第一話 沈丁花(ジンチョウゲ):不老不死
八月。カリフォルニア州ロサンゼルス。自由党全国党大会会場。そこではジェファーソンの大統領候補指名受諾演説が始まろうとしていた。
有力支援者の所有する真新しい屋内競技場が使用され、天井が高く広大な会場の中央には大きな演壇が組まれていた。マスコミの無人カメラが、無数に周囲を取り囲んでいる。
大勢の党員や関係者たちが会場を埋め尽くし、ダグラスの死により大統領に昇格したジェファーソンの登場を待っていた。ダグラス暗殺の翌日、バーナードが自ら立候補を取り下げたことにより、ジェファーソンは実質的な次期大統領としても認知されている。
会場に大きな拍手が巻き起こる。ジェファーソンが奥から登場し、演壇へと向かって歩いていった。一段高いその場所に上がると、感慨深げな表情でしばし立ち尽くす。万雷の拍手を抑えて演説を始めようとした、その瞬間。
天井から音もなく舞い降りる黄金の剣。その眩い光が消えたあとには、プラチナの髪に氷のような青い瞳をした、黒衣の少女の姿があった。周囲が動揺して騒ぎ出すよりも早く、ラミアはその手の幻龍をジェファーソンに突き付けた。
「全員動かないで。知ってると思うけど、私の名前はローズ・アンブロシア。神の剣の具現者。ダグラスの二の舞を避けたかったら、大人しくしていなさい」
ダグラス暗殺犯を目の前にし、会場が静まり返る。戦車でも破壊不能な防御を突き破り、ダグラスを消滅させた黄金に光る剣の威力と、超音速の動きは、既に伝説と化していた。
ジェファーソンを人質に取ったこともあり、SPたちも含め、全員が身じろぎすら出来ない。ラミアはそれを確認すると、上に向かって左手で合図をした。
天井に空いた大穴から一人の男が降ってくる。左腕で受け止め速度を緩めてはやったが、相当な高さから落ちた男は、鈍い悲鳴を上げて床に転がった。バーナードの公設秘書、モーガンを騙った男。既に顔は再整形し別人に見えるが、氣や魔力を変えることは出来ない。
ラミアはフルールと二人で、一か月以上かけて丹念にシアトル周辺を歩き回り、この男の氣と魔力を探した。予想通り、英国女王が陰からバーナードを支援していたのも幸いし、英国の諜報機関MI6の協力も得られた。見事発見すると拘束し、このベストのタイミングを待った。
「ほら、あなたがしたことを語りなさい。正直に」
男はのろのろと起き上がると、ジェファーソンの演説のために用意されていたマイクの前に立った。そして語り始める。ダグラス暗殺事件の真相を、ジョシュアの存在も含めて、知っている限りを洗いざらい。それについての証拠の隠し場所も。
この様子は全世界へネット中継されている。ラミアが登場した時点で中断した放送局もあるだろう。だがスキャンダル好きの局には、直前に予告を流してある。きっと放映し続けているはず。仮にすべて遮断されていたとしても、ダークウェブを通してこの映像は必ず流出する。
「ジェファーソン氏は、今告白した大統領暗殺事件については、一切関知していません。すべてはジョシュア牧師が、彼を利用するために計画したものです。私がそれに応じて独自に実行しました。両候補を始末すれば、私の主であるジェファーソン氏の勝利が確定すると思って」
男はそう締めて告白を終えた。最後の発言だけは事実と異なるが、ラミアは事前に許可した。ジェファーソンだけは守る代わりに、それ以外はすべて告白しろと取引をした。男は忠実な秘書で、ジェファーソンのためなら、秘密を墓まで持っていくと言って譲らなかった。
やったことは許せない。仕えている相手も許せない。それでもラミアは、男の忠義に敬意を払った。自白剤や魔法によるマインドコントロールなど、強制的にやらせる手段はあった。しかし、一切使用しなかった。それが功を奏したのか、男は約束を守ってくれた。
これで少なくともバーナードの立場は回復する。それでも一度降りた以上、候補に戻ることは出来ない。大統領選がどちらの党に転ぶかは、わからなくなった。
とはいえ、ジェファーソンが無関係などと、国民が信じるわけはない。正式な捜査が行われれば、他の件でも何かしら問題は見つかるだろう。何しろあのダグラスの腹心だったのだから。
満足そうに微笑むラミアの死角から、別の黒衣の少女がそろりそろりと近寄っていく。その手には銀色
に光る長剣が握られていた。
「天誅!」
「何!?」
ラミアはその少女の不意打ちで、背後から心臓を突き刺された。左胸から剣先が飛び出て、大量の血が溢れ出す。その黒衣が、床が、止め処なく流れる血潮で、緋色に染まっていった。
「政権転覆を謀る市民党の手先の吸血鬼め、心臓をこの銀の剣で貫かれたら、不死身の身体もさすがに滅ぶだろう!」
刺したのはもちろんフルール。ラミアは身を硬直させると、大きな音を立てて床に倒れ伏す。それを見て満足そうににっこりと笑うと、フルールはジェファーソンの方を振り返って言った。
「ジェファーソンさん、やりました! これで筋書き通りですね! 上手くこの吸血鬼を操って、邪魔な目の上のたんこぶのダグラスを暗殺させて、バーナードも失脚させることが出来ました! このパフォーマンスで、自由党の勝利も間違いないですね!」
ラミアの登場後、何が起きたのかわからない様子で、ただただ硬直していたジェファーソン。それ以上に訳のわからない展開が始まり、間抜けな顔ながらやっと反応を示した。
「な、な……貴様は誰だ? 私はそんなことを頼んだ覚えは……」
慌てた様子で否定するジェファーソンに、フルールが詰め寄って抗議する。
「は? 何言ってんですか。ずっと前からあたしとこの吸血鬼使って、色んな人暗殺させといて! あたし大変だったんだから! 一応一緒にやってたこの吸血鬼まで殺させて……とぼけてないで、ちゃんと報酬払ってくださいよ!」
「な、何を言っているのか、さっぱりわからないんだが……?」
困惑しきった表情で、なおも否定するジェファーソン。フルールは何かに気付いたかのように、慌てて辺りを見回す。
「……あ、あれ? もしかして、まだカメラ回ってる!? まだ本当のこと喋っちゃいけなかった? これはヤバい、退散退散ー! あ、吸血鬼の残骸はこちらの方で処分しますんで、持って帰りますねー」
フルールはラミアを担ぎ上げて、全速力で裏手に向かって退場していった。
(笑いたい、大声を出して笑いたい!)
肩に担がれたラミアは、笑いを堪えるのに必死だった。死体のふりをしないとならないのに。
ラミアを吸血鬼として処分したことにする狂言は、筋書き通り。だがジェファーソンに言った台詞は、予定にはなかった。ジョシュアの共犯であった人間が大統領になってしまわないよう、演技したのだろう。過去の暗殺全てもジェファーソンの陰謀ということにして。
(自分で考えたのかしら? それともコーネリアスの入れ知恵? 少しわざとらしかったけど、うまくやったわね。見直したわ)
「どいてどいてー。ヘマこいちゃった。後始末よろしくー」
元々フルールはジョシュアの部下。他の直属の銀の手は処分済み。ラミアの側に寝返ったことを知る者は、もう残っていない。ジェファーソン陣営内のジョシュアの手下に取り入り、正体は吸血鬼であるラミアへの備えの名目で、正式に護衛として会場入りしていた。
故に会場裏手は大半が顔見知り。予想外の事態に大混乱であったこともあり、大した妨害を受けることもなく、無事逃げ出すことが出来た。
この演技はもちろん、現職大統領暗殺犯として国際指名手配になっているラミアを、公衆の面前で偽装死させるため。使ったのはアルミの長剣。導魔性は低く、魔力はまともに流せない。心臓を刺しただけではマザーネクロファージは破壊されない。それではラミアは殺せない。
だから、ラミアは倒れながら霊相転移を使った。フルールが失敗した場合に備え、サポート役として銀の手に正規の人員の派遣を依頼してある。氣や魔力を感じとれる彼らは、確かに死んだと誤解しただろう。祓魔師教会を通して、退治成功の報告が行くはずである。




