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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第四章 花咲く野の貴婦人とその愛らしき秘密の恋人
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第二話 四葉白詰草(フォーリーフ・クローバー):幸運、もしかしたらプロポーズ

「それは着ていかないわよ……そんなので外には出られないわ」


 出かけるために着替えるところだった。フルールは勝手にラミアの部屋のクローゼットを開け、一番可愛らしい服を選んで突き付けた。ラミアは断固拒否の構えで激しく首を振る。


「いつ任務が入るかわからないから、外では黒しか着ないようにしているの。着替えに戻ると標的ターゲットに逃げられてしまうくらい緊急の案件が入るかもしれないわ」


 ラミアの言葉を聞くと、フルールはしてやったりという顔になり、背中の後ろに隠していた別の服を差し出す。それは黒一色だった。ただしデザインは……。


「じゃあこれで。黒なら問題ないんだよね? お姉様はゴスロリ似合いそうー」


 買ってはみたが、結局家でも着る勇気が出なかった服だった。存在自体を忘れていた。詭弁でもいいからと、断る言い訳を考えていると、フルールはもう話題を変えて先に進む。


「服はこれでいいとして、とりあえず座って、お姉様。髪結い直そうよ」


「いいわよ、このままで」


「駄目駄目。お姉様寝るときもそのままだったでしょ? ちゃんと毎晩ほどいて、毎朝結い直さないと」


「結ったまま寝た方がいいって聞いたけど?」


 どこかで見かけた知識で対抗した。フルールは下を向き、はあっと大きく溜息を吐いてから、腰に両手を当てて見上げながら口を尖らせる。


「なんか髪痛まないともいうけど、お姉様の場合、面倒だからでしょ? シャワー浴びて出てきたときもそのままだったし。お姉様ってもしかして……?」


 予想に反してよく見ている。実際その通り。面倒臭がりなのは否定出来ない。確かに週に一度、髪を切るときに仕方なくやるだけ。結び目より上で切るから結い直さざるを得ない。


「これからは毎朝結ってあげるから、ちゃんとほどくんだよ。ほらほら、座って座って」


 仕方なくラミアが椅子に座ると、フルールは左側だけ三つ編みにしている部分をほどき始めた。ただのロブヘアーになったラミアの髪全体を、丹念に梳ってくれる。それから、丁寧に編み直してくれた。


(こんなこと他人にしてもらうの、何年振りだろう。今世紀初めてじゃないかしら?)


 結局ラミアは、フルールの着せ替え人形のようになってしまった。髪を結うだけでなく、着付けからアクセサリの選択まで、すべてフルールが取り仕切る。終わったあとに鏡の前に立っていた人間は、とても自分とは思えなかった。


(これでコーネリアスとは会いたくないわ……。呼び出しはもちろん、偶然鉢合わせたりも絶対にありませんように)


   §


「ひっさびさの動物えーん! お姉様、早く早く。あたしゾウさん見たい!」


 フルールはゲートを通るとすぐに走り出し、ラミアがついてこないのを見て、飛び跳ねながら手招きをする。余りのハイテンションぶりに苦笑しながら、ラミアは速足で追いかけた。


 デートプランでは、十三時まで動物園、昼食後に水族館へと梯子する。シアトル中心街の海沿いに水族館はある。フルールには内緒で、近くのホテルのレストランを予約しておいた。


「ふおおおお! あの背中乗ってみたいー!」


(ゾウってあんまり乗り心地良くないのよね……。タイで乗ったとき後悔したもの)


「コアラっていつ見ても寝てない? もしかしてナマケモノの一種?」


(ユーカリの葉が毒だからじゃなかったかしら。確かそれ使ってる暗殺者いたような……)


「パンダって大食いだよねー。いつ見ても食べてる。もしかしてパンダって……?」


(ネクロファージはいないからね? ただ笹の栄養分が少なすぎるだけよ)


「カメレオンの舌、わずか百分の一秒で、時速九十キロに加速だって!」


(秒速にすると二十五メートル。普通に避けられると思うけど……)


「カンガルーいいなー。カワイー。ねえお姉様、帰りにお腹にポケットついてる服買わない? あたしが入るくらい大きいやつ!」


(私に着させて、この子が入るつもりなのかしら……。というか私、何やってるの、これ? デートと言うよりも、母娘よね? 周りからはどう見えるのかしら……?)


 ハイテンションで走り回るフルールに引きずられていくラミア。しかしその視界にある看板が映りこむと、逆にフルールを引っ張ってとんでもない速度で走り出す。


「ちょ、ちょ、お姉様、速過ぎるよー!」


 先程までのフルールと同じ表情になったラミアは、とあるコーナーの前に仁王立ちする。そこには『小動物ふれあいコーナー』と書いてあった。


(大丈夫、これは一期一会。愛着は持たない。そう、ちょっと触って帰るだけ。いえ、フルールに触らせてあげるだけ。そうよ、これは情緒教育の一環だわ、あくまでも)


 もふもふには逆らえない。ラミアはそう自分に言い訳をして納得させた。


「フルール、動物との触れ合いは心を癒すわ。昨夜の疲れを取るために、ちょっと遊んできなさい。仕方ないから私も付き合うわ。側にいないと、あなた不安がるから」


 そう言って鼻息も荒く、フルールを無理やり中に連れ込んだ。


   §


 結局水族館には行きそびれた。ラミアがもふもふの魔力に逆らえずに動けなくなり、閉園時間までふれあいコーナーに居座ることになったから。やっと興奮が収まったラミアは、レストランのある最上階へと向かうエレベーターの中で、しゅんとした様子でフルールに謝る。


「ごめんなさい、フルール。水族館どころか、動物園も半端になっちゃって……」


「いいのいいの。動物との触れ合いは心を癒すんだよ。それだけ疲れてたってこと!」


 先程のラミアの言葉をそのまま盗用し、むしろフルールの方が保護者のような態度で、背伸びしつつラミアの頭を撫でる。


(この子供っぽい格好で良かったのかもしれない……)


 改めて自分の服装を見ながら、ラミアはそう思った。不老不死故、肉体はネクロファージを宿した十六歳当時のまま。服装次第では歳相応に見える。あの行動をとっていても、自然に感じられたはず。普段のような大人びた服だと、ただの変人でしかなかっただろう。


「ふおおおお! 凄い眺め! もうちょっと遅い時間だったら、百万ドルの夜景だったね!」


 エレベーターのドアが開き、正面の窓の向こうが視界に入ると、フルールは瞳を輝かせながら走り出して叫んだ。海と街と、対岸の緑あふれる島が同時に楽しめる方向。いちいち派手に感動する子だと思いながらも、喜んでくれたことに自然と顔が綻ぶ。


「そうね、日没は二十一時くらいかしら? フルコースを頼んであるから、食べ終わるころにはたぶん見られるわよ」


「ふおおおお! フルコース! お姉様の覚悟、しかと受け取ります。指輪は食後で!」


「指輪? 何の指輪よ……」


「それはもう、二人の永遠の愛を……」


 頬を染めつつ身を捩るフルール。ラミアは眼を瞬きながら呆然とした。


(どうリアクションしていいのかしら、この子のこれ……)


 席へと案内するウェイターが、笑いを堪えるのに苦労しているように見える。ラミアは恥ずかしくて仕方がない。フルールが席に着くと、何か硬いものが床を叩く音がした。


「あら、何か落ちたわよ? 宝石?」


 テーブルの下を覗くと、青く輝く透明な石が転がっていた。むき出しのままの宝石。慌ててフルールがそれを拾い、懐深くに仕舞い込む。


「これあたしの大事な宝物! 海で拾った綺麗な石なの」


(何か魔力のようなものを感じた気がするわ……。まさか賢者の石?)


 白色光の下だと青く見える。蝋燭の灯りなどで赤く輝けば、賢者の石と確定する。調べてみたいが、フルールはしっかり仕舞い込めたかどうか念入りに確認していて、とても見せてくれそうな感じではない。よほど大事にしているのだろう。


 この地上で最も希少な宝石。ルナタイトですら比較にならないほど高価な、魔導具の材料である。既に魔法回路が刻まれているかどうかまでは見えなかった。むき出しで持ち歩いていることを考えると、本当に偶然拾ったものかもしれない。


 タコマの海岸でなら、ありえなくはない。賢者の石が複数見つかった場所のリストに、タコマ近郊にある聖なる山、マウント・レーニアが含まれていた記憶がある。そこからの川は、タコマから海に流れ込んでいる。奇跡としか言えない確率だが、拾ってもおかしくはない。


 国が一つ買えるような、とんでもない価格で取引される。価値を理解している者に知られたら、襲われる可能性もある。注意はしておいた方がいいとラミアは考えた。


「フルール、その綺麗な石、たぶんとても高価なものだと思う。だから、明日教会に戻った時にでも、どこかに仕舞ってきたほうがいいわ。なんならジョシュアにでも預けなさい。この場所だから落としたのすぐ気付いたけど、任務の時だったら失くしてしまってたもの」


 宝石を仕舞い込んだ胸のところを押さえつつ、フルールは激しく首を縦に振る。


「そうする、そうする! これ失くしちゃったら大変だもん!」


 その慌てぶりを見ると、彼女にとっての宝物のようだった。フルールのマスカレイドは指輪。そこにつけていたものを外し、ルナタイトだけの状態にしてから加工したのかもしれない。


 きっと思い出の品なのだろう。マスカレイドの発動体にするには、特別な想いが籠っている必要がある。指輪自体、母親の形見ということもありうる。


(形見……か……)


 両手首のブレスレットに視線を落とし、ラミアは青春時代に想いを馳せた。彼は今も変わらず守ってくれている。その力を人の生命に向けている自分が、今更ながらに嫌いになった。


「さあ、豪華なディナーを楽しみましょう。大丈夫、お代はコーネリアスにツケておくから」


 その気持ちを振り払うかのように、ラミアは努めて明るい声を出す。フルールの瞳は運ばれてくる一品目のオードヴルに向いて、期待に輝いていた。


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