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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
22/30

罵声? 応援?

 次の試合はソヴェイロンの試合だった。

 あっさりと決着はつき、ソヴェイロンの勝利で終わった。

 その戦い方はヴェナに似ていて、相手へと突っ込んでゆき、剣を相手へと突く。

 ラプとヴェナを見慣れている所為か、ソヴェイロンの動きはそれよりも遅く感じる。少なくとも目で追う事は出来ていた。

 ただ、あの早さを避けきれるのかは判らない。

 いや、無理ではないだろうか?

 縦に振られた剣であれば、なんとかなるかもしれないが、横に振られてしまえば逃げ道はない。

 でも、今の試合ではソヴェイロンの剣は振られる事はなく突きだった。

 横からや斜めに振られる剣でなければ避ける事は可能だけれど、突きというのはこれまであまり考慮していなかった。


「おめでとうございます」

 小屋へと戻ってきたソヴェイロンへと声を掛ける。

「ああ、ありがとう」

 ソヴェイロンは歩みを止める事なく、そのまま小屋の奥へと進み、そこに在った椅子へと腰を降ろす。

 あまり体力は無いらしく、はあはあと息をして汗を拭いていた。

 一瞬で終わった試合であれ程の息を切らしているという事は、あまり持久戦は得意ではないようだ。

 まあ、だからと言って、俺自身も持久戦は得意ではないと思う。

 ラプやヴェナとの試合では一瞬で勝負が決まり、持久戦というものは経験がなかった。


 他の試合はさほど見るべきものは無かった。

 かと言って、俺が勝てるかと言われれば、それも難しいかもしれない。相手が誰であれ横に振られた剣は避ける事が出来ないだろう。

 その為の練習をこの一ヶ月間、ヴェナに付き添ってもらいやってはいたけれど、正直なところ役に立つとは思えなかった。


 昼食後、六人に減った出場者が広場中央に集められ、試合の組合せが発表された。

 発表などしなくても俺の次の相手はソヴェイロンだという事は判っていた。この試合を盛り上げる為の発表らしいが、人前に出る事にあまり慣れていない俺は試合よりも緊張してしまう。

 司会から俺の名前が呼ばれた瞬間、観衆からの歓声が上がった。その歓声が罵倒なのか応援なのか、一人一人の声は聞き取れず判らないが突然の歓声にそこからは頭の中が真っ白になり、その時の記憶があまりない。

 名前を呼ばれたら手を上げて挨拶するようにと言われていたので、手を上げて引き攣った笑いになっていた事だけは覚えているけれど、それだけしか記憶にない。

 かなり見っともない状態だっただろう。


 広場から小屋へ戻る時に、俺の隣りを歩くソヴェイロンから小声で言われてしまった。

「悪いのだが手加減は出来ない。私が君の立場であれば醜悪な負け姿を晒すような事はせず辞退する。そうしてもらえないだろうか? 私は弱者を痛め付けるような事はしたくないのだ……」

 どうやら脚も無い人間が自分に勝てる訳が無いと決め付けているらしい。

 確かに椅子に座って戦うのであれば、あまり勝てる気はしない。だけど、前の試合を見る限りで言えば、いつもの脚を魔法で使う事ができる試合ならばあまり負ける気もしていなかった。

 ソヴェイロンの言葉は優しさから俺を気付かって出た言葉なのかもしれないが、俺を馬鹿にしているようにも感じてしまう。

「ソヴェイロン様はお強いようですが、毎日のようにヴェナと手合わせしている私からするとそんな余裕を言っていられる程の強さは感じませんよ。あまり自分を過信しすぎるのはどうかと思います」

 ヴェナと一緒にいる時間が長すぎたのかもしれない。こんな事を言ってしまうのはヴェナの影響ではないだろうか。

「……」

 ソヴェイロンは顔を少し赤らめ、むっとした顔で先へと歩いて行ってしまった。

 怒らせた事が試合に影響しなければ良いのだけれど。


「これより二回戦、第一試合を始める。タビト、ソヴェイロン、前へ」

 小屋まで戻るとすぐに名前が呼ばれた。

 広場の先刻まで居た場所へ戻らなければならない。

 すぐに試合が始まるのならば小屋へ戻らず、椅子を持って行ってそのまま広場へ残っていればよかった。

 今座ったばかりの椅子から立ち上がり、その椅子を右手に持つ。

 その横をソヴェイロンが通り過ぎていった。

 俺はソヴェイロンの後ろを付いて広場へと向かうとすぐに、歓声が広場を包み込んだ。

 これまでの試合で試合前に歓声が上がった事は記憶にない。

 よく聞くと罵声ではなく応援してくれているような気がする。まったく聞き取れないが、多分、応援なのだろう。

 ソヴェイロンへ向けた応援かもしれないけれど。


 広場の中央で椅子に座り、足の止め金を締め固定する。

 剣を抜き、ソヴェイロンへと視線を向けた。

 ソヴェイロンは既に剣を抜き、こちらを向いている。構えは最初の試合と同じように顔の横に剣を水平に持ち、剣先をこちらへと向けていた。

 そのままこちらへと突っ込んで来て、あの剣を突いてくるのだろう。最初の試合はそんな感じだった。

 さて、どうしよう?

 一度だけヴェナから突きの受けかたを練習した方が良いかもしれないと言われ、その為の対策も考えてはいたけれど、まったく練習はしていない。

 ヴェナは突きでの攻撃は槍を使うので剣の試合ではあまり無いだろうと言っていたが、残念ながらその突きで負ける事になりそうだ。

「両者、準備は良いか?」

 その声に頷き、剣を構え直す。

 ラプに教えてもらった目の前で斜めに剣を持つ構えから、ヴェナと同じように剣を右斜め下へ下ろす構えとした。


「それでは、はじめっ」

 ソヴェイロンはじりじりと躙り寄ってくる。

 最初の試合ではすぐに相手へと突っ込んで行っていたけれど、今回は突っ込んではこない。

 避ける事が主体の戦い方を俺がすると初戦を見て判ったのだろう。距離を詰めてから攻撃に入るはずだ。

 ソヴェイロンは更に躙り寄り、距離を詰めてくる。

 そろそろだろう。

 ソヴェイロンの早さから、今、ソヴェイロンが居る距離は一番突っ込みやすい位置ではないかと思った。ヴェナとの試合ではもっと後ろから突っ込んでくるけれど、ソヴェイロンの早さであれば、今の距離は丁度良いはずだ。

 その瞬間、ソヴェイロンが動く。

 予想通りに顔の横に水平に構えていた剣を突き出し、俺の胸の真ん中を突いてきていた。


 俺は剣を振り上げる。

 右斜め下からソヴェイロンが持つ剣の根本辺りを狙い、力一杯、剣を振り上げた。

「カンッ」という音がし、ソヴェイロンの持つ剣は左上へ弾かれたけれど、残念ながらその剣がソヴェイロンの手から離れる事はなかった。思惑としては剣を弾いて落としたかったのだけれど。

 力一杯振っている俺の剣は、そのまま反撃する体制にはなっていない。まずい。

 ソヴェイロンの弾かれた剣がそのまま俺の左肩へと振り下ろされ、肩の上に置かれた。

「勝者、ソヴェイロン」


 歓声が上がる。

「残念だったね。突きに対するよくある反撃方法だ。それほど簡単に剣を手から離すことはないよ」

 そう言うとソヴェイロンは小屋へと歩きだす。

 まあ、順当な勝敗だと思う。

 椅子に座って勝とうなんてどうかしていた。

 ゆっくりと椅子から立ち上がり、椅子を持つと、俺も小屋へと歩いた。

 ……でも、ヴェナに怒られるだろうなぁ。

 ヴェナの方を見てみると立ち上がり、俺を睨み付けているように見える。

 すぐに目を逸らし、真っ直ぐに小屋を目指して歩いた。


「よくやったぞ」

「がんばったな」

 そんな声が歓声の中から聞こえてくる。

「えっ」

 立ち止まり、広場の周りに集まっていた人々を見回した。

 多くの人々が俺へと声援を送っているようだ。拍手をしている人が何人もいる。

 俺はなんだか嬉しくなっていた。

 試合には負けたけれど、嬉しくなっていた。


 小屋へと戻ると小屋の後ろの方へと引っ込む事にした。

 帰っては駄目だという事だったので全ての試合が終わるまでこの小屋に居なければならない。

 ソヴェイロンの試合以外はそれ程見るべきものが無いだろうと思うと、早く帰りたいと思ってしまう。

「残念だったね」

 後ろから声を掛けられ、振り向くとラプが居た。

「ラプ、どこに居たの?」

 朝、朝食を食べ俺が小屋を出る時には「僕も片付けが終わったら見に行くよ」とは言っていたけれど、まったく姿は見えていなかった。

「あそこで見てた」

 ラプが見上げる先は、この街で一番高い建物で、火事を見張る為の塔だと聞いた事がある。

「あの塔はこの試合が終わるまで立ち入り禁止じゃなかったの?」

 高い塔なので大勢の人々が中へ入ると危ないらしく、この試合中は立ち入り出来ない事になっていたはずだ。

「うん。中からじゃなくて屋根からだよ」

「あんな遠くから……。降りて見ればよかったのに」

「人混みはあまり好きじゃないんだ」

 ラプはそう言うと笑顔を見せる。

「それじゃ僕は帰るね」

「え? 試合、見ないの?」

「うん。タビトが出ないんじゃ見たくなる試合だと思わないから」

 そう言うとラプは人混みの中へと姿を消した。


「今ここに居た子は、……名前はなんていう人だい」

 ソヴェイロンが血相を変え、俺の方へと飛んでくる。

「名前? 名前はラプっていいますけど」

「や、やっぱり、ラプさんだったのか」

「ラプを知っているのですか?」

「知ってるもなにも、……君はラプさんと知り合いなのか?」

「え、ええ。まあ、知り合いですね……」

 一緒に暮らしていると言っても良いのだろうか? なんとなく言わない方が良いような気がしてそれ以上は口を噤んだ。

 言っても良い事なのであれば、俺が言わなくてもヴェナが言っていたはずだ。

「そうか。ラプさんに私を紹介してもらえないだろうか?」

「え? ラプとソヴェイロン様を?」

 ソヴェイロンは黙って頷く。

「どうして?」

「ラプさんは私の一族にとって大切な人……、方なのだ。まだ一度も顔を合せた事が無い私はラプさんと会える事を夢見ていた。剣の相手もしてもらいたい。色々な話も聞いてみたい。理由は沢山あるんだ」

 どうするべきだろうか?

 小屋へと行けばラプは居るだろうけれど、それが必要な事ならばアスラさんかヴェナがとっくに会わせているのではないだろうか?

「もう何処かへいっちゃいましたから、また機会があればその内に……」

 適当に誤魔化してみるが納得するだろうか?

「あまり時間はないのだ……。ラプさんが居そうな場所を教えてくれると有り難いのだが」

「さぁ……。いつも何処に居るのでしょうね……」

 なんだか悪い事をした気になるが、会わせて良いのかは判断が付かない。

 ヴェナに後で訊いてみる事にしよう。


 ラプとそれ程会いたいという事はソヴェイロンはラプが竜である事を知っているのかもしれない。

 ソヴェイロンはアスラさんの屋敷に泊っているはずなのでアスラさんへ訊けば教えてくれているはずだろう。やはり教えない方が良いのだと思う。

 ソヴェイロンは肩を落とし、元居た場所へと戻っていった。


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