第五話 金銀花(キンギンカ):愛の絆
その想いに、赤薔薇は見事に応えた。フルールの足元の魔法陣は、木の床ごと粉々に破壊され、拘束結界の機能が止まる。
フルールの魔力弾はラミアの左腕を見事に貫き両断していた。直前に流した魔力に反応して、左手首のブレスレットは長大なミセリコルデと化す。落下によって向きが変わった剣先は、発動の勢いでフルールの足元を貫いていた。
「お姉様、愛はしっかりと受け止めたよ!」
その身を解放されたフルールの魔力弾が、今度はラミアの足元の魔法陣を破壊する。
「やるわよ、フルール。私の相棒として少しは成長したところ見せてね!」
片腕となったラミアは幻龍を発動しつつ、フルールに信頼の眼差しを送る。返ってきたのは、あの自信というよりは自慢気な笑顔。消滅を組み立てつつ、力強い口調で宣言する。
「なら、お姉様は先に行って! ここはあたし一人で充分。この消滅と、お姉様との愛の絆があれば!」
確かにあの動きなら、銀の手如きに負けるわけがない。その気なら、ラミアをも殺れていた。
「任せるわ。合流はもふもふの楽園で!」
「あたしも、もふもふ大好きー!」
ラミアはフルールに最高の笑顔を贈ると、幻龍を前方に構え、超音速で礼拝堂の裏手の壁を突き破る。そこに乗ってきたヘリはなかった。ジョシュアが逃げるのに使ったのだろう。
そちらにも回り込んで迫っていた銀の手は無視して、飛び出した勢いのまま林を抜け、裏の塀を跳び越えて駆けていった。
§
タコマ市街の高層ビル群を縫うようにして、ヘリが飛んでいた。非常事態宣言はまだ解除されておらず、上空には空軍の無人戦闘機が徘徊している。それを避けての低空飛行だろう。その中で一人の男が苦悶に歪んだ顔で、フロントパネルを叩きながら怨嗟の声を漏らしていた。
「くそっ、くそっ! 何故私が吸血衝動など……私は夢幻の心臓のはず。二千年間も隠れ潜み、耐え続けてきた。それだけ生きて、最後は吸血鬼として死すのか? 神の子であるこの私が?」
その男、ジョシュアが叩いたパネルから、黒鶫が囀るような美しい音色の少女の声が響く。
『独り言でもまだ言ってるってことは、本気でそうだと信じ込んでるのね。狂ってるわ、本当』
「黒薔薇!? 馬鹿な……生きているのか? あの状態からどうやって助かった!?」
聞こえるはずの無いその声に反応して、ジョシュアは恐怖に染まった表情で激しく周囲を見回した。パネルからの声の持ち主は、もちろんどこにも見当たらない。
『逃亡手段を間違えたわね。声はもちろん居場所まで全て筒抜けよ。まさか私が乗ってきたヘリを使うなんて。しかも繁華街の低空を抜ける気とか。頭悪いわね、あなた』
「どこだ!? まさか上か!?」
ジョシュアはキャノピーから空を見上げた。戦闘機はヘリとは大分異なる進路を取って、かなり遠くに消えた。抜けるような青空には、何も見当たらない。再び美しい囀りが流れ出す。
『お望み通り吸血鬼として処分してあげる。元英国銀の手のエース、このローズ・アンブロシアが!』
再び激しく周囲を見回すジョシュア。右手の窓の先を見て、慌ててパネルに手を触れた。ヘリに回避運動を指示しようとしたのだろう。しかし、時すでに遅し。
近くの高層ビルの外壁を駆け上がってきたラミアは、壁面を蹴って勢いよく飛び込んでいた。
「吼えろ、幻龍! 神の敵に裁きの炎を!」
ラミアの右手から紅白の龍が螺旋を描いて伸びた。それが絡み合って融合し、黄金の光の剣と化す。神の裁きの光は、ヘリごとジョシュアを貫いた。上半身を完全に消失させ、直後に振り下ろした剣は、そのままジョシュアの残骸すべてを、完全に消滅させた。




