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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
19/30

杖? 義足?

 夕方になり木の剣を持って庭へと出た。

 ラプには「もう剣の練習はいらないかな?」と訊かれたけれど、別段これといってやる事もない俺は、やっておいて損がないならやってもいいだろうという考えになった。

 ヴェナに対しても「努力はしている」と言えるのだし、将来、なにかの役に立つ事もあるだろう。


 夕飯までの時間を木の剣を振って過ごす。

 朝食前、夕飯前に剣を振って過ごし、朝食後、昼飯後に歩くだけの事をする。

 努力なんてしているようには聞こえないかもしれない。

 将来は冒険者になる事になりそうだけれど、十五まであと二年。いや、一年とちょっとしかない。

 はたして冒険者になった俺はまともに暮らせているのだろうか?


「なにをやっているの?」

 突然の声に振り向くとヴェナが居た。

「見ての通り、剣を振っているんだよ。剣といっても木の剣だけど」

「あら、そうだったのね。踊りの練習でもしているのかと思ったわ」

「ラプとヴェナが踊るみたいにはまだまだ時間がかかるだろうけど、努力はすることにしたんだよ」

 ヴェナは訝しげに俺を見ている。


「まあいいわ。そんなことよりさっさと済ませちゃいましょ」

 そう言うと頭を下げる。

「え? なに?」

「ごめんなさい。私が悪かったわ」

「昨日の事? アスラさんにも言ったけど謝る必要はないよ」

「そう。それじゃ、これでお詫びは終わりね」

 アスラさんに言われて来たのだろう。口調からは自発的に来たとは思えない。

 あまり反省はしていないらしいけれど、まあ、俺も得るものがあったのだし詫びが必要だとも思わない。

「うん。もういいよ。俺にとってはこれからの事を考える良い機会になったし」

「そうよね。私はなにも間違った事は言っていないもの。お父様もお母様もどうして判ってくれないのかしら」

 やはり反省などまったくしていないようだ。


「あなたの所為でこれまでに無いくらい怒られたのよ。どうして私ばかりがこんな辛い目に合わなければならないのかしら」

 実際にヴェナのお陰で剣に対する嫌悪感も薄らいできている。将来の事についても考える事ができた。

 どれもまだ中途半端な事だけど、ヴェナの行動は俺に取って助けになってくれている。それが結果的にそうなっただけだとしても俺に取っては助けである事は間違えなかった。

「たぶん、自己中心的な行動が駄目なんじゃない?」

「……私が自己中心的? それじゃ訊くけれど、自己中心的じゃない人間なんて、どこに居るというの?」

「えっ? ヴェナ以外はそうなんじゃないかな」

「人間なんてみんな自己中心じゃない。あなただってラプの側から離れないのは自分の為でしょ?」

「それは成り行きだよ。確かに俺はラプの側から離れたいと思わないけど、将来は離れて暮らすかもしれない」

「離れようとするのも自分の為、あなたがそうしたいという自己中心的な考えからじゃない」

「……ラプが離れて欲しくないと言えば俺はラプの側にずっと居るよ」

「それは私が困るわ。ラプだけじゃなくて私の事も考えてよ。自己中心的じゃないならばそうすべきでしょ」

「……」

 なんだか話がずれてしまいそうだ。


「まあ、とにかく行動する前に他の人がどう考え、どう思うかを考えた方がいいんじゃないかな? 俺を追い出そうってアスラさんに言う前にアスラさんの反応を考えなかったの?」

「……タビトのくせに」

 そんな考えなどヴェナの中には無いものらしい。


「まあいいわ。そんな事より、あなたはなぜ木剣なんて振っているの?」

「えっと、色々あって。君が強くなれって言ったことが原因でもあるよ」

「そうじゃなくて、どうして木剣なの? 本物の剣を背負っているのにわざわざ木剣を使わなくても良いじゃない」

「え? まあ、そうだけど」

 なぜと言われてもこの木の剣はラプが持ってきたものであり俺の考えではなかった。

「たぶん本物の剣を見て俺が気絶しないようにって事だと思うよ。ラプが持ってきてくれたんだ」

「ラプってばどうしてそんなに甘いのかしら。本物の剣があるのだからそれを振ればいいじゃない」

 確かにそうだろう。

 今の俺は本物の剣を見ても大丈夫なのではないだろうか?

 剣身を見ても問題ないとは言えないけれど気絶する程の事はないかもしれない。


「もう帰るわ。ちゃんと謝ったのだからお父様やお母様から訊かれたらちゃんとそう言ってよね」

 俺が考え込んでいるとヴェナがそう言って背中を見せた。

 俺が剣の事であれこれと悩んでいるなんてヴェナにとってはどうでも良い事らしい。

「うん。判ったよ」

「それじゃ」

 屋敷の方へと歩いていくヴェナを見ながら俺はまだ剣の事を考えていた。

 これまでは剣を抜いてもそれを見詰めなければならないのだと思い込んでいたけれど、今は抜いた後に振りつづければ良いのだから、まじまじと見詰める必要はない。

 振るという事に集中すれば剣身から意識を逸らせそうだ。


 木の剣を地面へ置き、背負っている剣の柄へと手を伸ばす。

 剣の事を意識しちゃだめだ。

 そう自分に言い聞かせながら剣を抜く。

 金属が擦れる音が背中にぞわぞわとしたなんとも言えない感覚を感じさせた。

 振るんだ。

 ラプに教わった振りかただけを意識し、一心にその振りを繰り返す。

 できている。本物の剣を振る事が出来ている。

 吐き気も頭痛もない。

 もう、剣を恐れる事もない。


 どれ程の時間を振っていたのだろうか。

 腕に疲れを感じ、少しだけ痛みもあった。

 振るのをやめ、思わず剣身を目の前に翳してみる。

「うっ」

 まったく予期していなかったけれど、吐き気は俺の中にはまだ在ったらしい。

 すぐに背中の鞘へと剣を収めようとするが、鞘の口に剣の先を差し込む事に手間取ってしまう。

 なんとか鞘へと収めたが、その場に膝を付いて荒い呼吸を繰り返す事になった。

 まだまだ剣への恐怖は消えていない。

 それでも気絶しなかったのだから前進はしているのだろう。

 以前までに感じていた、剣身を見た時のあの凄まじい悪寒の感覚からすれば大きな進歩だ。


 遠くに見えるアスラさんの屋敷を見ながらヴェナへの感謝という感情が湧いていた。


 それから一年間は歩く事と剣を振る事に明け暮れた。

 歩く方は、まあ少し遅いかとも思うけれど、普通くらいには歩けるようになっている。

 まだ完全に意識から外して歩ける程ではないけれど、さほど意識を向けなくても歩く事はできていた。

 ただ、走る事はできない。

 ちょっとした早や歩き程度までしかできず、それも長くは出来ずにいた。

 ロヒさんもあまり期待はしない方が良いと言っていたので、これから先もこんな状態で生きていく事になるのだろう。

 さほど不便もないのであまり気にもしなくなっている。


 剣の方はというと、今ではトラウマなんて病気だった事を忘れてしまう程に慣れてしまった。

 今では剣身を見詰めても、剣身が反射する光を見ても、その金属音を聞いても、まったく気にならなくなっている。


 剣の腕前はというと……。

 まあ、一年間振っていただけで強くなれるはずもなく、ラプにもヴェナにもまったく歯が立たない。

 同じくアダクムさんにも歯が立たないが、あの人は俺の事を褒めてくれていた。

「避けるのが上手いな。紙一重で避けるなんてのはよっぽど目が良いんだな」

 そんな褒め方をよくされる。

 瞬間的に脚を動かす事や跳ねる事があまりできない俺には、剣の軌道を良く見て上半身だけで避ける変な癖が付いてしまったらしい。

 縦に振られる剣であれば、結構避ける事ができている。だけど、横に振られる剣は後ろへ下がる為に脚を素早く動かす必要があるのであまり避ける事ができなかった。

 まだまだ実践では役に立たないだろう。


「そろそろ十五だよね?」

 ある日、夕飯を食べているとラプがそんな事を訊いてくる。

 実は俺自身、正確な誕生日というものが判らない。

 親代わりだった小父さんは俺の生まれた年は知っていたが生まれた日は知らなかった。

「うん。たぶん」

「それじゃ、そろそろ飛ぶ練習をしよう」

「へ? 飛ぶのに歳が関係あるの?」

「関係ないよ」

「……それじゃなんで歳を訊くのさ」

「なんでだろ? アスラもヴェルも十五くらいで練習を始めたって聞いたからかな?」

「……まあ、飛べるのは大歓迎なんで、練習はしたい」

「うん。それじゃ、明日からね」

 そう言うといつもの笑顔でスープを美味しそうに口に入れていた。


 飛ぶ事は簡単だった。

 風魔法を足の裏へと当てれば宙に浮き、そのまま身体を前傾させれば前に進む。

 もちろん慣れるまでは難しかったが、慣れてしまうと歩くよりも簡単だと感じる。

 複雑な脚の動きを考えなくて良いのだから、こっちの方が楽だ。

 今では歩く事もさほど考えなくても出来るようにはなっていたが、それでも飛ぶ方が楽なのは変わらない。

 朝から始めた練習は、日が暮れる頃にはほぼ問題なく飛べるようになっていた。


「なんだか飛べるようになるまで早かったね」

 夕飯を食べながら話すラプは楽しそうだ。

「そうなの?」

「うん。アスラもヴェルも一週間くらいかかったって言っていたように思うよ。一ヶ月だったかな?」

「そんなにかかるものだったんだ」

「うん。僕は一時間くらいだったけど、人が一日で飛べるようになるなんて早い方なんじゃないかな?」

 なんだか褒められているようで嬉しい。

 そして、飛べるようになると言う事はこれまで動きの鈍かった俺が、もっと素早い動きが出来るようになったと言う事でもある。

 今度ヴェナと剣の手合わせをする時にでも使ってみよう。


 そのヴェナはこの一週間、姿を見せていなかった。

 これまでに三日と空けて来ないという事はなかったヴェナが一週間も姿を見せていない。病気にでもなったのだろうか?

 ヴェナの場合は、なにかをやらかして家から出してもらえないという方がありそうではあるが。

 しかし、次の日にはその姿を見る事が出来た。


「ラプッー」

 俺が歩く練習をしていると、遠くからヴェナの声が聞こえる。その声の方を見るとヴェナが飛んでいた。

 走るよりも早い速度でこちらへと近付いてくる。

 身体を少し斜に構え、低く腰を落とし、両手を下げた状態から少しだけ広げて姿勢を保っているらしい。

 あっという間に小屋の玄関前で座っているラプの目の前まで来ると、その場で円を描いて飛んで見せている。

「どう? すごいでしょ」

 その顔は嬉しそうにはしゃぐ子供のような笑顔で、俺は初めて会った時のヴェナを思い出していた。


「ヴェナも飛べるようになったんだね」

 ラプは笑顔でヴェナに答えていた。

「ええ。ロヒ伯父様に誕生日のお祝いでこれを貰ったのよ」

 その場に浮いたまま腰を捻り、その捻った腰に下げている小さな杖をラプへと見せた。

「へえ。凄いね。僕が見た事がある魔導具の中で一番強力に見えるよ」

「そうでしょ。お父様も凄いって言っていたの。もうゼノ様の杖はいらないって」

 魔導具というのは魔力を高める事ができるものだと聞いた事がある。

 俺もあの杖があればもっとすごい魔法が使えるようになるのだろうか?


 その杖を見ようとヴェナへと近付いていった。

 ヴェナは俺が近くまで来た事に気付くと自慢気に杖を見せる。

「どう? これで魔力だけなら、その義足なしのあなたとほぼ同じくらいになったわよ」

 意味がよく判らなかった。

「義足なしの俺と? どういう意味?」

「そのままの意味よ。あなたは卑怯よ。その両腕だけでも卑怯なのにロヒ伯父様の義足だなんてお父様だってそんなに強力な魔導具は使っていないわ」

「……」

 まったく意味が判らない。

「タビト、その義足は魔導具も兼ねているんだよ」

 ラプの言葉に俺は脚を見る。

「義足が魔導具?」

「うん。その義足は魔導具でもあるんだよ」

「……」


 まったく知らなかった。

 ヴェナの杖を羨ましいと思っていたけれど、既に俺はその魔導具を持っていたらしい。

「あなた、知らなかったの? まったくどうしてあなただけそんなに良い思いをさせてもらえているのかしら……」

 四肢を無くす事が良い事だとは思わないけれど、確かに俺は恵まれているのだろう。


「ところで、その足元の板はなに?」

 ヴェナが飛んでいるその足元には小さな板が在った。

 見た目にはその板の上に乗り飛んでいるように見える。

「これは飛ぶ為に必要な板よ。これで風を受けて飛ぶの。あなたも飛べるようになれば判るわ」

「タビトはもう飛べるよ」

「へ?」

 ラプの言葉に間の抜けた声を出し、ラプへと視線を向けるヴェナ。

 次の瞬間、怒っているかのような形相でこちらへと顔を向け、俺を睨みつけていた。

「あなたは……」

 ヴェナは怒りを我慢しているかのように言葉を飲み込んでいた。


「今日は勝負してあげるわ」

 ヴェナはそう言うと飛ぶのをやめ、板から下りると腰の剣を抜く。

 いつもは俺の相手などつまらないといって渋っているけれど、今日はヴェナから挑んできてくれた。

 よほど悔しいなにかがあったらしい。

「え? あ、うん。ありがとう。その前に板の意味を教えてもらえるともっとありがたいかな」

「あなた飛べるんでしょ? どうして知らないの?」

「俺が質問しているんだけど……」

「タビトは僕と同じで、板なしでも飛べるんだよ」

「へ?」

 先刻と同じように間の抜けた声を出しラプへと視線を向けるが、今度は肩を落とし溜息を吐いた。


「なんだか馬鹿馬鹿しくなっちゃった……。帰るわ」

 そう言うとヴェナは飛び去ってしまった。

 あの板は結局なんだったのだろう?


「タビトは僕と同じように足の裏に風を当てて飛ぶでしょ? あの板がその足の裏の変わりなんだよ。人だとあれくらいの大きさが必要なんだって」

 ラプが板の説明をしてくれる。

「俺はどうして板が無くても飛べるの?」

「さあ? 板がなくても飛べるくらい魔力が強いってことかな?」

「へえ。そうなんだ」

「うーん。違うかなぁ」

「……」

「僕にはヴェナやアスラなんかと、さほど違わないように感じるんだけどなぁ……」


 その答えは定期的に会いにいくロヒさんから教えてもらう事になった。

「歩く為に脚に魔力を集中して念動を使っていたでしょ。あれが足の裏ほどの広さであっても上手く風を当てて制御する為の訓練にもなっていたんだよ」

 歩く練習は板なしで飛ぶ練習にもなっていたらしい。


 この五年で、俺が知らない間に、俺の中に色々なものが入ってきている事を知った。

 この五年という月日は俺の中で俺の知らない力が育っていたらしい。俺はその事に気付きもせずに生きていたようだ。

 俺は五年前の俺とはまったくの別人になってしまっているのかもしれない。


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