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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
2/30

再生? 義足?

 目を醒したのはどこか知らない場所だった。いや知らないというより暗すぎてどこだかを知る術がない。

 俺は動いてもいないのに身体がふっと軽くなったり、突然重く感じたりする。体調があまり良くない時にそんな感覚になった事があったけれど、それとも違うような気がする。

 風が強く感じられるが、空は晴れているようで星が見えた。

「目、覚めた? あまり動かないでね。落ちると面倒だから」

 突然、声が頭に響いた。

 そういえば巨大な生物に出会い、その生物と会話を交した時に、こんな感じがした記憶がある。

「おちる?」

 俺が寝そべっているこの場所は固いが岩ではなく、土のような感触でもない。

 どうやらあの生物の背中に乗っているらしい。

「ここは、あんたの背中?」

「うん。君は僕の背中に乗って、今は空の上だよ」

「空の上?」

「うん」

「あんたは鳥だったんだね」

「とり……ではないと思うよ」

 俺は、その巨大な生物の背中に乗って、空を飛んでいるらしい。


「横になってて。眠っていた方がいいと思う。体力はぎりぎりのはずだよ」

 横になっていろと云われるが、俺には立つ気力なんてない。

 気力の前に俺の脚は斬り落とされたという朦朧とした記憶があったが、あれは現実だったのだろうか?

 俺に掛けられていた毛布を身体を捻ってなんとか取りはらい、脚を見る。見事に両方共に無く、それを見たせいか、寒気が全身を走った。

「あ、寒いかな。高い所を飛んでるから少し寒いかもしれない。少し低く飛ぶね」

 そう云うと身体が軽くなったような感覚を覚える。

 暗くて判らないが、この生物は低空へと下りているようだ。


 寒さはあまり感じていなかった。脚が無いという事からくる、ちょっとした恐怖のようなものだったのだろう。

 それに、この生物の背中からは暖かさを感じる。確かに風は冷たかったが、毛布を被って、この背中で横になっていれば寒さは感じないだろう。

 取り払った時と同じように身体を捻り、口で毛布を咥え、なんとか身体へ毛布を掛ける。脚が無い分、身体だけを覆えばいいので思ったよりは簡単だった。


「あんた。なんなんだ? 鳥じゃないなら、人……、でも、ないよな」

「うん。竜だよ」

「りゅう?」

「うん。竜」

 初めて聞く名前だ。人以外で言葉を話す動物が居るなんて知らなかった。


 色々な事を訊きたかったが、身体中に痛みがあり、怠い。

 多分、頭に手を当てられれば熱を感じるだろう。

 話をする気力も無くなっている。今は大人しく横になっていた方が良さそうだ。

 俺は横になると、すぐにまた意識を無くした。それは眠ってしまったのか気を失ったのかは判らない。


 次に目覚めたのは、どこかの暗い部屋に在るベッドの上だった。

 ベッドはあまりにも質素で、俺の塒で使っていた自作のベッドの方がましな程に古く、がたついている。

「あ、目が覚めたんだね」

 目の前に居る子供は、村で俺を助けてくれた奴だ。

 手に明かりを持って俺の居る部屋へと入ってきたその子は、今日は獣の皮で作ったらしい服を着ていた。

 ぼんやりとした頭では、あまりよく思い出せないが、確か自分を竜と名乗ったはずだ。

「あぁ。えっと、あんたは竜といったか」

「え? ああ、竜という種族の、ラプという名前だよ」

「竜という種族の、ラプ……」

「うん。君は人間という種族の、……えっと、君の名前は?」

 そう言えば俺はまだ名乗っていなかっただろうか。

「俺はタビト」

 そう言って、身体を起すためにベッドへ手をつくと、腕に激痛が走る。腕だけではなく激痛が身体全体を走り、呼吸が出来なくなった。

「動かないで、腕の再生は成功したけど、半年くらいは激痛で動かせないと思うよ」

「……さい……せ、い……?」

 激痛で身体を動かす事ができず、口を開く事も難しい。呼吸が荒く、額にはべたつくような脂汗が浮いているのを感じる。

「うん」

 ラプと名乗るその子は、俺に掛かっていた数枚の毛布を剥ぎ、腕を見せてくれた。

 目に飛び込んできた俺の姿は、いつも見る自分の姿だった。

 そう、いつも見る、両腕が存在する、俺の身体だった。


 俺は腕を斬り落とされたという夢を見ていたのだろうか?

「腕が……。あれは夢だったのか……」

「え? 夢じゃないよ。君の、えっとタビトだっけ? タビトの腕は確かに斬り落とされていたんだよ」

 そう云って、ラプと名乗るその子は、まだ脚へは掛かっていた毛布を全て剥ぎとった。

 そこに在るべき脚は見えない。

 まるで、その部分だけ、まだなにかを掛けているかのように、俺の脚は見えなかった。

「あぁ……」

「見ての通り、脚は無い」

 気が遠くなる。

 俺はそのまま、また眠りに付いたらしく、次に目覚めた時には、真っ暗闇の中だった。


「うぅあぁああっ」

 悪夢に魘され目を覚ます感覚は嫌なものだ。

 目覚めた後でも、そこが真っ暗な空間であれば、不安はさらに大きくなってしまう。

「くっ。がぁ……」

 腕を動かそうとして、また激痛が走る。

 どうやら腕を「再生」したというのは夢ではなかったらしく、そこに腕が在るらしい毛布の膨らみと感覚があった。

 もう、どこからが夢で、どこまでが現実なのか、考える事すらできない。

 あの村での出来事から、この時点までに、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 この場所は、前に目覚めた場所と同じ場所なのだろうか?

 それともあれも夢だったのだろうか?

 俺を助けてくれたあの子は近くに居るのだろうか?

 俺はまだ悪夢の中に居るのではないだろうか?


 身体中に感じる気怠さと痛みに耐えながら、自分の状況を考えるが、やっぱり判然としない。

 暗闇の中で纏まらない考えをしていると、部屋の外で何かが動く気配がし、部屋の開かれた扉の先に小さな明かりが灯った。

 その明かりはこちらへと近づいてくる。

「あ、目が覚めた? 魘されていたようだけど」

 眩しさに目を細め、その人物を見る。

 竜といっただろうか。いや名前はラプだっただろうか。

「えっと、ラプだっけ……」

「うん。僕はラプ。君はタビト。僕は竜。君は人」

 そう云うと、笑顔を俺へと向ける。

 云うとはいっても目の前に居るこの子の口は動いていない。それは声ではなく俺の頭の中に湧いてでる何かだ。

 やっぱり俺はまだ、夢を見ているのかもしれない。


「お腹減っているかな?」

「おなか? ああ、そういえばそんな気はするかな」

 自分でもよく判らない。

 空腹だろうと言われれば、確かに空腹だと感じるが、なにか食べたいのかと訊かれると、これと言って食べたいものも思い浮かばない。

「待ってて。今、スープを温めてくる」

 そう云ってラプは部屋を出ていく。

 部屋の外で何かに火を付けたらしく、外がぼんやりと明るくなった。

 この部屋の外は、屋内ではないのだろうか?

 ぼんやりと入口の先に見える壁のようなものは、岩で出来ているようだ。


 少し待っているとラプが木の皿を持って戻ってくる。皿からは湯気が昇っていた。多分、スープというのは粥のようなものなのだろう。

 ラプが俺の身体をゆっくりと優しく起す。脚が無い所為か、座りが安定しない。

「少しだけ我慢してね」

 そう云うとラプは俺の身体をベッドの奥へと押し、壁へと凭れ掛れるように移動させた。

 小さな身体で俺の身体を起したり、移動させるのは骨が折れる事だろう。

 元がこの小さな身体なのか、それともあの巨大な生物なのかは判らないが、この部屋に居る時には子供のような姿なのだから苦労を掛ける事には違いない。


 俺の身体が安定したのを確認すると、ラプは木の皿を持ち、スプーンで皿の中のものを掬って俺の口元へと運んだ。

「口、開けて」

「え?」

「そうしないと食べられないよ」

 ラプはそう云うと微笑を俺へと向ける。

 俺は無意識にラプの持っている皿とスプーンを受け取ろうとして、腕を動かしてしまった。

 全身に激痛が走る。あまりの痛みに心臓が止まるのではないかとさえ感じ、気が遠くなった。

「無理しちゃだめだよ。新しい腕が身体に馴染む数ヶ月は動かすのは無理なんだって」

 痛みに堪えながら荒くなった呼吸を整え、ラプの顔を見る。

 相変わらずその顔には微笑を浮かべていた。

「はい。口を開けて」

 俺が半開きに口を開けると、ラプがゆっくりとスプーンを口の中へと入れた。

 初めて味わうその液体には具らしいものは入っておらず、薄塩味の優しい味がした。口に含んだその液体は、一瞬で身体中にしみわたるような感覚を感じさせる。

 その味に身体が震え、それと同時に涙がラプの持つスープへと落ちた。

「あらら。まあ涙だし、大丈夫だよね」

 そう云うと、ラプは更にスープを掬い、俺の口へと運んだ。


 この場所は洞窟の中らしい。

 通りで暗い訳だ。

 ラプの話では、洞窟の中に小さな小屋が建ててあり、その中に俺は居るのだという事だった。


「え? 外はユキ?」

 雪というものは見た事がない。

 話では寒い場所に白い「雪」なるものが降ると聞いた事はあるが、これまでに見た事はなかった。

 俺が住んでいた森は一年中を裸で過ごしたとしても問題が無い場所だったが、この場所は人が裸で居れば、ものの数時間で死んでしまうほど寒い場所だという事だった。

「それは見てみたいな」

「動けるようになったら見る事ができるよ。今は身体を治す事だけ考えて、安静にしていてね」

 いつものようにラプは笑顔だ。


 なぜラプは笑顔で居られるのだ。

 このラプは俺の面倒をずっと見ている。

 俺はこの洞窟に来て、既に一ヶ月が過ぎているそうだ。

 初めに目覚めた時には既に十日が過ぎていて、昨晩でほぼ一ヶ月の時間が過ぎているらしかった。

 その間、このラプは俺の側を離れずずっと面倒を見ていてくれたらしい。

 当然ながら俺は食事など出来ない。眠ったままの、俺の開かない口にスープを流し込んでいたそうだ。

 まともに飲み込む事ができないので何度も何度も口へ運ぶが、その殆どは口へは入らず、ベッドや身体へと流れてしまったらしい。


 スープはまだましだろう。

 問題は排泄物だ。

 これまでどれ程の糞尿をたれ流していたのだろう。

 それをラプは掃除し、俺の身体を拭き、全ての後始末をやってくれていたのだ。


 これまでは俺の意識はなく、排泄物の後始末など気にする事も無かったが、これからは目覚めたまま、その糞尿の処理を目の当たりにする事になった。

「頼む。身体を起して便所へ運んでくれ。激痛は耐えてみせる」

「だめだよ。無理なんだ。この辺りは人なんて住んでいないから便所なんてないし、外は極寒なんだ。タビトの弱った身体じゃ、あっという間に病気になっちゃう」

 ラプは笑顔でこの部屋でやれという。

 いつでも出来るようにと背の低い桶が俺の横に置いてある。

 小便はまだこれでも良い。

 問題は大便だ。

 三日は耐えた。

 四日目は無理だった。

 やる時は桶を尻に敷いてそこへ出せというが、その桶を尻に敷く事すらラプに助けてもらわなければ俺には出来ない。

 腕は付いているというだけで動かす事が出来ない俺には、糞尿を垂れ流すだけの事しか出来ない。

 ラプは優しい笑顔でシーツを変え、俺の身体を拭き、「もう耐えちゃだめだよ。身体に悪い」と云った。

 俺は恥しさと悔しさでラプが部屋を出ていくと、また涙を落とした。

 泣きたいのはラプの方のはずなのに。俺はなんて情け無いのだ。


 そんな羞恥心は三ヶ月もすると、まるで当然の事のように日常になってしまう。

 まるで俺は腕や脚と一緒に、人間である事すらも捨て去ってしまったのかもしれない。

 まるで肉の塊だ。糞袋だ。こんなものを人とは言えないだろう。


 半年が過ぎ、ラプがいつもとは違う真剣な面持ちで俺のベッドの横へと座った。

 椅子に座り、俺の腕をゆっくりと持ち上げ、指先を軽く触る。

「どうかな。感じる?」

 最近では以前ほどの激痛は感じなくなっていた。

 最初の二ヶ月程は寝返りを打つたびに激痛で目を覚ましていたが、最近ではそれはもうない。

 もちろん動かそうとすれば痛みがあるが、以前のような激痛ではなかった。

「うん。感触があるよ」

 それまで真剣に、慎重に、俺の腕に触っていたラプの顔に笑みが戻る。

「それじゃ、少し動かすよ。痛かったらいってね」

 ラプはそういうと、真剣な顔付きになり、指をゆっくりと内側へと折った。

「くっ」

 痛みが走る。

 指先に起きた痛みは、腕を伝わり身体を駆け抜けていった。

「痛かった? ごめん」

「いや、いいんだ。前よりは痛みは柔らいでいると思う」

 それは痛みに慣れてしまったからなのか、本当に柔らいでいるのか、あまり自信がなかった。だけど、以前程苦しむ事はない。


「それじゃ、こんどは左ね」

 そう云うとラプは右腕をゆっくりとベッドへと下し、俺の身体と右腕に触れないように気を使いながら、左腕に手を伸ばした。

 右腕と同じようにゆっくりと優しく持ち上げ、右腕と同じ事を繰り返す。

 左腕は、ラプからは俺の身体の向こう側にある所為で、小さな身体のラプには大変そうだった。


「うん。だいぶん良くなっていると思う。あと数ヶ月もすれば動いても問題ないと思うよ」

 この小屋にきて、何度泣いたのだろう。

 ラプの言葉にまた涙が頬を伝って落ちた。

「動けるようになったら街へ行こう。次は脚をなんとかしないと」

「あし……」

 そう言えば、脚はまだ「再生」とやらはされていない。

 また、脚の再生後には同じ激痛を味わう事になるのだろうか?


「脚も再生したら、またあの痛みがあるのか……」

「え? ああ、ごめん。まだ説明していなかったね」

「説明?」

「うん。……云いづらいのだけれど、脚は再生できなかったんだ」

「……そう、……だったんだ」

 もちろん残念だった。

 でも、ラプに文句を云うつもりはない。それどころか感謝をしている。

 命を救ってもらえただけではなく、両腕を再生してもらえ、その後の面倒まで見てもらっているのだ。

 例え、この命があと数ヶ月で尽きるとしても、ラプには感謝してもしきる事はないだろう。


「両腕はなんとか再生してもらえたんだけど、脚まで再生すると、今度は身体が持たないだろうって。腕だけでも限界ぎりぎりだったんだ」

「えっと、まるで誰かにやってもらったような云いかただけど、ラプがやってくれたんじゃないのか?」

「うん。外にいるじいさんにやってもらったんだ。僕じゃ再生は出来ないから」

「外? この辺りには人は居なかったんじゃないのか?」

「うん。人じゃないよ。竜の、氷竜のじいさん。創成の竜って言われているね。僕の師匠だ」

「ラプの師匠……」

「腕が使えるようになってから再生してよって、云ったんだけど、それじゃ遅すぎるらしいんだ。僕もよくは判らないのだけど、再生するにはあまり時間が経ってしまうとできなくなっちゃうんだって」

 ラプに良く判らないのであれば、俺にはもっと判らないだろう。

 それでもラプに対しては感謝しかないのは変わらない。


「代わりに義足を作ってもらうよ」

「ぎそく? それは?」

「えっと、まだどうなるかは判らないけれど、なんて説明すればいいんだろ……」

 ラプの説明では、元の身体のように動かすことができる偽物の脚だといわれる。

 それは再生と同じではないのかと訊くと「うん。違うんだ」といって笑顔を見せた。

「義足は痛くないらしいから、腕が治れば、もう痛い事なんてないよ」

 笑顔を絶やす事なく俺へと向けてくれるその顔は、子供の頃に聞いた事がある天使というものを思い出させた。


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