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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第一章 氷の瞳の黒薔薇姫
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第二話 石楠花(シャクナゲ):危機

 完全に墜落してしまう前に、なるべく建物に近い方へと向かってラミアは跳んだ。異音を発するヘリに気付いて、用心棒たちが出てきている。着地の勢いのまま地面を蹴って、その一人に向かって進路を変えた。一瞬で距離を詰めると、無言で白薔薇ロサ・アルバを発動して首を刎ねる。


 窓から漏れる明かりを反射して、白銀の閃光が夜闇を舞う。それを目撃した用心棒の一人が、やっと誰かの攻撃だと認識したのだろう。アサルトライフルを構えて視線を巡らせる。しかし時すでに遅し。もう彼以外の誰一人として、人間の形を保っていなかった。


 その男が応援を呼ぶ声を発する前に、肺からの空気は物理的に声帯には届かなくなる。ただの物体と化した残骸が倒れたり落ちたりする音が、今頃になって発生した。


 ほんの数秒もかけず五人の用心棒を始末したラミアは、頭に叩き込んできた別荘内の図面と、戦闘の魔力を感じる位置を突き合せた。彼らが出てきた入り口から駆け込んで、無人の廊下を通り抜ける。一足飛びに階段を上って折り返すと、戦場であるリビングの光景が目に入った。


(一歩遅かった……いえ、微かだけどまだ息が)


 広いリビングの端には、漆黒のゴシック風ドレスを着た小さな肢体が横たわっていた。間違いなく祓魔師エクソシストの制服。しかも若い女性用。既に虫の息だが、かろうじて生きてはいる。


 用心棒のリーダー格と思われる男が、その前で振り返る。顔に付いた返り血を指で拭い、嗜虐的な笑みと共に舐めた。彼女が何をしに来たのかは、男の氣の感じですぐに理解出来た。禍々しく変質して黒く濁り始めた、生命エネルギーと呼ぶのはおこがましい、汚らわしいもので。


「仲間がいたのか。クライアントをやったのはお前か? 外の奴らもいつの間にかいないな。かなり腕が立つようだ。役目を逆にしておけば、この小娘はもう少し長生き出来たのにな」


「こっちは別口。仲間じゃないわ。でも私にもあなたを処分する理由が出来た」


 ラミアは白薔薇ロサ・アルバを発動しなおし、男に向かって突き付けた。


吸血鬼ヴァンパイア、神の敵として貴様を断罪する」


「いい度胸だ。お前ら、手を出すなよ?」


 吸血鬼ヴァンパイアは不敵な笑みを浮かべつつ声を掛けた。隣の部屋、壁の裏に隠れている取り巻きたちへのものだろう。それから銀色に輝くサーベルをラミアに向かって構える。マスカレイドではないが、材質は同じ。精神感応金属ルナタイトの刃が取り付けられたものだった。


 銃ではなく剣を選ぶ以上、相当腕に自信があるに違いない。それでも時間はかけられない。


「三十秒よ。三十秒もあれば終わる。聞こえていたら、それまで何とか生き残りなさい」


 倒れている祓魔師エクソシスト、小娘と呼ばれたことから、恐らく年端もいかぬ少女に向かってそう声を掛けた。直後、最大速度の踏み込みでラミアは突きを放つ。


 相手の反応速度は予想以上。かなりの怪力で払われ、危うく白薔薇ロサ・アルバを手放してしまいかける。しかしただでは転ばない。流れた切っ先をその勢いで身体ごと回転させ、横薙ぎを見舞った。


 刃が届くころにはそこにはもう相手はおらず、あとを追って踏み出したラミアを多方向からの攻撃が襲った。鋭く反応して後方宙返りで避けつつ、心の中で舌打ちする。隣の部屋の取り巻きたちからの銃撃。先程の発言は、やはりミスリードだったようだ。


 着地のタイミングを狙って、再び四方からの銃弾がラミアを襲う。それを予測し、空中で身を捻って着地点をずらした。不規則なステップで続く射撃を避けつつ、前方からの攻撃は白薔薇ロサ・アルバで斬り飛ばして吸血鬼ヴァンパイアへと肉薄する。


「なかなかやるな、女! だが!」


 吸血鬼ヴァンパイアに向かって放った斬撃の軌道を変え、ラミアは右を払った。鋭い音とともに、弾丸がはじけ飛ぶ。壁抜きでの銃撃。


 例え霊的感知能力の達人だとしても、今のラミアの位置を障害物越しに把握出来るはずがない。初めから狙っていて、誘い込まれたということ。かなり訓練されたチームと思える。本来なら取り巻きから倒すべきだが、今日は特別。


「マフィアだけあって、卑怯な攻撃が得意ね。でも、もう時間よ」


 ラミアが告げると同時に、室内の灯りが突然ふっと消える。


「なんだ!?」


 狙っていたわけではないが、EMPがいいタイミングで投下された。強力な電磁パルスによって、照明を制御している電子機器が狂い、辺りを闇が支配する。


 相手は吸血鬼ヴァンパイア。ラミアと同じく夜目は利く。だが取り巻きたちはただの人間。彼女を目視は出来ない。この機に勝負を決めるべく、再び吸血鬼ヴァンパイアに向かって突撃した。


 一対一に持ち込んだラミアと吸血鬼ヴァンパイアの間で、剣戟の火花が散る。打撃音で戦闘位置はおおよそわかるだろうが、取り巻きたちにはラミアだけを撃つことは叶わない。ただでさえ常人が介入するのは難しい高速戦闘。照明が回復してしまう前にと、ラミアは一気に畳みかける。


 一際高い音が響いた。数合ののち、武器を失っていたのはラミアの方だった。ブレスレットの形に戻ってしまった白薔薇ロサ・アルバが宙を舞う。


 それを追いつつ距離を取るも、思いの他早く回復した照明の下で、ラミアの姿が露わになる。ブレスレットが壁を叩く音と、ラミアを狙った最初の銃弾の火薬が炸裂する音とが同時だった。


「確かに三十秒だったな。――とどめを差しておけ」


 次々と襲い掛かった鉛の塊によって、朱い華を身体中に咲かせながらラミアは倒れた。取り巻きたちが姿を現すと、銃口を向けて慎重に歩み寄ってくる。勝負が決し、ラミアへの興味を失ったのか、吸血鬼ヴァンパイアは虫の息となっている祓魔師エクソシストの少女の方へと向き直った。


「いい感じの幼さだ。すぐに眷属に落ちるかもしれないが、血を分け与え、延命して楽しもう。――おい、そっちの女はお前らにやる。殺してからなら使っていい」


「流石にそれは……いや、このレベルなら死体でもぶち込んでみたいかな? ヴァーチャルアイドル並ですぜ、こいつ」


 冗談とも本気ともつかない取り巻きの一人の言葉に続き、下卑た笑いが室内に響いた。


「ああそうだ、この小娘はボスのところへ持って帰ろう。まだ生娘だろう。俺の血を与えて再生させれば、何度でもぶち破れると喜ぶぞ、きっと。ボスは好きだからな、そういうの。この顔と身体なら、今回の失態を帳消しにしてくれるかもしれない」


「そいつは名案だ、流石若頭」


 再び低俗な響きの笑いが木霊する。やはり単なるボディーガードではなく、非合法組織の人間たちのようだった。最初の印象通り、闇社会に蔓延るマフィアなのだろう。


(なんて悍ましい発想。死体を犯すとか、何度も処女を奪うとか。これだから野蛮な男は嫌い。コーネリアス、やっぱり今日の薔薇は紅白になりそうよ)


「それじゃ、勿体ないが念のため」


 再び銃声が響く。取り巻きの一人がラミアの心臓を撃ち抜いた。舌なめずりしながら覆いかぶさってこようとしたとき、吸血鬼ヴァンパイアがそれを制止した。


「待て……この血の匂い……なんだ、この甘美なる誘惑は?」


 吸血鬼ヴァンパイアの氣の色が急速に濁っていっている。ラミアの血の匂いを嗅いで、吸血衝動が悪化したようだった。くるりと振り返り、ふらふらとこちらに近寄ってくる。その表情は虚ろになっており、取り巻きたちが不審げに問いかけた。


「若頭? いったいどうしたんで?」


「寄越せ……その女の血を寄越せ!」


 突如として叫び、駆け出した吸血鬼ヴァンパイアに向かって、ラミアの左腕が持ち上がる。その動きを見て、まだ息があったことに気付いた取り巻きの一人が慌てて発砲した。銃弾がラミアの心臓を再度貫くのと同時に、左手首のブレスレットに魔力が流れる。


赤薔薇ロサ・ガリカ


 ラミアの唇からそう言葉が洩れたときには、既にブレスレットが変形して吸血鬼ヴァンパイアの心臓を貫いていた。その形はミセリコルデ。スティレットとも呼ばれる暗殺用の刺突剣。しかしそう呼称するには大きな違和感がある、五メートルはあろうかという長大な代物。その細い剣身を、仄かに赤く光る魔力が流れていく。


「なっ――」


 刺されたあと、そこまで言うのがやっとだった。魔力が到達した瞬間、吸血鬼ヴァンパイアはその身を硬直させ、心臓を焼かれて崩れ落ちていった。


「馬鹿な!? 何故だ!?」


 取り巻きたちは恐怖に凍り付いた表情で、ある者は吸血鬼ヴァンパイアを凝視し、ある者はラミアの無表情な氷青色アイスブルーの瞳を見ながら、異口同音にそう叫んだ。


「武器が一つとは思わないことね。ただのファッションじゃないのよ、両手につけてるのは」


「そのことじゃない、何故心臓を撃ち抜かれて生きているのかと聞いているんだ!? まさかお前も――吸血鬼ヴァンパイア!?」


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