第一話 仙人草(クレマチス):策略
乗ってきたヘリは屋上に置き去りにし、ラミアとフルールは別の機体に乗り込んだ。ジェファーソンが黒幕と仮定して調べておいてくれた、コーネリアスの最後の贈り物に基づいて。
ジェファーソンは今、海外へ向かう航空機内にいる。それが本当なら、作戦の継続は不可能。ここまですべて、彼の計画通りということ。
そうすると、偽者が用意したヘリには、何か仕掛けがある可能性が高い。バーナードは代わりのものを用意しておいてくれた。密かな盟友である、NAE友好国の外交官名義のもの。この厳戒態勢下でも、ある程度は制限されずに移動可能な特権がある。
「お姉様、何やってるの?」
予備の偽造IDの端末を操作していると、フルールがそれに気付いて画面を覗き込んでくる。
「コーネリアスがやっぱりダグラスの間諜だと仮定して、彼の情報の裏を取ってる。不自然でしょ、独立記念日に副大統領が海外なんて。ダグラスの演説のお供をするのが普通だもの」
「確かに! でもどうやって確認を? ネットとか見て普通にニュースになってるわけないよね? それだったらすぐバレちゃうもん、あたしたちに」
「幸い行き先はEU内。訪問予定があるなら、向こうの政府筋で把握してるはず。かつての伝手を使って調べてもらってる。でも結果がどう出ても、偽報告のスクープは無理ね。マスコミの手配がされてないだろうから」
これが本当なら、ジェファーソン黒幕説を裏付ける確実な根拠の演出は出来ない。バーナード暗殺未遂によって、状況証拠は固まる。バーナードに向けられる疑いも、ある程度は躱せるだろう。しかし、説得力が足りない気がする。
「じゃあ、あたしたちはこのまま姿を消すの? 海外へ? 偽モーガンに指示された場所、一応行ってみないの?」
コーネリアスは、これ以上の手が打てない場合、このヘリで海外へ脱出しろと助言を添えてくれていた。事前に渡航計画も提出してあり、妨害されることなく逃亡出来ると。
「そこへは行かない方がいい。罠に違いないわ。行ったら私たちは始末されるか、バーナードが不利になる仕掛けが用意してあるはず。とりあえずは、一旦姿を消す前提で動きましょう」
ヘリの機内に長い溜息が流れる。フルールが大きく肩を落として、フロントパネルに額を付けて項垂れていた。
「あたしたち、結局バーナードさんのこと守れなかったね。――ね、あの偽モーガン捕まえればいいんじゃない?」
フルールはいいことを思いついたとばかりに顔を上げた。ラミアは首を振って答える。
「見つかる訳ないわ。探してる間に、私たちが捕まってしまう。私はもう、大統領暗殺の容疑者として、国際指名手配されてるわ」
ラミアはネットニュースに流れている自分の姿をフルールに見せた。ダグラス暗殺後、口上を述べていたときの映像。容疑者名は入場した際の偽造IDのものだが、顔ははっきりと映っており、国際指名手配中と明記されている。
「だから、あなたは途中で降ろして、一人で逃げたい。コーネリアスのお陰で、南米までは行ける。でもあなたは納得しないわよね? 私も納得しない。もう離れたくない」
「お姉様……」
潤んだ瞳で見つめてくるフルール。ラミアはその嬉しそうな顔を見つめながら思う。
離れたくないのは国内でだけ。二人が一緒にいる映像は、きっと後からいくらでも出てくる。この国に残していくことは出来ない。無事二人で安全な国外に脱出したら、そこで誰かに預けるつもりだった。その後一人で戻って、この件の後始末をすればいい。
「わかった、お姉様、そうしよ。でもね、最後に一つだけ試させて。悪あがきかもしれないけど。あの偽モーガンと、どこで会ったか覚えてる?」
「銀の手の……アジト?」
「そう。知らない人を入れるわけがないよ。秘密のアジトだよ? あの偽者から頼まれて入れてるってことは、絶対連絡先知ってるはず。行方調べてもらえるんじゃないかな?」
フルールは自信ありげにラミアの瞳を覗き込む。組織の性格上、情報流出を恐れ、追跡可能な仕掛けを施したかもしれない。しかしラミアはその視線を避け、瞼を伏せて答えた。
「でも大統領暗殺なんてことをした私に、協力してくれるわけないわ。それにもしかしたら、銀の手自体が、あの偽者やジェファーソンと繋がってる可能性もあるのよ?」
「それこそアジト行けば、手掛かり見つかるじゃん。大丈夫、牧師様がきっとどうにかしてくれる。どうにもならないとしても、最後に挨拶だけはしてから行きたい。いいよね、お姉様?」
フルールの言うことにも一理ある。最後に残された可能性として賭けてみてもいい。何より、生命の恩人で、親代わりだったジョシュアには、別れの挨拶くらいさせてあげるべき。
「わかった。あまり時間は取れないけど、行くだけ行ってみましょう」
決意を固めると、ジョシュアの教会へと向かうよう、ヘリの行き先を変更した。
ジェファーソンは確かにEUへの訪問予定があり、既に大西洋上だという返答が端末に届いている。ただし、彼の具体的な行き先や目的、行動計画などまでは、現時点では教えられないと明記してあった。ラミアが現職大統領を暗殺したことは、既に周知の事実だからと。
§
タコマまではあっという間だった。裏の林と礼拝堂の間の芝生に着陸すると、ラミアはフルールと一緒にすぐにヘリを飛び下りて、礼拝堂へと向かう。そこにジョシュアの氣を感じる。
裏口から中へと入ると、まるで二人が来るのを知っていたかのように、ジョシュアは祭壇の前で待ち構えていた。そしてラミアを見て微笑み、語り出す。
「おかえりなさい、神の剣。あなたはよくやりました。ここまで見事に私の計画通りに動いてくれましたね」
何を言っているのかわからなかった。困惑した顔でラミアは問い返す。
「計画通り? あなたの?」
「あの不敬虔者を、あんな状況から、ああもうまく暗殺してくれるとは。しかも天罰という形。あそこまで見事なパフォーマンスを見せてくれるとは思いませんでした。最高のショーでしたよ。おかげでこの先のこと、うまく進みそうです」
戸惑うラミアには構わず、ジョシュアは本当に満足そうに微笑みながら語り続ける。
「ジェファーソン。彼は私が用意した傀儡です。これで彼は大統領に昇格します。もちろん、自由党の大統領候補にも。そしてバーナードは、ダグラス暗殺の首謀者として失脚するでしょう。市民党には小者しか残っていません。この前代未聞のスキャンダルを覆せるわけはない」
ラミアが利用されたのは、ジェファーソンを大統領にするという計画。その読みは当たっていた。しかし、この発言が事実なら、首謀者はジェファーソン自身ではなく、ジョシュア。
「何故あなたがそんなことを? バーナードの支持者じゃなかったの?」
当然の疑問の言葉を耳にして、ジョシュアは今まで見せたこともない顔つきに変わった。まるで汚物でも見るかのような表情。余りも歪みすぎていて、逆にこちらの方が目を逸らしたくなるほど汚らわしいものだった。
「彼は神を信じていない。私を見ても何とも思わない。――あなたにはわかるでしょう、私の正体が? この身体に宿るネクロファージが私に何をしたか? 私がいつから生きていて、かつて何をしていたか?」
ジョシュアの瞳は、何かに憑りつかれているかのようにラミアには見えた。彼が主張したいことが何かはわかる。ラミア自身も考えた可能性。しかし陰謀の話を聞いて、それは有り得ないと判断した。事実だと思い込む理由が、今はもう理解出来ない。
「わからないわ、私には。あなたは確かに聖者のような気を纏っている。でも、きっとそれは偽物。本物の聖者であれば、こんな陰謀は仕掛けない。もっと真っ当な手段を使うはず」
ジョシュアは大きく肩を落として、長く長く溜息を吐いた。そして憐れみを籠めた目で、ラミアを見下ろしながら言う。
「失望しました。思っていたよりも賢くないようですね。いいでしょう、はっきりと言いましょう。私はあなたが信じるその教えの創始者。あなたが崇め称えるべき神の子本人です」




