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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
23/30

親? 伯父?

 大会はソヴェイロンの優勝で終わった。

 春の一日は昼間がかなり長くはなってきていたけれど、それでもそろそろ家路につかなければ、暗い道を歩くことになるだろう。

 広場の中央では観衆からの拍手の中で、アスラさんがソヴェイロンと握手をしていた。

「出なくてよかったわ。こんなつまらない試合ばかり、見ているだけでもつまらなかったもの」

 俺の横で閉会式を見ているヴェナは、そんな事を毒突いている。

「そのつまらない試合でも俺は勝てなかったけど……」

「……なに? 落ち込んでいるの?」

「いや……。べつに……」

「まあ、タビトはよくやったわよ。まさか突きを弾くなんて私じゃ思い付かないわ」

「よくある反撃方法だってソヴェイロン様は言っていたよ」

「私は剣を剣で受けるなんて馬鹿なことは考え付かないって言っているの」

「ああ、そういうことか……」

 ヴェナは剣を避ける前に相手を倒すという戦法なので、俺とはまったく違う思考で戦うのだろう。


「なんにしてもよくやったと思うわよ。ソヴェイロンが居なきゃ優勝はしていたでしょうね」

 怒るかと思われたヴェナはそれ程怒る事もなく、どちらかと言えば褒めてくれているようだ。

「勝てなかったんだから、そんな、もしもの話は意味がないよ」

「……タビトのくせに。……まあ試合は試合よ。実戦であればタビトでもソヴェイロンくらいには勝てるでしょ」

 実戦でというのは魔法を使ってもよい場合という事だろう。

 実戦などいつやる機会があるのだろうか?

 この街からも、アスラさんの屋敷からも出る事がない俺にはあまり想像ができない。

 でも、この大会に出る事で、俺はそれ程弱い部類の剣士ではないのだろうとも思えるようになっている。

 収穫はあったようだ。


「ところでソヴェイロン様からラプに会わせてくれって言われたのだけれど、会わせても良いのかな?」

「どうかしら? あまりラプはリマー家の人とは会いたがらないから私はラプの事はなにも言わないようにしていたけど。ラプに訊かなきゃ判らないわね」

「会いたがらない? 嫌いなの?」

「嫌いってことではないでしょうけれど、なんだか苦手みたい」

「どうして?」

「たぶん、色々と面倒だと感じるのでしょうね。剣の相手をさせられたり、これまであった出来事を訊かれたり、ロヒ様の事を訊かれたり……」

「ロヒ様? あのロヒさんの事?」

「え? ああ、ロヒ伯父様ではないわ。別のロヒ様よ。ラプのお父様」

「ラプの父さん? ミエカさんじゃなくて? どういうこと?」

「……面倒ね。ラプに訊いてちょうだい」

 ミエカさんという親が居る事は聞いていたが、その人ではないらしい。

 ラプの顔とそっくりなロヒさんは親ではないと聞いていたけれど、それとは別に名前さえ同じロヒという人……、ラプの親なのだから竜だろうか? その人が別人として居るという事だろうか?

 なんだかよく判らない。

 ラプに訊けというが、訊いても良い事なのだろうか?


 閉会式が終わり、アスラさん一家はソヴェイロンを乗せ、馬車で屋敷へと帰って行ってしまった。俺も乗せて欲しいけれど、こんな場面でいつもは意識することのない身分の違いというものを感じてしまう。

 俺は来た時と同じように歩いて屋敷へと向かった。来た時とは違い、広場にはもうあまり人が居ない。

 けれど、色々な人々が俺とすれ違う度に声を掛けてくれた。

 なんだか恥ずかしくて、たいした返事も出来なかったけれど、皆俺へと賞賛の声を掛けてくれる。

 試合は負けたけれど、出てよかったのだと感じていた。


 小屋へと着いたのは日が沈むのとほぼ同時だった。辺りは随分と暗くなっている。

 今日はもう剣は振らずに夕飯を食べたら眠る事にしよう。

 小屋へと着いた途端に疲れが出てきたようだ。

「ソヴェイロン様がラプと会いたいって言っていたけど、ラプがこの小屋に居ることを言っても良い?」

「ソヴェイロン様?」

「アスラさんの屋敷に来ている白竜公の息子さん」

「あぁ……。あんまり会いたくはないかな……」

「そうなの?」

「うん……」

 夕飯を食べながら訊いてみたが、やはり会いたくはないらしい。

 この小屋の事を言わなくて正解だったようだ。

「それじゃラプの居場所は知らないってことにしとく。ソヴェイロン様はアスラさんの屋敷に泊まっているから、あまり外に出ないほうが良いかもね」

「うん。そうするよ」

 ラプはいつもの笑顔を向けてくれた。


「ところでラプの父さんもロヒっていうの?」

「え? ああ、うんロヒという名前だよ」

「ミエカじゃなくて?」

「ミエカも僕の親だよ。育ての親っていうのかな」

「それじゃロヒって人が生みの親?」

「うん。人じゃなくて竜だけどね」

「そうなんだ。ラプにそっくりなロヒさんと名前が同じだけど、偶然?」

「……ううん。たぶん偶然じゃないと思う」

「どういうこと?」

「えっと……」

 ラプは食事をしながらゆっくりと話してくれた。

 ラプは一度口に食べ物を入れると、それを飲み込むまで口を開かないので、俺が夕飯を食べ終えても話しは続いていた。


 なんだかあまりにも人の世界とは異なるような話の中で、それぞれの場面を想像する事が難しい。

 特にロヒさんの生まれた経緯はあまりにも突飛すぎて理解が追い付かなかった。

「つまり、今のロヒさんは竜であるロヒさんの生まれ変わりってことでいいのかな?」

「うん。まあ、それでいいと思う」

 その昔、ラプの親とアスラさんの家族の間にあった出来事が今のロヒさんを生み、今のラプが居るのだと言う。

 まだ小さな子供のようなラプの容姿からは、そんな経験をしている事など想像できない話だった。

「この話はアスラの前ではあまりしないでね。あまり気にすることでもないけれど、不要な事であればアスラに思い出させるような事はしたくないんだ」

「うん……」

 アスラさんの一族とラプの親の間で起こった出来事はアスラさんに動揺を与えるらしい。

 まあ、こんな話はあまり人前でする事はないだろう。


 その日はいつもよりも早くベッドへと入ったが、すぐに眠りに付いてしまった。

 自分でも気付かない疲れがあったのだろう。

 朝、いつものように庭で剣を振っているとヴェナとソヴェイロンが小屋へとやってくる。

 ヴェナが来るのはいつも昼を過ぎた時刻だけれどソヴェイロンが一緒だと言う事はなにか用事があるのだろう。

 ラプの事だろうか?


「タビト君、勝負をしてくれたまえ」

 ソヴェイロンの言葉に驚きながらヴェナを見るとすました顔で頷いていた。

「昨日、ソヴェイロン様が勝ったのだからそれで良いのではないですか?」

「ヴェナから聞いたんだ。魔法が使えるのであれば私よりもタビト君の方が強いと。私としてもはっきりさせたいからね。それに君に勝てなければヴェナは手合わせをしてくれないと言うんだ。頼むよ」

 ソヴェイロンが試合をしたい相手はヴェナという事らしい。俺はその前座だと言っているようだ。

 ヴェナを見ると「やれ」という顔をしている。

「魔法、使ってもいいんですね?」

「ああ、ただし直接の攻撃魔法は無しだ。火炎塊や雷光など打ち込まれては剣の試合ではなくなるからね」

「判りました」

 試合をする事になってしまった。

 昨日の雪辱となるだろうか?

 負ける気もしないけれど、勝てるという自信もない。


「それじゃ、準備はいい?」

 ヴェナの声に二人共に頷く。

 俺の構えもソヴェイロンの構えも前の日と同じく変わらない。

 ただし俺は椅子に座っておらず立ったままで剣を目の前に構えていた。

「はじめ」

 ヴェナの号令と共にソヴェイロンが躙り寄ってくる。

 昨日と変わらない。

 昨日は剣を弾き飛ばす事が出来ずに負けている。

 それを思い出すと俺は昨日と同じように右斜め下へと剣を構え直した。

 目の端にヴェナの姿が見えていたが、俺が構えを変えるとヴェナは手を腰に当て俺を睨んでいるように感じた。

 今日は本物の剣だ。昨日の試合とは違い、木剣ではない。

 昨日と同じ戦い方をしようとしている俺にヴェナは怒っているらしい。

 剣を剣で受けるなんてヴェナにとっては有り得ない戦法だという事は知っている。

 俺だって今持っている剣の刃が毀れる事は良い事だとは思っていない。下手をすると剣が折れてしまうだろう。

 だけれど、やっぱり昨日の負け方で、今日は勝ちたいと思ってしまったのだ。


 ソヴェイロンが間合を詰める。

 来る。

 そう思った瞬間、ソヴェイロンの顔が俺の前まで飛んできた。

 昨日よりも早いように思うが、それでもヴェナよりは遅い。

 俺は昨日と同じように右斜め下からソヴェイロンの剣の根本を目掛けて剣を振り上げていた。

 ただ振り上げただけではなく、魔法による念動も使っている。

 威力は昨日よりも大きいはずだ。

「きんっ」という音が響き、ソヴェイロンが半歩後ろへと下がった。

 昨日より大きな衝撃だったのだろう。それでも剣を飛ばす事は出来ていない。

 でも、それで十分だ。

 俺は剣を振り上げたのと同時にソヴェイロンの横を目掛けて突っ込んでいた。

 振り上げていた俺の剣は自然とソヴェイロンの胸辺りへと置かれる事になる。

 ソヴェイロンの横へと移動した俺はそのまま剣をソヴェイロンの胸へと当てるだけで試合を終わらせる事ができる。


「勝者、タビト」

 ソヴェイロンは動かない。その顔には悔しそうな表情が浮かんでいた。

「やっぱり魔法を使うのは公平じゃなくなりますね……」

 剣を収めながら言った俺の言葉にソヴェイロンは俺へと目を向けた。

「魔法を使ったのは君だけじゃない。私だって突っ込む時には使っていたんだ」

 そう言うとソヴェイロンは剣を収め、屋敷へと向い歩いて行ってしまった。

 ソヴェイロンの動きが早いようには思ったけれど、まさか魔法も使っていたとは思わなかった。

 俺がぼんやりとソヴェイロンを見送っているとヴェナが俺の横まで来る。

「あの人は魔力も持っているのよ。あの突っ込み方は魔法も使っていたわ。どちらにしてもタビト、あなたの勝ちよ」

「そうだったんだ。気付かなかったよ」

「そう。タビトが気付けない、それ程の魔力しか人は持てないのよ。タビト、あなたの魔力は特別なの。ラプや創成の竜、それにロヒ伯父様にはもっと感謝するべきなのよ」

「え? あ、うん」

「それじゃ私も帰るわ」

 最近のヴェナは少し大人びてきたように感じる。


 十五になるとこの国では大人扱いが出来るらしいし、ヴェナはその自覚ができたのかもしれない。

 そして、俺も十五となり、大人になる時が来ていた。


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