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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第八章 紅白の薔薇は戦いの象徴、紅白の龍は力の証
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第五話 大反魂草(ルドベキア):正義

「これね、モーガンの用意したヘリって」


 あらかじめ指示されていた場所に行くと、約束通り無人操縦も可能なヘリが置いてあった。自家用としても普及している、ごくありふれたもの。これならばシアトルに向かっても怪しまれない。コーネリアスを処分後、バーナードを守るために、暗殺未遂を偽装する。


 早速乗り込んでパネルを操作すると、コーネリアスとバーナードの位置情報が表示された。共に自身のオフィスにいるようだ。都合の良いことに同じビル。これならば迅速に作戦を遂行出来る。ラミアはそのビルに向けて、急いでヘリを離陸させた。


「まずはコーネリアスだね。ダグラスの間諜だったなんて、がっかりだよ。あの人のこと信用出来ると思ったあたしが馬鹿だった。別にお肉に釣られたわけじゃないからね!」


「ええ、急いでコーネリアスを始末しなくちゃならないわ。放置したら、さっきのダグラスの件についてもバーナードに罪を被せて、致命的ダメージを与えてしまう」


 既に着手しているだろう。モーガンも同時に動いて妨害しているはずだが、急ぐ必要がある。


「でも、もう逃げてたりしないかな? 親分のダグラスが殺されちゃったら、コーネリアスはもう何やっても意味ないよね? 自分の生命優先しない?」


 首を傾げつつ当然の疑問を口にするフルールに向かって、ラミアは不敵に笑う。


「私を誰だと思ってるの? 保険を掛けてあるに決まってるじゃない。一度しか使えないけど、彼の居場所がわかるよう、ごく小さな金緑石を、こっそりと埋め込んであるの」


「金緑石……? アレキサンドライト?」


「あなたの持ってる賢者の石。それを模して作った代替品のようなものよ。魔法回路が刻まれてて、私の魔力に反応して起動し、強い魔力パルスを発する魔導具の一つ。クライアントが裏切った時に備えて、気付かれないように無痛針を使って必ず埋め込んでいるのよ」


 その話を聞くと、こんな時だというのにフルールは眼を輝かせて喜んだ。


「お姉様、スパイみたい! カッコいいなー」


 ラミアも悪い気はしない。こんな時だからこそ、フルールのようなムードメーカーの存在は助かる。自分は一人ではない。悲観することもない。そう認識させてくれるから。


「似たようなものでしょ? 殺すのが主目的かどうかが違うだけ。騙し騙されは裏の世界じゃ日常茶飯事」


「なら安心。やっちゃうよ、あたしは!」


 オリンピアを迂回して一度北西に進み、大きく回り込んでいく。ヘリは快適に飛行を続け、目的のオフィスビルの屋上ヘリポートへと、無事に着陸することが出来た。


 シアトル上空には無人戦闘機が出撃して警戒飛行をしていたが、それらが反応することはなかった。モーガンがこの機体に対して議員特権でも設定していたのだろう。


「ふるる、覚悟はいい?」


「もち! 邪魔してくる人がいたら、殺さない範囲でどうにかするよ!」


 ヘリのドアを開けて屋上に降り立った。階下へ降りるドアの鍵は、モーガンが内から開けてくれているはず。一気に走り寄ろうとして、ラミアはその向こう側にある氣に気付いた。


(あれは――)


 ドアが内側から開く。出てきたのは、バーナードの精悍な肢体だった。


「やはり君だったか。無事で良かった。現職大統領暗殺だなどと、随分と無茶をしたようだな……。私の与えたものではないが、任務達成の祝いだ」


 バーナードはそう言って、ラミアに向かって花束を差し出した。たった一輪の花束。二十センチ以上もある、大輪の黄色いルドベキア。


 花言葉は正義。いつも花を贈ってくれていたのは、コーネリアスではなく、バーナード本人だったのだとラミアは悟った。しかし、まだ受け取るべき時ではない。


「ありがとう、バーナード。でも今はそれどころじゃないの。あなたにも用があるけど、コーネリアスの方が先。急がないと逃げられてしまうわ」


「彼は逃げないさ。君がここへ来たことは、彼が教えてくれた。私の特権を無断で設定したヘリが着陸したと。きっと君に違いないと」


「あなたを使って時間稼ぎなんて小細工を……そこをどいて、バーナード」


 しかしバーナードは、行く手を阻むように入り口に立ち塞がる。当て身で気絶させてでも押し通ろうとラミアは踏み出した。バーナードはその長身で、ラミアを遥か高い場所から見下ろしながら問いかける。


「君は誰を信じる? 君が会ったというモーガンか? コーネリアスか? それとも私か? 私はコーネリアスの行動をすべて把握していた。彼がミスをしないよう、ダグラスに利用されないよう、きちんと監視者を付けていた。……彼は裏切り者などではない」


「その監視者のモーガンに、コーネリアスがダグラスの間諜で、あなたを陥れるよう私を利用していた証拠を見せられたのよ」


「そのモーガンと名乗った公設秘書は、私ですか?」


 バーナードの背後から他の人物の声がして、ラミアは視線を向けた。そしてその顔を見て硬直する。そこにもう一人いるのは気付いていた。知らない氣の感じから、ラミアの会ったことのないバーナードの秘書かボディーガードだと思っていた。だがその顔は――


(そんな馬鹿な……。モーガン……)


 どう見てもモーガン本人。しかし、コーネリアスの裏切りの証拠を見せた人物とは違う。見た目はそっくりだが、声が違う。身体の動きの癖が違う。


 そして、ラミアにとってはどんな物理的な証拠よりも決定的な手段が、あのとき会ったモーガンとは別人だと告げていた。氣や魔力が全く違う。双子の兄弟などというわけでもない。親族なら氣や魔力の感じはもっと似ている。


 同じ顔をした別人。どちらかが偽者。以前会ったモーガンか、今目の前にいるモーガンか。


「その反応。コーネリアスの予想通りのようだな」


 バーナードはそう言うと、自分の携帯端末を取り出した。ラミアが会ったモーガンにそっくりな男の身体の何カ所かに当ててから、画面をラミアに向けて見せる。


「ここにいるのが本物のモーガンだ。身体に埋め込まれたマイクロチップが証明している。周囲の人間にはすべて埋め込んである。立場上、すり替えに気を付けなくてはならないからな」


「私が会ったモーガンは……偽者?」


 その事実が意味することの重大さを認めたくなくて、ラミアは敢えて訊ねた。バーナードは自信ありげに答える。


「そうとしか考えられない。整形で外見は簡単に変えられる。だがこのマイクロチップは、偽造不能な特別品。しかも本人には気付かれないように、健康診断にかこつけて、複数種類、複数箇所に埋め込んでいる。今そのすべてが、彼を本物だと証明した」


(そんな……そんな馬鹿な……。私は、自分が騙されていると誤認識させられたの?)


「……さて、誰を信じる? 誰を始末する?」


 ラミアは身体の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。それに気付いたのか、慌ててフルールが支えてくれる。その瞳も驚愕と不安に揺れていた。


「バーナード、あの偽者は誰だったの? 誰に命じられて私を騙し、ダグラスを殺させたの?」


「証拠はないが、ダグラスを暗殺すると一番得をする人物じゃないかと私は思う」


 偽モーガンの言葉が、ラミアの脳裏によみがえった。バーナード以上にダグラスを邪魔と思っている人物。ダグラスが健在な限り、大統領候補には絶対になれない人間。


「ジェファーソン。自らに罪を着せて解決するという案を提示すれば、疑うわけはないと……。なら、あなたの暗殺未遂を私にさせて、本当にとどめを刺してしまうつもりだったのね」


「そうだろうな。だから私が最初に出てきた。君は私を裏切ったわけではないと、確信していたから。信じてくれていると、信じていたから」


(これがバーナードの正義。高潔なる彼のやり方。部下を守るため、自らの生命を危険に晒す)


 ラミアはバーナードの前に跪いた。そして決意の瞳で彼の足元を見つめながら宣言する。


「バーナード、私はあなたのための剣。振るう相手はあなたが決めて」


「君が受けた計画、コーネリアスは何パターンも予想した。だがそのどれなのか、私たちにはわからない。元のシナリオ通りに行動してくれ。君にとってのイレギュラーだけを変更しよう」


「なら、コーネリアスはここで殺したことにして。その情報を流した上で、うまく身を隠させて欲しいの。……疑って悪かったと伝えて。今まで私のために色々としてくれていたのに」


「そうしよう。彼は既にそのシナリオは予想済みで、偽装した遺体を用意してある」


(抜かりはないのね、コーネリアス……)


 彼と出逢えたことは、人生で最も大きな幸せの一つだとバーナードは言っていた。彼の存在こそが、バーナードが野心を抱いたきっかけなのかもしれない。他人事ながら、誇らしく思う。


「それから、あなたにお願いがあるの。今からあなたの暗殺未遂をさせて。恐らく本物の刺客も来る。それは私が何とかする。隠れるのは得意よ。あなたの側に張り付いて、あなたを守る」


「既に手配済みだ。コーネリアスは本当に優秀だ。君が音信不通になった時点で、そこまで予測していたよ。流石にダグラスを暗殺する方法までは、予想出来なかったようだがね。中継を見て私も驚いた。確かに君は最強の暗殺者だ。最高ではなく最強である意味がわかったよ」


 流石に予想出来なくて当然。英国の最高機密。しかし逆に言えば、それ以外は予想していた。コーネリアスは恐ろしい男だと評した偽モーガンは、それだけは本当のことを言ったのだ。


「最後に一つだけ聞かせて。問答無用であなたを殺していたら、どうするつもりだったの?」


 ラミアの質問に、そのイメージとはかけ離れた感じで、バーナードは鼻で嗤う。


「君らしくもない愚問だな。死んでしまったら、もうどうも出来ないだろう?」


 だがすぐに真剣な目つきに変わって、バーナードは付け加えた。


「私も天罰とやらを食らっても仕方のない人間だ。君を利用して、神の教えに背いている。最初に君を利用したのは私だ。殺させたのは私だ。君になら、殺されても文句は言えない」


 本気で殺される覚悟だったようにしか見えない。そしてそのままの表情で続ける。


「組織というのはトップの責任の方が重いものだ。それに私は、ダグラス暗殺を敢えて防がなかった。可能性は高いと知っていたのにだ。誰かの陰謀であったとしても、ダグラスが排除されるなら、それは私にとって有利に働くと判断した。所詮私も、そういう人間なのさ」


 そう言ってバーナードは眼を伏せる。まるで神にでも祈るかのように、胸に手を当てて。


「あなたにとってじゃなくて、この国にとってじゃないの?」


 バーナードは無言で首を横に振り答えとした。それを見てラミアは思う。


(卑下しているだけよ、あなたは)


 彼の根本には想いがある。人々への愛がある。そうでなければ、今この場で打ち明けたりはしない。彼のような人物が、知っていて防がなかったなどと、誰も思いやしないのだから。


 その想いは心の中に仕舞い込み、口には出さなかった。代わりに立ち上がり、白薔薇ロサ・アルバを構えてから静かに問う。


「この光景は記録されてるかしら?」


「もちろん。不要な部分はカットするがね。……即死でなければどうとでもなる。新たなる刺客への対応も、コーネリアスがきちんとしてくれている。大丈夫だ、私を信じろ」


 ラミアは神速の動きでバーナードの左胸を刺した。心臓のすぐ脇を貫いた。太い血管も避けたはずだったが、思った以上の鮮血が噴き出す。コーネリアスの仕掛けだろう。


 倒れ伏したバーナードの手には、ルドベキアの花束が握られたままだった。日本では大反魂草と呼ばれている、大輪の黄色い花。その花言葉は、彼自身を表しているかのようだった。


 『正義』『公平』『あなたを見つめる』。暗褐色の瞳のようなその花芯は、ずっと見ていたのだろう。コーネリアスだけでなく、ラミアとフルールをも。


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