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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
6/30

ヴェナ? ロヒ?

 ラプに背負われ馬車を降りると、先刻見た黒髪の少女がこちらへと駆け寄ってくる。

 その少女はこちらへ向かって叫ぶように声を上げた。

「ラプ、――――」

 少女はラプの名を呼んだが、その後の言葉は俺にはまったく判らない。

 歳は俺と同じか、少し上だろうか?

 ラプの側へと駆け寄り話をするその少女は笑顔で、肩まで伸ばした黒髪がきらきらと日の光を反射させ、美しくゆらいでいる。

 瞳は薄い青緑で、これまでに見た事がない色の瞳だった。見た事はないはずなのに、なぜかその色には覚えがある。どこで見た色だっただろうか?


 ラプと楽しそうに話すその少女に見惚れていると、不意に俺の方へと視線を向け、優しそうな笑顔を見せた。

 俺はなんだか恥ずかしくなってしまい、視線を外してしまう。


 城の中はブラスラの家よりも更に巨大で広く美しい。

 ブラスラの家でも驚いたが、この城には神様でも住んでいるのかと思うほど、全てのものがきらきらと輝いて見える。

「これが城なんだね」

「……うーん。まあ、城に近いけど、これもまだ城じゃないよ。大きな屋敷ではあるけどね」

 俺ではこれ以上の城というものを想像なんて出来ない。この屋敷ですら想像を遥かに超えている。


 その屋敷の中をラプは俺を背負ったまま歩く。随分と歩いたように思うが、まだ目的の場所に着かないのだろうか?

 俺の居た村であれば三軒くらい離れた家へと歩くくらいの距離があるだろう。これ程広いと不便なのではないかとすら思ってしまった。

 玄関からは扉を開けてくれた男がラプの前を歩いている。この人がこの家の主だろうか? 確かアスラと云ったはずだ。

「この人がアスラって人?」

「え? 違うよ。この人はこの家の使用人。名前は……忘れちゃった」

 それにしては立派な服を着ている。これ程立派な服は俺が居た村の村長ですら着た事がないだろう。


 黒髪の少女は玄関からずっと俺達の後ろを付いてきていた。なんだか後ろが気になって仕方がない。

 俺は、俺の見窄らしい姿を見て欲しくはなかった。今の俺は両脚も無ければ、薄汚い服を着た、俺よりも小さいラプに背負われている、汚らしい荷物でしかない。


 前を歩いていた男が立ち止まる。

 かなり歩いたので、ここが屋敷のどの辺りなのか俺には判らなくなっていた。

 男が扉を開くと、ラプは開かれた扉の中へと入った。

 部屋の中は誰も居ない。後ろを歩いていた少女が男へと話し掛けると、男は一礼し、どこかへと行ってしまった。

 ラプはブラスラの家と同じように、その部屋に在ったソファーへと俺を降ろす。


 ラプが俺の横に腰を降ろすと、黒髪の少女はラプの横へとしゃがみ込み、笑顔でラプと話し始めた。ラプも同じように笑顔で、二人共に楽しそうだ。

 話の内容が判らない俺は、自分自身が苛ついている事に気付き、急に恥ずかしくなってしまった。


 先刻と同じように不意に少女が俺へと目を向け、ラプが俺の名を口にする。

「タビト」

「たびと……」

 ラプが口にした俺の名前を、その少女も真似て呼ぶ。小首を傾げ、何かを問われたかのように感じたが、俺の名を呼んだだけだったようだ。

 でもなぜだろう。ただ名前を呼ばれただけの事に、これまでに感じた事が無い何かが俺の全身を駆け巡っていた。

「この子はヴェナ。アスラとヴェルの子だよ」

 俺もその娘の名を呼ぶ。

「ヴェナ……」

 ヴェナは優しそうな笑顔を俺へと向けてくれた。

 俺の全身を駆け巡っていた得体の知れない感情が、速さと強さを増して、鼓動の速さと汗の量となって表れる。

「タビト、大丈夫? 顔が赤いよ?」

 ラプが俺の様子を見て心配してくれたらしい。

「うん……。だいじょうぶ……」

 それだけしか言葉は出なかった。


 突然、部屋の扉が開くと、男と女の二人が入ってきた。

 男は叫ぶようにラプの名を呼び、その後ろから優しそうな女が微笑みながら入ってくる。

 男は黒髪で、女は金髪だった。二人の髪と顔は、ヴェナのそれとどこかしら似ている。たぶん親子なのだろう。

 つまりラプが云っていたアスラとヴェルというのは、この二人の事らしい。

 二人はヴェナと同じように嬉しそうだ。


 二人は俺とラプの前へと座り、ラプと楽しそうに会話を始める。

 やっぱり言葉は判らない。

 その後はブラスラの家と同じように握手をし、同じように昼食を食べた。

 気付くと俺の視線はヴェナへと向いていた。


「ロヒの小屋へいくよ」

 食事を食べ終わるとラプは背嚢から厚手の服を取り出す。獣の毛皮で作られたもので、この屋敷の中で着ていると暑苦しく感じるだろう。

 俺へと毛皮を渡すとラプが云った。

「ロヒの小屋まではかなり高く飛ばなきゃならないから、それを着ておいて」

 俺が渡された毛皮を着ると、背中を向けるラプ。俺はいつものようにラプの肩へと腕をかけ、背負われる。

 ヴェナの視線が気になってしまうけれど、そんな事を言ってはいられない。情けないのは今に始まった事ではない。隠せはしないし、隠せたとしても情けない事に変わりはないのだ。


 俺を背負って庭へと出るラプ。

 下から強い風を感じたと思った次の瞬間、ラプと俺の身体は宙へと浮いていた。

 あっという間に城のような屋敷を超え、更に高く飛ぶ。

 下を見るとアスラの家族三人がこちらを見上げていた。ヴェナは笑顔で両手を大きく振っている。

 ラプは更に高く飛び、あっという間に今居た街を見渡せる高さまで昇った。

「あの山に登るよ」

 目の前には幾つもの山が連なって見える。あの山と云われてもよくは判らない。

「どれ?」

「目の前にある一番高い山。あの山の山頂にロヒの小屋があるんだ」

 ラプはそう云うと、遠くに連なる山々を目指して飛んだ。

 目指している山というのは判然としないけれど、どの山の山頂も白くなっている。あれはもしかすると雪ではないだろうか?


 かなりの時間を飛んだ。

 二時間ほどはラプの背中でうとうととしてしまったけれど、寒さで目覚め、その後はその寒さに耐える事になった。

 前方を見ると山が目の前に迫ってきている。多分、あの山が目的の山なのだろう。

 かなり高い山らしく、地上へと目を向けるとそこは雲の海が広がっていた。

「そろそろ着くよ」

 ラプの言葉に、また前方へと目を向けると、遠く、山の山頂に小さな小屋が見える。

 小屋とはいっても、俺が住んでいた村の家などよりはずっと大きい。これまでに見てきた屋敷に比べれば確かに小さいが、それでも俺からすれば屋敷といっても良い程には大きい。

 こんな山頂の、おまけに酷く寒い場所に住んでいるロヒという人物はいったいどんな人で、何の為にこんな場所に居るのだろうか?


 降り立った場所は小屋のすぐ前で、そこは周りに岩しか見えないような場所だった。岩陰には雪も見える。今が夏だとは思えない程に寒く、草も木も見えないこの場所は、これまで見て来た街とはまた違う意味で死者の住む国のようにも見えた。

 山から見下ろした先には雲が見え、空を仰げば青空が見える。不思議な光景だ。


 ラプは俺を背負ったまま小屋の扉を開け、中へ入ると小屋の奥へ向かって声を張った。

「ロヒィー。――――」

 そのまま小屋の廊下を進む。小屋というには長いその廊下は突き当たりまで進む必要があった。

 ラプは突き当たりにある扉を開き、その部屋へと入るが、中には誰も居ない。


 その部屋の椅子へと俺を降ろすと、またラプが大声を張った。

「ロヒィー、――――」

 少しの間を置き、奥の部屋から物音がする。

 更に少しの間を置き、その部屋の扉が開くと、中から背の高い、赤い髪をボリボリとかきながら眠そうな顔をした男が出てきた。

 その眠そうな顔がこちらを向き、少し驚いた顔をした後、また眠そうな顔へと戻る。

 そして今度は俺がその顔に驚いてしまった。

 ラプが大人になった顔がそこには在った。

 このロヒという人物はラプの兄さんか親なのだろう。まったく同じ顔といって良い程に瓜二つの顔がそこには在った。

「ラプの……兄さん?」

「え? あぁ、違うよ。似ているけど僕の親兄弟という訳じゃないよ。……似ているのは……、まぁ、色々と事情があるんだ」

 ラプはそう云って、笑顔を見せる。


「ラプ――――」

 ラプに似たその人物は眠そうな顔のままラプへと何かを言った後、部屋の中に在る煉瓦作りの一角へと歩き、その煉瓦の中へ薪を入れ火をつける。

 後で知ったが、この煉瓦作りのものは暖炉というものらしい。年中、寒さとは無縁の俺が育った場所では、見た事が無いものだった。

 ラプが俺の隣りへと座り、その人物は暖炉に火が灯った事を確認すると、テーブルを挟んで俺とラプに向き合うように座った。

「――――」

 ロヒと呼ばれるその人物はラプへと話し掛けつつ、俺の方へと目を向ける。

 ラプとロヒが言葉を交すが、意味が判らない俺は想像する事しかできない。ラプは今、俺の脚の事をこのロヒという人物へと説明しているのだろう。


 不意にロヒがテーブルの下へと頭を入れた。俺の無くなってしまった脚を見ているらしい。

 ロヒがテーブルの上へと顔を上げ、ラプへと何かを言った。

「タビト、別の部屋へいくよ」

 俺はまたラプの背中へと背負われる。

 先刻まで眠そうだったロヒの顔が、なにかを真剣に考えているらしい顔へと変わっていた。


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