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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での旅
30/30

剣? 魔法?

「こっちだわ」

 ヴェナはそう言うと細い道へと入る。

 エテナ二日目は、朝から剣の道場を探して歩き回っていた。

 ヴェナに宛などないのだろう。ずっと探し回っている。

 俺としてはもっと広い通りを歩いて珍しいものが見たいのだけれど。

 道場と呼ばれるものがどのようなものなのか俺は知らないけれど、「剣の」と言うくらいなのだから剣士が多く居る場所に違いないだろう。

 幸いにもまだ見付かってはいない。

 このままヴェナは諦めてくれないだろうか。

「あった」

 裏路地を少し進むと開けた場所へと出る。

 その場所には平屋だけれど、結構な大きさの建物が在った。

 横には庭のような場所で剣を振っている人が数人見えた。


 ヴェナはその庭と道とを隔てている柵へと小走りに駆け寄り、食い入るように見詰めている。

 それだけ見詰めていれば、見詰められている方だって気付いてしまうだろう。

 一人、背が高く若い、多分、二十くらいだろうか? その男がヴェナへと気付いたらしく、近付いてくる。

「入門希望かな?」

「いいえ。都会の剣士というものがどれくらい強いのかと思って見ていたの」

「……そう。それで? 強そうに見えるかい?」

「そうね……。まあまあかしら」

「へぇ。君は強いのかな?」

「そうね。たぶん、この庭に居る人くらいなら勝てるんじゃないかしら」

 その男はにやりと笑う。

「いいね。それじゃ一勝負やろうか」

「望む所だわ」

「それじゃ、そっちから回って。門があるから入ってきなよ」

 男は視線で門の方を示した。


 ヴェナは楽しそうに門の方へと歩きだす。俺はいつもより早いヴェナの歩みを追い掛けた。

 この道場とやらには、やたらと体格の良い男達が十人は居た。体格だけ見ていると俺やヴェナより強そうに感じてしまう。

「ヴェナ、大丈夫なの? ケガでもしたら大変だよ」

「平気よ。見た感じだと、それ程強い人は居なかったわ」

「そんなの見ただけで判るの?」

「だいたい判るものよ」

 ヴェナくらいになると判るものらしい。

「そうなんだ。……手慣れてるね。挑発するの」

「そうね。皇都でも良くやってたもの」

 なる程、初めてという訳ではなかったのか。


 庭へと入るとヴェナに木剣が渡された。

「盾は? 必要なら貸すよ」

「いらないわ」

 ヴェナへと木剣を渡した男はそそくさと庭の隅へと向かい、楽しそうにヴェナを見ていた。

 試合の相手は声を掛けてきた男だった。左手に盾を持って、右手には細身の木剣を握っている。

 二人は対峙し、男は盾で身体の半分程を隠すように持ち、木剣を目の前に真っ直ぐ突き出すように構える。

 これまであまり盾は見た事がなかったけれど、それでもあの盾は小さく見える。構えられた盾は腰より下は隠せていない。剣を受ける為だけのものだろうか。

 ヴェナはいつもの右斜め下へと剣先を下ろす構えだ。

 勝負は一瞬だった。

 いつものように相手へと突っ込むと、男の構えた盾など眼中に無いかのように、剣を擦り抜けさせて左脇腹へと振り上げた。剣は当たる直前で止まっている。

 いつも見ている構えから、いつも見ている振り方だった。

 その男は殆ど動けずに、剣も盾も最初の構えのままだった。

「まいった……」

 男は驚いた顔でそう呟くと、ヴェナを見た。

「君は……、流派は? どこの街の出身なんだい? なんであんなに早く動けるんだ?」

「残念ながらいえないのよ」

 木剣を男へと返しヴェナは言葉を続けた。

「生まれは北の端とだけ言っておくわ。……ところで、この近くに在る他の道場を教えてくれないかしら?」


「たいして強い人は居なかったわね」

 食事を不味そうに食べながらヴェナは言う。

「ヴェナが強すぎるんだろ」

 昼食までに十ヶ所の道場を巡り、どの道場でも同じように一瞬で勝ってしまっていた。

 相手は様々な剣や槍を構え、大きな盾を持っている者、小さな盾を持っている者、中には二本の剣を両手に持った者まで居た。剣士というものがこれほど多種多様なものだとは知らなかったので俺にとっては良い勉強になった。

 そんな対戦相手達にもヴェナは一瞬で勝負を決めている。

「そうなのよね。私は強いのよ」

「昨日は強い人が居るっていってたよね?」

「道場には居なかったわね。まあ、普通、強い人なんて道場で鍛錬なんてしていないわ」

「そうなの?」

「強い人なんて、すぐに騎士団に入ったり、冒険者になったりするから道場に居る人はそうなる前の人なのよ」

「へぇ」

 昔、ラプにそんな事を聞いた事があった。

 強ければ職の選択肢が増えると言っていただろうか。


「ヴェナは手を抜いてたね」

「そりゃそうよ。全力なんて出したら、その場で動けなくなるんだから」

 ラプとの試合後は、その場で横になっている。本当に動けなくなるらしい。

「でも手を抜いたんじゃないわよ。十分に力を入れていたわ」

「全力じゃないのだから、やっぱり手を抜いていたんじゃないのかな……」

「ふん。タビトのくせに……。まあ、でもよく私が全力でないなんて判ったわね」

「そりゃ、毎日のようにヴェナの相手をさせられていたんだ。それくらいは判るよ」

「『させられていた』ですって。『して頂いた』でしょ。まだまだ言葉も未熟ね」

 俺は間違えた訳ではない。『させられていた』で合っているのだ。

 お陰で今日のヴェナの早さは、いつもよりも遅いという事も見て取れる程になっている。

「でも十ヶ所も回ったら疲れたでしょ? もう道場回りはいいよね?」

「……まだ足りないわ。……でもまあ、しょうがないか。もう近くには道場は無いみたいだし」

 最後の道場で訊いた近くの道場は既に回ってしまっている場所だけだった。

 南区にもいくつか在るという事だったが、歩くと数時間はかかると言っていたので流石のヴェナでも行くとは言わないだろう。

「次にエテナに来た時には南区で宿を取りましょ」

 やっぱりまだ足りないというのは本当のようだ。


 昼食を食べ終え、エテナの道を歩く。

 脇道には不穏そうな場所もあれば、活気が溢れる場所もあった。

 流石のヴェナも不穏な場所に向かう事はなく、活気溢れる通りへと入る。

 道の両脇には様々な露天商が在ったが、この通りは食料品を売っている店が多く在るようだ。

 どの店にも見た事がないような食材が並べられ、どんな味がするのか想像もできないようなものが売られていた。

 ブタの頭が真ん中に置かれた店は、その両端にそのブタの各部位が並べられていた。

 ちょっとした不気味ささえ感じてしまう。

 ヴェナですら俺と同じく見た事がないものばかりなのだろう。きょろきょろと店に並べられた品物を珍しそうに見ながら歩いている。

 そんなヴェナの顔は楽しそうな笑顔が浮かんでいた。


 その通りの終わりが見える場所まで来ると、不意にヴェナが立ち止まった。

 その顔からはそれまでの笑顔が消え、代わりにこれまでに見た事がない程に驚いている顔付きをしている。

 その目は大きく開かれ、鼻の穴まで膨らんでいた。

 こんな顔なんて、これから先も見る事はないかもしれない。

 ヴェナを驚かしているものが何なのかを見る為に俺もヴェナの視線の先を見た。

 そこには白と白と、そして赤があった。

 一瞬、そう見えた。


 野菜を売っている露天商の前で商品を見ている少女は、俺やヴェナと同じ位の歳に見える。背丈からして十五歳くらいだろう。

 灰色の質素な、なんの飾りもない服を着ていた。飾りの代わりというわけではないが継ぎ接ぎされている部分が見える。

 肩まで伸び、後ろで縛った髪の色と、顔と短い袖から出ている腕の色は、白い。この街の人々は浅黒い人が多いが、その少女の肌と髪は白かった。異常と思える程に白かった。

 そして、その白の中にあって、瞳の色だけが赤く浮かび上がって見えている。

 確かに驚くような容姿だが、それでもヴェナの驚き様は異常かもしれない。

「ヴェナ?」

 あまりに動かないので声を掛けるが動こうとしない。

「ヴェナ、どうしたのさ」

 二度目の呼び掛けに、ヴェナの目が俺を睨む。

 俺を睨んでいた目はすぐに下を向き、何かを考えだしたかのように真剣な顔付きへと変わった。

「いくわよ」

 そう言うとヴェナは歩きだす。

 いつもは俺の歩く早さに合わせてくれるが、今回は早足だ。

 俺は追い付けずに、躓いた。

「ヴェナ……」

 ヴェナは俺に構わずまっすぐに、その白い少女へと向かっていった。


「あなた、名前はなんというの?」

 ヴェナは少女の側まで行くといきなりそう訊いていた。

「えっ? えっと、あの……」

 ヴェナのあまり友好的な態度とは言えない、言ってしまえば乱暴な口調に、その少女は驚いているようだ。恐怖を感じているようにも見える。

「ヴェナ、その子、驚いているよ。名前を訊く時は自分から名乗るものなのでしょ」

 確か、この大陸ではそんな作法があったように思う。

 ラプから聞いたのだっただろうか?

 ヴェナは俺を横目に見るがすぐに少女へと戻した。

「そうね。ゆっくりと話がしたいわ。どこか座れる場所へいきましょう」

「あの……、いったいなんの話が……」

 少女の目にはまだ恐れが在った。

 ヴェナにもその表情が恐れの表れだと判ったらしく、それまでの少し吊り上がった目を元に戻し、柔らかい表情を浮かべる。

「悪かったわ。ごめんなさい。あまりに驚いたものだから……。心配しないで、あなたに危害を加える気はないの。いくつか訊きたい事があるのよ」

「はぁ……」

「どこか落ち着いて話ができる場所を探しましょ」

「それじゃ――」

 その少女は俺達を近くの川岸に案内してくれた。

 そこにはベンチがあり、ヴェナとその少女が座る。

 三人が座るには窮屈そうだったので、俺は川岸に立てられた手摺りへと寄り掛かって二人へと身体を向けた。

 近くで見るその少女は綺麗だと思った。

 整った顔立ちもそうだけれど、最初に見た印象である色がその美しさを際だたせている。

 白い髪と肌は、まるで雪で出来ているのかと思う程に白く、その白い雪の中に二つの赤い瞳が在った。

 その綺麗な赤い瞳を見ていると、正体は判らないけれど、ちょっとした恐怖を感じる。

 これまでに見て来た人間という存在で赤い瞳の者など記憶にない。その赤い瞳は血の赤を思い出させるのだろうか。得体の知れない恐怖の正体は判らない。


 少女は買い物の途中だったらしく、小さな包みが入った籠を抱えるように座っていた。

 まだ途中だったらしく、籠の中にはその小さな包みが一つだけしか見えない。

「私はヴェナスティエッタ・クラニクラ。ヴェナと呼んでちょうだい。そこに立っている男はタビト。まあ、あれはどうでもいいから覚えなくてもいいわ。あなたの名前を教えてくれるかしら?」

 『あれ』というのは俺の事だろうか? 『どうでもいい』というのは怒っても良いのではないだろうか。

「私は……、フロア・ナンシエスです」

「フロアね。それじゃフロア、あなたはどこに所属しているの? 冒険者? それとも魔導騎士団?」

「え? なんの話でしょうか?」

「あなたの所属よ。職業でもいいわ」

「えっと……、私はまだ働いてはいません。孤児院で育てられたので、今はそこで御飯を作ったり掃除をしたり、まだ小さい子達の面倒を見て暮らしています」

「つまり、まだどこにも所属していないのね?」

「はい……、所属ということの意味がよく判りませんが、仕事はしていません」

「それじゃ決りだわ。その孤児院を出るのにはいくらくらいの謝礼が必要になるのかしら?」

「え? えっと……。えっ?」

 なにを訊かれているのか判らないのだろう。

 いつものように俺にも判らないが。


「ヴェナ、順を追って、判るように話しなよ。まず、孤児院を出るってどういう事?」

「孤児院を出るのよ。それにどんな説明が必要なの?」

「……フロアは『なぜ』孤児院を出る必要があるの?」

「旅に出るのだから当たり前だわ」

「『なぜ』旅に出る必要があるの?」

「私達の仲間になるからよ」

「えっと、つまり、ヴェナはフロアと一緒に冒険者として旅をしたいということかな?」

「そういっているわ」

「いや、いってないけど……。まあいいや。それで孤児院から出る為にはいくらのお金が必要になるかを訊いたってこと?」

「そうよ」

「だそうだよ、フロア。それでフロアは旅に出る気はあるのかな?」

「……そんな事、考えた事もありません」

「それじゃ考えて。……どう? 行きたくなったでしょ?」

「……」

「ヴェナ。早すぎるよ。一日くらい考えさせてあげなよ」

「……えっと、あの、どうして私なのでしょうか?」


 そういえば、どうしてフロアなのか訊いていなかった。

 自分の事ではないので、そこまで考えが回らない。

「あなたの魔力が尋常じゃないくらいに強いからよ」

「私の魔力? 私は魔力なんて持っていませんが……」

「なにをいっているの? それ程の魔力は隠せないわ。魔力試験は受けたのでしょ?」

「はい」

 この大陸の子供は五歳くらいになると魔力を持っているかを調べられるらしい。

 魔力が在る者は魔法学校に入る事ができるが、その代わりに軍に徴用される事になると聞いた事がある。

 昔はほぼ間違えなく軍人になる事を強要されていたらしいが、今の時代はある程度の自由があり、学校へ行かなければ職業は自由にできるらしかった。

 まあ、大抵は軍人か冒険者らしいけれど。

「私は魔力無しという判定でした」

「そんな事はないわ。エテナの魔力判定は遅れているのかしら」

「とにかく、魔力は持っていません。ですので旅には出られません」

「しかたないわね。証拠を見せてあげるわ」

 そう言うとヴェナは背嚢を漁りだす。

「これ、高いのよ。一枚で金貨一枚くらいするわ」

「……そんな高価なもの、無駄にしなくても……」

「無駄ではないわ。この紙の色が赤くなったら、フロアは旅に出る。いいわね」

「え、いえ、ちょっと待ってください」

 ヴェナは話を聞いていないようで、取り出した小さな包みを広げ、一緒に包まれていた二本の短い棒を器用に使って一枚の長細い紙片を摘み上げた。

 その紙片の色は青く、少し毒々しい色合いをしている。

「この紙を指で摘まんで」

 ヴェナは紙片をフロアの前に突き出す。

「……」

「早くして」

 フロアはゆっくりと右手を紙片へと伸ばし、人差し指と親指で紙片を摘まんだ。

「もういいわよ」

 フロアは素早く手を引っ込め、紙片を凝視する。


 その紙片は元の青いままの色を変わらず保っていた。


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