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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
24/30

仲間? 数合わせ?

 その日、いつものように昼食後の歩く練習をしているとアスラさんとヴェナ、それにヴェナの母さんまでもが小屋へとやって来た。

 三人が一緒に来る事など、これまでに無かっただろう。

 ヴェナの母さんは殆どこの小屋へ顔を見せた事がない。この小屋近くで見た記憶は三度程だ。

「ラプは中かい?」

「はい。小屋の掃除をしていると思います」

「入らせてもらうよ」

「はい」

 アスラさんを先頭に三人は小屋へと入っていく。

 いったい何事だろうか?

 三日前にソヴェイロンが帰ってからはヴェナが姿を見せなかった事と関係があるのだろうか?


 そんな事を俺が気にしても仕様がないので歩く事に集中する。

 庭を一周し、一息入れる。

 近頃は庭を三周できる程までにはなっていた。

 それでも早くは走れないのだけれど。


 小屋の玄関が開く音に振り向くと、そこにはヴェナの母さんの姿が在った。

「タビト君、話があるのだけれど、入ってもらえるかしら?」

 ヴェルさんとラプが呼んでいるこのヴェナの母さんは、いつものように優しい笑顔と声で俺に話しかけてくれる。

 母親というものを俺は知らないけれど、こんな人と一緒に暮らせるのであれば、それはきっと幸せな生活なのだろう。ヴェナが羨しい。


 部屋の居間にはアスラさん、ヴェルさん、ヴェナ、そしてラプが椅子に座っていた。

 いったい何事が起きているというのだろうか?

 俺が呼ばれたという事は、俺の事だろうか?

 俺はこの屋敷を出て行けと言われてしまうのではないかと思い、少し不安になっていた。

「呼び立てて済まないね。座ってくれたまえ」

 アスラさんの言葉に周りを見渡すが椅子がない。

「あ、大丈夫です。それで何でしょうか?」

「うむ、実はだね……」

 ラプが立ち上がり、奥の部屋へと行ってしまった。

 ラプはこの話には関係しないのだろうか?

「このヴェナが、だね……」

 アスラさんは言葉を区切りながら困ったような顔で言葉を繋ぐ。

「あ、その前にタビト君は……」

 奥の部屋へと入っていたラプが椅子を持って戻って来た。

 ラプは俺の為に椅子を取りに行っていたらしい。

「君は、冒険者に成るつもりがあるとラプに聞いたのだが、本当かね?」

「え? 冒険者?」

 そう言えば、そんな話をラプとした記憶があった。

 いつ頃の話だっただろうか?

「そんなことをラプと話した記憶はあります」

「ん? つまり今は冒険者になるつもりはないという事かな?」

「え? えーと、どうでしょう……」

 突然の質問に答えが出ない。

 冒険者に成る事は確かにラプと話したけれど、それはもっと先の事だと感じていた。

 でも、記憶を遡ると、それは十五で大人となったらという事ではなかっただろうか?

 つまり今年で十五になる俺は、その歳を迎えていたのだ。


「俺、この屋敷を出なきゃ駄目って話でしょうか?」

「え? あ、いや、そうじゃないんだ。君がここに居たい、居続けたいというのであれば、それでも構わないよ。それは前に言った通りだ」

 俺は少しだけ安心した。出て行けという事ではないらしい。

 それでも、どういう話なのかが判らない俺には不安が残る。

「つまり、どういう事でしょう」

「ああ、もう面倒だな。最初から説明しようか――――」

 アスラさんの話は簡単な事ではあった。

 ヴェナが冒険者として旅に出るらしい。けれどアスラさんやヴェルさんとしては心配なので一人で旅に出す事に躊躇しているということのようだ。

 それで俺がお目付役としてどうだろうと言う話が出たという事だった。


「本当はラプがいいのよ。初めからそう言っていたの。でもラプは……」

 ヴェナが恨めしそうにラプを見詰める。

 ラプのいつもの笑顔が俺へと向いた。

「僕はもう少し大人しくしていたいんだ」

「え? どういうこと? 大人しく?」

 俺の質問に答えたのはアスラさんだった。

「ラプは有名になり過ぎたんだよ」

「有名?」

「今の冒険者でラプの名前を知らない者はあまり居ないだろうね。若い者だと知らない者も居るだろうが、それでも今の冒険者でラプの名前は有名過ぎるんだよ」

「はぁ……」

 有名だから駄目だと言う理由がよく判らない。

「君と出会う前のラプは冒険者として名を馳せていた。タビト君も知っている通り、ラプは竜だ。竜である事はラプに取ってはあまり知られたくはない事実でもある」

「知られたくない?」

「そう、君はこの大陸の出身ではないから判らないだろうけれど、竜と言えば、その身体から取れる皮に骨、その他の部分でさえ高価な素材となる。捕まえて見世物にされる事も考え……、いやそれは無いか」

「つまり、ラプは命を狙われるかもしれないってことでしょうか?」

「うむ。まあラプならば返り討ちにする事は簡単だろうが、絶対ではない。不意を突かれる事だってあるだろう。危険な事には変わりないんだ」

「ラプは竜として有名になり過ぎたんですね」

「いや、まだラプが竜だと知れ渡っている訳ではないよ。でも数年間、ラプの姿を見ていた者からすれば、歳を取らないラプは人ではないと感付かれてしまうだろうね。そろそろ人ではないと言われ始めていたんだ」

「なるほど……」


「話を戻そう。つまりヴェナはラプと冒険者の旅をしたいと言うのが本音だが、今、話した理由からラプはあまり表立って動くことができない。そして、その代わりと言ってはタビト君には失礼ではあるが、まあざっくりと言ってしまえばそう言うことになる」

「つまり、俺がラプの代わりにヴェナと一緒に冒険者として旅に出ろと言うことですね」

「もちろん命令ではないから、君次第だ。嫌なら別の者を探すかヴェナには諦めてもらうことになる」

 ヴェナの目が俺を睨む。断れば罵声が飛んで来そうだ。

 でも突然の話に答えが出ない。

「えっと、今、答えなければならないでしょうか?」

「いや、まあ、この数日中にでも答えてもらえればいいよ。よく考えて答えてくれ」


 三人を小屋の玄関で見送り、三人の姿が見えなくなるとラプが言った。

「タビトは冒険者になるんじゃなかったの?」

「え? 昔、そんな話をしたけど、もっと先の事だと感じていたから今日、すぐに答えるのはちょっと……」

「ふーん。まあよく考えてね。それじゃ僕は夕飯の支度をするね」

 そう言ってにっこりと笑うとラプは小屋へと入っていってしまった。

 考えろと言われても何を考えれば良いのだろうか?

 玄関先に置いてある椅子に座り、ぼんやりと庭を眺める。


 冒険者。

 成れるのだろうか?

 どんな仕事なのだろうか?

 旅をすれば良いだけだっただろうか?

 その旅銀の為になにかの仕事をすると言う話だっただろうか?

 昔ラプに聞いた冒険者の話を思い出しながら考えるが、考えなど纏まらない。


「なにをぼんやりしているの?」

「うぁっ」

 突然声を掛けられ、驚きながら後ろを振り向くと立っていたのはヴェナだった。

「帰ったんじゃなかったの?」

「タビトに話しておこうと思って戻ってきたわ。決心はついたの?」

「決心って、冒険者になる?」

「それ以外になにがあるの」

「まだ考えている途中……。先刻聞いたばかりの事をそんな簡単に決められないよ」

「それじゃ、話しておくわ」

「……」

 俺に決心させる為の話という事だろうか?


「私は小さな時からお父様、お母様、それにラプに冒険者として世界を見て回った話を何度も聞いていたわ。その内に私も冒険者として旅に出ることを夢見るようになっていた」

「そう……」

「この世界には色々な人々、色々な竜、人の形をした人でないもの、とても暑い場所にとても寒い場所。大きな街に小さな村。高い山に深い谷。とても沢山の見るべきものが在ることを聞いてじっとしていられなくなったの」

 ヴェナの目は輝き、その目の先には俺には見えないとても素晴らしいものが見えているようだった。

「でも、私はか弱い、可憐な少女でしかないわ」

「……」

 下手な言葉を口から出せば話しがあらぬ方向へと向かってしまうだろう。ここは黙って聞くのが得策だ。

「そんな私が旅に出るなんて無謀だって事くらい私自身でも、小さな幼い私でも判ることだった」

「賢い子だったんだね」

 褒める分には文句は出ないだろう。

「だから強くなることにしたの。幸い、剣は覚えがないくらい小さな頃から振っていたのだから、そこは運が良かったし、魔力も強い家系だわ」

「強くなったんだね」

「そう。つまり私は冒険者になる為に生まれてきたのよ」

「……」

 他にも出来る事はありそうだけれど、まあ、話の腰を折る事になるので言わないでおこう。


「皇都へ旅立つ前、私は冒険者になる事をお父様とお母様に話したの。あと数年後にはその時が来るのだから早めに言っておく方がいいと思って」

「うん」

「そしたら反対されたわ」

「そうなんだ……」

「私は一人娘なのだから、この家を守るためにお婿さんをもらってくれなければ困るのだそうよ」

「そう……」

 なんだか俺には良く判らない話だ。

「だから危険な旅なんてさせられないって」

「うん。まあそうだろうね」

「だから『お婿さんはラプでいい』って言ったら色々問題があるから無理だって。今の私なら判る話ではあるけれど……」

「……」

 まあ竜だからなのだろうけれど、竜だからと言ってなぜ問題になるのかは俺には判らない。

「『それじゃ、危険でなくなれば冒険者になっていいのね?』って訊いたら『危険じゃない冒険者の旅なんて不可能だ』っていうの」

「そうなんだ……」

 冒険者の旅というのはヴェナですら危険だと言われる程だったのか。

 そんな旅を俺は出来るのだろうか?

 もしかするとヴェナは俺にこの話を断らせる為に話をしているのだろうか?


「その時は半分、諦めていたのだけれど、皇都でイソヴェリ伯父様からお母様が冒険者になった時の事を聞いたの。お母様もお爺様に反対されていたって」

「……」

 突然、登場人物が増え、俺はヴェナの話についていけなくなってきていた。

「どうやって許してもらえたのか訊いたら、形式上は許してもらえた形ではあるらしいのだけど、本当に許してもらえていた訳ではなかったらしいわ。つまり強引に冒険者になったらしいのよ」

「……」

 ますます良く判らなくなってくる。

 とにかく許してもらえず、強引に冒険者に成ったという事でいいのだろうか?

「あとはお父様とお母様に『お母様が強引に冒険者になったのであれば私も強引になる』って言ったら許してもらえたわ」

「……」

 もう俺には判らない事だらけで質問すらする気になれない。

「でも条件が付いたの。私以上に強い仲間を見付ける事ができたならばという条件が」

「……それで?」

 とりあえずヴェナの話が終わるのを待つしかないようだ。

「候補なんてほぼ一人だけなのだから、その一人であるラプにお願いしたわ。でもラプは『うん』と言わない。理由は先刻の話でもう知っているわよね」

「有名になり過ぎたからってやつ?」

「うん。それ。それでも私は何度も何度もお願いしたのよ。でもとうとう十五になってしまった」

「そうなんだ……」

「もう後がないのだから、もう一人の候補に頼む事にした」

「それが俺?」

「へ? あなたな訳ないじゃない」

「……」

「でも、そのもう一人の候補は行方が判らないの。まあラプは知っているらしいのだけれど、教えてくれないのよね」

「……」

「それじゃ『他に候補になりそうな人はいないの?』って訊いたら、タビトの名前が挙がったって訳よ」

「……」

 なんだか疲れてしまった。

 つまり俺は候補ですらなかったけれどラプが俺を推してくれたらしい。

 多分、ラプは俺が冒険者になると言った事を覚えていて、それで名前を挙げたのだろう。

「えっと、つまり、ヴェナとしては俺の事を仲間にしたくはないって事で良いのかな?」

「へ? どうしてそうなるの?」

「だって、俺は候補ですらなかったんでしょ? 仲間としては弱すぎるから断ってくれって言いたかったんじゃないの?」

「……おかしいわね。そんな事を言うつもりではなかったのだけれど……」

 それじゃどんなつもりだったのだろうか?


「まあ、とにかく素晴らしい旅が始まるというのに、どうして躊躇なんてしているのってことよ」

 これまでの話からは想像が付かない結論だ。

「えっと、つまり俺は仲間としてヴェナと旅をしても良いってことでいいのかな?」

「さっきからそう言っているわ。まあ、ちょっと弱すぎる気もするけれど、そこは目をつぶることにする」

「でも、条件はヴェナよりも強い人じゃなきゃ駄目なんじゃないの?」

「タビトの保有魔力は私より強いのだから、それでいいのよ。とりあえずは今のところ、お父様もそれで納得しているのだから、そんなことをお父様の前で口にしないでね」

 ヴェナにとって俺はそれほど良い仲間というわけではないらしい。

 俺は頭数を合わせるだけのために仲間になれと言われているようだ。

「……まあいいや。ヴェナの気持ちはなんとなく判ったから、もう少し考えさせてくれるかな」

「そう。判ってくれたのね。良かったわ。それじゃお父様にはタビトが仲間になりたいそうだっていっておくわ。それじゃ」

 そう言うと、俺の返事も聞かずに飛んで行ってしまった。


 ヴェナの話は良く判らない事だらけだったけれど、つまり、ヴェナが旅に出るためには俺が仲間になるしかないという事なのだろう。

 強引に冒険者にさせられたような気持ちもあるけれど、俺はヴェナの役に立てるという事らしい。頭数を合わせるだけのようだけれど。

 そう言えばラプと冒険者の話をしていた時にも、俺は人の役に立てるのかどうかを考えていたのではなかったろうか。

 つまり、この話は人の役に立つ好機なのだ。

 それにヴェナには恩もある。病気が治ったのはヴェナのお陰といっても良い。

 断る必要はなさそうだ。


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