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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第三章 花言葉は希望と信頼
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第三話 阿蘭陀菖蒲(グラジオラス):準備

 フルールの手にあるルナタイトのダガーを見て、赤薔薇ロサ・ガリカではなく、奥の手を使うべくラミアは跳ね起きた。だがそれが鎌首をもたげる前に発動を中止し、上げた右手を下ろしつつ立ち止まる。


 その後の動きで意図を悟った。止めさせるのは野暮としか思えない。そもそもコーネリアスを暗殺しに来たのなら、使うのは拳銃のマスカレイドの方だったのだ。


 ラミアと視線を交わしてから、フルールは右手を勢いよく押した。左腕が大きく斬り裂かれ、鮮血が迸る。当然ひどく痛むのだろう、顔を歪めながらフルールは口を開いた。


「これで信用してくれる? こんなに時間かかるなんて、あたしのこと疑ってるんでしょ? 見て。あたしはお姉様の血を受けた。身も心もお姉様に捧げたしもべだよ」


 フルールがコーネリアスに向かって示した腕は、いくらもせずに出血が止まり、徐々に再生していく。それでも足下には血溜まりがいくつも生まれていた。


(これは約束を破ったことには出来ないわね)


 溜息と共にラミアは眼を伏せた。自分の身体を傷付けてはいる。だがそれ自体が目的ではない。コーネリアスの信頼を得る手段として使ったのだ。恐らくは、ラミアのことを想って。


「どういうことだ、ラミア? 眷属を作ったのか?」


 氣や魔力といった霊的エネルギーを感知出来ないコーネリアスには、区別がつかないのだろう。適合しない人間に無理やりネクロファージを与えて生まれる、下級吸血鬼ヴァンパイアである眷属と。


「違うわ、コーネリアス。眷属がまともな思考能力なんて持ってないことくらいは、知ってるでしょ? そんな操り人形か、ただのリビングデッドみたいに見える、この子が?」


「まさか……適合しているのか?」


 コーネリアスはかなりの驚きを顔に表しながら、独り言のように呟く。彼も当然知っている。適合するのは奇跡のような確率であることを。


「この子は完全適合してる。誤解されたくないから言わなかったけど、一昨日出逢った時、死にかけてたのよ。この子が助かる道は他になかったから、私のネクロファージを与えた」


「ネクロファージ同士の繋がりは、血の繋がりよりも強いと聞く。ここまでされては信用するしかあるまい。元々大して疑ってはいなかった、と今から言ったら流石にぶん殴られ――」


 コーネリアスの台詞はそこで止まる。顎先にはラミアの正拳が触れる寸前だった。


「当ててたら、あなたの頭は向こうの壁に激突してたわよ。身体はここに残ったままで」


 氷の瞳で無感情に見つめながらラミアは言った。コーネリアスは本当に凍り付いたかのように動かない。疑っていたのかいなかったのか、どちらが冗談としても流石に許せない。


「お姉様、もしかして、そもそもマスカレイドなんて必要ないんじゃ……?」


「コーネリアスがまともな人間過ぎるだけよ。そう、こういう方がまとも。こっち来て座りなさい。詳しい話を聞きましょう。――コーネリアス、もしかして失神でもしたの?」


 離れてもそのまま固まっているのを見て、ラミアは首を傾げる。コーネリアスはそこだけ解凍されたかのように、口だけ動かして答えた。


「い、いや、今までの人生で何番目だったか考えていた……」


(何の何番目よ……)


 溜息を吐きながらソファに身を深く沈めると、温かくて柔らかいものが寄りかかってくる。ラミアの腕に抱き付くようにしてフルールが隣にいた。その様子を興味深げな眼で見ながらコーネリアスが向かいに座り、大型の携帯端末を取り出して話を始める。


「済まん、気を取り直して任務の説明だ。お前のことだから先程の通話で予想済みだろうが、標的ターゲットは身内の市民党所属議員だ。この二人。それぞれ現職の上院議員と下院議員」


 コーネリアスはいつも通り、顔写真と全身写真、身長その他の外見的特徴だけが記された標的ターゲット指示書を見せる。名前は入っていない。家族構成などの余計な個人情報も含まれていない。それらは入れないよう頼んである。識別に必要な情報以外は要らない。


「どうも前回の大統領選の時点で、既にダグラスによって買収されていたようだ。前回の選挙で市民党候補が負けた理由、覚えているよな? 海外でも大々的に報道されたはずだ」


 内部情報の流出事件。違法行為すれすれのマナー違反による票固めを行っていたとする証拠が、投票直前になって公開された。結果、ネットを中心に一気に炎上し、下馬評を覆され大敗。


「あのスキャンダル……やっぱり身内の仕業だったのね……」


 開票後になって、実際に行った真っ当な政治活動に尾ひれを付けた、フェイクニュースだったことがわかった。内部資料を加工した証拠だったため、一時的には信頼されてしまったのだ。


 調査の結果判明した発信源から、敵対国による印象操作として片付けられた。実際のところは、そう見せかけることによって、ダグラスが自分から矛先を逸らしただけだったのだろう。


「ブリティッシュコロンビア州の予備選で、また何か仕掛けてくるつもりなのかもしれない。彼らの地元ではない。なのにわざわざ来るということは、何かしらの目的があるということだ」


「でもバーナードは、既に過半数の代議士を確保済みでしょう? 仮に今後の予備選すべて落としても影響ないわ。前回の大統領選のときとは違うんじゃない?」


「この国のシステムは知らんのか。まだ市民党の大統領候補になったわけではない。八月にある党の全国大会での、正式な指名が必要だ。仮にバーナードにスキャンダルが仕組まれた場合、確保した代議士の数にかかわらず、別の候補が指名される可能性がある」


「そしたらあのダグラスは、戦わずして勝てるって訳だね! オハラさんいない市民党なんて、魅力ないもの。あの人まで悪いことしてたってなったら、市民党自体疑われちゃうし、ダグラスのがマシ! ってなっちゃうもんね」


 フルールが会話に割り込んできて、意外とまともなことを言っている。コーネリアスはやや驚いたような様相を示しつつも、それに応じた。


「そうだ。本来なら次点の議員は、支援に徹するため初めから立候補していない。バーナードがいなければ確実に負ける。党自体のダメージも、大統領選本選までに回復するのは難しい」


「オハラさんが一人で勝手に立候補したとしても、党の後ろ盾無し、しかもスキャンダルで降ろされた議員じゃ何にも出来ない。ダグラスってやっぱり、ずるがしこいねー」


 この歳でも一応NAE国民だということだろうか。フルールの年齢的には、既に学校で学んでいそうな内容でもある。EUで生まれ育ったラミアは、この国のシステムはよく知らない。


 一人呆気にとられるラミアの前で、コーネリアスは感心した様子で会話を続ける。


「なかなかに賢い子のようだな。奴が何か仕掛けるならそろそろだ。あまり遅くなると、市民党は指名を予定通り行って、スキャンダルの方をどうにかする手段を採るだろう。ダグラスも悪い噂には事欠かない。スキャンダル合戦になれば、バーナードが有利だ」


「うんうん、戦わずして勝つ。これぞ兵法の極意!」


 得意げな笑顔で宣うフルール。ジョシュアの教育がいいのか、それとも教会に集まる人たちの受け売りなのか。ラミアにはなんとも判断しがたかった。


「ラミア、政治のことは今後この子から学ぶといい。なかなかわかっている」


 心底嬉しそうなコーネリアスの言葉に、ラミアは大げさに肩を落とし、溜息を吐いてみせた。


「あのね、私は知らないんじゃなくて、興味がないだけなの。今回それ知る必要ないから」


 余計な知識は付けず、指示された標的ターゲットを確実に始末することだけを考える。それがラミアの仕事のスタンス。決して負け惜しみではない――つもりだが、やはり少々悔しい。


「で、具体的な作戦は? 牧場にどうやって侵入すればいいの? 警備状況は?」


 矢継ぎ早にラミアが質問すると、コーネリアスは端末の画面を操作して、目的地の航空写真に切り替えた。牧場を取り囲むようにして何か映っている。


「州兵を動員して牧場周辺を閉鎖している。こちらじゃないぞ、奴らが自身の警備に使った。それくらいの権力はあるし、それほど不自然でもない」


 距離を示すマーカーを見る限り、牧場はかなり広い。州兵は別荘からは目につかない配置になっている。つまり上はがら空き。ステルスヘリからの降下と判断して、ラミアは質問した。


「高度は何メートルを予定してるの?」


「州兵の装備を考えると、どんなに下げても二百メートル。お前なら何ともないだろう?」


「無音という条件ならギリギリね。音がしてもいいなら三百はいけるわよ、多分」


 そう答えてから、一人での侵入ではないことを思い出した。


「フルール、あなたヘリからの降下って、やれるかしら?」


「マスカレイドだけ持ってけばいいんだよね? それなら出来るよー」


 自信満々の笑顔でブイサインをするフルール。あまりにも当たり前のような顔をしているので、ラミアは特に疑うこともなくそれを信じた。


「撤収はどうすればいいの? 終わったあとは届くところまで降下してくれるのかしら?」


「お前なら気付かれずに州兵の警備をすり抜けられるだろうから、充分に離れた場所で着陸し、回収させる予定だった。だがその子がいるとなると……」


 コーネリアスの視線がフルールに向く。ラミアはモールでのことを思い出しながら答えた。


「この子、隠密行動は得意みたいだから大丈夫。いざとなったら、私がちょっとした騒ぎでも起こして気を引けば、難なく突破出来るわ、きっと」


「そうか。意図してやらずとも、きっと騒ぎは起こる」


 発言の真意を測りかねて、ラミアは首を傾げて固まった。何の騒ぎが起こるというのか。


「後出しで悪いが、州兵以外にも私設のボディーガードを身近に置いている。自分たちがやっていることの危険性について、自覚はあるのだろう。裏社会出身の手練れもいるということだ」


 流石に先に教えて欲しいと思った。気付かれずに標的ターゲットを殺れても、すぐに異常に気付いて動き出すということ。魔法や気功術の類に長けた者もいるはず。EMPでは誤魔化せない。


 文字通りの暗殺。近付くのも逃げるのも、特殊能力持ちのラミアにしか出来ない仕事。フルールの件でコーネリアスが渋ったのは、こちらの理由だったのかもしれない。


標的ターゲット標的ターゲットだし、派手にやるのはまずいわね。この間みたいに都合のいい理由出てこないだろうし。標的ターゲットを殺ってしまうだけでも、あなたは後始末大変でしょう?」


「後始末というか、下準備が大変だった」


 コーネリアスの言葉を聞いて、ラミアは思わず心の中で毒づいた。


(警備厚いの、あなたのせいじゃないの? 他人事だと思って……)


 殺される根拠になるような脅迫状でも送ったのだとラミアは考えた。恐らくは、前回の大統領選での陰謀の証拠も出てくるように手配済み。内輪揉めに見せかけ、第三の標的ターゲットが暗殺の首謀者として糾弾される仕掛けも作っていそうだ。


 バーナードには疑いを向けず、ダグラス陣営にだけダメージを与えるために、あれから色々と手を打ったのだろう。


(本当、空気読めないのね、コーネリアス……)


 再び大げさに溜息を吐くラミア。能力を信頼しての作戦なのだろうが、お守りもしなくてはならない。事情が呑み込めていないフルールだけが、きょとんとした顔で首を傾げていた。


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