第三話 赤輝血(ウィンター・チェリー):欺き
「これは……CGじゃないの? 不鮮明だわ。今の技術なら、これくらい捏造可能よ」
「動画から決定的な場面だけを切り取ったからのようです。スクロールすると元動画も出てきます。それを見れば確信するでしょう。例え技術があったとしても、作ることは不可能だと」
ラミアは言われた通りにスクロールし、動画を慎重に見た。何度巻き戻しても、確かに偽物とは思えない。これを偽造出来るとしたら、自分しかいない。
そもそもこの場にいた人物でないと、ラミアがこのとき標的の首を刎ねたと知ることが出来ても、どう動いて実行したのかまでは知りようがない。技術ではなく情報的に捏造は不可能。
撮影角度からすると、あの場にいた他の人間がたまたま撮ったものではない。隠しカメラが設置してあったとしか考えられない。だとしたら、作戦計画を知っていた者の仕業。
「本文を見て、どういう目的の記事かはおわかりでしょう。バーナードを失脚させるための罠です。殺した人物は、ご存じの通りダグラスの熱烈な支持者で、そのことを公言していました。そしてこの記事、連載第一回と書いてあります。第二回の原稿も押収しました」
モーガンが操作して表示された次の原稿には、ラミアがバーナードとダンスを踊っている写真が大きく掲載されていた。あの政治資金パーティーのもので間違いない。
「最初の記事、暗殺後すぐに公開されなかったのは、私とバーナードが一緒のところを目撃させて、関連性を示したあとでないと効果が低いから?」
「でしょうね。すべてが計画通りだったようです。彼と、彼のクライアントの」
(『彼』……この二つが出来る人間なんて……私には一人しか考え付かない)
ラミアの顔が蒼白になっていく。最悪の想像が行きついた結論。非情にもモーガンの口から、その名前が飛び出す。
「コーネリアス。私は彼の監視役でした。彼がやっていることは、下手をするとバーナードの立場を危うくするものです。そのため、慎重に監視する必要がありました。発覚の仕方によっては、バーナードは失脚するどころか、殺人教唆の罪で犯罪者として処分されます」
「この第二回の記事ではまだ明確に書いてないけれど、第三回では私がバーナードに雇われて、彼が有利になるよう暗殺をしていたことが暴露される予定だったのね……」
「確実な証拠があります。リークしたのはコーネリアスで間違いありません。監視用チップが拾った通信記録です。この通信先、追っていくとそのゴシップ紙の記者に辿り着きます」
モーガンの示した画面には、ゴシップ紙の記者のIDに辿り着くまでのルートが表示されていた。しかしすべてはデジタル記録に過ぎない。改竄も捏造も可能なもの。物証とはならない。それ以外もすべて状況証拠でしかない。そう考えるラミアに、更に追い打ちがかかる。
「彼は恐ろしい男ですね。あなたの信頼を完全に勝ち取っているようだ。しかし彼はもっと恐ろしい。これを見てください。バーナードの支持者リストです」
(どういうこと……これは!?)
ラミアは自分の端末を取り出し、コーネリアスから受け取っていたダグラスの間諜リストと突き合わせた。リストにはなかった人物を、自分で残したものとも見比べる。
そして愕然とした。すべてが正反対だった。ラミアがダグラスの間諜だと思って処分してきた人間は、実際にはバーナードの支持者だった。
「あなたがブリティッシュコロンビア州で暗殺した二人。彼らは市民党の忠実な貢献者たちです。バーナードを強く支持していた人間で、影響力もありました。それが何者かに殺されたことは、党内では密かに大問題になっています」
あの時殺してしまった相手に抱いた違和感の正体。やはり正式なSPだったからなのだ。そして、それならば、この逆のこともしてしまっていたに違いないと思い至る。
「バーナードは、当然ダグラス陣営に間諜を放っているわよね? 彼の支援者のふりをさせて、情報を集めているわよね? そのリストがあったら見せて頂戴」
モーガンは予想していたのだろう。すぐにリストをラミアに差し出した。その内容は想像通りで、期待とは正反対の内容だった。殺してきたのは、ほとんどがバーナードの放った間諜。
所々混じるそれ以外の人物の配置を見て、コーネリアスの恐ろしさを再認識した。初期に依頼された何人かは間諜ではない。実際にダグラスに傾倒し、熱烈な支持を公言していた者たち。
簡単には信用せず、自力で裏を取ると考えたのだろう。確かに途中までは自分でも確認した。最初の二人の共通点から、ダグラスの支持者を消す仕事なのかと考え、コーネリアスの目的と信頼性を確かめるためにやった。しかし、彼は信用出来ると判断すると、調べなくなった。
その後に殺させられたのは、ほとんどはバーナードが放った間諜。偽装を発覚させないための生け贄なのだろう。何人かに一人は、リストにはない本物のダグラスの支持者を紛れ込ませてあった。逆にダグラスの足を引っ張ってしまいかねない、敵の多い者たちを利用している。
「あなた、コーネリアスの監視役だって言ってたわよね? どうして今更こんな大事なことに気付いたの? 私はこんなこと言える立場じゃないのはわかるけど、答えて」
余りのことに思わず、自分のことは棚にあげて、ラミアは詰問した。モーガンは首を横に振ってから、静かに答える。その瞳には、憐れみと反省、そして後悔の色が浮かんでいた。
「あなたに罪はありません。気付ける立場にはなかった。彼は本当に巧妙でした。情報源としていた彼の部下に、私との繋がりがあるのに気付き、完全に抱き込んでいたようです」
モーガンは自分の端末を操作して、その画面を見せながら続けた。
「これを見てください。私の元には、コーネリアスの選定の正しさを保証する、説得力のあるレポートが届いていました。あの記事を見つける前に私が持っていたリストがこちら。恐らく、あなたの手元のものと一緒でしょう」
確かにきちんとした筋立ての論理で、処分の根拠とその後の影響が説明されていた。バーナードが疑われないための工夫に加え、そこから連鎖的に次の標的が殺される合理性をも用意し、一連の死が別の動機による連続殺人に見えるような細工もしてある。
真相を聞かされた今でも、これのどこに誤りがあるのか見抜けない巧妙さ。リストが偽物だということだけが、このレポートの虚偽性を示していた。
「あなたも騙されていた……。あの記事を見て疑い、別ルートで調べてやっと発覚したのね?」
「そういうことです。彼は何人もの部下をうまく抱き込んでいて、正確な情報を掴むのに時間がかかり、今日になってしまいました」
謝るようにしてモーガンが項垂れる。彼は彼で責任を果たせなかったことを悔やんでいるのだろう。コーネリアスの裏切りを防ぐ役目を負っていたのだから。
すべてはダグラスの陰謀。ラミアはコーネリアスに騙されていた。バーナードのためと思い込まされ、陣営の内側から足を引っ張らされていた。モーガンの言うことは、筋が通っている。
ラミアの氷の瞳の温度が急速に下がっていく。その姿は、一か月前までの『氷の瞳の黒薔薇姫』に完全に戻っていた。解けかけた甘いジェラートのような『お姉様』ではなく。
あのパーティーは計画の要だったのだろう。吸血鬼に気付かれないよう、幕の裏に隠れて守ることは出来た。話をしたいとしても、別の日に別の場所で会うだけで良かった。
二人の繋がりを周知する目的だったとしか考えられない。あのダンスも、バーナードのイメージアップの演出に見せかけて、参加者にラミアの記憶が鮮烈に残るよう仕組まれていたのだ。
絶対零度に下がった瞳で虚空を見つめるラミア。その唇から、冷気のような言葉が漏れる。
「私は彼を……コーネリアスを処分すればいいのね? 彼の部下もすべて。誰が抱き込まれてるのか、厳密に確認する方法はないわ。全員処分するしかない、バーナードを守るためには」
「それで済めば良かったのですが……もう手遅れです。それを書いた記者は、原稿を複数箇所に保存していたようです。ダークウェブ上の保管庫にも多数。時限式でばら撒かれるような仕組みも用意しているでしょう。すべて回収するのは不可能です」
「それならどうすれば……?」
ラミアが見上げると、モーガンは残念そうに首を振ってから告げた。
「バーナードからの伝言です。あなたを解雇する、と」




