第四話 花浜匙(スターチス):成功、あるいは同情
(さてと、この後始末はどうしようかしら……)
室内を見回して、ラミアはその惨状に頭を悩ませた。密かに侵入し、証拠を残さず標的だけを暗殺する予定だった。可能なら自業自得の事故死に見せかけようと、過剰摂取で心臓麻痺を起こすような麻薬も用意してあった。マフィアと繋がりがあるのなら、充分に有り得る話。
幸いにして、通報された気配は今のところない。単純な回路で構成されていたのか、照明だけ先に復活したようで、壁に埋め込まれた端末のパネルなどは死んだまま。監視カメラの類も止まっているだろう。だがEMP投下前に撮影された記録が残っているかもしれない。
何らかの方法で証拠隠滅する必要があるが、怯えた感じの氣が建物の各所で震えている。使用人か何かだろう。機械はともかく、一般人を大量虐殺して口封じ、というわけにはいかない。
(何かしら、あの場所? 地下……不自然ね)
子供らしき小さな氣が、一カ所に固まっているように感じられた。しかも高低差からすると地下室。別れた妻との親権争いの報道を見た気がするが、こんなに多人数のわけがない。
ラミアは祓魔師の少女に視線を落とした。傷はきちんと再生が進んでいて、何とか生命を繋ぎとめたことを確信出来る。氣が変質することもなく、状態は安定しているように思えた。
それに安心すると、建物内の図面を頭に思い浮かべ、子供たちがいる場所へと急いだ。
(なるほど……そういうことなのね)
厳重に閉ざされた金属製の扉の向こうに、子供たちの氣を感じる。弱っているようにも思えた。この状況から考えられる可能性は二つ。そのどちらだとしても、こちらの都合の良いように解釈して、設定を作れる。証拠隠滅ではなく、偽造で済みそうだった。
扉の横の操作パネルに手を触れても反応がない。他にまともな手段で開くとは思えず、ラミアは白薔薇を発動して軽く振るった。合金製の扉が易々と斬り裂かれ、少し手で押すだけで内側へと倒れていく。その先の光景はラミアの予想以上に酷く、思わず顔をしかめた。
(これは……確かにこっちなら、生き残ってる使用人から言質取れそうだけど……)
まだティーンエイジャーにもなっていないような子供たちが多数、鎖で繋がれていた。ご丁寧に猿轡まで嵌められている。そしてラミアの予想した可能性の一つが確かであった証拠として、男女問わず一糸まとわぬ姿だった。身体のあちこちに痣や生傷が残っている。直視しがたい部分が血塗れになっている幼女すらいた。
「そんなに怯えなくても大丈夫。警察に頼まれて、あなたたちを助けに来たの。安心して」
ラミアは努めて優しい声を出して、子供たちの前で膝をついた。近くの男の子の頭を撫でる。うまく笑顔が作れている自信はない。それでも、次第に子供たちの氣の震えは収まっていった。
落ち着いてくれたと判断すると、ポケットからシールドケースを取り出した。EMPの影響を受けないよう入れてあった、携帯端末を手にする。コーネリアスへの直通回線を繋ぐと、話しかける前に相手の声が端末から響いた。
『ラミア、終わったのか?』
「コーネリアス、ちょっとイレギュラーがあって、派手にやることになってしまったわ」
小さな溜息が、端末越しに聞こえる。僅かに間が空いてから返答があった。
『やはり薔薇の色は白ではなかったか。日程を変えた方が良かったんじゃないか?』
「大丈夫よ、どうにか出来る。今からちょっとショッキングな映像を見せるから覚悟して」
そう宣言すると、カメラをオンにして、子供たちの様子をコーネリアスへと送った。歯ぎしりの音が端末から漏れた気がする。彼ならこれをうまく利用して、穏便に収めることだろう。
『もういい、消してくれ。やはり性犯罪者だったか。救出のために特殊部隊が動いたことにする。その情報を流して現地の警察を向かわせるから、お前はすぐにそこを離れろ』
「嫌よ。この状態で置き去りには出来ない。保護に来るまで残るわ。適当に設定作っといて」
端末に向けて言い放つと、一方的に通信を終えた。それから子供たちの方へと微笑を向ける。慣れないことして引きつった顔になっていないか心配だが、ラミアは懸命に猫撫で声を出した。
「今からその猿轡と鎖を外すけど、決して騒いだり逃げ出したりしないで。約束出来る?」
唇に人差し指を立てて当て、反応を探る。子供たちが頷くのを確認してから、右手を掲げた。その手首には、十字架のついたブレスレットが光っている。
「お姉さん魔法使いだから、魔法でどうにかするわね。怯えないで、大丈夫。これは決してあなたたちを傷付けない。――白薔薇、お願い」
ラミアの右手に白銀の刀が現れると、子供たちに動揺の氣が走った。騒ぎ出す前にと、一番近い子供の手首の鎖を素早く正確に斬り裂く。すぐに感嘆の色へと変わっていった。努めて笑顔を作りながら、手首、足首の順で斬って解放していき、最後に全員の猿轡を取り外した。
「ありがとう……」
騒がないという約束を守ってくれたのだろう。一人の男の子が囁くように言った。周りの子供たちも、外には聞こえないくらいの小さな声で、次々と感謝の言葉を口にする。まだその表情は笑顔にはなっていなかったが、不安の色は薄くなっていた。
子供たちを一人ずつ抱きしめて、安心させていく。その身体の温かさは、しばらく忘れていたもののように感じた。たまにはこういうことをするのも悪くないと思える。自分の存在意義のようなものを、認識させてくれる。
(――あ、あの子、目が覚めちゃったのね……)
二階で祓魔師の少女が意識を取り戻した気配を感じ取って、ラミアは目の前の子供たちの顔を見ながら迷った。この子たちをここに置き去りにはしたくないが、今騒ぎを起こしてしまいそうなのは、上の少女の方だろう。
「ごめんなさい、少しだけこの場を離れるわ。すぐに助けが来る。それまで中で大人しくしていられる? 外には怖い人がいっぱいいるの、知ってるでしょ? 声も出しちゃ駄目よ」
ラミアは人差し指を唇の前で立てて、子供たちに静かにしているように命じた。素直に頷いたのを確認すると、急いで二階のリビングへと戻る。祓魔師の少女が起き上がっていて、自分の身体のあちらこちらを触ってみては、その度に首を傾げているところだった。