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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第一章 氷の瞳の黒薔薇姫
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第三話 菊咲栴檀草(ウィンター・コスモス):もう一度あの感情を

 ラミアの身体が跳ね起きて宙を舞う。くるりと回転しつつ手から着地して、右手側のブレスレットを拾った。


「失礼ね。あんなアンデッドみたいのと一緒にしないで。私は夢幻の心臓イモータル


 成りそこないが更に堕ちた化け物とは違うと主張しようとした。しかし、もう語っても意味はないと知り口を閉じた。白薔薇ロサ・アルバの白銀の閃光は、とっくに舞い終わっている。


 ゴトゴトと音を立てて取り巻きたちの首が床に落ち、転がっていく。聞こえていたとしても、もう理解するための脳が機能していないだろう。


「あなたは聞こえてるかしら? ごめんなさい、予定より大分時間がかかったわ」


 倒れている祓魔師エクソシストの側で、ラミアは膝をついた。やはり年端もいかぬ少女だった。失血のためか、既に土気色に近い肌になったあどけない顔に、柔らかそうな亜麻色の髪が血糊で張り付いている。そっと避けてあげると、確かに男たちが喜びそうな、可愛らしい顔立ちをしていた。


(これはもう助からない……。今にも霊体の拡散が始まりそう)


 現代医学でも、治癒魔法でも治せない、本当の最期の状態だった。部屋に入った時点でわかってはいた。手当出来る人間がいない以上、手遅れの可能性が高いと。


 ラミアは治癒魔法を使えない。神を裏切った彼女に出来るのは、殺すことだけ。生かす力など持っていない。せめて楽に死ねるよう介錯するために、右手のブレスレットに魔力を籠めた。


白薔薇ロサ・アルバ。……どうしたの、白薔薇ロサ・アルバ?」


 魔力を流しても何故か発動しない。こんなことは初めてだった。疑問が渦巻くと同時に、脳裏に別の年端もいかぬ少女の顔が思い浮かんだ。幼女と言っても差し支えの無い年頃。


 心の奥底に深く刻まれた、過去の記憶が鮮烈に蘇る。翡翠を嵌め込んだかのような深い緑の瞳がラミアの視界一杯に広がり、鋭く心を射抜いてきた。


〈お前はいずれ一番大切なものを失うだろう。残念ながら、それは二度と取り戻せない。だが代わりは手に入る。生きる目標を見失ったら、娘を探せ〉


〈一番大切なもの? まさか彼のこと!? そんな……それに娘って? 私のこの身体はもう子供を産めない。彼の子は作れないの〉


〈探せと言ったんだ。腹から産むわけじゃない。お前にも母は二人いるだろう? ――いいか、前を向いて歩け。復讐は何も生み出さない。お前に必要なのは――〉


 何度も何度も反芻した記憶だった。だがその先はよく覚えていない。


(どうして今、これを思い出したの? その時が来たということなのかしら……。生きる目標。確かに見失ってはいるけど……)


 予言が的中し、恋人を失ってから、ずっと刹那的に生きてきた。目の前のやるべきことを無理やり作って、何とか人生を繋いでいる状態。単なる苦行に近い。


 終わりに出来るなら終わりにしたい。自ら死を選ぶことを許してもらえるのなら。そう思っていた折、たまたま声を掛けられ、才能を活かして仕事をした。それが刹那の目標になった。


 意識して身を危険に晒し続けていくうちに気付いた。神の敵を倒すための武器を、いつの間にか人に向けて振るっていることに。再び神を裏切っていた。もう後戻りは出来ないと知った。


 それからはずっと、暗殺者として生きている。感情を持たぬ氷と評される、黒薔薇姫として。


 祓魔師エクソシストの少女の身体が痙攣しだした。それを見てラミアは思う。


(いつもこう。生きたくもない私だけが、またしても生き永らえる)


 最後に何か成し遂げたいと思って、今の仕事をしている。これだけはやる価値がある。しかし、それももう充分。そろそろ終わりにしたい。なのに生きるべき人ばかりが先に死んでいく。


 この少女はどうなのだろうとラミアは考えた。何のために、誰のために生きているのだろうと。もう答えられないかもしれない。それでも知りたかった。この少女が生きる意味を。


 そっと頬に手を当てて撫でながら、ラミアは問う。氷青色アイスブルーの瞳を僅かに融けさせながら。


「ねえ、最後にお願いがあるの。聞こえていたら教えて。あなたは何のために生きているの? 私にはわからない。自分が生きている意味が」


『あのお方のため……』


 少女の唇が弱々しく動いた。もう呼吸も止まりつつあり、声にはなっていない。だがその動きだけで、何と言っているつもりなのかラミアには理解出来た。少女の唇は告げる。


『あたしを地獄のような世界から救い出してくれた、あのお方のため。あのお方の理想を叶えるため。せめて標的ターゲットを仕留めてから死にたかった……』


 自分を救い出してくれた人のために、その理想のために、生命を捧げてまで尽くす。この少女には生きる理由がきちんとある。すべてを懸けるべき大切なものを持っている。


(この子はまだ死ぬべきじゃない。白薔薇ロサ・アルバ、あなたもそう思ったの?)


 魔力も籠めていないのに、今頃になって白薔薇ロサ・アルバは刀の形をとった。それを右手に握ると、温かくて優しい何かが流れ込んでくる気がする。肯定しているように思えた。


(――ああ、そういうことなのね。私には母が二人いるって。私はきっとこの子の――)


 この少女には資格がある。ラミアと同じ血脈に連なっている。それに気付いた時、あの予言者の少女の言っていたことが、今更ながらに理解出来た。


 ラミアの唇から自然と言葉が紡ぎ出される。自分が血を分け与えられたときにかけられたのと同じ言葉。もう一人の母が出来たときと同じ言葉。


「私の娘になりなさい」


 そう命じながら、ラミアは白薔薇ロサ・アルバで自分の左腕を切り裂いた。溢れ出る朱い雫が、祓魔師エクソシストの少女の傷口に降り注ぐ。そしてそこから血と共に入り込んでいった。神秘の存在、ネクロファージ。この身体を不老不死にした、霊的寄生体が。


 大元であるマザーネクロファージが新たに発生したのを感じる。もう一人の母から受け継いだラミアの心臓のマザーネクロファージは、娘となるマザーネクロファージを産み出してくれた。この少女の生命を繋ぐために。


(私は、この時のために生きてきたのかもしれない。代わりとは、探すべき娘とは、きっとこの子のことだったんだわ)


 ラミアの眼から、自然と熱いものが流れ出す。その氷青色アイスブルーの瞳には、仄かな歓喜が宿っていた。長い冬を越え、春を迎えた雪のように融けだして、頬を伝っていく。


 この少女は、ラミアのネクロファージに完全適合するように感じた。しかし血を分けるのは初めて故に、不安もある。百万分の一とも言われる、まずありえない確率でしかない。その奇跡が訪れなければ、死こそ回避出来るかもしれないが、彼女は堕ちる。吸血鬼ヴァンパイアへと。


(そのときには私が責任をとるから、許して……)


 心の中で少女に謝った。自身のエゴにてこんなことをしてしまった。しかし後悔はしていない。彼女はきっと救われると確信出来る。今こそが予言の時だと思えるから。


 左に転がっている先程の吸血鬼ヴァンパイアの残骸を見た。そちらは猛烈な勢いで腐敗していっている。むせ返るほどに充満する血の臭いでわかりづらかったが、流石に死臭が鼻をついてきた。


 ラミアが受けた銃弾による傷は、既に塞がっている。今斬り裂いた左腕すら、もうほとんど治りかけていた。少女の再生は遅いようだが、それでも生命は繋ぎとめるように思える。


 神秘の存在ネクロファージ。人の身体を再生するとともに、破壊もする。適合しなければ吸血鬼ヴァンパイアと化す。人を助けるために存在するのか、それとも滅ぼすために存在するのか。ラミアにはわからない。どこから来たのか、何をしに来たのかも。


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