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心の色は薔薇言葉  作者: 月夜野桜
第一章 氷の瞳の黒薔薇姫
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第一話 白薔薇(ロサ・アルバ):尊敬

 二一一六年六月二日、二十二時四十五分。オレゴン州ポートランド郊外。高台に立つ少女の眼下、まばらな樹々の向こうに、白亜の壁の大きな建物がある。


 窓から漏れる薄明りに照らされた庭には、一機の小型のヘリコプター。それを注視している少女の横顔は、この月のない暗闇では、どのような容姿かほとんど判別出来ない。


『ラミア、ドローンは予定通り飛び立った。EMP投下時刻は二十三時丁度。用心棒どもの動きはどうか?』


 耳につけたインカムから、男性の声が流れてきた。ラミアと呼ばれた少女は、余り口を動かさず小さな声で応答する。その喉からは、黒鶫が囀るような美しい響きの英語が紡ぎ出された。


「あの野蛮な氣の感じ、やっぱりマフィアね。繋がってるって噂、本当だったみたい。若者への影響力があるって言ってたけど、歌だけじゃなくて麻薬でも絡んでるんじゃないかしら?」


『予想以上に数が多いのか? 事が荒立つようなら、別の日にスケジューリングしなおすが?』


「私を誰だと思ってるの、コーネリアス? 誰にも私は見つけられない。あとはEMP次第。もし発覚したら、あなたのせい」


 ラミアがどのような表情で言ってのけたのかは、近くに人がいたとしても誰にもわからなかっただろう。人工の明かりがなければ、常人には何も見えないくらいの真の闇。


 EMPの電磁パルスは電子機器を狂わせ、故障させる。照明は落ち、各種物理センサーも無効化される。魔力や氣といった霊的エネルギーを感じ取れる人間でないと、周囲の様子は把握出来ない。そしてその能力がある人間でも、今のラミアを認識することは不可能。


『相変わらずだな、お前は。――標的ターゲットの名前は、本当に知らなくていいんだな?』


「顔写真は確認したわ。あれ、ネットでの自己主張が激しい、あのロック歌手でしょ?」


『ファンだとしても、今更依頼は取り下げられないぞ?』


「冗談言わないで。ああいうのが一番嫌いなの。そもそもあんな騒がしい曲には興味ない」


『戯言だ、気にするな。まもなく通信封鎖をする。最後に聞きたい、今日の薔薇は何色だ?』


「出来れば白だけにしたいんだけど」


『それだけ数が多いのか。――健闘を祈る、黒薔薇姫』


 氷の瞳の黒薔薇姫。ラミアの暗殺者としての通称。黒い薔薇の花言葉は……。


「――!! コーネリアス、イレギュラー発生、EMP投下早められない? コーネリアス!」


 ラミアは異常を感じ取ってインターカムに話しかけたが、既に通信封鎖が行われたのか応答はない。彼女の視線の先の別荘内で、激しい魔力のスパークが発生していた。


 誰かが突入して戦闘を始めている。これが同じ標的ターゲットを狙う同業者で、確実に仕留めてくれるのなら問題ない。しかし、標的ターゲットが逃げてしまうと、ラミアたちにとって不都合極まりない。


(まさか、自作自演じゃないでしょうね?)


 ここから感じられる魔力や氣の動きからすると、別荘に踏み込んだのはたった一人。かなり無茶な作戦と思えた。既に押されている。標的ターゲットらしき氣が動き出し、外へと向かい始めた。


 相手陣営も、こちらがやっていることには気付いているはず。襲撃の意図はどうあれ、ここで逃してしまうと、逆に利用されて致命傷になりかねない。


 僅かな時間だけ思考を巡らせ決断を下すと、ラミアは行動に移った。高台を飛び下りるようにして一気に駆ける。視界の先には、庭のヘリに向かって一目散に走り寄る人物が一人。標的ターゲットに違いない。EMPを待っていたら、確実に逃げられてしまう。多少強引でもやるしかない。


 決意と共にラミアはさらに加速、猛進した。この地形を走れるどんな車両を持ってきたとしても追いつけない、人間離れした速度で。既に離陸し、急速に高度を上げていくヘリに向かって、まるでその背に翼でも生えているかのように大きく飛び上がる。


 乗降用の足場も兼ねたスキッドを掴み、一気に身体を引き上げてその上に立った。窓越しにラミアの姿に気付いた標的ターゲットの男が、驚愕に眼を見開く。その瞳には、ヘリの室内灯の明かりに照らされた、ラミアの端正な顔が映りこんでいた。


白薔薇ロサ・アルバ


 ラミアの唇が短く言葉を発すると同時に、右手首のチェーンブレスレットに魔力が流れる。ペンダントのように十字架のトップが取り付けられたそれは、瞬時に白銀の刀と化した。


 変形の勢いも利用して、ヘリの防弾ガラスを一気に突き破る。蜘蛛の巣状にひびが走ると共に、見開かれたままの標的ターゲットの眼が、鋭い刃先に貫き通されていた。


 そんな凶悪な行為をしながらも、ラミアの氷青色アイスブルーの瞳には何の感情も宿ってはいなかった。肩のあたりで切り揃えられたプラチナの髪が風に靡く。頭部を貫通された標的ターゲットの男が事切れ、ラミアが白薔薇ロサ・アルバと呼んだ刀を解除すると、血潮と共に座席に崩れ落ちていった。


(このまま乗っていくのもあり……かしら?)


 自動操縦の設定がしてあるのを見てラミアは思う。目的地まで飛ばしてしまえば、到着するまで発覚しない可能性が高い。予定とは変わるが、途中で飛び下りれば、より安全に撤退可能。


 ラミア自身の任務はこれで達成済み。このまま帰るのが一番穏便に済む。しかし、先に突入した誰かが、かなり苦戦しているようなのが気になった。特に見過ごせないのが、今使った武器、白薔薇ロサ・アルバと同質の魔力を感じること。囲まれて危機に陥っている方が使っている。


祓魔師エクソシストなら助けてあげたいけど……)


 襲撃犯が用いているのは、マスカレイドと呼ばれる特殊な魔法武器。祓魔師教会アンダー・テンプルに所属する祓魔師エクソシストのみが持つ、神の敵を倒すための聖具の一種。


 孤軍奮闘しているのが他人とは思えなくなり逡巡していると、突然目の前の標的ターゲットの身体が消失した。ヘリの下から上まで斜めに、標的ターゲットの身体を巻き込んで、何らかの霊的なエネルギーが貫通して消滅させたのだ。


(今のは何!? あの祓魔師エクソシストが?)


 攻撃によりヘリは飛行能力を失い、錐揉み状態になって回転しながら墜落していく。スキッドに掴まって落下を防ぎながら、ラミアは溜息を吐いた。


(仕方ない、ついでにゴミ掃除ね。あのプロ意識には、敬意を表すべき)


 祓魔師エクソシストと思わしき人物は、多くの敵に囲まれ絶体絶命。そんな状況にあって、奥の手だろう攻撃で、周囲の敵ではなく逃げ出した標的ターゲットを撃った。自らの生存よりも、任務の達成を選んだ。


 下手に介入すると、こちらの目的に支障をきたす可能性もある。だが今の行動を見て、我関せずと帰るわけにはいかなくなった。ラミア自身の尊厳のためにも。


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