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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
8/30

言葉? 魔法?

 やらなければならない事とは言葉だった。

 ラプはそれまでの念話を使わず、声を出して俺へと話し掛けるようになった。

「これはベッド」

「べっど」

「これは椅子」

「いす」

 まるで幼児に言葉を教えるように俺へと言葉を教える。満面の笑みで楽しそうに部屋の中を跳ねまわりながら、目についた物を指差しては名前を教えてくれた。


「これはスプーン」

「すぷーん」

 食事の時でもテーブルの上にあるものの名前を教えてくれる。

「これは……、スープ」

「すーぷ。……ラプどうかしたの?」

 ラプの顔や声の調子に悲しさや寂しさのようなものが含まれているように感じてしまい、思わず訊いていた。

「え? ――――」

 ラプが声に出した言葉は意味が判らなかったけれど、すぐに念話が届く。

「だいじょうぶだよ。少し昔の事を思い出しただけなんだ」

 そう云うと、すぐに笑顔を見せてくれた。


 ラプの歳は見かけとは違い、人ならば老人と呼ばれるくらいには年齢を重ねているらしい。

 この小屋の住人でラプと同じ顔を持つロヒさんでさえ、ラプよりは年下なのだと聞く。これまでに会った人々でラプよりも年長なのは最初の洞窟に居た「じいさん」と呼ばれていたあの竜だけらしかった。

 それだけ生きていれば色々な思い出もあるのだろう。


 言葉だけではなく、その言葉と対になる文字も教わる事になった。

 初めて持つペンで書く文字なるものは、手本となるラプの文字と比べると惨めなほどにヨレヨレの線の塊にしかならない。

「まあ、書くことよりも、読むことの方が重要だから、今は気にしなくていいよ」

 いつもの笑顔でラプは慰めてくれた。


 そして、更に重要な事も教わった。

 それは、それ無しでは義足が出来上がっても歩くどころか立つことも出来ないというものだった。

「魔法?」

「うん。魔力を持たない人間が使う義足もあるみたいだけど、ロヒが作る義足は、魔法を使うことで元の脚と同じように動かせるようになる……はずなんだ」

 語尾に少しだけ自信が無い事を感じとりながら話を聞いていた。出来上がる事すら確約できないのだからその後の事などラプにでも判らないのだろう。

「だから、魔法を使う練習もしなきゃいけないんだ」

「オレ、使える? その魔法……」

「タビトはじいさんに両腕を再生してもらったでしょ? その両腕は魔素を固めて作ったもので、僕の身体と同じなんだ。だから魔力も持っているよ」

 よくは判らないが、俺にも魔法とやらが使えるらしい。


「アスラやヴェナの話だと、人としてはこれまで見たことが無いほどに強力な魔力をタビトは持っているみたい。僕も感じ取れる魔力としてはアスラ以上に感じるから、たぶんすぐに使えるようになると思うよ」

 やはりピンとこない話だ。強い魔力を持っているとなにか良い事があるのだろうか?


 魔法の練習は小屋の外でやると言われる。

 ラプに背負われて外へと出ると、小屋の外には椅子が置いてあり、その椅子へと俺を座らせた。

「これから魔法を使って見せるね」

 ラプはそういうと、近くの岩へと身体を向ける。


 初めて見る魔法には驚かされた。

 ラプが頭上に炎の塊を作り、それを岩へと飛ばす。

 炎の塊が岩へ当ると同時に、これまでに聞いた事がない大きな音とともに岩が砕けて飛び散ってしまった。

「これが『火炎塊』」

「かえんりゅう……」

「次が『雷光』」

 そう云うとラプは小さな落雷を落とす。

 大きな音と眩しすぎる光に、俺は驚いて肩を竦ませ目を閉じる。

 恐る恐るゆっくりと目を開けるとそこに在った岩の四分の一が無くなっていた。

 声も出せずに唖然としていると、それに構わずラプは次々と魔法を見せてくれた。

 氷の魔法に風の魔法、それらを組み合わせた魔法。

 こんな事が俺にも出来るのだろうか?

 もっと早くに、こんな事ができていたら、俺の四肢や村の人々は助かっていただろう。

「もっと早く、知りたかった……」

「……じいさんに両腕を再生されたから使えるようになるんだよ?」

「あっ、そうか……」

 生れついて魔法が使えていたのならば、今とはまったく違う生活になっていたのだろう。この大陸へ渡ることもラプと出会うこともなかったはずだ。

 それが良いことなのか悪いことなのか、今の俺では判らないけれど。


「それに初めて見たようなこと言っているけど、僕はこれまでなんども使っていたよ。飛んでここまで来たのだって風の魔法なんだから」

「え? ああ、飛ぶのも魔法だったんだ」

「うん。そうだよ」

 満面の笑みで答えるラプ。ラプは竜であり翼を持っていたのだから飛べるのだと思っていたが、そういえば竜の姿でない時でも俺を背負って飛んでいた。

 この世界があまりにも自分が居た世界とは違っていたため、魔法すらもそんな違いの一つだと感じてしまい、特別な事だと思わなくなってしまっていたようだ。


「ん? ……オレも、飛べる、なる?」

「タビトなら飛べるようになるだろうね」

「……」

 それは歩けるようになるという事よりも、もっと素晴らしい事のように感じた。

「まあ、それは歩けるようになってからだね」

 飛べるならば歩く必要もない気がするが、ラプの云う事なのだから間違えではないのだろう。

 歩く事が出来るようになるだけではなく飛べるようにもなるなんて、四肢と引き換えでも欲がる奴は多いのではないだろうか。


 その日は魔素と呼ばれる、目には見えず、触ることもできない、なにやら得体の知れない「なにか」を掌へと集める練習をすることになった。

 自分がなにをやっているのか、まったく判らない。見る事も感じる事もできない「なにか」を手の上に集めるなんて、本当に俺にできるのだろうか?

「できるよ」

 ラプは相変わらずの笑みを浮かべていた。


 言葉も文字も一週間ほどで、それなりに判るようにはなってきた。まだまだ判らない事だらけなので問題なくとは言えないが。

 ただ魔法だけはだめだった。

 まったく感覚が掴めない。

 早い人であれば一週間でこつを掴み、火炎塊を浮かす事ができるようになるらしいが、俺はまったく出来る予感すら感じない。

「まあ、人それぞれだよ。練習すればそのうちに使えるようになるから」

 ラプはまったく心配もしていないようで、気長に俺の練習を見ていた。

 それこそ魔法で使えるようにしてもらいたいと思ってしまう。


 更に一週間を過ぎた頃、昼間は殆ど姿を見せないロヒさんが小屋の外で魔法の練習をしている俺の所へとやってきた。

 手には作り物の脚のようなものを一本だけ持っている。完成したのだろうか?

「えっと、名前はなんだっけ?」

「オレ、たびと、です」

「タビト君か。少し見せてもらえるかな?」

 そう言うとロヒさんは屈み込み、右脚の切断面と手に持っている義足を見比べたり、軽く合わせて遠目で眺めたりしている。

 もう出来たのだろうか?

 片足だけしか無いので、まだ完成ではないのだろうが、完成は近いのかもしれない。


 ロヒさんは持ってきた義足を持ち、立ち上がると「ありがとう。もういいよ」と言って立ち去ろうとした。

「ロヒ、もう出来たの?」

 俺の横でロヒさんの行動を黙って見ていたラプが訊く。

「いや。まだだよ。義手と違って取り付けが難しくてね……。まあ、初めて作るんだ。気長に待っていてくれるかな」

 そう言うとロヒさんはそのまま小屋へと戻って行ってしまった。


「いま、ロヒさん、『初めて』、言った?」

「うん。義足は初めてらしいよ」

「……」

「あ、心配しなくても大丈夫さ。ロヒなら作れるよ」

「……」

 そんなに上手くいくのだろうか? 俺の中に少しだけ不安が生まれる。


 さらにひと月もすると、なんとか魔法は使えるようになってきた。

 初めて火炎塊を飛ばす事が出来た時には、嬉しすぎて椅子から転げ落ちてしまった。

「できたぁ」

 初めて風魔法で風を起こす。飛ぶ為に必要な魔法だと聞いていたので、この魔法だけはこれまでよりも力を入れて練習する事が出来ていた。

「これで、飛べる?」

「え? まだだよ。その風が人を軽々と飛ばせて、なおかつ正確に狙った場所へ当てる事が出来るようにならなきゃね」

 今の風でも目一杯の強さで起こした風だった。人を飛ばせるようになるなんて、本当にできるようになるのだろうか?


「それじゃ、僕は食料の買い出しに行ってくるよ。今の調子で練習していてね」

 ラプは偶に麓の町まで食料の買い出しに出掛ける。

 毎回、大きな荷物を背負って帰ってくるが、その荷物は大人の人間、一人、もしかすると二人分くらいの重さがあるのではないだろうか?

 ラプと同じように飛べるようになるには、俺一人が飛べるくらいの風ではまったく追い付けないのだろう。

 早く飛べるようになってラプの手伝いが出来るようになれば良いのだけれど。


 一人で練習をしているとロヒさんがいつものように義足を持ってやってきた。

 いつもは一本だけだが、今日は二本の義足を持っている。完成したのだろうか?

「ラプ君は?」

「今日は、買い出しの日だから……」

「ああ、そうか。そうだったね」

 そう言いながら持ってきた義足を俺の脚へと取り付ける。

 これまでにも何度か見てきた作業だけれど、いつもは片脚だけだった。両脚の義足が付くのは初めて見る光景だ。

 これまで両脚が無い事、それを意識する度に、なんとも言えない、不安とも恐怖ともとれる感情が俺の中に生まれては消えていた。

 今、俺の両脚が再生されたように見えるこの光景は、希望の光に両脚が包まれているかのように輝いて見える。


「嬉しそうだね。でも、ごめんよ。まだ完成ではないんだ」

 優しそうな笑顔で、でも申し分けなさそうに寂しく笑うその顔は、やはりラプと同じものだ。血の繋がりがないなんて思えない。

「はい。だいじょうぶ、です。いつまででも、まちます」

 ロヒさんもラプも、なぜこれほど親切なのだろう?

 俺は何かを返す事は出来ない。これほどの見返りなんて、俺が一生かけても返せはしないものだ。

 二人共、そんな事は承知のはずなのに、なんのために俺を助けてくれるのだろうか?


「あの……、なぜ? こんな、親切……」

「うん。……なぜだろうね? よくは判らないが、……おそらく私は、タビト君の為というよりはラプ君の為に、もっと言えば、今現在では、私自信の好奇心の為にやっているように感じるね」

 そう言うと、また笑顔を向けてくれた。

 俺はこの二人、それに創成の竜と呼ばれる、あの北に住む竜にも、一生をかけて恩を返さなければならないだろう。


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