『3』
「ラ、ラノベ業界を完全に叩き潰す、だって!?――赤城の旦那、『山賊小説で世界を平和にする』ってのはBe-hype.全くの嘘ッパチってことなのかよ!?」
ボブがそのように驚くのも無理はない。
『人界最後の砦』と称される“山賊”である赤城てんぷという人物が、よりにもよってその真逆ともいえる人々の営みを脅かすような発言を口にするなどとは、普段から「世の中は嘘っぱちだらけさ」と嘯くボブをもってしても到底信じられないことだったのである。
そんなボブに対して特に動じることなく、赤城てんぷはこれまで同様に淡々と答える。
「……失敗率5%以下でのトレーニングミス、育成が終わったもののスキル構成やステータスの仕上がりに満足できずに移籍させまくったウマ達、そして、幾度も敗北を重ね続けたマイルチャンミ。……もう少し利口だったならどこかでゲームを引退するという選択肢もあったかもしれないが、俺はマイルコースを勝利し全コースのチャンミを制覇するまで強くなるために目ぼしいサポカは完凸出来るまで引き、『次に開催されるマイルチャンミのコースに有利になるかもしれない!』という判断から。例えコース適正がなかろうと好みのムチプリ♡体型でなかろうとキャラガチャは全員引き当てるくらいのつもりで天井近くまで課金しまくることも一度や二度じゃなかった。なんなら、Googleplayポイントはダイヤモンドクラスになっている」
それを聞いた助手席のボブの口からわずかに「ヒッ……」と彼らしくもない短いうめき声が上がる。
そんな引きつった横顔には目もくれずに、赤城てんぷは話を続ける。
「『刻みつけられた絶望や屈辱は、完全な勝利を掴み取ることでしか晴らせない』……そんな執念もあってか、俺はようやく念願のマイルチャンミを勝利し全コースのチャンミを制覇したが、得たものは達成感以上に『二年間追い続けた目標がこれでなくなったのだ』という喪失感。――そして、それら以上に実感として残ったのは、日常生活に帰還出来たことによる安堵だった……!!」
そこまで語ってから、わずかに目線を下げる赤城てんぷ。
その姿はまさに、激しい死闘の果てに己の確固たる人間性と自由を取り戻した剣闘士を彷彿とさせるものであった。
それを聞いたボブは、何かに気づいたようにワナワナと震えながら――緊張した面持ちで再度彼へと問いかける。
「そ、それじゃあアンタは――さながら新規キャラと強力なサポカに課金させるかの如く、キャッチーなイラストと引き込むスカイ!な内容で数多の読者に“過剰な消費”を促し、書籍化という目標のためにさながらグレードリーグチャンミ同然の“熾烈な競争”を作家達に繰り広げさせてきた“ラノベ業界”という閉ざされたゲートから、全てのなろうユーザー達を真に自由な創作活動へと開放するために、ラノベ業界そのものに戦いを挑もうとしてるのか!?」
――活動する場は違えど、重課金ガチャや過酷な因子周回に苦しんだかつての自分のような者達を生み出すわけにはいかない。
そんな赤城てんぷの悲壮なまでの決意を目の当たりにして、思わず息をのむボブ。
だが、沈黙している場合などではない。
――ここで確認しておかなければ、赤城てんぷはこの先どれだけ後悔しても取り返しのつかない選択を己の意思ですることになってしまうかもしれない……!!
そう判断したボブは、焦りを隠そうともせずに恐れていた疑問を口にする。
「まさか、アンタはラノベ業界だけじゃなくて――いや、下手するとそれ以上に“過剰な消費”と“熾烈な競争”の象徴ともいえるウマ娘というコンテンツの事も……!?」
驚愕するボブに対して、赤城てんぷが間髪入れずに答える。
「――無論だ。俺はもう強さにこだわる必要はないから、どんなサポカがピックアップされたとしてもスルーするつもりだし、新キャラが実装されても天井まで課金するのはムチプリ♡な身体つきをしたナリタトップロードとタップダンスシチーの二体まで!と心に決めている。……だが、今度switchから発売されるウマ娘の新作ゲームのパッケージ絵でツルマルツヨシもトプロ同様にムチプリ♡かつ『もしも共学だったら、クラスの童貞男子高校生を勘違いさせそうなウマ娘枠なのではないか?』という事実に気づいたし、シュバルグランちゃんも陰キャな性格に反して愛らしい童顔と立派な胸部装甲を持ってるからブヒヒッ……♡と庇護欲を掻き立てられるし、シリウスシンボリも二次創作で上げられるイラストとかがわりとエチチッ!で俺好みだからここら辺が実装されたらまた話は変わってくるかもしれない」
「……そっ、か」
その短くも呟くような返答に込められたのは、如何なる感情だったのだろうか。
ただこのときのボブには、赤城てんぷがダブスタ仕草でウマ娘だけを無罪にしたこと以外、何一つ分からなかった。
(……とはいえ、普段周囲の連中を翻弄している俺がこうも好き勝手に振り回されるとはな。――だから、この人の傍にいると飽きないぜ!)
そのように内心で独白しながら、すぐさま小さく苦笑を浮かべるボブ。
柄にもなく取り乱すのはここまでだ。
いずれにせよ、こまでついてきた以上は最後まで突き抜けるのみ。
途中下車は許されないし、野暮というほかないだろう。
「……いや、ここはやはりBe-hype.と言うべきか?」
「ん?どうした、ボブ?」
これまでの様子から一転していつもの調子で語りかけてくる赤城てんぷに対して、ボブも「なんでもないさ」と軽く答え、後ろの席でつくるとたもつがキャピ♡キャピ♡とこれまで通りにイチャつく。
まとまりはないものの確かな賑わいを見せながら、彼らを乗せたオープンカーはさらにDream Driveしていく――。
――男子高校生カップルであるつくるとたもつ。
――黒人留学生のボブ。
――そして、既存の社会秩序を蹂躙し、新時代を切り開くとされる山賊の赤城てんぷ。
これほどのポリコレ率120%超えの顔ぶれに満ちた四名が乗り込めば、ラノベ業界が委縮して壊滅的な打撃を受けることになるのは火を見るよりも明らかである。
陽気な車内の雰囲気とは裏腹に、刻一刻とラノベ業界に滅びの時が迫ろうとしていた――。