけが行える、ネクロファージ同士の交信を利用した能力。真の不老不死は、宿主とマザーネクロファージの共生関係であり、互助関係によって発生するもの。


「不本意ながら、生き恥を晒してるわ……」


 ラミアは思わず跪いてから答えた。自然と身体がそうしていた。すべきだと訴えている。本物の聖人。奇跡の体現者。フルールが言っていた、血を分け与えて瀕死の人間を救うというのは、適合者を夢幻の心臓イモータル化していた場面を目撃したのだろう。


 適合するからといって、やたらと増やすことは感心出来ない。だが、そういう人物とはとても思えない。現代医学でも治癒魔法でも助からない人間にだけ、最後の手段として使っていたに違いない。今日ラミアが、フルールに対して行ったように。


「それで牧師様、あたし大丈夫なんだよね? あたしも奇跡の血を持ってるんだよね?」


「そうですよ、フルール。あなたも夢幻の心臓イモータルの仲間入りです。私の血でそうしてあげたかったのですが、万能ではありません。あなたは幸運ですね。やはり神に護られている」


「えへへー。日頃の行いがいいからだね!」


 向日葵のように明るい笑顔をジョシュアに向けるフルール。二人のやり取りを聞く限り、ラミアが呆然としている間に、今日のことのあらましはもう説明したようだった。


 何も耳に入っていなかった自分を、ラミアは恥じた。悪意のある人間がこの場に居たら、どうなっていたかわからない。


 よく考えてみると、バーナードの下で仕事をしていることまで話してしまった。今日の実際の目的には気付いていないだろうが、世間に発覚したら大変なことになるにもかかわらず。


 ラミアの心を読んだわけでもないだろうが、ジョシュアがその件について訊ねてくる。だがその優し気な声音は悪意を感じさせず、初めからラミアを緊張させることはなかった。


「あなたはバーナードの下で働いているそうですね。彼とは親交があります。今日の目的もおおよそ見当がついています。彼の採っている手段は、聖職者としては肯定しがたいものです」


「それは……私もそう思うのだけれど、でも彼にはきちんとした志があるわ。それに標的ターゲットとしているのは――」


「神罰を下されて当然の人間だけと、私も思います。彼の志にも賛同出来ます。差別の撤廃、国と民族の解放。この百年で歪んでしまったこの国を、あるべき姿に戻そうとしています」


 擁護するまでもなく、ジョシュアはすべてを理解しているようだった。バーナードがラミアに何をさせているのかまで知っている。それでいて、赦す寛容さを持っている。


「とても難しいことです。実現するには、時には非情な手段に訴えるしかないことも理解出来ます。……これからも彼の力になってあげてください。私には不可能な方法だ」


 ジョシュアは再び柔和な笑みを浮かべつつ、ラミアの頭の上に手をかざした。その姿は、まるで肖像画の中から抜け出てきたかのようだった。


 自分も赦された気がした。ジョシュアが赦してくれるのなら、それだけでいい気がしてきてしまう。彼の存在こそが、本物の奇跡と思える。


 ネクロファージ。神秘の存在。もしかしたら、このために生みだされたのかもしれない。神によって。


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