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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第八章 紅白の薔薇は戦いの象徴、紅白の龍は力の証
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第一話 紫丁香花(パープル・ライラック):誇り、そして愛の芽生え

 ラミアとフルールの二人は、ベルビューの自宅に戻るふりをして姿を消した。携帯端末を車に残したまま、ワシントン湖に浮かぶマーサーアイランドを通りかかったところで飛び下りた。事前に調べておいた地図を基に、監視カメラの類を避けて、住宅街の一角へと向かう。


「ふるる、ここは安全よ。何かあったときのために、自分で用意したセーフハウス。あのアジトと同じで、電波も霊子もカットするようにしてある」


 フルールを連れていったのは、一般家屋の地下に存在する秘密の部屋。かつて個人用核シェルターとして作られたものを買い取り、自らの手で改造したもの。


「お姉様、やっぱりお仕事柄、かなり慎重なんだね。こんなの用意してたんだ……」


「端末はこれを使って。いざというときの逃亡用に用意しておいた、偽造IDのもの。でも一人で外に出て通信したりはしないで。コーネリアスがこれに気付いてない保証はないから」


 一度だけ頷いてフルールが受け取る。電源は入れずにポケットに仕舞った。


「情報収集はこの据え置き端末だけで。MI6の盗聴用の機材を使って、隣の家のネットをこっそり拝借してるの。ただしアクセス先には注意して。隣の人が繋がないようなところに繋いだら、さすがに怪しまれるわ。一般的なニュースサイトだけにしておいて」


「大丈夫、一人じゃ使わない。あたし、また何やらかしちゃうかわからないから」


 至極真剣な顔でフルールは返した。その様子からは、自分を卑下しているのではなく、単に慎重になっているだけに見える。いつの間にか頼りになる相棒になったと、ラミアは思った。


「それでどうするの、これから? あたしダグラスは絶対許さない。成り行きとはいえ、あの害虫を退治するのは大賛成。これは復讐だよ、お姉様。あたしたちだけじゃなくて、国民皆の」


 あの差別用語は使わなかったが、フルールの瞳には復讐の炎が灯っているように、ラミアには思えた。明かりの影響か、ヘーゼルの瞳は金色に輝いている。ウルフ・アイとも呼ばれる、アンバーの瞳に変わったかのようだった。獲物を狙う狩人の眼。


「私ね、ここにくるまでに考えたの。いつどこで始末するのが最も効果的か」


 対抗馬であるバーナードには疑いがかからないよう、あからさま過ぎて逆に陰謀論が出ない手段を採るのがベスト。自身の将来を捨ててでも彼を救う策が、ラミアの唇から発せられる。


「やっぱり公衆の面前で堂々とやるべき。それも思いっきり派手に。近々ダグラスにとっての晴れ舞台、あるわよね? この国にとって最も大事な日の一つ。毎年演説が行われてるわ」


「独立記念日……。今年、どこでやるの?」


「まだ発表がないけど、例年通り歴史的な意味がある場所で、一般の聴衆も招いて行うはず。可能性が高いのはどこかしら? 大統領選がかかってる今年。いつもより派手にやると思う」


「まさか、ホワイトハウス……? なら近く。でも全世界にネット中継されない?」


「だからいいのよ。一般人の目の前で、全世界が見ているところで、私の姿を晒してダグラスを始末する。世界中に残された記録は誰にも消せない。その私がそこから姿を消して、暗殺の成功をジェファーソンに報告しているところが目撃されたら……もう誰にも覆せないわ」


 ラミアの瞳は、また氷の色に戻っていた。ただしそれは、水が凍ったものではない。ほんのわずかな衝撃で爆発する、ニトログリセリン。凍らせると爆発力が増し、より危険度の高まる液体爆薬。今のラミアは、必死にその暴発を抑えていた。


「でもさ、流石に警備厳重過ぎない? 一般聴衆だって、この間実業家の公演行ったとき以上のチェック入るよね? もっと強固な結界だって張られてるよね?」


 金属探知機やX線検査も必ずある。自爆テロも警戒しているだろう。身体に埋め込んでも、マスカレイドは持ち込めない。それでも確信に満ちた顔で、いつもの台詞をラミアは吐いた。


「私を誰だと思ってるの、ふるる。マスカレイドさえ置いていけば、誰にも見抜けないわ」


「そんなのどうするの? 流石にお姉様だって、素手じゃ結界破るの無理だよね?」


「それでもやれる手段はあるわ。切り札というのは、最後になってから使うものよ」


 自信を持ってラミアは言い切った。それでもフルールは、不安気な揺れる瞳で見上げてくる。


「でも、もし成功したとして、そのあとお姉様どうなっちゃうの? 全世界に証拠残っちゃうんだよね? それ消すのなんて無理なんだよね?」


「あとのことなんてどうでもいいわ。あなたも知ってる通り、私は隠れるのが得意だから」


 ずっとそうして生きてきた。元の生活に戻るだけ。それでバーナードが救われるのなら、この国が良い方向に変わるのなら、ラミア自身はそれで構わない。


 しかし今は、一つだけ心残りがある。ラミアはフルールの亜麻色の頭を撫でつつ言った。


「でもあなたは映らない方がいい。一緒に会場に入っても、攻撃手段がないだろうし。だからあなたには、どこか関係ないところで、陽動を行ってもらうわ」


 ラミアの言葉に、フルールはとても納得いかなそうに食ってかかる。


「お姉様! あたし――」


 しかしすぐに落ち着きを取り戻し、彼女なりの決意を表明した。


「ううん、わかった。お姉様を助けるためにはそれがベスト。小さな爆弾とか用意出来ないかな? 演説妨害目的のテロにでも見せかけるよ。そしたら警備はそっちに気を取られるよね?」


「そうね、それは助かるわ。会場周辺のかなり広い範囲で警戒が行われる。時限爆弾を複数仕掛けるのは難しい。一つでいいわ、ごく短時間に設定して逃げて。どうせ暗殺は一瞬で終わる。あなたなら見られずに設置をこなせるはず。それが終わったら、ジョシュアの元に戻りなさい」


「お、お姉様、それは……」


 明らかな不満を顔に浮かべて見上げるフルールに、出逢って一番の優しい笑顔で答える。


「その先は巻き込めない。成り行き上、幾つか一緒にやったけど、元々は私の仕事。騙されたのも私。だから私が決着を付けなくては。もしこの指示に従わないのなら、私もやらない」


 それでも不満そうに見つめるフルールを、その腕にしっかりと抱きしめてから続けた。


「バーナードの立場を守りたい。この国の人々を救いたい。けれど、もうあなたの生命の方が大切なのよ、私にとっては」


「お姉様……」


 それが今のラミアの本音。最優先で守るべきなのはフルール。きっとバーナードも理解してくれる。フルールを犠牲にしてまで得た大統領の座には、価値なんてないと。


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