第五話 黄天竺葵(イエロー・ゼラニウム):遭遇
人間の自由落下における終端速度を超え、もう少しでソニックブームすら発生しそうな勢いでフルールを追い越した。それでいてほぼ無音でラミアは着地する。巻き起こった風で周囲の牧草に波紋が広がったが、それを目撃出来たのはフルールだけだろう。
「はい、キャッチ」
落下地点に回り込み、かなりの時間の余裕をもってフルールの身体を受け止めた。涼し気な表情のラミアを、飛び出しそうなほど眼を見開いてフルールが見つめる。
「お、お姉様いったい何者!? あの速さから平気で着地するなんて! 三百メートルはいけるわよって、速度の話? 秒速? あたしのこと軽々と受け止めてるし、化け物級だね……」
(どうしてだろう……心が抉られるような……)
化け物。数え切れないほど言われてきた言葉。なのに、フルールの口から出ると、ラミアはとても複雑な気持ちになった。軽く首を振り、過った想いを払うと、いつもの氷の瞳で言った。
「もう気付かれてる。何人かこっちに来るわ。ここからは別行動よ。あいつらが邪魔で、近付きたいけど近付けないふりして動き回ってみて」
「難しそうだけどやってみる!」
フルールと別れて走り出してすぐ、耳の中で小さな破裂音が響いた。予め入れておいたマイクロチップが、EMPの電磁波で破壊された音。先程までは窓から見えた照明も消えている。
建物の中には、十五人もの気配を感じた。フルールがいて助かったかもしれない。氣や魔力の隠し方から計れる力量からすると、うち少なくとも六人は手練れのボディーガード。
手練れ二人を含め、五人がフルールの方に向かった。彼女も心配だが、まともにこの人数の相手をしたら、面倒なことになる。速攻あるのみ。丁度奥の手の残滓が身体に残っている。
決断を下すとラミアは急加速した。亜音速まで到達すると、ほんの二秒ほどで建物の目の前へと迫る。ボディーガードの配置と内部構造から、標的の部屋はほぼ確定出来ている。無言で白薔薇を発動して前に突き出すと、その勢いのまま防弾ガラスを突き破って室内に侵入した。
派手な破砕音が夜闇に響く。急な電源断と機器故障に混乱していたガードたちも、その音で事態を悟っただろう。だがそのころにはもう、左手のベッドに横たわっていた標的の一人の首は、胴体と永遠の別れを告げていた。もちろん、顔は確認してからやった。
すぐさま扉の脇の壁に身を寄せると、外の廊下で見張りをしていた手練れの一人が中に乱入してくる。ラミアはその背の後ろをすり抜けて、入れ替わるようにして廊下に出た。
もう一人はすぐ隣の部屋。見張りは今の一人だけ。後は簡単と思った瞬間、それは起きた。
突然の眩しい光が、ラミアの網膜を焼く。思わず瞼を閉じながら、心の中で舌打ちした。
もう一人いた。巧妙に気配を隠し、隣の部屋の扉の前を見張っていた。ラミアに気付いて照らしたわけではないのだろう。窓が割れた音を聞いて、様子を探ろうとライトを点灯したところに、たまたま飛び出してしまったのだ。
(油断したの、この私が?)
外のフルールが気になり、焦りすぎたのだろうか。後悔するも時すでに遅し。不本意だが、やってしまうしかない。ラミアに悟らせないとは、相当な手練れに違いない。
相手が武器に手を伸ばしている間に、ラミアの左手に赤薔薇が現れ、発動の勢いのまま心臓を正確に貫いていた。手練れの手から原始的なライトが零れる。それが床に落ちて音を立てる前に、ラミアは隣の部屋の扉を開けて乱入していた。
異常に気付いて身体を起こし、扉の方を向いていたもう一人の標的の首を横薙ぎに刎ねる。その顔は事態を全く理解していない疑問符で彩られていた。ラミアの姿も瞳に映っていない。
首が床に落ちるころには、ラミアは窓を突き破って外に飛び出していた。再び響く派手な破砕音の中、弧を描くように走ってフルールの元へと向かう。
そこでは銃撃音が響いており、それを避けてフルールが逃げ惑っている。ラミアはガードたちには気付かれずに接近するとフルールを担ぎ上げ、そのまま一気に走り去った。




