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帰する人  作者: 山鳥月弓
神の国での生活
18/30

謝罪? 将来?

 朝早くから起こされ、庭へと出ると木で出来た剣を渡される。

「それを振ってみて」

 振れと言われてもやった事がない剣の振りかたなんて判らない。

「こう?」

 剣を上下に振ってみる。

「えっと、もっと後ろまで振りかぶって、……そう。そこから目の前にあるものをスパッっと切るような感覚で振り下ろす……」

 木で出来た剣を振り下ろすと、ヒュンという音がし、空を切った。

「うん。そんな感じで、それをやってて。朝食が出来たら呼びにくるね」


「え? あ、うん」

 ラプは小屋へと入り、一人その場に残された俺はよく判らないながらも言われたように木の剣を振った。

 どれくらい振っていたのだろう。腕に疲れを感じてきたので少し休憩を取る事にする。

「これで強くなれるの……か……」

 ラプとヴェナを見ていたからか、もっと激しい動きを想像していたが、地味な剣を振るだけの事に期待外れという感想を持った。

 もちろん昨日、今日で簡単に強くはなれないだろうとは思うが、さすがにこれは地味すぎではないだろうか?

 ラプが言う事なので間違えはないのだろうけれど、さすがにこれはすぐに飽きてしまいそうだと感じる。

「まあ、やるしかないか」

 ラプを信じよう。


「どうだった?」

 朝食を食べながらラプに訊かれるが、どうと言われてもなにも実感がない。

「腕が疲れた……」

「うん。そうだよね」

 ラプは笑顔でそう言うと朝食を口へ運ぶ。

「あれで強くなるの?」

 ラプを信じてはいるけれど、そう訊いてしまう。

 ラプは口をモグモグとさせながら少し考え、飲み込んでから口を開く。

「どうかな……。タビトは他の人とは少し違うからね。脚の事を考えると他の人より不利な事は間違えないよ」

「えっ。じゃあ、あまり強くはならないってこと?」

「続けれていれば強くはなると思うよ。何もしていない人よりは十分に強くはなるよ」

 それはヴェナが言う強くとは違っているのだろうか?

「ヴェナが満足するくらいの強さにはなれるの?」

「さぁ? それはヴェナじゃなきゃ判らないね」

「どれくらい続けていれば人の役に立てるくらいになる?」

「さぁ? アスラやヴェナは今でも毎日、剣を振っているよ。どれだけ強くなっても目指す強さは変わっていくのかもね。それは人の役に立つかではなくて自分自身の為じゃないのかな?」

 ヴェナでさえ毎日俺が朝にやったような事をやっているのだろうか?

 つまり永遠にあの地味な剣を振るだけの事を続ける必要があるらしい。

「人の役に立つのは剣だけじゃないのだし、そんな事、気にしない方がいいと思うよ」

 先が見通せなければ目標も立てられない。目標もなく剣を振るだけの練習なんて俺に続けられるのだろうか?


「ラプがアスラさんに頼まれている仕事を助けることが出来るくらいに強くなれるのはどれくらいかかる?」

「……」

 ラプは目をぱちくりと瞬かせ、驚いたような顔をしたまま食事を口へと運んだ。

 口の中のものが無くなると言う。

「タビトが何を考えているのか判らないけれど、タビトがどれ程強くなったとしても、僕の仕事にタビトの助けを借りることはないよ」

「どうして?」

「僕でなくても良いのであればアスラは僕に仕事を持ってはこないよ。正直に言えばタビトが僕の助けが出来るようになるほど強くなる事はないと思っている。強くなっても僕はタビトにそんな事をさせるつもりもないけどね」

 俺ではラプの助けにはならないらしい。いったいどんな仕事をしているのだろうか?

 役に立てなければ俺はやっぱりこの屋敷を追い出される事になってしまう。


「タビトは僕の事なんて考えなくていいんだ。タビトはタビトの為だけに、自分がやりたいことをやっていいんだよ。強くなっていればやりたい事ができた時にやれる選択肢も増えるのだから、剣も強い方がいいはずでしょ」

「強い方がいい仕事ってあるの?」

「うん。例えば、この国の兵士として働くこともできるし、冒険者として世界を見て回ることもできる」

「兵……」

 俺の腕を斬り落としたあの兵士の顔が浮かぶ。

 あんな事をする奴等と同じような仕事はしたくない。この大陸の兵士と呼ばれる人達は俺の居た大陸の兵士とはまた違うのだろうか?

 違うとしても兵士と呼ばれる者になりたいとは思わない。

「冒険者って?」

「そのままだよ。冒険するんだ。世界中を見て回る事ができるよ」

 楽しそうではあるけれど、それが仕事なのだろうか?


「見て回るだけで仕事になるの?」

「見て回るだけだとお金は入らないからね。冒険者の組合から仕事を貰ってその仕事をするんだ。そのお金で旅をするんだよ」

 なんだか良くは判らない職業もこの大陸にはあるらしい。

「僕はアスラとヴェルとで冒険者をやっていたんだよ。短い時間だったけれど楽しい時間だった」

 ラプの楽しいという言葉は俺の興味を引く。

 いつになるのか判らないけれど、近い将来、俺はこの屋敷を出ていかなければならないだろう。

 明日にでもすぐという訳ではないかもしれないが、ヴェナの話し方次第で、それこそ今日中にでも出ていかなければならないかもしれない。


「その冒険者って剣が強くないとなれないの?」

「ん? そんな事はないよ。ヴェルは剣を使わないけれど十分に冒険者として働いていたし」

 ヴェルというのはヴェナの母さんの事だったはずだ。

 ヴェルさんは剣の事は判らないと言っていた。

 あの優しそうな人が出来るのであれば俺にも出来るのではないだろうか?

「俺も冒険者になれるかな?」

「うん。なれると思うよ。別に剣士でなければならないということはないからね。魔力を持っているタビトなら問題ないんじゃないかな」

「え? 魔力?」

「うん。剣士か魔導士であればなれるよ。タビトは魔導士として冒険者になることが出来るね」

 この屋敷を追い出されても冒険者として仕事ができるらしい。

 俺はほっとしていた。この屋敷を追い出された俺は、途方に暮れるしかなかったけれど、その冒険者とやらになれるのであれば生きていけるようだ。


「どうやれば冒険者になれるの?」

「冒険者組合に行って登録すれば冒険者だよ」

「それだけ?」

「うん。あ、なんだか試験があったかな。僕の時は火炎塊を飛ばせれば良かったはずだけど今もそうなのかな? なんにせよ、それ程難しいことはないはずだよ」

「冒険者……」

 冒険者というものに興味を引かれていた。


 玄関の扉が開く音がする。

 こんな朝早くから来る人と言えばヴェナくらいだろう。

「ラプ、タビト君、居るか?」

 そう言いながら入って来たのはアスラさんだった。

 黒い服を着て、いつもとは違う見た目だったためか、一瞬誰だか判らなかった。

「あ、食事中だったか。すまんな」

 アスラさんは僕とラプが向かい合って座っているテーブルへと付いた。

「もう朝の鍛錬は終ったの?」

「ああ、今日は早めに切り上げたんだ」

 アスラさんは汗こそかいていないが、少し赤らんだ顔から先刻まで剣を振っていた事が判る。ラプが言ったように毎日やっているのだろう。

「アスラも食べる?」

「あ、いや、すぐに帰るからいいよ」

 そう言うとアスラさんは俺の方へと目を向けた。

 いよいよ俺はこの屋敷から追い出されるらしい。

 まさかこんなに早く、その時が来るとは思っていなかった。

 俺は冒険者として生きていく事になるだろう。今の所、それしか生きていく方法が見当たらない。ラプに冒険者の事を聞けて良かった。


「タビト君、娘が馬鹿な事を言ったらしいが、赦してやって欲しい。本当に申し分けないことだ。この通りだ。すまなかった」

 アスラさんはそう言って頭を下げた。

「え? いえ。えっ?」

 突然の謝罪に俺の方が動転してしまう。

 ラプはなにが起きているのかとポカンとした顔でアスラさんを見ていた。

「あ、えと、顔を上げてください。アスラさんが謝るような事じゃないです」

「ああ、そうだな。ヴェナにも後で謝りに来るように言っておく」

「いえ、そんなつもりで言ったんじゃないです。謝ってもらう必要はありませんよ。ヴェナが言ったことは本当のことだと俺も思います」

「本当のこと? それじゃこの屋敷に住んでいる子供達は全員追い出さなきゃならない。君は知らないかもしれないが、この屋敷には数十人の子供が住んでいるんだ。君のような子供が気にするような事ではないよ」

「え? そうだったんですか……」

 この広い屋敷をあまり歩いた事がない俺は、この屋敷の中に子供が居るだなんて思いもしなかった。

 でもそれはまだ十歳にもならないような子供ではないだろうか?

「俺はもう十三ですよ。子供といっていいのでしょうか?」

「え? あはは。十分に子供だ。この大陸で大人扱いができるようになるのは十五くらいからだな」

「そうだったんですね……」


「それで、なんの話か説明を訊いてもいいのかな?」

 それまで黙って聞いていたラプが口を開いた。

「ん? ラプは聞いていなかったのか? ヴェナがタビト君を追い出すような事を言ったということを」

「追い出す?」

「ああ、弱い邪魔者だから出て行ってもらうと言ったそうだ。本当に馬鹿な娘だ。自分をなんだと思っているのだ」

「それでタビトは強くなりたいって言ったんだね」

 そう言うとラプは俺へと視線を向ける。

 俺はなんだか恥ずかしくなり視線を外した。

「まったく馬鹿な娘だ。いったい誰に似たのやら……」

「アスラにそっくりだと思うよ」

「えっ? 俺に?」

「うん。状況も考えないで強い相手がいればすぐに試合をしろと言ったり、人に助けを求めもしないで自分の中で抱え込んだり、そっくりだよ」

 ラプの笑顔にアスラさんは引き攣った笑顔を見せる。

「……。そうか……。帰るよ」

 アスラさんは引き攣った笑顔から苦笑いへと表情を変え、立ち上がると玄関へと歩きだすが、すぐに俺へと振り返った。

「ああ、そうだ。タビト君。今回の事は本当に申し分けないことだった。君が大人になったからといっても、この屋敷から出て行けなどと言うことは私が生きている間にはないから、そこは安心してくれ」

 そう言うと小屋を出ていってしまった。


「よかったね。心配事がなくなって」

 ラプが笑顔を向けるが、俺は出て行かなければならない事を心配していたかと言うと、少し違うと感じる。

 もちろん急に出て行けなどと言われれば途方に暮れる事になるけれど、ラプが居ればなんとかしてもらえるだろうと、どこかで安心していた。いざとなればロヒさんの小屋に住まわせてもらえるとすら思っていた。

「違うんだ。俺は……」

 そう、俺はこれからの自分がどうなるのかが心配だったんだ。

「俺は、これからどうすればいいと思う?」

「どうって? この屋敷で暮らせばいいんじゃないのかな?」

「なにをして? みんな仕事をしてこの屋敷に居るんでしょ? 必要だからここに居られるのでしょ? なにもせずにただ暮らしているなんて、ヴェナじゃなくても邪魔者だと思うんじゃない?」

「……タビトはなにかやりたい事があるの?」

 それが判らない。なにが出来るのかも判らない。

 冒険者の事だって、本当にやれるのかなんて今の俺では判らない。

 今、目の前にぶら下がっている「やりたい事」は、その冒険者くらいしか選択肢がなかった。

「今は冒険者、かな……」

「そう。それじゃ十五になったら冒険者組合に行って冒険者登録すればなれるよ」

 あっさりと俺の将来が決まってしまった。


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