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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
5/30

神の国? 死者の国?

 夕方まで飛ぶと、遠くにぽつりと建った一軒の建物らしいものが見えてくる。

 まだ遠くに見えているそれは、近付くにつれ、人が作ることができるものとは到底思えないほどに巨大なものだった。

「あれはなに?」

「あれがアスラとロヒの実家だよ。今日はあの家に泊めてもらうことにしよう」

 その巨大な建物は時折、キラリと何かが光ったように見える事がある。いったい何が光っているのだろう?

「あ、なにか光ったよ。あれはなにが光ったんだろ?」

「窓に填めてあるガラスだね」

「がらす?」

「透明な石みたいなものかな」

 この世界にはそんなものまであるのか。

 いったいどんな人が住んでいるのだろうか?


 俺は生まれた村しか知らない。

 その村はククカナ王国という国の中に在ったけれど、その国と戦争をしている別の国はセビナ帝国といった。

 話にはセビナの皇帝やククカナ王は城というものに住んでいると聞く。その城というのは巨大な建物らしい。俺は見た事など無いが、今見えているあの建物は城といわれるものではないだろうか。

「アスラという人は、この国の王様なのか?」

「え? 王様じゃないよ。……あ、でも、この辺りの領主ではあるから王様みたいなものなのかな?」

 王様のような人とラプは知り合いらしい。

 でもラプはそんなことは気にしていないようだ。

 竜というのは人間の王などよりも偉い生き物なのかもしれない。


 木に当たらないくらいの高さでラプは低く飛び続け、その家へと近付いていく。その巨大な家の近くまで行くと、家を取り囲むような壁が在った。

 ラプはその壁の直前で地上へと降り、俺を咥えて静かに地上へと降ろした。

 壁の向こう側に見える巨大な建物を見上げる。近くで見ると更に巨大に見えた。

 よく見ると確かに窓には透明ななにかが填め込まれているようだ。

 人が透明な物を作る事が出来るなんて想像できない。これから会う事になる人物は、俺とラプが違う種類の動物であるように、やっぱり違う種類の人なのではないだろうか?


 ラプは服を着終わると建物を見上げている俺へと背中を向けた。

「乗って」

 俺は腕をラプの肩へと回す。

 あとどれくらいラプに背負われる生活が続くのだろう。

 義足とやらが出来るのが待ち遠しい。

 義足だなんて人が作る事ができるものなのかと思ってしまっていた。けれど、これだけ凄いものを作れる人達ならば簡単に脚の代わりになるものも作れてしまうのかもしれない。


 ラプは俺を背負うと壁に開いた扉へと進んだ。

 扉を開き、中へと入る。

 これほど立派な建物に俺のような見窄らしい人間が入ってしまっても良いのだろうか。

 これがククカナ王国やセビナ帝国の城ならば、俺はすぐにでも斬り捨てられてしまいそうだ。

 あまりにも場違いな場所へと入ってしまった気がして、緊張してしまう。


 ラプは近くにあった建物の扉を開き、なんの躊躇もなく中へと入った。

 まるで自分の家のように、その中を躊躇う事なく進む。

 建物の中は夕方だというのに明かるく、これまた見た事も聞いた事もないような装飾が施されていた。天井は高く、ラプが竜の姿であっても問題なく歩けるほどだ。

 きっとラプのような竜でも通れるように作られているのだろう。この辺りでの竜という生物は、人間と同居する事がそれ程珍しくもないのかもしれない。

 もしかするとこの建物の主もラプと同じ竜なのだろうか?

「この大きな城の主も竜なの?」

「え? 違うよ。タビトと同じ人だよ。この村の村長なんだ。アスラの兄さんで、ロヒの弟だね」

 そんな会ったこともないアスラやロヒといわれてもよく判らないが、人ではあるらしい。


「この村の村長ではあるけど、たしかに村長の家としては大きいのかな。このあたりの領主をしているアスラの実家だから大きいんじゃないかな」

 この城のような建物ですら王様が住んでいるのではなく村長の家だと云われ驚く。

 この国の王様とはいったいどれほど巨大な城に住んでいるのだろう。


 ラプはこの広い家の中を迷う事なく進んだ。

 かなり歩いた後、一つの扉の前に来ると、これまたなんの躊躇もなく扉を開く。

 中には、またまた見た事もないような綺麗な服を着た人が三人居た。突然入ったラプへと目を向けると、三人共に少しだけ驚いていたけれど、すぐに笑顔になる。

 その三人の一人がこちらへ向かってなにか話していたが、俺にはその言葉は判らない。唯一「ラプ」と言った事だけは聞き取れたけれど、それ以外はまったく判らなかった。

 本当に俺と同じ人なのだろうか?

 ラプだって人の姿をしているけれど、本当は竜なのだから、この人達も別の姿を持っていたりしないのだろうか?

 その見たことがない服装と、聞いたことがない言葉は俺とは違う生き物ではないかと思わせてくれる。


 ラプが部屋にあった、なにかの革らしきもので作られた椅子のようなものへと俺を降ろす。

 その椅子があまりにも綺麗で、俺が座ってしまうと汚してしまいそうだと感じた。服はラプが毎日取り替えてくれていたので汚ないという事はないけれど、それでもやっぱり気になってしまう。

「ラプ、こんな綺麗な椅子に座ってもいいの? なんだか汚してしまいそうだ」

 ラプが俺を見て、少し驚いたような顔をした後、くすくすと笑いだした。

「大丈夫だよ。実は僕も最初にソファーに座った時に同じことを思ったんだ」

 そう云って笑顔のまま俺と並んで横へと座った。


 ラプの正面に一人が座り、その横と後ろに他の二人が集まってくる。

 三人は珍しそうに俺を見る。正確には俺の無くなってしまった脚を見ているようだった。

 正面に座った一人は黒髪の背が高い男で、歳は四十くらいだろうか。その男の目付きは鋭く、少し怖いように感じる。

 その横には同じく四十くらいの上品で優しそうな女が座り、もう一人は二十くらいの、これまた背が高い男がソファーの後ろへと立っていた。

 ラプの正面に座った四十くらいの男は、なにやら話をしていて、後の二人は始終、俺の事を珍しそうに眺めている。

 俺は普通の人間だが、ラプは竜なのだ。どちらかといえばラプの方が珍しいと思うのだが、この三人はラプが竜だという事を知らないのだろうか?

 それとも、やっぱり俺とは違う生き物なのだろうか?


 この人達とラプの会話は声でのやり取りだった。あたり前だといわれればそれまでだが、この一年、人の声というものを聞いていなかった所為か、なんだか不思議な響きに感じる。

 異国の言葉で意味が判らないからという事も、その不思議な感覚に影響しているようだ。

 ラプが口を開き声を出すのを見る事は、これまでにあまり無かった。まったく無いという訳ではなかったが、ラプの口から出てくる言葉は俺には意味が判らない言葉だった。

 その所為か、これまでにラプの声を聞いた記憶はほんの数度程度でしかない。


 ラプと話をしていた男の顔が俺の方を向く。その男は俺の前に手を出してきた。目付きは少し怖そうに感じるが、その表情には微笑を浮かべている。

「タビト、その手を握って。握手だよ」

「あくしゅ?」

「うん。握手」

 ラプに云われるがまま、おそるおそる、手を出してみる。

 その「握手」という意味は判らないが、ラプの云う事なので問題ないはずだ。

 ゆっくりと男の手へと俺の手を近付けていくと、その男は焦れてしまったのか、自ら腕を伸ばして俺の手を取った。

 その手が力強く俺の手を握り、上下に振る。

「その人はブラスラ。この家の家長で、この村の村長。この村の領主であるアスラの兄さんであって、ロヒの弟でもあるね」

 そんな沢山の事をいわれても俺には覚えられない。アスラの事もロヒの事も知らないのに。

 まあ、さっきも聞いたことなので村長だという事は判った。王ではないらしいけれど、それでもやっぱり偉い人なのだろう。


 それからは夕飯をラプとその三人とでとる。

 ブラスラ以外の二人は、それぞれブラスラの奥さんと子供だという事だった。

 テーブルの上に置かれた食事は豪華だった。見た事が無いものばかりで、口に入れる度に、これ程美味しいものが世の中にあったのかと思ってしまう。俺が住んでいた場所では、こんな食べものは一生口にする事がなかっただろう。

 ラプとこの家の家族三人は食事をしながら話をしている。ラプの顔は始終笑顔だったけれど、偶に俺を見ては少しだけ困ったような、悲しそうな、そんな顔をした。

 どんな会話をしていたのだろう。


 食事を終え、寝室へとラプに背負われて運ばれる。

「タビト、ごめんね」

 ベッドへ降ろされ、ラプから最初に云われた言葉だった。

「え? なにが?」

「タビトにちゃんと言葉を教えるべきだった」

 ラプは俺が会話に入れない事を気にしていたらしい。

「ああ、ラプがあやまることじゃないよ。気にしないで」

「僕は念話で会話ができているから言葉のことを気にしていなかったんだ。これからはこの大陸で使われている言葉を教えるね」

「大陸?」

「あれ? いっていなかったかな? タビトが住んでいた場所と、今、僕達がいるこの場所はこの星を大体、半周したくらいの距離があるんだ。その間には海しかない」

 ラプの云っている事がよく判らない。

 海を越えた事は判っていたが、「大陸」だとか「この星」なんて俺にはよく判らない言葉だ。

 大陸というのだから、大きな陸地の事だろう。海を越えたのだから陸地と陸地の間にそうとうな距離がある事は判る。

 問題は星だ。星というのは夜空に見える星の事なのだろうか?

「『この星』って、どういうこと?」

「えっと……。僕達が居るこの陸地は、丸い玉の形をした星なんだ。夜空に見える星と同じなんだよ」

「……」

「月は夜空に浮かんで丸いでしょ? この大地もあんな風に宙に浮いていて、丸い巨大な玉なんだ。この大陸の人は『マリダ』星って呼んでいるね。まあ、この大陸の人にもまだこの大地が丸い玉だって事を知らない人が居るからマリダ星っていっても通じない事も多いけれど」

 ラプの云う事が理解できない。いや、云っている事は判るけれど、大地が丸い玉だなんて想像できないし、実際に大地はでこぼこと山や谷があって、丸くはない。

 ラプは冗談でも云っているのだろうか?


「えっと、とにかく、俺達が居るこの場所は、俺が元居た場所から遠く離れているってことなんだよね? それで住んでいる人は言葉が通じないってことでいいのかな?」

「うん……。まあ、それでいいかな」

 なんだか良くは判らないけれど、とにかくラプはここに住んでいる人と同じ言葉を俺に教えたいらしい。

 俺にはそれほど興味のない事だったが、ラプがやりたいのであれば俺は従うだけだ。


「明日はアスラの家に寄って、すぐにロヒの家にいこう。たぶん、ロヒの家では少なくとも数日は過ごすことになると思うから、落ち着いたら言葉を教えるね」

 明日にはとうとう俺の両足が再生されるらしい。再生ではないとラプは云っているが、まあ、どちらにしても歩けるようになるのだろう。待ち遠しいのと同時に、少しだけ不安もあった。


 朝、早くから起されるとすぐに朝食をとる。

 朝食までも、またもや食べた事が無いような食事だった。昨日の夕飯のような派手さはなかったけれど、食器が朝日にきらきらと輝き、まるで王様にでもなったような気分だ。

 ラプに背負われて屋敷を出ると、玄関先には馬車が在った。見た事が無い立派な馬車で屋根まで付いている。

 今、出てきた屋敷を見て、その巨大さにまた驚く。

 昨日は裏口から入ったらしく、今居るこの場所が表玄関という事らしい。

 表玄関は、これまた見た事が無いほどに立派なものだった。これが城でないというのであれば城とはどれ程のものなのだろうか。今の俺には想像することすらできない。


「今日は馬車でいくよ」

 そう云ってラプは俺を背負ったまま馬車へと乗り込む。

 荷馬車には乗った事があるが、これ程立派な馬車に乗るのは初めてだ。だけど、中はあまり居心地が良くない。なんだか窮屈だと感じてしまう。

 これまでに乗った事がある荷馬車は、天井がなく空を見られたので荷馬車の方が俺には合っているのだろう。

 馬車が少し走ると数件の家が見えてくる。

 どれも俺が居た村にある家など比べられない程に大きく綺麗で立派なものだった。

「これが街? どの家も大きくて綺麗なんだな」

「ここはまだ村だよ。クラニ村っていう村。先刻の屋敷のブラスラがこの村の村長だよ」

 これほど綺麗な家が在るのに、まだ街ではないらしい。街とはどれ程立派な家が建っているのだろうか。


 さらに馬車は走り、そろそろ昼という頃にラプが云う。

「街が見えてきた。もう少しでアスラの家に着くよ」

 馬車の窓から顔を出して前方を見る。遠くに小さく壁のようなものが見えた。

「あれが街?」

「うん。まだ街の城壁しか見えないけど、そうだよ」

 俺には壁にしか見えなかった。


 その城壁の中へと入ると、俺の予想を越える景色が広がる。

 街の中には家が、それも大きな家ばかりが建ち並んでいた。村しか知らない俺は目に入るもの全てが初めて見るものばかりで、それが何なのかすら判らないものも多く在った。

 驚きすぎて声も出ない。ここが神の国だと云われても信じる事ができただろう。

「着いたよ」

 ラプの念話で前を見る。

 今まで見た事が無い、これこそ城であるはずだ。そんな巨大な城が、目の前には在った。

 巨大な門を抜ける。


 門を抜けると何の木だかは判らないけれど、巨大な木が両側に綺麗に並び道を作っていた。その先に見える巨大な城へと道は真っ直ぐに続いている。

 見えているのだから近いはずなのだけれど、馬車はまだ速度を落とさない。

 並んだ木の門を抜けると、視界が広がり、見えていなかった城の全体が見えた。

 その巨大さは俺が想像できる大きさを遥かに越えていた。人がこれ程巨大な物を作る事が出来るだなんて想像できない。

 城へと近付くにつれ、その巨大な城の端は視界から外れていく。

 やっと馬車が速度を落としはじめる頃には、城の全体は見る事ができなくなり、馬車の車窓からは目の前の巨大な玄関らしき場所しか見えなくなっていた。


 馬車が城の前へと止まる。

 門から城までの道の両側には様々な種類や色の花が咲いていた。花が群生しているというよりは、まるで意思を持って並んでいるかのように整然としていて、畑のような場所に見えた。

 この地の木や花には意思があるのかもしれない。

 城の前にも鮮やかな、色とりどりの、美しい沢山の花が咲いている場所が在った。

 その花の側には、見た事が無い程に真っ白な服を着た少女が立っている。黒い髪がキラキラと輝いて見えた。


 昔、誰かに聞いた事がある。

 人は死ぬと花々が咲き乱れた美しい場所へと行くのだと。その場所は花だけではなく、その住人も美しいらしい。

 今、俺の目に入ってくる風景は、やはり死者が住むという楽園なのではないだろうか?


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