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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
21/30

椅子? 試合?

 屋敷の門の外へと出るのは、この屋敷へ来てから数える程しかない事だった。記憶ではこの三年で三度程しかない。

 その所為で俺は三年もの間を暮らしているこの街の事を殆ど何も知らなかった。

 この街の名前はフィオンと言い、街の中心には大きな広場が在った。

 大会はその広場で行われる。

 この数年で大会の事は大陸中に知られるようになり、多くの人々が見物に集まってくるようになったらしい。

 大会が行われる今日は、いつもよりも人の数が多いらしく、道を歩く事も難しい。

 これだけ多くの人を一度に見る事は初めてだ。生まれた村ではもちろん、前にこの街を歩いた時でも、これ程多くの人を見たことはない。なんだか怖いとすら思ってしまう。


 朝早くから起きてこの広場まで歩いてきたが、一人で屋敷の外を歩くのは初めての事で大会よりも歩く事の方が緊張してしまう。

 屋敷の外へ出た三回は、どれもアダクムさんに連れられての事だった。

 ラプはあまり人目の在る場所には出ないようにしているらしい。なぜだかは知らないが、多分、竜だからというのが関係しているのだろう。

 広場の中央を取り囲むように柵が建てられ、その周りには人集りが出来ていた。

 飛べば早いのだけれどあまり人の目の在るところで飛ばないようにとラプに言われているので飛ぶ事はできない。なぜかと訊いたが「面倒事に巻き込まれるからだって、アスラとヴェルが言ってた」と言う。

 俺としては、なぜ面倒事に巻き込まれるのかを知りたかったのだけれど。


 歩く練習は毎日のようにやっていたけれど、人込みを掻き分けるように歩く練習などやっていない俺は、転んだり、人とぶつかったりしそうになりながらもやっとの事でヴェナが居る小屋まで来る事ができた。

 これだけでもかなり疲れてしまった。


 広場の隅には待合室として小屋が建てられ、大会に出場する者達がその小屋へと集まっている。

 小屋とは言っても屋根だけのもので日差しと雨を避ける事だけしかできない。

 三つの小屋には既に出場者全員が集まっている。俺が一番遅かったようだ。

「遅かったわね。椅子は持ってきておいたわよ」

 ヴェナの横には丸い板に四本の脚が付いた簡単な作りの椅子が在った。

「あ、うん。ありがとう」

 昨日、「そう言えば椅子を用意しなきゃいけないんじゃないの?」とヴェナに言われて初めて気付いたが「しょうが無いわね。私が用意しておくからタビトは明日の事だけに集中しておきなさい」と言っていた。これがその椅子らしい。

 座り心地を確認する為に座ってみる。

「少し高すぎる気がする……」

「なにを贅沢言っているの? それで十分よ」

 戦うのは俺なのに、ヴェナがなぜ十分だと判るのだ。

 まあ、勝てるのであれば、この椅子でも勝てるのだろうし、負けるのであれば、具合の良い椅子でも負けるだろう。どちらにしても椅子の所為にはできない。


 ざわざわとした広場が一瞬静まり、一斉に周りの人々が少し高くなった壇上へと向いた。

 大会の主催者であるアスラさんが壇上に登り、広場に集まった今日の出場者を見渡す。

「おはよう。諸君」

 続けてアスラさんは声を張り上げた。

「本日開催する大会は本会で十回目となる。これまでに数多の剣士達がこの地で戦い、その名声を皇国中に轟かせるまでに成長している」

 それ程凄い大会だったのか。……本当なのだろうか? ざっと出場者を見てはいたが、あまり強そうに見えた人は居なかった。

 一人を除いて。

「そんな凄い大会だったの?」

「……たぶん、嘘ね」

「なんでそんな嘘を吐くのさ」

「それくらい言わなきゃ箔ってものが付かないからよ」

「ハク? ハクって?」

「威厳みたいなものよ。まあ、こんな北の外れにある田舎の街じゃ集まってくる剣士なんてロクなのが来ないわ。真面な剣士なら皇都で開催される大会に出るものだもの」

 一人、皇都からの出場者が居るが、確かにその一人くらいにしか目は向かない。


 いつの間にかアスラさんの話は、この大会の規則になっていた。

「――――既に知ってはいることだろうとは思うが戦う為の規則を、再度言っておく。一つ。魔法は禁止とする。一つ。使用する武器は――――」

 魔法は禁止。

 剣のみでの試合とし、弓なども使用禁止。

 剣が破壊、もしくは手から離れれば負け。

 剣は寸止め。

 相手に大怪我をさせた場合も負け。

 勝ち抜き戦での戦いとなり、残り三人となった時点で総当たりでの勝負となる。

 大会出場者は十二名なので、つまり、四回以上は勝たなければ優勝はできない事になる。しかも最初の二回は必ず勝つ必要があり、負ければその時点でその者のこの大会は終わる。

「――――以上だ。優勝者には皇都の騎士団への推薦状を私が進呈するが、もちろんこの大会での名誉の方が諸君等にとっては重要なものとなるであろう。では健闘を祈る」

 広場の隅にこの小屋と同じような屋根だけの小屋があり、その場所がアスラさんが見物する為の椅子が用意されていた。そちらへとアスラさんは歩いていく。

 そこには立派な椅子が三つ用意されていて、アスラさん、ヴェルさん、そしてヴェナが座って見物するらしい。


 見物とは言っても、ただぼんやり見ている訳ではないらしく、アスラさんとヴェナは魔法を使ってはいないかを監視する役割を担っているらしい。

 いったいどうやって見分けるのだろうか?

 火炎塊や雷光を使えばアスラさんでなくても直ぐに判ると思うが、俺が脚を使う為に魔法を使う事など見ただけでは判らないと思うのだけれど。

 魔法を使うつもりはないが、なんだか不正が出来てしまいそうだ。

「あの人は力技でくるわね」

 ヴェナはまだ俺の横に立って、対戦相手の事を観察していた。

「そろそろ行かなきゃいけないんじゃないの? アスラさんは行っちゃったよ」

「タビトの為に観察してあげているんじゃない。判っているの? あなたはこの街の代表みたいなものなのよ。あなたが負けたらこの街の剣士は弱いだなんて言われちゃうのよ」

 この街からの出場者は俺だけだと聞いてはいたが、そんな重荷を背負わされる事になるとは思っていなかった。

 やっぱり出ない方が良かったのかもしれない。


「判っていると思うけど剣で受けちゃだめよ」

 対戦相手は巨漢の男で、見るからに力ずくでの勝負になりそうだった。

 口髭を蓄えたその風貌は三十から四十歳くらいかと思ったが、まだ十八だとヴェナから聞いて驚いてしまった。

 持っている剣も巨大であんな剣を、俺が持っている細目の剣で受ければ木っ端微塵に砕け散ってしまいそうだ。

 これまでラプやヴェナとの対戦でも剣を剣で受けるという事はやってはいない。

 最初の頃にヴェナの振った剣を剣で受け、こっぴどく怒られた事がある。

「そんなことしたら剣がすぐに使い物にならなくなっちゃうじゃない。(なまく)らになるくらいならまだいいけれど、折れちゃったりしたら反撃すら出来なくなっちゃうのよ」

 烈火の如く怒られた俺は、それ以来、剣を避ける事だけに集中するようになってしまった。

 おかげで反撃する事が苦手となっている。


「期待はしていないわ。頑張る必要もないけれど、負けたら承知しないわよ」

 ヴェナのよく判らない励ましの言葉を受け、最初の試合へと望む。

 なんとも嫌な事だけれど、この大会の初戦は俺の初戦となってしまった。

 少しでも他の人の戦いを見て参考にしたかったのだけれど……。


「タビト君、これに勝てば次は私との戦いとなる。ぜひ勝ってくれたまえ」

 いつの間にか俺の後ろ隣りへと立っていたソヴェイロンが話し掛けてきた。

 この金髪で白く派手な服を着た男はソヴェイロンといい、ヴェナの従兄弟で、一昨日、皇都からこの大会に出るために来たという事だった。

 この大会出場者で、一番真面に見える。

 ヴェナに「白竜公のご子息、ソヴェイロン様よ」と紹介されたが、その時はなぜ俺に紹介しているのか判らなかった。

 今朝になって対戦する事になるかもしれないと知って納得はしたが、やっぱり紹介は必要なかったのではないだろうか。

「しかし残念だ。ヴェナが出るのだと思って来てみたが、彼女は出ないと聞いてすぐにでも帰ろうかと思ったくらいだよ」

「ソヴェイロン様はヴェナに勝てる程、お強いのですね」

「えっ、あ、いや……、まだ一回も勝ったことはないのだが……」

「あっ……そうですか……」

 なんとも答えに困ってしまう。

 慰めるべきだったのだろうか?

「ところで、その椅子は? わざわざ屋敷から持ってこなければならない程大切な椅子なのかい?」

「ええ、これは……」

 その時、広場全体に届く程の声が広場に響いた。


「これより第一試合を始める。タビト、デヴィアス、前へ」

「あ、呼ばれたね。その椅子は僕が与っておくよ」

「え? あ、いえ、これ、試合に使うんです」

「え?」

 俺は椅子を持って広場の中央へと歩く。

 数歩を踏み出すと、これまで気にしていなかった群集が俺の方へと集中している事を身体で感じ、緊張が身体を強張らせた。

 俺と同じ小屋から出てきたデヴィアスと呼ばれた男は俺を見て薄笑いを浮かべる。

「おいおい、緊張しすぎだろ。あんた椅子を持ってきちゃってるぜ」

 緊張はしているが、余計なお世話だ。

 この椅子がなければ俺は戦う事ができないのだ。格好が悪いがこれが俺の戦い方なんだ。

 黙って歩いてくれ。

 俺が無視して広場へと歩くと、デヴィアスも黙って広場へと進んだ。


 広場の中央まで行くと、椅子を置き、その椅子へと座る。

 座った状態で脚の関節にある止め金を締め固定する。こうしておかなければ剣を避けた時に踏ん張る事が出来ずに椅子から転げ落ちてしまうだろう。

 魔法で脚を制御するのであれば、関節は自由に動ける状態にしておく事で歩く事が出来るけれど、魔法が使えず座っていなければならない今の俺は、義足をつっかえ棒として使う事になる。

 椅子には背凭れはなく、腰より少し低いだけなので、座ると脚は爪先だけが地面に付くくらいだった。

 やっぱり座り難い。


 さて、勝てるだろうか?

 ラプは負けてもいいと言っていたし、ヴェナだって期待はしていないと言っていた。気楽にやろう。

 木剣を抜いて、大きく深呼吸をする。

「座ったままで戦うのかい?」

「ああ、こうしないと戦えないんだよ」

 広場のあちらこちらから騒つきが聞こえてくる。

 なんだか恥ずかしいが、こうなれば最後までやるしかない。

 デヴィアスは少し後ろへと下がると剣を抜き、対峙する。

 もう一度、大きく深呼吸をした。


「両者、準備は良いか?」

 俺もデヴィアスも、アスラさんの声に深く頷き答えた。

「それでは、はじめっ」

 アスラさんの号令と共にデヴィアスは「どぁぁぁー」と叫びながら俺へと突進してくる。

 その巨体はどしどしと、まるで牛が突進してくるようで、動きは良く見えた。

 上段に構えられた剣が俺の前で振り下ろされるが、ラプやヴェナの早さに慣れている俺にはさほど早い振りには感じない。

 デヴィアスが振る巨大な剣を俺の剣で受ければ砕けるだろうし、それが相手の狙いなのだろうけれど俺の戦法は避けるという単純なものだ。

 これが実践であれば、上半身しか動かす事が出来ない今の俺は、避けたとしてもその剣は下半身を斬るだろう。

 あまり実践的ではない試合だけれど、それは俺にとっては好都合でもあった。

 ほんの少し、剣がぎりぎり避けられる程度に左へと避けると同時に俺の剣をデヴィアスの首へと突き付ける。

 瞬間、世界から音が消えたように広場が静まり、その次の瞬間、地響きのような歓声が広場を揺した。


「勝者、タビト」

 歓声の中にアスラさんの声が微かに聞こえ、俺は勝利を知った。

 再び先刻よりも大きな、地鳴りのような歓声が広場に広がる。

 デヴィアスは「うそだろ……」と呟き、負けた事が信じられないと言う顔をしている。

 俺は関節の止め金を緩めて立ち上がると椅子を持ち、元居た小屋へと歩きだした。


「お、おめでとう……」

 小屋へと戻ると俺へと拍手を送りながらソヴェイロンが言う。その顔はまだ信じられないというような顔をしていた。

「ありがとうございます」

「どうして、なぜ、座って戦うんだ? いったいどんな意味が、どんな戦術で……」

 ソヴェイロンはまったく理解ができないらしく気が動転しているように吃っている。

「私は魔法を使わなければ立つことが出来ないのです」

 そう言って俺は裾を上げて脚を見せた。

「その脚は……」

「はい。義足です。立つ為には魔法が必要になります。この大会は魔法が禁止されていますから戦う間は魔法を使えないので座って戦わなければならないのです」

「……そんな身体で、そんな状態で……」

 そう言うとソヴェイロンは口を噤んだ。


 次の対戦はこのソヴェイロンとなる可能性がある。いや、ほぼそうなるだろう。

 自分の弱点を教えてしまったのは失敗だっただろうか?


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