『5』
虹で出来た道を逆行しながら進んでいった先。
そこは周囲の景色が歪み、現実には存在し得ないような奇怪なオブジェが乱立する空間だった。
そんな中で赤城てんぷが辿り着いたのは、現実にはあり得ないような捻じれた構造をしている歪な建物の屋上であった。
何もかもが見ているだけで正気を失いそうになる光景であったが、赤城てんぷは臆することなく眼前を見据える。
赤城てんぷの視線の先……そこにいたのは、見るからに怪しげな文様や文字が書かれた衣服に身を包んだ、一人の男性だった。
顔が見えずとも全身から迸る妖気に加えて、隠そうともせずにこちらへと放たれる――極大の殺意。
そんな相手の様子から何かを察したのか、赤城てんぷが表情はそのままに軽い口調で相手へと語りかける。
「直に見るのは初めてだが、噂に違わず本当にスゲーもんだな。……こんなとてつもない異界に繋がる虹をいくつも作り出せるのはもちろんだが、特にヤバいのはそんだけの現象を行使したにも関わらず、アンタ自身は一切消耗してないってところだ」
赤城てんぷ達が受けた現象がどのような原理によって引き起こされたものなのかは分からない。
だが、文字通り世界間を跨ぐほどの大規模な現象を個人の力で――しかもなんの代償もなく引き起こすなど、まさに天変地異という他ないだろう。
にも関わらず赤城てんぷは、そのような超常の力を行使する相手を前にしても一歩も引くことなく、射抜くような視線とともに相手の正体を告げる。
「『世界そのものを欺く』って評判が大言壮語でも何でもないのは分かったが……おっかない“妖術師”様が俺に一体何の用がお有りなんで?」
――“妖術師”。
世間一般では、怪しげな術を使う存在として魔術師などと混同されがちではあるが、それはまったくの誤りである。
魔術師がその長い年月の末に蓄積した叡智と複雑に体系化した術式を用いて『この世界の真理を読み解くこと』を至上命題にしているのとは異なり、妖術師とは、自身の詐術を用いて人ではなく『この世界そのものを欺く』者達のことを指す。
妖術師という存在に、複雑な術式や“妖力”などと呼ばれるような力を行使するのに必要な力などは全く存在しない。
彼らはただ単に世界に染み渡るほどの深き呪詛と巧みな詐術を用いて、世界そのものに『妖術師である自分は、最初からこのような能力を行使できる存在である』と誤認させることにより、異能としか言いようがない圧倒的な能力を気ままに振るい、超常じみた現象を遊び感覚で引き起こしながら、幾度もこの世界に混乱と破滅をもらたしてきたのである。
定められた摂理すらをも玩具のように弄ぶ者達――それこそが、“妖術師”と呼ばれる存在であった。
そんな人ならざる力を行使する“妖術師”である男が、ゆっくりと――けれど確かな怒りを込めて語り始める。
「……この期に及んで『何の用か?』などと、よくもそのような戯言を抜かせたものよな、赤城てんぷ……ッ!!いや、この“妖術師”である私を騙そうとしているのなら、それはそれで“悪”の象徴たる“山賊”らしいとでも褒めてやるべきか?」
そんな相手の態度に、ヒュウッ、と口笛を鳴らしたフリをしながら軽薄に赤城てんぷが答える。
「おいおい、アンタとは初対面のはずなのに、そこまで一方的に敵意を向けられる覚えなんて全くないぜ!俺がアンタに一体、何をしたっていうんだよ?」」
そんな赤城てんぷに対して、妖術師はフン、と鼻を鳴らす。
「しらばっくれても無駄だ。…… 『人界最後の砦』と称される“山賊”。そんな貴様が仲間を引き連れて迅速に動き始めた以上、我が計画をどこからか察知し、それを阻害しようとしているのは最早明白……ッ!!」
――いや、ただ単に大家との会話しているうちに、ラノベ業界を完膚なきまでにブッ潰したくなったから他の奴らを引き連れて襲撃しに行こうとしていただけなんだが……。
そんな胸の内をポロっと赤城てんぷが呟きそうになるよりも先に、眼前の妖術師がこれまで以上の怒気とともに叫ぶ。
「だが残念だったな!赤城てんぷッ!!……どこから我が崇高なる計画を嗅ぎつけたのかは知らんが、ここまで事態が進んだ以上、貴様らの奮闘はすべて無為なものとして終わると知れィッッ!!!!」
「……ッ!?んだと、テメェ……!!」
反発する赤城てんぷを見て、ようやく僅かながらに溜飲が下がったのか、今度は高らかに両手を天に広げながら寿ぐように妖術師は告げる。
「そういえば名乗りが遅れたな。……我が名は異哺儀 盤斎。"虹"を渡る妖術師にして――この世界から、“ライトノベル業界”を跡形もなく消滅させる者である……!!」