『1』
――評判の定食屋で友人達相手に「この先、新海誠監督の“君の名は”を観客動員数で超えられる可能性のある作品は、もはや“劇場版 トリニティセブン”をおいてほかになしッッ!!!!」と力説していたのは、果たしていつの頃だっただろうか。
そんなどうでもよいことを小一時間考えるほどに、山賊なろう作家である赤城てんぷは燃え尽き症候群に陥っていた。
こうなった理由は、先月の日曜日。
この日は彼にとって長年の悲願である『ウマ娘 チャンピオンズミーティング』におけるマイルコースの決勝戦が行われる日であった。
短距離・マイル・中距離・長距離・ダート。
それら五種類のコースのうち、唯一赤城てんぷが何度挑んでも負け続けてきた“マイル(短距離と中距離の間となる1600m前後の区間)”のレースに勝利し、すべてのコースチャンミを制覇達成出来るかどうかはこの一戦に賭かっていた。
「決勝前日は深夜の3時まで寝つくことが出来なかったうえに、そのくせ心臓があまりにもバクつき過ぎて翌日の朝7時前に強制的に目覚めさせられたからな……あの後の“ひろがるスカイ!プリキュア”のそこはかとないエチチッ!さ加減とキングオージャーの作劇の上手さがなければ、俺は決勝開始の正午まで正気を保つのは不可能だったかもしれないな……」
そのように独りごちる赤城てんぷ。
決勝の数日前から視力がガタ落ちするくらいにiPadと対峙しながら育成していた甲斐もあってか、メンバーのステータスの仕上がりは申し分ないものとなっていた。
だがここに至ってまたしても赤城てんぷは、短い区間の距離のレースであるにも関わらず、序盤の速度上昇と終盤接続加速スキルをエース格のメンバーに積み忘れるという痛恨の判断ミスを犯していたのだ。
――ぶつかる相手次第によっては、ステータスなど関係なしに負けてもおかしくはない。
ゆえに赤城てんぷは最後の一瞬まで気を抜くことが出来ず、決勝本番を迎えるまで寝不足であるにも関わらず緊張のあまりニチアサを見終わっても意識を失うことすら出来ず、開始数分前にiPadの画面を眺めながら時間が来るまで自室をグルグルとうろつくほどに追い込まれていたのである。
「……まぁ、始まってみればずいぶんとあっけないものだったがね」
対戦相手はだいたいレベルで言うと9、最も強い相手でさえも自身のエース格とは5レベルくらい下のステータスの者達だったため、赤城てんぷは始まる前から「これは自分が勝っても負けても、接戦を繰り広げた末の名勝負!とはいかないだろうな……」と確信していた。
そうして迎えた決勝本番。
スキルは比較的上手く発動したものの格下相手にエース格のチヨちゃんがギリギリまで迫られる。
ダイイチルビーは条件を満たす最後尾ながらもデバフ効果の固有スキルは発動せず、タイシンは頑張っているものの先頭争いまでには届きそうにない。
そうした要因がありながらも最終的にステータス差によるゴリ押し同然という形で赤城てんぷはこの2年の悲願であるチャンピオンズミーティングのマイルコースを勝利し、自身が定めた『全五種コースのチャンピオンズミーティング・グレードリーグ制覇!!』という偉業を成し遂げたのである――。
「とはいえ、あんだけ悲願だったマイルチャンミも完全勝利し、このゲームにおける目標も達成しちまったしな。……さて、これからどうしたもんかな」
達成感以上に、目に見えてわかりやすく燃え尽き症候群に陥ってしまった赤城てんぷ。
――画面の中のウマ娘達は懸命に走り続けたにも関わらず、自身はこのままダラダラと漫然と惰性にまみれた日常に沈んでいくことになってしまうのか……。
勝利や祝福からは程遠いそのような“諦念”にも似た感情と思考が脳裏をよぎる――まさにその瞬間であった。
「コラーッ!!赤城さん!――ボサッと寝てる場合なんかじゃないよッ!!」
バァン!!とけたたましい扉を開ける音とともに、玄関の入り口からこのオンボロアパートの大家である女性がものすごい剣幕でノシ、ノシと入り込んできた。
赤城てんぷは困惑しながらも、すぐさま枕元に置いてあった拳銃を手に取り大家に向けて引き金をひく。
対する大家は、手にしていたフライパンを裏返しのままにしながら放たれた銃弾を難なく弾き飛ばしてしまったが、そのわずかな隙をつくように赤城てんぷが銃を向けたまま大家へと質問する。
「大家さん、こんな朝っぱらから一体全体どういうつもりなんです?――周年記念やムチプリ♡キャラにどんだけ天井課金をした月でも、俺は家賃の滞納だけはしてこなかったはずなんだが?」
――ギャンブルは、手をつけてはならない金をブチ込んでからが本番だ。
確かにそんな言葉にも一理あるかもしれないが、人にはそれでも超えてはならない一線がある。
どれだけソシャゲ廃人になろうとも、人の領域という縄張りを守る“山賊”としての矜持に満ちた赤城てんぷの発言を前に思わず気圧されそうになった大家だが、すぐに持ち直したかと思うと再度ものすごい剣幕で怒鳴り始める。
「それどころじゃないんだよ、赤城さん!――アタシやアンタがこうしている間にも、昨今の若者は“ラノベ離れ”してんだってさ!!」
「――ッ!?わ、若者の“ラノベ離れ”だと!?」
大家からもたらされた極大級の爆弾発言。
予期せずしてもたらされた情報を前に、赤城てんぷは思わず手の中から拳銃を落としてしまうほどに衝撃を受けていた。
そんな彼に対して大家は、足で拳銃をぞんざいに部屋の片隅にまで蹴飛ばしながら、まくしたてるように言葉を続ける。
「――このまま若い子たちがラノベを読まなくなっちまったら、ネットで山賊小説?とやらを書いているアンタが万が一書籍化出来たとしても、まったく本が売れなくてすぐ打ち切りになっちまうんだよ!そうなったら大家のアタシだってご近所さんや知り合いに自慢するには半端な形で気まずくなっちまうじゃないか!」
そこでスゥ……ッと一息ついてすぐに、大家は大きく目を見開き告げる。
「――だから、こんなところで腑抜けてる場合じゃないんだよ、赤城さんッッ!!!!」
その言葉を受けてハッとしたかと思うと、すぐさま表情を引き締める赤城てんぷ。
瞬間、赤城てんぷはまさに銃弾のごとく開け放たれた扉の先へと勢いよく駆け出していく――!!
「――そんじゃ、行ってくるぜ。大家さん……!!」
部屋を出る間際、振り向くことなく告げる赤城てんぷ。
そんな彼に対して、フン、と鼻を鳴らしながら大家は口元に笑みを浮かべる。
「まったく、自分が駆け抜けるべき戦場がようやく見つかったといわんばかりに飛び出しちまってさ、本当におかしな人だよ」
「まぁ、でも」と大家は言葉を続ける。
「――アタシにゃアンタが何をするつもりなのか皆目見当がつかないけど、そんだけ本気なら存分にやっちまいな!!赤城さん!」